051 はじめが肝心
俺が応接室に入ると皆が立ち上がり、腰を折り曲げきっちりと礼をとった。
俺がビクついたのは言うまでもない。
「……席についてください」
平静を装い、塾の先生みたいな事を言ってみた。
皆が席に着いて間もなく、メイドさんが全員にお茶をいれてくれた。
メイドさんの退出を見計らってシロネが説明に入る。
まず全員に腕時計を配る。
時計の見方を教え、明日からここに集合する時間を教える。
その説明で小一時間ほど。
それから制服も渡す。
仕事の時は着るように。
仕事の時以外は着ないようにきちんと説明をする。
男性は水色のワイシャツに紺色のズボン、紺色のベスト。
女性は水色のコットンドレスに紺色のフリル付きエプロンドレス。
靴もサイズと男女性違いで揃いに見えるものにした。
次に8人全員にネイルの施術を教える。
スケジュール管理の人にもどの施術にどのくらいの時間がかかるかわかってもらうために教えるらしい。
その間に俺はまた商業ギルドへ行く。
昨日色々シロネと話し合って、本日のスケジュールを決めた。
シロネが8人に技術指導している間に俺は商業ギルドで半年間借りられる店舗になるような物件を探してもらう。
で、すぐに見つかった。
もとは大貴族の愛人の家。
貴族街と呼ばれる中央区からは離れているが、状態も良いのですぐに使えるだろうとのこと。
一応内見に行ったら隣近所とは離れた立地だけど、今の宿からも商業ギルドからも離れてもいないのですぐに決めた。
最初は賃貸する気満々だったのだが、キンバリーさんの営業トークに乗せられて買うことになってしまった。
支払いは…
「現金より、魔石などお持ちではないでしょうか?酒や食料、薬草類でも大歓迎です」
ということだったので、必要書類のサインなどもあるので商業ギルドへ戻り、個室を用意されて取引。
魔石は捨てるほどある。
食料は…中央大陸で旅の途中立ち寄った町や村で買った分があった。
それを卸そう。
「魔石はレベル20から上位レベル、水属性の魔石もある。食料は小麦、ライ麦、怪魚、海龍・海竜の肉、ひとくち満腹レーション。酒は中央大陸産の赤ワイン、白ワイン、リンゴ酒、エール。お茶はミーグ茶。薬草は…HP回復薬草、MP回復薬草、毒消し草、状態異常回復薬草、万能薬草…薬草とは違いますが、子宝の果実ってのがありますね」
「……………………………え?」
「すみません、長かったですね。書き出します」
メモ帳にサラサラとリストを書きだし、根元を破いてキンバリーさんに渡す。
「え???」
それを見てまだ不思議そうにしているキンバリーさん。
なにに引っ掛かっているんだろう?
アーティファクト系や空間拡張系、完成薬剤なんかは控えたはずだけど。
マモルにも相談してこれなら普通に売る分には大丈夫だろうってものばかりのやつだ。
「あ、あの…ちょっと一旦、お待ちくださいますか?ほほほほほ」
キンバリーさんとしては下手くそな引け方だった。
部屋の扉を閉じた途端バタバタと音がしたので走っていったんだと思う。
どこに行ったのか。
倉庫で在庫確認か?
シロネを待たせているので早くしてほしいんだけど。
それから小一時間ほど経って、キンバリーさんが何故か青い顔をしながらコニーと昨日のコニー直属の文官さんを連れて戻ってきた。
「皇帝って暇なのか?」
肩に小鳥なんて乗せて来ちゃったりして。
メルヘンか。
……あぁ、そう言えば久遠の騎士か。
「バカか!これ見てすっ飛んできたんだよ!」
コニーはヒラヒラと俺がキンバリーさんに渡したメモ紙を見せてキレ気味に言ってくる。
「あぁ…酒もほどほどに」
ゾーロさんの話ではこの国大陸では酒を売ればすぐに売れるって言うくらいだから職権乱用で買い占めにでも来たのか?
「ちげーよ!くっ…だめだ。話が噛みあわん!シロネはどこだ?!」
「仕事をしている」
「お前には話の通じる従者はシロネ以外いないのか?」
そんな言い方やめてくれ。
俺の人望がないみたいじゃないか。
「……いない」
ほら、こうやって事実を答えなきゃならない俺が可哀想じゃないか。
てかそもそもシロネも俺の奴隷なので人望もクソもないか。
「もっと人を付けろ。それとも紹介するか?」
「そういうのは結構です。お引き取りを」
あ、でもやっぱりこの大陸の事や貴族の事を教えてくれる人、1人くらい先生として付けてくれたら、ついでにハルトやマモルも色々知ることが出来ていいんじゃないか?
