061 宿が落ち着く
ミスティアと別れた後、そのまま皆で宿へ戻った。
するとそこで残念なお知らせが。
なんとハルトとマモルは宿を引き払ってしまっていた。
そう言えば最近スマホ見てないな、と思ったら
「ハルト様とマーニは東大陸を目指して冒険の旅へ、マモル様とシュラマルもこの大陸ではありますが他国の書物の調査に入られたみたいッス」
情報通のシロネさんが教えてくれた。
シロネの情報を聞きながらスマホを見ると、シロネの情報以下の内容がメッセージとして入っていた。
ハルト『ちょっと出かけてくる。宿にはしばらく帰らない』
マモル『ハルトもしばらく帰ってこないみたいだから宿引き払うねー。僕もしばらく出かけてくるー』
というものが。
「そっか。しょうがない。じゃぁコニーから貰った家に行くか」
「あ、でしたら最初に人払いに行ってくるッス。今あの邸宅、観光スポットになってるッスから」
「観光スポット?!なんで?!」
「変わった作りの屋敷に、変わったデザインの庭、そしてその庭にはガラスでできた家、その中には見たこともない植物が綺麗に配置されて植えられている。そんな庭内や植物を管理し、手入れしている麗しい侍従と侍女…というところまでが観光として成り立っているっぽいッス」
確かにこの世界では斬新な建物と庭にしたけども。
それにプラスしてシェヘルレーゼとアーシュレシカの配下か…。
たしかどちらも20代前半くらいで、エルフ系な男女の配下だったんだよな。
耳こそ普通の人族と変わらないが、神秘的な雰囲気や見た目の美しさはエルフ仕様だった。
どちらも髪は金色のストレートロング。
侍女風の方は黒いメイド服に白いエプロンドレス。
侍従風の方は執事服にモノクルつけちゃったりして。
ちなみに侍女風の方はユネ、侍従風の方はユオと名付けている。
そんな二人が何を思ったか庭を見に来る人達にお茶とお菓子を振舞っていたらしい。
そうしているうちにどんどん人が来るようになって、道端が混雑。
城から兵が警備にやってくるまでになっていた。
「……しばらくはまた宿生活するかな」
「承知したっス。ちなみにこの間までは皇帝様が宿代出してくれてたっぽいッスが、今回からは自腹ッスよ?」
「それでいいよ。出来れば前と同じ部屋で」
「…一泊食事込み銀貨10枚ッスけど…」
「だったら10日ぐらい?」
金貨5枚をシロネに渡す。
「あ、いえ、ここは一部屋で勘定するので金貨1枚ッス」
「そうなんだ。お得だね」
「お、お得ッスか?! 1日銀貨10枚ッスよ?!」
「シロネ。気にしたら負けだ」
「ッ?!」
「そうですよ、シロネ。セージ様と共にあるならその町で一番高級な宿に泊まるのは当然です」
アーシュレシカの言葉は結構語弊があるけども。
でも一応ゾーロさんやコニー、商業ギルドから稼がせてもらった分は散財しても良いとは思っている。
あれ?そういえばゾーロさんどうなったかな?
ま、いっか。
そのうちまた会えそうな気がするし。
とりあえず宿をとり、あの部屋が空いているとのことだったので同じ部屋にしてもらった。
部屋に行くとあのメイドさんがいたのでまたよろしくとあいさつしたら、微笑んで丁寧に挨拶を返してくれた。
頼まれごとを思い出し、急いでミスティアのメモにあったものを【異世界ショップ】で買いこんで、シロネに渡し、配達をお願いした。
それから今はアーシュレシカしかいないので、店の追加要員をどうするか。
給仕とかさせてるみたいだからメイドがいいと思うんだけど、アーシュレシカが出せるのは男性タイプの配下だけみたいだし…。
貴婦人やお嬢様方の給仕だけなら……それでいいのか?
