057 ティムトとシィナの交遊関係
5日が過ぎた。
まだまだ技術不足ではあるが、貴族の子女や貴婦人方の強い要望で、本日、店を開店させることとなった。
関係各所からの物凄い強い要望だったのだが、何故か夫人がめっちゃ張り切ってくれて仕切ってくれた。
なので俺がオーナーになるから、夫人に店長をやってほしいとお願いしたら、めっちゃ喜ばれた。
丸投げしたのに、喜ばれたんだよ…。
ミスティアは若返りの実をオークションに出さず、メージス家に譲った。
借金はチャラになり、おつりも出すと言われたようだが、いままで侯爵家からたくさんの支援を受けたり、迷惑を掛けてしまったからといって、受け取ることはしなかった。
借金さえ無くなれば城で文官として勤めている両親の給料と、侯爵家の侍女としての給料で何とか生活出来ると言って。
弟くんは翌日から怪我などで遅れていた時間と取り戻すために猛勉強しながら体力アップのトレーニングを始めている。
向上心の塊のようですごいね。
とても見習いたい。
こちら、異世界来たのに夢も希望もないので見習うに見習えないですが…。
俺の1000超えのレベルのステータスは、マモルのレベル30の時のステータス以下だったという話を聞いた時は結構な絶望を味わったね。
なんか変だよね、と俺のステータスを色々調べてくれたマモルが言うには、どうやら俺の職業は完全に固定されていて、変更や進化が出来ないようになっているらしい。
つまり、この男子高校生という職業が俺のステータスアップの邪魔をしているらしく、これがどうにもならないことにはどうにもならないという結論が出て、現在の俺は心の底から夢も希望もない状況。
異世界にいる間、せっかくならヒャッハーしてみたかったよ…。
剣ぶん回して魔法ぶっ放してさ。
汚物は消毒だー、とかさ。
いや、【クリーン】一発で汚物は消毒どころかなかった事にできますけれども。
心情的にね。
ということで現在、レベルだけの人である俺はすることもなく、宿でのんびり…というかぼんやり過ごしていた。
もうすぐ昼になろうかという時だった。
「にーちゃん、暇だろ?」
ソファーでなにすることなく寝ころんで天井を眺めていたら、いつの間にか近くにティムトがいた。
「天井眺めているのに忙しいんだ」
「じゃぁ忙しいとこ悪いんだけど、治癒魔法かけてほしい人達がいるんだ。治してくれよ」
「えー。冒険者ギルドに回復術師とか、教会の回復術師とかいるだろ?ほら、金貨あげるから」
この異世界に来て俺は、金で解決する事を学んだ。
スキルのおかげで成金マンに成れたので。
ティムトに金貨10枚渡す。
が、彼は受け取らない。
「いくらお金積んでもダメだった」
いつもとちょっと雰囲気が違う。
いつもは無邪気な感じの彼が、どこか思い詰めた風だ。
「どういうことだ?」
「はじめは俺も金かと思ったんだ。だからギルドで魔石を売ろうとしたら、魔石のレベルが高すぎて買い取れないって言われた。仕方なく他で買い取ってくれそうなところを探そうとギルドを出たら、金貨20枚で買い取ってくれるって言われたから、売ったんだ。そのお金を持って回復術使える人に頼みに行ったけど、獣人や亜人には嫌だって言われた」
なかなかの行動力があるな。
てか、ティムトが持っている魔石はレベル50~800の魔石。
最低ランクでレベル50の魔石ということは少なくとも金貨100枚以上の価値はあるはずだ。
足元を見るにしてもひどいな。
それにこの大陸は獣人や亜人と呼ばれる人族以外の種族も普通に暮らしているみたいだが?
「そうか。ティムトが治してほしい人は人族以外の人なのか」
「うん。獣人とか亜人って言われてるんだって。俺、この大陸に来てできた人族以外の友達なんだ。にーちゃんも人族以外はダメか?」
「ダメだったらここにシロネは居ないだろ?」
「そ、そーだよな!なんかここの人達変なんだよ。ナチュピケでも似たような人達は居たけど、そんな人達がたくさんいるんだ」
良くも悪くも多民族国家で、この国は周囲の国々を致し方なく吸収していくうちにいつの間にか人種カースト的な物が形成されたのか?
でも夫人やハーちゃんちは別にそんな感じしなかった。
城もシロネに嫌な顔する人いなかったし…。
となると平民が?
でも商業ギルドや冒険者ギルドは普通に獣人の人達いたよなぁ?
ま、いっか。
考えたってしょうがない。
「よし、わかった。暇だし。いいぞ」
「やっぱ暇だったんじゃねぇかよ!」
「いやいや、天井見てたら見るのに忙しくなって、暇な事を忘れていたんだよ?」
「…ん?そうなの?」
素直なティムト少年はすぐに騙されてくれた。
「そんなことよりシィナはどうした?」
「あ!そうだった!」
なにこれ軽いデジャブなんですけど。
船でもこんなことあったような?
