062 海虫熱再び
会議は午後まで続き、夕方前には色々決まって夫人達は寮に帰っていった。
夜にはアーシュレシカが会議内容を元に店と寮を改築。
翌日からは1週間後に料金の変更や随行員の制限などがあることの告知が早速行われた。
そして今日は朝早くから子供たちに捕まった。
「はーやーくーっ!」
「もーみんなあつまってるよー!」
勝手にやってほしいからあの獣人パーティーを子守に雇ったのに、買い取り会には俺にいてほしいと子供たちからの強い要望が。
なんでもちゃんと海虫を買い取り、金が払われるという安心感の象徴が欲しいらしい。
そこで金持ちそうな格好をしている俺とシロネに居てほしいと。
そして買い取り会の会場は孤児院兼治癒院だ。
子供から大人までこぞって海虫を捕まえまくって集まってきているらしい。
子供らは昨日の内に貧民層へ海虫を買い取る件を獣人パーティーと一緒に広め、どういう基準で買い取るかもお知らせしてきて、今日の朝から買い取りを開始すると言ってきたらしい。
それで朝も早くから起こされ今に至る。
そして子供たちに背中を押されながらダラダラ歩いてくると、孤児院兼治癒院の前には魚介系甲殻類を持った子供からお年寄りまでが長蛇の列をなしていた。
「え、多すぎない?」
何十人いるの? 100人超えてない? ってくらいいる。
「ざっと289名でしょうか」
何百人単位だった。
アーシュレシカさんが教えてくれました。
「うわ…急いで買い取ろう。近所迷惑になりそ」
「そうッスね。自分も行ってきます」
ナチュピケで慣れっこなシロネさんによろしくお願いした。
俺が来たことで買い取り会が開始。
買い取り金をシロネに預け、シロネとティムトとシィナ、それから数人の職員が買い取り作業をし、買い取った魚介を仕分けして水槽に入れて砂などを吐かせてから後日さばいて加工するものと、すぐその場で捌いて加工してから【アイテムボックス】に入れるものとを分けるのにも数人の職員が当たる。
漁や海虫を捕まえに行けなかった人でお金に困っている人は、ここで一日エビや小魚なんかを捌いて加工下処理をする要員として雇うことも伝えていたため、結構働きに来ていて助かった。
ここでも何人かの職員が加工の仕方を働きに来た人に教えるためについてくれた。
雇われた人も海虫を気持ち悪がりながらも働いてお金がもらえることで気合いを入れてしっかり加工する。
加工が終わったものを容器に丁寧に並べて【アイテムボックス】にしまいこんでいったり、いっぱいになった水槽を自分の【ワンルーム】に入れたりしてくれるアーシュレシカ。
水槽分は後日、時間がある時に加工しといてくれるらしい。
いきいきと働いているみんなをぼんやりと眺めつつ、お茶でも飲んでまったりしようとしたら孤児院の子供たちに捕まった。
「せーじさまなにしてるのー?」
「せーじさま、おきゃくさまいっぱいだよー?」
「せーじさまあそぼー?」
「セージ様、これ、僕たちが昨日解体した魔物の毛皮です」
「せーじさま、いつもお肉ありがとー」
「セージ様、海虫なにするんですか?」
みんな興味津々で、純真な眼差しを持って俺にまとわりつく。
いつの間にか制服が導入されていて、男子は白いワイシャツに紺のハーフパンツ、女子は白いブラウスに、同じく紺のハーフパンツ。腰には揃いの、ナイフを帯刀している。
それから靴下留めを付けてハイソックスを履いてミディアム丈の編み上げブーツを履いている。
そしてみんなネームプレートも付けていた。
それ以外は比較的自由で、好きな色のカーティガンをはおったり、パーカーを着たり、可愛い髪留めを使ってみたり、オシャレベルトにしてみたりして個性が出ている。
「いまからお茶しようとしてたとこ」「あのお客さん達から俺が欲しい物があったから買い取りしているんだ」「俺じゃなくて俺の従魔と遊んでくれ」「毛皮ってこんな感じなのか。すごいな。しっかり解体できたんだな」「うん。お肉だけじゃなく野菜も食べるんだぞ」「海虫は種類によってはおいしいから買い取ってるんだ」
と、なるべくきちんと返事をしている間に、職員の1人が俺に付いて給仕をしてくれる。
名前を付けといて忘れていたが、ネームプレートをみるとガブリラと書かれていた。