とりあえず2人、アーシュレシカに配下を出してもらうように頼むと、40代手前の渋メンと14歳くらいの少年が出て来た。
どちらももちろんイケメン要素がふんだんに入っているので女子ウケはしそうだな。
40歳ぐらいの渋い系のイケメンをコンユン、14歳くらいの美少年をショータロと名付け、制服を着てもらう。
コンユンはピシッとした執事服、ショータロは子供っぽさを前面にしたハーフパンツタイプの子供執事服にした。
配下は毎回ランダムで出てくるから仕方ないが、せめてダヴィデと足並み揃えて20代にしてほしかった…。
それとも農地にいるそれっぽい配下と交換してくるか?
いや、今更か。
せっかく着替えさせたし。
「じゃぁ、店を頼む」
アーシュレシカの記憶があるから店の場所は把握できているだろうし、仕事内容も問題ないだろう。
「「承知しました」」
「あ、手ぶらで行かせるのもなんなので、顔を覚えてもらうために何か小物を用意しましょう」
そう言ってアーシュレシカは【異世界ショップ】から小さな平ビンに入ったリップバームを大量に出した。
どこの問屋だよってくらい。
それを今日、店デビューする二人が配るのか。
どこのホストだよ…。
色々ツッコミどころが多いけど、とにかくそれを持たせて二人を送り出した。
そしてシロネも店が終わるまで帰って来なかった。
子供たちは宿について早々冒険者ギルドへ遊びに行った。
未だに何して遊んでくるのかは不明だが、冒険者ギルドには遊ぶところがあるのだろう。
皆を送り出してからはまったりした午後を過ごし、夕暮れにはみんな帰ってきた。
シロネはやっぱり店を手伝わされていたらしく、とても疲れた顔をしていた。
「大繁盛なんて生易しいもんじゃなかったッス。コンさんとショーくんの登場で戦争が激化したっス…」
シロネが届けモノをした現場は貴婦人やお嬢様、その方達のおともの人達は店から溢れ、いつの間にか庭にも作られていたカフェスペースにも座れない状態の人達、馬車内で待つ者達で大混雑していたんだとか。
その状態を整理していくアテナやダヴィデを見に、施術を受けるお友達令嬢についてくる他家のお嬢様方が混雑の原因らしく、そこにバラまき用お土産を持ったコンユンとショータロの登場で場は騒然となり、手がつけられない状態になったとか。
夫人の登場で何とかなったが、コンユンとショータロの二人の登場は火に油状態だったとシロネが疲れた顔で報告してくれた。
「あ、それから夫人が相談があるらしく、明日朝にこちらにくるそうッス」
また何か面倒な感じですか?
でもやっぱりあの店の事や寮の管理を丸投げしているので断りづらいんだよな。
「わかった」
俺とシロネの会話が終わったことを見計らい、今度は子供たちが。
「昨日狩った魔物、孤児院で見せたら皆びっくりしてた!」
ティムトは嬉しそうに、自慢げに話し、
「冒険者ギルドでも友達に自慢しに見せたら、受付の人が見てて、買い取りたいって言われた!でもにーちゃんとシロネに聞いてって言ったら悲しそうな顔して諦めるっていってた!なんで?」
シィナは素朴な疑問をぶつけてきた。
しかし俺も聞きたい。
なんで?