「回復魔法断った冒険者のパーティーリーダーぶっとばして冒険者ギルドの牢に閉じ込められてるんだった!」
おいおい、なにやってくれちゃってんだよ?!
「それ一番大事なとこじゃないか?」
「怪我してる人の方が先だろ?シィナなら自力で出てこられるだろうし、先に手を出したのはシィナだし。反省は大事だ」
ドライなの?
信頼なの?
それとも純粋なの?
「なるほどな。わかった。とりあえず案内してくれ」
この世界の子供は心根が強いんだなと思うことにした。
近くでシロネの盛大なため息が聞こえた気がした。
「え?思った以上の大惨事なんですけどー?」
ティムトに連れてこられたのは宿から出て、大通りをそのまま歩いて冒険者ギルド横の通りで、あまり人目に付かない所。
なぜギルド内に入らない?
たしか仮眠室とか、救護部屋っぽいとこあったよな?
それに帝都でこれだけ大きな冒険者ギルドなんだし、たった4人くらい収容できそうなものなんだけど。
そのたった4人。
大きな怪我を負って、3人は意識を失い倒れていて、ひとりは壁に凭れ掛りながら座って大けがをしている腹を手で塞ぎながらゼェゼェと息をし、声を発した俺を、気力を振り絞ってなんとか睨んでいる。
「いーからすぐに治してくれよー、友達なんだ」
状況に説明するつもりが一切感じられないティムト少年に急かされる。
「はいはい」
ここは人目が無いので、普通に地味に回復を掛ける。
いつも通り【聖女の癒し】と【聖女の慈愛】。
急に怪我が無くなり、痛みが引いた事に驚く青年と、意識を失った状態から意識を取り戻し、起きあがる男女。
4人とも獣人。
睨んだ彼が一番の年長者なようで、熊っぽい獣人。
あとは犬か狼の獣人の人、たれ耳の兎獣人の人、よくわからない獣人の人だ。
後でわかったことだが、ツチブタ人族という獣人だったらしい。
犬か狼っぽい人だけは他の3人より獣に近い体の特徴を持った人で、後の3人は人間の姿に耳と尻尾が特徴的に付いている人たちだった。
「ありがと、にーちゃん!」
4人の回復を確認したティムトが真っ先に感謝を言葉にした。
「どーいたしまして。じゃあ次シィナ迎えに行くぞ」
「うんっ!」
「いや、待てよっ!あ、いや、待って下さい」
ちょ待てよっ!
じゃない事にちょっと少しモヤッとしなくもない。
「急いでいるので、用件はこの従者に」
と、アーシュレシカをイケニエにする。
「ごめんな、にいちゃんたち!おれ、シィナ迎えにいかなきゃなんねーんだ!すぐ戻るから!」
簡単すぎる説明を残し、俺の手をグイグイ引いて大通りに向かうティムト少年。
なんだかんだ親友を心配するあたり、いい子なんだと思う。
それに獣人4人はもう少し遅ければ出血のせいで死んでいたかもしれないし、ティムトの判断は間違ってなかったと思う。
俺達に呆気に取られながら見送ることしか出来ないでいる獣人4人を置き去りに、俺達は冒険者ギルドへ入る。
すぐにティムトが受付へ向かい、言う。
「保護者連れてきたぜ!これでシィナ解放してくれんだろ?!」
「ティムト、どういうことっスか?あまりにも説明が足りないッスよ?」
これまでの状況に我慢できずにシロネが口を挟んで来た。
え、ティムトさんや。
もしやギルドの人に「保護者連れてこい」なんて言われていたの?!
俺聞いてないですよ?!
当然シロネも聞いていないわけで、ちょっと怒っている。
「あー、んーーーー、うーーーん」
シロネに言われてめっちゃ考えてるティムトだが、たぶんこれまともな回答返ってこないパターンだと思うんですよ。
シロネもそう感じたのか、聞いておきながらティムト少年を放っておいてさっさと受付に話を聞くことにしたようだ。
シロネが受付で話を聞いている間、ティムト少年がぶつぶつと確認作業を始める。
「朝、ギルド来て、依頼受けて、戻ってきたらクマのにーちゃん達がボロボロなってて、ギルドに回復頼んだけどギルドの回復術師がいなくて、仕方なくその辺のパーティーの回復の人に頼んだら、そのリーダーがなんでか急に怒って、ボロボロのクマにーちゃん達にケンカふっ掛けるような言葉を掛けながら殴ったり蹴ったりして、シィナが怒って、牢に入れられて、これじゃダメだって思って、教会なら金を払えば回復してくれるの思い出して、金出したけど、クマのにーちゃん達の事見てダメだってなって、でも出張料払えって言われて回復魔法かけてもらうために見せた金貨20枚そのまま取られて…」
あれ。
なんだろ。
とんでもなく嫌な事聞いた気がするー。
そうこうするうちにシロネが戻ってきた。
ギルマスを連れて。
「シィナがセージ様の従者だとは知らず、大変申し訳ない事を…」
「それは良いです。こちらこそご迷惑をおかけしました。…シィナが殴った方々は無事ですか?」
イラつきを抑えて、なるべく冷静な態度を心がけるようにして対応する。
「え、えぇ。たまたま近くに教会の回復術師の方がいらっしゃったのでその方に頼んでなんとか命は取り留めました」
それ、ティムトが獣人パーティーの為に呼んだ教会の回復術師だろ?