顔を見ればガブリラっぽい顔だったので納得しつつ淹れてもらったお茶を飲む。
子供らの何人かはテンちゃんと遊んでいる。
孤児院でもなにかペットを飼うのも良いかもしれない。
他は海虫がおいしいという俺の発言に驚いて、海虫が買われていく様を眺めたり、俺の傍にいて、ガブリラから給仕の仕方を教わったり、一緒にお茶を飲んだり、海虫のどれがどのようにおいしいのか聞いてきたりさまざま。
海虫は買い取り済みのものは職員が個体名を教えてくれた。
持ってきてくれたついでなので、適当にさばくと、子供たちは悲しい目で俺を見る。
さらに調理していくと困惑気にする。
そして完成した料理に驚きを隠せないでいる。
おいしそうな匂いなのにみた目がゲテモノとして映るらしい。
作ったのはエビマヨと塩ゆでしたカニ。
エビマヨはサラダ菜に包んで食べる。
ゆでカニはパクリといけるように殻を剥いた状態にした。
「食べても良いぞ」
みんなを見てそう言うと、戸惑う子供達。
「食べても良いぞって言ってもなぁ…」
そこへ獣人パーティーのクマの人が来た。
「セージ様が言うと強制的に食べろみたいに聞こえる」
「平民をもてあそぶ貴族の遊び?」
「でも匂いは物凄くおいしそうです」
狼だか犬の獣人の人にタレ耳兎の獣人、ツチブタ獣人だという人がそれぞれ続いた。
「…そういうものなのか。ま、後で食べるから別に残ってもいいし」
そう言って俺はカニ足をとって食べる。
「「「「「「??!!」」」」」」
俺のその行動を見てみんなドン引き。
しかし
「あーっ!にーちゃんだけずりー!」
「ボクたちのぶんも残しててね?!」
ティムトとシィナが匂いに反応し、俺の発言を聞いて声をあげた。
「大丈夫だ。みんな食べないみたいだからごっそり残るぞ」
せっかく声を上げてくれた二人に、俺は悲しいお知らせをした。
ガブリラに手伝ってもらいながら結構作ったんだけどな。
でも【アイテムボックス】にストック出来るからいいし。
きっとシロネも食べてくれるから全然問題ないし。
もしかしたらバーベキューとか迷惑かも、とか思ったけど、全然悲しくないし!
そう思っていたらツチブタの人がパクリとカニ足を掴んで身を食べ、もぐもぐ。
「あっ、これは…」
とくに感想を言うわけではなく、黙々と2本3本と食べ進め、おすすめのカニ酢なんかもつけてみたりして5本食べ、それからエビマヨもパクリ。
「んむっ!んふー」
と幸せそうな顔をして、パクパクと3つ4つとどんどん食べた。
「お、おい。なんで何もいわねぇンだ?うまいのか?どうなんだ?」
こんなにバクバク食べていてマズイわけはないんだよね。
「……いいません。言ったらおいしさが逃げます」
独自の解釈で感想を言ったツチブタの人。
おいしいと言ってしまっているけども。
それを聞いてクマの人も意を決した風に、まず見た目が緩和されているエビマヨを食べた。
「食べたことない味でどう表現していいかわからない。が、いくらでも食べられそうなおいしさだ。とにかくうまい。何だかわからないがうますぎる!」
その感想を聞いて、疑心暗鬼ながらも犬だか狼の獣人の人と垂れ耳兎の人が続き、おいしさに開眼し、それから身悶えながら食べまくる。
エビに慣れたら今度は見た目がダイレクトなカニ。
一瞬躊躇した風だが、パクリと行けばエビとまた違った味と、シンプルなおいしさに、こちらもまた食べまくり始めた。
それを見て孤児院の子供達も興味を示したのか食べる子が続出。
おいしいおいしいと言って食べてくれた。
……ツチブタの人はデモンストレーション的に食べてくれたのだろうか。
いい人なのかもしれない。
……いや、子供たちの為に残そうという気が全く無さそうなくらい食べているからそうでもないのかもしれない。
その後は流れでバーベキューパーティーみたいになった。
孤児院の子供たちはもちろん、治療院に来た人、海虫を売りに来た人もタダで食べられると聞いて参加。
はじめは海虫を嫌って肉や貝類などを食べていた人達も、海虫を食べる俺達を見て、味見してみたらおいしい事に気づき、あとはみんなでおいしく食べ始めた。
その頃には職員やアーシュレシカだけでも買い取り作業ができていたので、ティムトとシィナ、シロネも飲み食い出来ていた。
