006 移動計画
部屋を取った後は俺達の部屋に集合。
奴隷の人達は緊張の面持ちだけど、俺達も緊張だよね。
なにしろ奴隷って何なの? どうしたらいいの? 状態だし。
「ま、アレだな。ここに来るまで適当に自己紹介はした訳だが…」
先陣を切るのは勇者ハルト。
俺達は適当な自己紹介だったが奴隷の人達はかなりハードな自己紹介だった気がするが、それはどこかに置いとくっぽい。
そして勇者ハルトはこのあとどう話せばいいかと視線を巡らせ、俺と視線が合うが、俺はここで聖女スキルの中のネタスキル、【聖女の微笑み】を発動。
すると勇者ハルトは一瞬「うわ、コイツマジかよ」と嫌そうな顔をして賢者マモルに視線を移す。
心優しい賢者はゆっくりと頷いて話を引き継いだ。
「成り行きとしては、これからどうしよっか、って話をしてて、そういえば僕たち世間知らずだよねって事になって、そうだ、奴隷を入手しようってなって今に至るかんじ」
ゆるくて端的過ぎる説明なんですけど。
いや、説明から逃げた俺が言える事ではないけども。
「ええっと、失礼ながら…そんな理由であんな途轍もない魔法を使ってまで自分らを買ったってことッスか?」
控え目に挙手して、マモルに発言の許可を取った狐獣人のシロネが疑問を投げかける。
全然大魔法感無かったけど、アレは大魔法だったらしい。
薄々はそうなんじゃないかって思ってたけど、地味すぎて未だに実感はない。
「うーん。嫌な話、僕たち奴隷引換券ってものを貰ってね。しかもそれが最低ランクの引換券だったみたいでさ。かといって自腹切ってまで奴隷欲しくないかなって。で、とりあえず引き換えしてみて、あとはあの魔法がどのくらい効果あるのか実験したって感じかな?」
あれ、要約するとかなりひどい内容だな。
あの時はいっぱいいっぱいでそこまで考えてなかった。
てか、俺だけが考えてなかっただけできっとマモルもハルトもなんとなくは考えていたんだろうな。
「じ、実験でも、最低ランクの引き換えだったとしてもっ、買ってくれて、体も治してくれて、本当にありがとうございましたっ!」
兎獣人のマーニがまた勢いよく感謝を述べる。
その勢いに一瞬ビクつく俺。
ビビりでマザコンと言われてしまうのも納得してしまう。
「いやいや、これから僕たちはあなた方にひどい扱いをするかもしれないんだよ? お礼言うの早くない?」
「それは…そうですが…」
「先ほどの話では危険な時は逃げても良いし、生活補助ってことで買われたと…」
「そうなんだけどね。だからって詳しい話を聞かないうちに好意的な態度ってのはこれから僕たちの傍にいてもらうにあたって心配かなってちょっと思っただけ。ごめんね」
なんか賢者すごいんですけど。
警戒心もっと持て、ってか。
この世界の事何も知らない俺達が、この世界の人達とやっていくにはこの世界の常識を知る人が必要なのに、この騙されやすそうな雰囲気。不安だ…。
マモルに言われて、ハッとするマーニ。
そこはかとない不安感を出した俺とハルトの空気も察したようだ。
「こちらこそ、すみませんでした」
うん。
なんとなくだけど、こんな人だから仲間だと思っていた人達に騙されて魔物の前に置き去り…ってか捨てられたのかなって思わなくもない。
チラリとハルトを見れば、同じような感想を抱いている顔をしている。
「僕も不安から意地悪な事言っちゃった。その辺りは3人でカバーしあって僕達をサポートしてね」
「はい」
「了解ッス」
「心得ました」
3人が真剣な顔でしっかりと返事をしたところで、また話に戻る。
「えーと、と言うわけで、僕たちは世間知らずで、こう見えて結構疑心暗鬼状態っていうか。普通にその辺の人に聞くのも不安だから、ウソ吐けなそうな奴隷に常識を教えてもらおうってなった訳なんだ。で、今の所は宿の部屋を取って、引き換え券で奴隷を引き換えた以外は何も出来てないかな。正直お金の使い方も微妙な感じだし、世間的な魔法やスキルの評価、異種族間の事も定かじゃない感じかなー。それから僕たちの立場ね。これが一番ハッキリしときたいとこかな」
つまり全部ね。
ってかそうか、俺達の立場か。
それは全く考えてなかった!
そうだよな。
異世界人ってどんな扱いされるか分かんないとこわいよな。
仲間に賢者いて良かった…!
ありがとうマモル、ありがとう賢者!