「っっっちっげーよ!人材斡旋しに来たんじゃねーし!コレだ!コレコレ!」
コニーもツッコミできるらしい。
そしてまたしてもメモ紙をヒラヒラさせてブチギレている。
「麦と酒か?」
「……もういい。疲れた。スピル、話を」
コニーの後ろにいた文官さんがスピルと言うらしい。
そのスピルさんの話。
「魔石はレベル20から50まで、食料は小麦、ライ麦。酒はそこに書かれているものならどれでも。茶も許容範囲でしょう。それらは商業ギルドに卸してもかまいませんが、この…レベル60以上の魔石や海龍・海竜の肉、ひとくち満腹レーション、薬草類や子宝の果実は普通に商業ギルドに卸すようなものではございません。国が買い取ります」
「あ、いや。お金には困ってないので別にわざわざ国に買ってもらわなくてもいいです。家を購入するので、その代金として商業ギルドに支払う、というものだっただけなので…」
「そうじゃないそうじゃない。くそっ、誰かこいつに常識を教えろよ!」
え、なんかやだー、このおっさんちょっとキレてるんですけどー。
そんなコニーの言葉もあって、それから数十分、スピルさんとキンバリーさんによって説明がされた。
普通、レベル60以上の魔石なんて出回らない事。
ましてや個人がいくつも所有しているものではないらしい。
レベル50台でもまずあり得ない程。
海竜・海龍の肉も商業ギルドに卸したとしても一般人が買える金額ではない。
こういうモノは貴族向けのオークションに出すらしい。
ひとくち満腹レーションは日持ちする上に持ち運びも楽なことで、たくさんの需要があるだろうが、まず国の騎士団が買い取りたいということ。
子宝の果実も匿名で貴族向けのオークションに出すべきで商業ギルドで普通に出回らせるべきではない。
ましてやそんなアイテムがある事をそう易々と他人に言うべきではない。
と。そんな事を懇々と諭すように語られた。
「…お前、他に隠している事はないか?」
「あるけど、開示するかはマモルに聞いてみないとわからない」
「じゃぁそのマモルは?」
「王城図書室にこもってるんじゃないか」
「くっ…灯台下暗しか!まぁいい。とにかくお前には人を付ける」
「結構です。人を付けられてもずっとここにいるわけじゃないから困る」
「それでもいい。ここにいる間面倒を見させる。…さっき家買ったとか言ってたな。そこに常駐させる」
「いや、そこ店にする予定だから人が住むようにはしない」
あ、奴隷さんの住む家ないや。
それも買わなきゃかも。
「だったらキンバリー、その店の近くに家はないか?」
どんどん話が進んでいくな。
あー、この状況だとコニーの小鳥に癒されるな。
つぶらな瞳、小さなくちばし、真っ白でフワモコな胸毛。
全体的にまるっこいフォルム。
かわいいなー。
「おい、聞いてるのか?」
「あぁ、その鳥、なんて名前にしたんだ?」
「…聞いてないんだな。まだ名前とか付けてねぇよ。じゃなくて。家と人やるから、そこ住めな。あとこれ、売ってくれ。とりあえずこれだけ。追加でまた頼む」
―――――
魔石(レベル60台)100
魔石(レベル70台)50
レーション(各種)300
海龍肉 5壺
海竜肉 5壺
子宝の果実 3つ
ワイン(赤)10樽
ワイン(白)10樽
エール 10樽
リンゴ酒 10樽
―――――
「明日派遣するやつに帰りに持たせてやってくれ。相場はこれからキンバリーに聞いて支払う」
「あぁ。…子宝の果実とセットで精力剤なんてあるけど…いらな――」
「――頼む。とりあえず10」
くい気味に頼まれた。
よほど切羽詰まっているのか。
いや、何に?!
「それにしてもしっかり酒類発注するのか」
「酒は外せねェよ。持ってるやつから相場で買うんだからいいだろ。てか今更だがこれだけの数あるのか?ギルドに卸す分は?」
「ある。酒類は樽で各種100以上買ったはず。麦もそれくらい買ったかも」
「そうか。出来れば麦類はここのギルドに全部卸してくれないか?強制ではない。ほんとに食料不足でな…。また国ごと受け入れちまって。カツカツなんだよ」
「聖水で何とかなるんだろ?」
「あぁ、あの聖水はすごいな。一瞬で土地が浄化された。まだ経過観察中だが、耕して種をまいても大丈夫そうだとウチの魔術師ジーさんが言ってたよ」
それでも植物が出来るまで時間がかかるか…。
あ、だったら農家でもしてみるか?