「そうですか。それはよかったです。それでは冒険者ギルドの規定に従ってシィナには罰則を。それから怪我をした方々への慰謝料、などでしょうか」
イライラする。
けど今はあの獣人達とは別な話だ。
ごっちゃにしないでまずはきちんとシィナやシィナがぶっとばしたやつらへの対応だ。
「っ…。そう、ですね…」
俺のいやに冷静な対応にちょっと引き気味のギルマスと受付さん。
「どうしました?」
「セージ様。もしかしたらこちらのギルドマスターは、シィナがセージ様の従者ということで、牢へ入れたことは、罰則を与える事を躊躇されているのではないでしょうか」
ゆっくりと穏やかに言うシェヘルレーゼ。
そのシェヘルレーゼの言葉にどこか苦い顔をするギルマスと受付さんなので、彼女の言っている事はあたっていたのだろう。
「…一般の冒険者の方ならどうなるのですか?」
ギルマス、それから受付さんの顔を見ながら聞いた。
けど…
「セージ様、一般の冒険者であれば、ここまでの事でしたら冒険者ギルドのギルド証のはく奪と、罰金として金貨10枚。怪我を負わせた方々には慰謝料として一人当たり金貨…そうですね、10枚でも支払えば充分でしょう」
シェヘルレーゼが何やら言い淀んでいるギルマス含めギルド職員に代わり説明をしてくれた。
しっかり夫人や夫人の従者の方々の教育の成果が出ていてなにより。
「ではシィナの冒険者ギルド証の取り消しと罰金として金貨10枚ですね」
受付に金貨10枚出す。
「あっ!シィナのギルドカードに入ってる金とかどうしよ?」
すると成り行きに気付いて焦るティムト。
しっかりしてるよなー。
俺なんて考えもしなかったぜ。
そう言えばティムトもシィナもギルドカードに預金してたよな。
しかも預金の中から自分たちが育った孤児院に入金もしてたんだった。
「あとで商業ギルドか薬師ギルドに登録しましょう。それで大丈夫なはずですよ」
ティムトに優しく声を掛けたのはシェヘルレーゼ。
その答えにホッとした様子のティムト。
魔物の解体や毛皮などの処理を自分たちですれば商業ギルドへ売ることが出来る。
それにティムトもシィナもナチュピケの町をぬけだして、街の外で薬草を採集していたらしいから薬草をとって薬師ギルドへ売ることも可能か。
「お、お待ちください。今回の事は不運と行き違いによって起きた事。罰金の支払いや被害者への慰謝料をお支払いいただけるのなら冒険者ギルド証まで取り上げたりは致しませんっ!」
受付嬢が焦って言う。
ギルマスはなんともいえない顔のまま、
「ここではなんですので別室へお願いします」
そしてやってきました別室。
応接室ですね。
大きな町のギルドにはあるみたいです。
「こちらはギルド規約に則った罰則はきちんと受け入れます。シィナにも自分の行いの代償をきちんと受け入れさせます。なのでわざわざこのような素晴らしい部屋に通されるいわれはないのですが」
既にシィナは解放され、一緒にソファーに座っている。
それは良いとして、俺はやっぱりイライラしているみたいだ。
口調も攻撃的になっている気がする。
先ほどの受付さんの言葉が引っ掛かる。
不運が重なって?
行き違いで?
なんで同じく冒険者ギルドに所属している、先に大けがした獣人達はギルドへ入れないで外で野たれ死のうとしていたんだ?
なんでシィナに殴られたパーティーはきちんとギルドの救護室で寝かされていたんだ?
最初に怪我して、やっとの思いでギルドまで来ていたのは獣人パーティーだろ?
見捨てたのか?
たまたま近くにいた教会の回復術師?
ティムトが獣人パーティーの為に連れて来た教会の回復術師だろ?
しかもそいつ、獣人見て治しもしないのに出張料に金貨20枚?
そもそもレベル50の魔石を誰が金貨20枚で買い叩いた?
ダメだ。
考えれば考えるほどイライラする。
「あ、やっぱ詳しい説明は従者にお願いします。急用を思い出しました。これは今週分の聖水です。それでは」
シロネとティムト、シィナをこの場に残し、聖水を1本置いて俺はさっさと冒険者ギルドを出た。
出てから獣人パーティーのところにアーシュレシカを置いたままだった事を思い出し、迎えに行くことにした。