「ご主人様達の立場、ですか?」
「その感じだと平民とかではない感じッスよね?」
「……」
マーニは不思議そうに、シロネはワケアリですか? みたいな好奇心を、シュラマルはじっとこちらの出方をうかがっているようだ。
「んー…元の世界では平民だね。でもこっちの世界で異世界人がどういうくくり方をされているかわからないんだよねー」
あ、サラッと異世界人暴露した。
もっと勿体ぶるのかと思った。
でもまぁ、こういう事は早めに情報共有しといたほうがいいのか。
奴隷も奴隷紋に守秘義務が刻まれているみたいだし。これは外せいない設定だって奴隷商の支店長さんが言ってた気がする。
「い、いせか…!?」
驚いた声を出し、その自分の声にすぐ気付いて口元を押さえて我慢するマーニ。
シロネとシュラマルは顔だけで驚いている。
そうか、驚く事なのか。
「そういう感じってことは、異世界人ってのはそれなりに知名度はあるってことか」
「そーみたいだね」
ハルトとマモルが冷静にマーニ達の態度を観察している。
その感じがなんか俺の知ってる友人たちではなく、勇者と賢者っぽいから不思議に見える。
「なんかセージが生温かい目で見てくんだけど」
「ものすごく失礼な事考えてる目だよねー」
「そんな事はない。さぁ、話を続けるんだ」
「「……」」
勇者と賢者にジト目で見られた。
「…で、どんな感じ?」
マモルが気を取り直してマーニ達に問いかける。
それになんとも複雑な表情を滲ませる3人。
「わ、わたしはこの大陸の人間ではないのでここでの事はわかりません。わたしが生まれ育った国では『稀人』として貴族よりも上の立場で、国賓として待遇されていました。100年以上も前のお話なのでおとぎ話の中の人、という認識です」
「あー、自分は生まれが定かじゃないんで詳しい話はわかんないッスけど、自分がいた旅芸人一座が巡業していた国々では王に意見を言える立場だったり、信仰の対象だったり、貴族だったりでしたッスね。マーニの言うように数百年も前の人だったりするんで、一座ではそんな人を題材に劇をしたり、歌を歌ったりしてましたッス」
「私の国では善き隣人との話があった。しかし隣国では暴虐の限りを尽くしたとも伝わっていたと聞く。知識が豊富で発想力も豊かであるが、身体はひ弱で脆弱であったと古い記録にあった」
「…なるほどー。つまり稀人、異世界からきた者、善き隣人の印象はあまり良くないってこと? 異世界人ってのはここでは隠して生きていった方がいいってことかな?」
「なんかめんどくせぇな」
「あ、違います、わたしの祖国での印象は良いと言うかなんというか、悪くはありません。とても獣人や亜人に好意的で、優しくて親切で、それが多少度が過ぎた御方だったと言われています。人族以外の人間が少しでも生きやすい世界にする為に尽力された方だとされる一方で、とても…とても獣人や亜人を愛された、と…」
とても気まずそうに教えてくれるマーニ。
そのマーニの目がこちらに目を合わせないようにしているところを見ると、マーニの故郷の伝承にある異世界人はきっと重度のケモナーだったに違いない。
それと一緒にされては困るんですけど。
「あ、うん。安心して。僕たちそこまで大それた紳士じゃないから。普通だから」
賢者がなにいう。とは言いませんけど。
性格的な事を言えば、紳士と比べれば普通だと言い切れるか。
「…はあ」
アルカイックな苦笑いで一応マモルの言葉を受け入れるマーニだが、その感じからするとあまり信じられてなさそうだ。
「自分が巡業で訪れた国々の伝承ではその国々で印象は違っていたっス。とある異世界からの客人は膨大な知識を使って国を導いたとか、違う国に現れた客人はその知識で得た大金でハーレムを築いたとか、はたまた別の客人に至っては国を混乱に陥れた魔王であったとか様々ッスね。どれも舞台や歌の題材にはなるし、人の興味を引くものなので一座では積極的に異世界からの客人を題材にはしていましたッス」
シロネのワールドワイドな印象ではホントにさまざまな感じだな。いい人もいれば、エロい人もいたし、ヤバい人もいたってとこか。
「私が伝え聞いたり古い書物でみた限りでは、鏡のようなお方だったらしい。恩には富を、悪意には災いをもたらしたと言う。自分を受け入れてくれた者、良くしてくれた集落には持てる力は出し惜しみなく貸してくれ、自らに降りかかった悪意や攻撃、自らに親切にしてくれた者がひどい目にあった場合はとてつもない報復を返したらしい」
こちらはやられたらやり返す、というスタンスの人だったのかな。
総じて人間らしいと言えば人間らしく生きた人達で、この世界に無い知識をうまく使い身を守ったり周囲を振り回したり、か。
「あぁ、でも何カ国かの小さな国に現れた異世界からの稀人の中には、強大な力を有していた、というのもあったッス。知識はさることながら凶悪な魔物を一瞬にして屠る力があったとか。…それからこの国では意図的に望む力を持つ異世界の客人を召喚する術式を持っているという噂は聞いたことがあるッス…ってまさか…?」
「うん。教えてくれてありがとう。そうだね、シロネの言う通り、僕たちはこの国に意図的に召喚された異世界人…に巻き込まれたおまけ的異世界人かな。だから城から追い出された感じ?」