俺だけこれといってやることないし。
聖女スキルをうまく使えばダメになった土地も浄化できるんじゃないか?
まだまだたくさん【アイテムボックス】には久遠の騎士あるし、久遠の騎士に畑耕してもらえば俺、豪農になれるかも…!
それで現金収入の心配が無くなるな。
マモルに聞いたところによれば、俺の【アイテムボックス】に入っているモノの大半は現金化できそうにないモノだし。
かといって異世界帰った時に【アイテムボックス】の中身がどうなるかわからない。
だったらここでパァァァっと使ってしまうのもありだよなー。
「よし、俺、豪農になる!コニー、土地をくれ。税とか国に忠義とか必要ないヤツ。人が住めなくなった土地でもいいから」
「やべぇな。なんでそうなったのかさっぱりわかんねぇ。コイツひとりじゃダメなのがよくわかったよ。…土地な。いいぞ」
太っ腹な帝王様に土地を貰った。
キンバリーさんが用意してくれた地図を確認すると、この広い帝国の北西側。
この国の中でも最も大陸中央に近く、数十年前に人が住めないほど瘴気によって穢れた土地となっている場所らしい。
それを1領地分くれるらしい。
既にどうにもできない土地で放棄してしまっているのでタダでくれるって。
でもタダほど怖いモノはないのでレベル1500の魔石2つとレベル500の魔石100コで買った。
コニーはとても疲れた顔をしてそれを受け取った。
文官さんは疲れたコニーを見てニコニコしていた。
キンバリーさんは青い顔してガクガク震えていた。
三者三様ってやつだ。
その後も色々話して解散。
後でキンバリーさんがこの場で決まった事を書面に起こした控えを届けてくれるそうだ。
たいぶ商業ギルドで話が長引いてしまい、もう昼近く。
シロネにあの8人を任せっぱなしだ。
急いで宿に戻る。
戻ったはいいものの、そう言えば俺、なにするんだろうと現実に戻る。
ひとりで行動すると周りに流されてしまう。
俺、シロネさんいないとホントやばいわ。
あの場の現実逃避のためにいらない土地買っちゃったし、なにが豪農だよ!
現実逃避テンションで変な宣言しちまったぜ。
キンバリーさんにも迷惑を掛けてしまった…。
「お帰りなさいませ、セージ様」
「……あ、あぁ」
そうだった。人前だとシロネ、こんな話し方だった。
一瞬誰かと思った。
「基本の施術は教え終わりました。後は毎日練習あるのみです。スケジュール管理の方法も話し合い、今後調整という方向に。そしてこちらが彼らの簡単なプロフィールです」
「ありがとう。こっちは店舗となる物件と、寮に使う物件を買わされた」
「……買わされた?ですか」
商業ギルドでのやり取りをざっくりシロネに説明をした。
一応雇った8人には聞こえないように別室で。
あのあと奴隷さん達の寮に出来るような建物も買うことになった。
半年しか使わないのに。
コニーに買ってもらった以外の酒やら小麦やらをほとんど売ることにしたら、店舗予定の土地建物以外の土地建物分以上だと言われ、賃貸だと小麦を諦めなければならないとか言われたら買わなきゃならないような気がしたんだよね。
うまいこと乗せられた感じです。
それにコニーからは俺が住む用の家も貰ったんだよね。
それも後で見に行って魔改造しないとなー。
「大事になってきたッスね」
「なんでこうなったかわからない。けど考えようによっては丸投げするチャンスだな」
「丸投げしてどうするんスか?」
「色々な土地を巡ろうかと。ハルトは大物狙いで旅に出るみたいだし、マモルは世界の大都市の図書室や図書館巡りをするらしい。だから俺は二人とは違うアプローチで旅に出たり休んだりしようと思う」
「なんか…ふわっとしてますね。豪農どこ行ったんスか?」
「旅に飽きたら農業やって、農業飽きたら旅に出ようと思う。そしたらそのうちやりたい事見つかるかもしれない」
そんなガキみたいな事いってないでもっと現実的な事考えろ!