加工の仕事をしていた人達も昼食の時間はバーベキューに参加。その後また加工に戻ってもらい、夕方まで仕事をしてもらってそれぞれに銀貨1枚渡すと、とても喜んで帰っていった。
大人数でバーベキューをしてしまったために、買い取った分の5分の1程の海虫を消費してしまったが、それでも充分な量を確保できたので良かった。
「セージ様、今後もこういったこと続けるのか?」
まだ帰ってなかったのか、クマの人達。
あ、そう言えば今日いっぱいティムトとシィナの子守役だっけ。
「またストック無くなったらやるかも?なんで?」
「そうか。いや、スラムの連中や新人冒険者たちのいい稼ぎにもなったし、飯も食わせてもらって今日を生き延びることが出来たやつらも多い。あれだけの金があればしばらく生活出来るし、海虫だって食えるとわかったからあとは自分たちで食べることだってできる。しかしやはり海虫だからな。買ってもらうとしたらここくらいだから…」
「そうか。なら俺がいなくても良いならここで月1ペースで買い取っても良い。対応はここの職員にしてもらう。それになるべくその日を狙ってあんた達に依頼を出す」
「俺達は別に…あ、いや、正直指名依頼は助かる。今回の依頼金も破格のものだった。これで少しは生活に余裕が出来るし、少しいい装備も買える」
恥ずかしそうに言うクマの人と、それに同意するように頷くその仲間の人達。
勝手に指名依頼出したけど、迷惑がられてなかったのなら良かった。
「ならここの職員から月1であんた達に依頼を出すよ。その時また今日みたいなことよろしく頼む」
「あぁ、こちらこそよろしく」
そうして担当を近くにいたガブリラに任せ、月1の買い取り会とバーベキューが決まった。
それからこの孤児院兼治癒院に入れる人で解体スキルがあるなら定期的に魔物の解体のために雇っても良いと言ったら、それも物凄く喜ばれた。
スラムにも貧民層にも新人冒険者にも解体スキルを持つ者は結構いるというので声を掛けてもらうことに。
もちろんクマの人のパーティーメンバー全員解体スキルを持っているようなので、暇な時にでも解体しに来てもらうことになった。
解体料金はシロネに表を作ってもらい、確認事項や貸出機材なんかのことも細かく決めて、それに沿って解体を行ってもらうことに。
「解体ナイフまで貸してくれるのか」
結構いい条件らしく、犬だか狼だかの獣人の人が驚く。
「持ちだし厳禁、使った後はきちんと手入れして返してくれれば壊れて返ってきても責任は問わない。盗んだり壊れた理由を言わないなどの場合はウチの職員が地の果てまで追いかけて捕まえた後に海竜の餌にする」
「命がけかよ?!」
呆れた顔でクマの人がツッコミをいれる。
…ツッコミでいいんだよな?
「簡単な報告も出来なかったり、こちらのものを盗んだりしなければいいだけだ。なにも難しい事はないだろ?」
「確かに、常識の範囲だが…」
困惑気な犬だか狼だかの獣人の人。
「ペナルティーがエグイ」
引き気味の垂れ耳兎の人。
この人なかなかの毒舌なんだよね…。
「気に入らないなら来てもらわなくて結構。【アイテムボックス】に入れておけば腐らないわけだし、解体にそこまで切羽詰まっているわけじゃないしな」
「なるほど。あくまで善意の働き口ってわけか」
「そうでもないけど、そう思って仕事してくれるならそれでいいぞ」
「お人好し、というわけでもないのか?」
俺について独り言の様な疑問を口にする犬だか狼だかの獣人の人。
…あれ?狐にも見えなくもないな。どの獣人なんだろ?
てか狼と狐を生で見たことないから分からないな。
犬だって触ったことあるのはトイプーかミニチュアダックスかテンちゃんだし。
「それはない。現にここには誰でも入れるわけではないからな」
「ははは、確かに」
「当てつけで道楽価格の治癒院作って、ついでに下級貴族以上の待遇の孤児院併設してるんですもんね」
ツチブタの人も言葉は丁寧だけどちょいちょいディスってくるんだよなー。
天然っぽいからいいんだけど。
陽も沈んだのでその日は解散。
ティムトとシィナも依頼書に魔力を通して獣人パーティーへの依頼は終了となった。