「え!? 稀人を追いだしたんですか!? 貴族として召し上げるとか、客人としてもてなすとか…」
「あぁ、うん、そういう人員は間に合ってるから、不必要なお荷物は捨てたって感じじゃないかな?」
「お荷物ッスか?」
「あぁ、この国は聖女を召喚したかった。それも複数人。で、召喚してみたら、聖女じゃないどう見ても男なオレたちがいたってわけ。ただでさえ国賓としてもてなさなきゃならない聖女が十名弱いる中、たぶんシロネが言った通り知識以外役に立たなそうな異世界人は養えないわな。優良な能力が備わった異世界人の知識もある聖女が何人も居るんだ、聖女でもない男3人放逐したってそう害にはならないと判断したんじゃねぇか?」
「それと、たぶんこの国の人は小国に居たとされるすごい力があった異世界人の事は知らなかったんじゃない? だからロクに調べもせずに僕達を野放しにしたんだと思うし」
「ほんと、ありがたいぜ」
「えぇっと、それは何と言うか…お気の毒な感じはしますが、そのおかげでわたしたちが助かったと言いますか…」
「助かる助からないはこれからだよ。僕たちはこの国で生活した方がいいのか、この国から離れた方がいいのか分からない。城の人が言うには、何か問題を起こせば消す、と言っていたから、折を見て消す予定はありそうなんだよね。それを踏まえてどうすべきか相談したいんだ」
そう、それだ!
その問題があった!
そうなると早くこの国から出た方がいいんじゃないか?
「……ならばこの国から出て、この国の周辺国もなるべく避け、できるならこの大陸から離れた方が安全ではあるはず」
だよね、その方がいいもんね!
「というと?」
「端的に言えば、この国は聖女崇拝の人族至上主義国家ッス。周辺国もこの国の恩恵を思えば従わざるを得ないッスね。表向きには人種族は平等である、とか言ってるッスが、現状は色々な理由やこじつけで全くの獣人亜人差別国家っした。それを知らずにこの大陸を訪れた獣人や亜人が遊びのような感覚で奴隷狩りに遭うッス。自分らもなにも知らずに、新天地の開拓としてこの大陸に来て、違和感を覚えながら興行をして、狩りの中の罠にはめられたって感じッしたね」
聖女崇拝も人族至上主義の予想が当たってしまった。
嫌な感じは覚えるが、この土地の事情として理解出来なくもないけど、言葉を使って意思疎通できる人種族を遊び感覚で狩るというのは全く理解が出来ない。
この国が中心となってそんな事をしているなら、ここでは暮らしたくない。
そんなの見たくないし、面白おかしく話しているのも聞きたくない。
ここで生活するのならそう言った話題も出るだろうし、その度にわざわざ嫌な思いをするくらいならここから出て行きたい。
「今思えばおかしかったんス。別な大陸で、この大陸出身の人から話を聞いて、それでこの大陸に行こうってなったんスけど、たぶんそこから狩りみたいな事は始まってたんじゃないかって、ここでボロボロになってから気付いて…」
「マーニとシュラマルもこの大陸出身ってわけじゃないの?」
「は、はい、わたしはこの大陸の東の大陸の南の国の出身です」
「私も東大陸出身です」
「なるほどね。だったらここの事分からなくてこっち来てひどい目あったのも納得できるか…この大陸の嫌な噂とかは聞かなかったの?」
「嫌な噂とかではないですが、この大陸に向かった者は帰ってこないというのはよく聞きました。でもそれはこの地が安住の地であるとか、たくさん仕事があるとか、そんな感じだと思っていました。作物が良く育ち、飢える者が少ないとは聞いていましたし、実際西や北の大陸の一部に食料を売るくらい常に豊作だとも知られていましたし」
「奴隷にされてしまったら逃げられないだろうね。奴隷狩りとかあるくらいだし…、この大陸から出るってことは、大陸間を船で移動しなくちゃだし、そうなると、ここから出航する船は厳しい見張りがあるだろうし、自分たちが狩りを楽しむために自分たちの奴隷を餌に他の大陸から獣人や亜人をおびき寄せることもするだろうねえ」
賢者が怖い事言ってるけど、なんとなく事実っぽくて寒気がする。
「ってことはいよいよもってヤバい国だな、ここ」
「だねー。ってことだから、出るよ」
「え?」
「おいおい、女子たち置いてくのか?」
「僕たちがいなくても彼女たちなら強く生きていける…ってのは冗談で」
「冗談でもそんなこと言うと首絞められんぞ?」
「あはははは。…まぁ、それはそうと、こっちは彼女たちに任せて、僕たちは外側から観察して場合によっては攻めてみるのもありかなと。内側を調べる人数は充分いるだろうし、放逐されて自由な身の僕たちが外側で情報を集めればいいんだよ」
「情報集めてどうすんだ?」
「それはまだ分からないけど、集めた情報は共有していけば何か見えるかも?」
「何ってなんだよ、たとえば?」
「たとえば…帰還方法、とか?」
「そ。この世界の人達から話を聞けば聞いた分だけ混乱はするけど、総じて印象は胡散臭い、かな。胡散臭い中心の人達の言葉を全部鵜呑みにして信じてやる必要なんてどこにもないよ。元の世界に帰れる方法はたぶんあるはずなんだよねー」
マモルがこの国が胡散臭いと思ったのは、俺にもなんとなくわかる。
町の雰囲気もいろんな種族がいるはずなのに、雑多な感じがあまりしなかった。人が多く感じるのに活気はあまりない。余所行きな雰囲気が日常になってる感じ?