とか誰かに言われそうだが、悲しい事にここは異世界で、職業というステータスが俺は男子高校生ってやつで、無駄に金やアイテムはあるけど戦う術や賢者級の知能もないので戦力外。
そしたらなんか自分でも出来そうな事を考えてみたらこれしか浮かばなかった。
ちょっとは人の役に立とうと食料面で豪農とか言ってみたんだけど、無理があるよなー。
やってみるだけでもするけどさ。
「金持ちってやること極端スよね…。でもまぁわかったッス。こっちの仕事はもしかしたら明日から来る人に丸投げできそうッスね!」
シロネも前向きに考えてくれたようだ。
良かった良かった。
「問題の先延ばしってよく聞くッスけど、丸投げってあまり聞かないッスよね」
とか言ってたけど。
昼食は従業員さん達の分も含め、宿の軽食を頼んだ。
そして昼食の後は奴隷商へ。
シロネが奴隷商に半年の雇用で俺が買うけど後ろの8人の身の回りの世話をしてもらうので、8人に選ばせるということ、半年で自分を買い戻せるくらいの金を払う旨、その他色々説明した上で、奴隷商側からはとくに問題ないとの事だったので、サクッと買ってサクッと登録。
男性従業員には男奴隷の人で、女性従業員には女奴隷の人。
他に店や寮の掃除や庭の管理を任せる奴隷も購入。
半年で奴隷から解放されるとあって物凄いアピール合戦だった。
俺はお金を払って契約するだけの人に徹する事に決めたので、途中から別室で休ませてもらった。
奴隷を買ったら一旦寮予定地へ。
馬車数台で移動だ。
馬車はスケジュール管理希望の男性が手配してくれた。
なかなかいい仕事をしてくれる。
この国出身なだけあって奴隷にもグレードは下がるものの、きちんと馬車を用意してくれたあたり、俺達を召喚した国とは大違いだなととても好感が持てた。
商業ギルドで貰った地図を頼りに向かった寮予定地。
建物はしっかりしているが結構汚れている。
ここも元は貴族の持ち物だったらしい。
店予定の建物よりは大きい。
部屋数も多いし庭も広い気がする。
その分雑草が伸び放題だ。
「セージ様。早速見に来られたんですね」
誰この人?
と思ったけど、商業ギルドのおじさん。
キンバリーさんに椅子取りゲームで負けた人だ。
「あまり管理はされてなかったみたいですね」
「そうですね。申し訳ありません。もともと空き家だったんですが、買い手がつかず、放置されている状態でした。それを本日急遽ギルドの方で買い上げ、セージ様にお売りしたという経緯ですので全くの手つかず状態で…。」
建物の汚れなんかは【クリーン】で何とかなるけど、雑草は頼まないとダメかもな…。
「今から仕事を頼む事は出来ますでしょうか?」
シロネがおじさんに聞く。
「ええ。大丈夫です。」
「では、商業ギルドでも冒険者ギルドでも良いので、草取りの仕事の依頼をお願いします。本日中に終わらせてくれるなら、人員20名まで銀貨3枚、明日中なら銀貨2枚、それ以降はこちらの人員でも出来ると思うので募集は取りやめで」
「承知しました。取り急ぎ募集を出してきます。掃除の方はよろしいのですか?」
「はい。掃除はこちらでやるので大丈夫です」
できる秘書シロネが話を付けてくれる。
本当にありがたい。
ギルドの受付のおじさんは急いで戻っていった。
それを見届けて、
「シロネ、建物の中に誰かいたりする?」
「いえ、虫やネズミなどの小動物くらいですね。子供達を呼んで掃討戦でもしますか?」
「うーん。虫やネズミだけなら大丈夫かな。一か所にまとめればシロネ1人でも余裕だよね?」
「はい」
というシロネさんからの心強い返事をいただいたので早速仕事に取り掛かる。
門から建物までの庭にびっしり生えている雑草を、人が通れる分だけ、【草木魔法】を使って除ける。
道と、シロネの駆除作業に必要な場所を作ったら、後は敷地全体にじわじわと【堅牢なる聖女の聖域】を張る。一部逃げ込めるように隙を作って袋小路を作る。
するとワサワサと出てくる。
虫やネズミがね。
ワサワサワサワサ…
ずっと人が住んでなかったみたいだったので巣窟になっていたっぽい。
【堅牢なる聖女の聖域】のおかげでそれらを一か所にまとめられたそれらは、シロネがダンジョン攻略中覚えた中級の火魔法一発、一瞬で全て消し炭となった。
あとは建物全体に【クリーン】を掛ければ終わり。
すると細かいところはわからないけど、新築のような見た目となった。