「先日の件で気が引けるのでしょう」
そこへアーシュレシカがシィナの疑問の答えを端的に述べる。
「先日の件?」
「勝手に深読みして、さらによくわからない大人の事情などを勝手に絡めて複雑にしているんですよ」
「なんだそれ?売れないってこと?」
「いえ。売ろうと思えば売れますよ。セージ様次第ですが」
そこでみんなの視線が俺に集まる。
え、見ないでよ。
恥ずかしいじゃん。
「基本は孤児院の教材だから。解体の授業とかあるみたいだしそれに使う。孤児院で解体したものを売ったり、余ったりしたら冒険者ギルドや商業ギルドへ売る」
ティムトとシィナ個人が冒険者ギルドなどの依頼で稼いだ分は全部彼らのものだが、農地開墾の為にティムトとシィナが狩った魔物は俺のものだ。俺の騎士として働いた分なので。
「それ聞いたら冒険者ギルドと商業ギルドが血涙流しそうッスね」
ほとんど手に入らないレベル100超えの魔物だからね。
子供たちの練習台としてズタボロに解体されたら使える素材も使えなくなる可能性が高いし、可食部位だって減るだろうな。
「そう言われてもな。ギルドの依頼というわけでもなかったし」
「そうッスよねー」
「あ、孤児院の授業で解体した肉使ってバーベキューとかいいんじゃないか?銅貨一枚の治療費払えない人もいるみたいだし、その人達が海に出られるならまた海虫買ってもいいしさ」
「「いいの?!」」
嬉しそうにする子供ら。
すっかりこの世界で海虫と言われるエビやカニが大好物となっている。
ナチュピケで買い取った分は既に海底で食べつくしてしまった。
…あんなにあったのに…。
「いいよ。どの海虫でどの大きさがどのくらいの値段か覚えてるだろ?」
「「うん」」
「じゃぁ、あのその時はクマの人の獣人パーティーに指名依頼出すから受けてもらって一緒に行くようにな」
ギルドの手数料にどのくらい取られるかわからないが、子供らに指名依頼料として金貨1枚を渡す。
これで2日間子供たちのお守をしてもらう依頼を出すように言う。
「えー?俺達だけでも大丈夫だぜ?」
「えー?なんで?」
「子供だけだと信用されなかったりナメられるからッスよ」
シロネの言葉で思い当たることがあるようで、大人しく頷く子供たちだった。
翌日、大量の買い取り用の大型プラケースと、内部を【空間拡張型マジックバッグシード】で空間拡張されたゴツいめのキャリーケースを持たせると、楽しそうにギルドへ向かったティムトとシィナを見送り、お茶を飲んでいると、夫人達がやってきた。
夫人が来る時間としては早いな、と思いつつ、迎え入れた。
「お久しぶりでございますね、セージ様」
「そうですか?10日くらい前にもお会いした気がしますが」
「あら、そうだったかしら?最近忙しくて楽しくてあっという間に日々が過ぎるのに、ついこの間のことが随分前のように思えるんですのよ。ふふふ」
見た目も随分若くなっている夫人。
今は30代半ばくらいだが、【異世界ショップ】産の化粧品などの影響もあって20代後半くらいの若さに見える。
でもあえてこれは言わない方が無難とみる。
年上の女性に年齢的な事は言わない方がいいのだ。
軽い気持ちで「お若くなりましたね」とか「綺麗になりましたね」
とかいうと、「年下のお前が言うな」とか「じゃぁ前の私は汚かったの?」とか内心カチンとこれらる可能性があるからだ。
それが積りに積って爆発されると怖いので、黙っておくのが吉。
って、母さんが泥酔して帰ってきた時に言ってた。
「店も随分賑やかなようですし、夫人にお任せして本当に良かったです」
「セージ様にそう言っていただけて嬉しいですわ。それに昨日は追加の資材や備品、助かりました。かなり多めに持たせてくれましたのね。新色もたくさんありましたし。それにコンユン様とショータロも遣わしてくださり、心から感謝申し上げます」
何故コンユンだけ様付け?!
「え、えぇ」
動揺しつつもなんとか適当に返事を返す。
「それで、早速で申し訳ないのですが、セージ様にお願いがあってまいりました。…お願いばかりで恐縮ではあるのですが」
「いえ。夫人には店の管理までお願いしてますからね。出来る限り応援します」
「そう言っていただければ幸いです。では、まず―――」
といって夫人が報告を絡ませながらのお願いを述べていく。
料金の改定、プラン内容の見直し、随行者制限、施術者の増員、それに伴い増員した施術者の為の奴隷買い上げ、店舗の増築、寮の増築、各増築に伴い設備や備品の追加などなどなどなど…
事細かな説明とお願い。
それが全部丸投げした店や寮のことだったので聞かざるを得なかった。
「……わかりました。必要な設備や物品の用意はアーシュレシカに任せるとして、決め事などは夫人の考えを参考にアーシュレシカとシロネに任せます。補充する人員や奴隷との契約などはアテナとダヴィデの采配に、ということで」
そして始まる会議。
応接室に行ってやってもらう。
俺はダイニングテーブルでテンちゃんを侍らせながら、部屋付きメイドさんに淹れてもらったお茶をまったりと嗜んだ。