それに奴隷商の支店長の話も引っ掛かった。他国にも数軒支店があるという支店長の所属する奴隷商。その中でも国として奴隷に対する待遇が一番ひどいのがこの国だ、とか言ってたし。
彼もこの国に思うところがあって俺達にほんの少しこぼしたんだろうけど。
「調べる時間はかかるだろうから、その分僕たちが他の情報集めしとけば何かの役に立つよ。なによりここあんまり居たくないかなーってね」
「そーだけども、人任せ過ぎね? お気楽ってかさ」
「放逐された身としてはどうにもならないよ。だったら異世界旅行でもしとこうよ。全員で同じ町に居る必要ないって」
「そりゃそうか。だったらどこ行く?この大陸居たって胸糞だろ? 狩りとか人に対してやることじゃねぇ事を楽しんでるイカレ大陸だろ?行くとしたら西か東か後は…」
「北です。南の大陸は未開の地が広がっているらしいです。冒険者がかなり渡って行きましたが帰らないものも多かったようです。それでも数人は帰ってきたと聞きますね。未開過ぎて調査もままならず、航路も確立されていないので南の大陸に辿りつく前に命を落とすのも多いとか」
南の大陸に辿りつけたとして、そこで一攫千金出来たとしても帰ってこられる保証もないってことか。
あまりうま味の無さそうな場所だな。
俺達は別に一攫千金を目指しているわけじゃないから南は除外か。
「そっかー。じゃぁ情報集めるとしたらどこがいいかな?」
「北ッスね。ここは北の大陸の帝国と国交があるらしく、帝国はこの大陸から食料を輸入しているって話ッスから。この大陸の貴族も帝国には娯楽施設の利用目的で結構出入りしてるッスよ」
「娯楽?」
「カジノッスよ。他にもホテルって言う考えられないような豪華で物凄いサービスの受けられる宿があって、きちんと人の手を加えられて設備の整った温泉もあるッス。まぁ、自分等はしがない旅芸人だったんで、そんなとこには入れなかったッスけど、この国の貴族や神官は結構来ていたという印象は受けたッスよ」
カジノとかホテルとか温泉とか、これ異世界人絡んでるよね。
俺達以外にもいるのか、それとも昔帝国に居た人が広めたのか。
「食料自給率が低い分を観光でまかなっているってことか? けど確かにカジノとかで気が緩んでいる分、口の滑りも良さそうだな」
「だね。そこに行くまでにこっちで食料買いこんで商人のまねごととかすればそれなりに稼げるかな?」
「腕に覚えがあるのでしたら冒険者として隊商に付き添うというのも出来ますよ。ランクによりますが護衛の依頼とかも出ていたハズです」
「護衛かぁ。僕とハルトなら余裕で出来そうだけど、セージは…あ、でもある意味セージこそ護衛向きか」
「ある意味だろ。攻撃手段皆無じゃいくらエグイ防御でも信じてもらえねェって」
「それもそうか。あ、ついでだからいっとくけど、シュラマルもマーニも基本は俺とハルトの日常補佐だけど、緊急時や何かしらのトラブルが発生した時はセージの護衛ってことでよろしくね。実際は逃げても良いけど、一応対外的な名目として」
「セージの傍にいればだいたい安全だと思うしな」
奴隷の3人はなんだかなーという顔をしつつ、一応頷いた。