050 仕事
通された部屋にはティムト達も一緒だ。
彼らはたぶん何もすることもないだろうと思い、身分証の登録をするように言っておいた。
文官と俺、お互いテーブルの席に着いて、改めて話をすることになる。
「先ほどは貴重な回復薬をありがとうございました」
「いえ。大変ですね」
「はい。本当に。心から」
文官は遠慮なく言い切った。
「寝る間も惜しんで陛下の仕事の調整をしているのですが、その調整すらブチ壊してしまうので、ほんと、もう、ね。そろそろ過労死するかと思っておりました。聖者様にはこの命を繋いでいただき感謝の念にたえません」
「いや、そこまで…」
「陛下は本気出せば仕事は出来る御方なのですよ。なのに少し目を離した隙に違う方面に本気を出されるのですよね、ははははは」
死んだ目で笑ってる。
これはもう末期に違いない。
俺はそっともう一本、すごく効く回復薬を彼に渡した。
「……ありがとう、ございます…っ」
彼は涙ながらに俺から回復薬を受け取った。
出された紅茶を飲みつつ、彼が少し落ち着いてから、改めて話が始まった。
基本的にはシロネに任せて、判断は俺に仰ぐというやり方だったので助かった。
大きな話としては雇用の問題だった。
この大陸で一番大きなこの国にあっても死にゆく大地のスピードを遅らせることしか叶わず、その結果農民などが田畑を失い奴隷に身分を落とすしかない状況がじわじわと広がって行っていると彼は言う。
さらに言えば、周辺国がこの帝国へ自ら下り、帝国へと統合されている実情。
肥大化するこの帝国は既にギリギリの状態であるのだが、それでも人は受け入れているようだ。
「それで、この国の現状と致しましては、職にあぶれた者や、なるべくなら奴隷を買い上げていただきたいとお願いしております。裕福でいて、それほど奴隷に対して酷い扱いはしないだろうと思う方にのみこうして声をおかけしているのです。そんなに大々的に言えるものでもありませんので」
比較的性格の温厚な貴族には積極的に奴隷を買うように推奨しているおかしな現状。
奴隷が増えた現在、それを大量に買い上げ、酷使、虐殺などをするイカレた貴族や金持ちも一部いるということで、この国の上層部は頭を抱えているらしい。
そういう輩に限って証拠を出さないという。
というか、この帝国、結構ヤバい状態じゃない?
それでも何とかなってるのは海があるからか。
それに巨大なカジノ都市。
細分化すれば仕事はいくらでもあるが、それでも教育的に仕事を回しきることは出来ていなそうだし、それでもやっぱり全ての人を雇えるだけの仕事はないと思う。
そうなると奴隷に身を落とすしかない人もいるわけで…。
「ハルト様とマモル様にはもう打診はしてあります。気が向けば、という返事はいただいたものの、彼らとてそう多くは奴隷を手に入れる事は無いでしょう。あの方たちは冒険者業を主にされるということでしたので。戦闘奴隷もそれなりに居ますが、奴隷商で抱えている奴隷の多くは農民なので…」
確かにハルトたちで奴隷を買うとしても1人か2人ぐらいか。
それともマモルだったら賢者チートでブースト掛けて職業が農民の人でも戦闘職にしてしまえるかもしれないけどな。
というか、奴隷か。
なんか改めて考えると怖いよな。
何より奴隷が普通に受け入れられる世界とか。
この国の奴隷制度はある意味救済として考えられるみたいだけど、他国ではほんとに人身売買みたいな感じだからなー。
シロネ達がそうだったし。
この国では最低限の衣食住を保証する代わりに低賃金で雇う、みたいな感じかな。
過酷な労働にはなるが、主人次第では自分を買い戻せるという感じか。
となると…?
どうなるんだ?
「セージ様」
「ん?」
たいしてよくもない頭で考えている間に、シロネが文官と話を詰めてくれたようで
「お城にレターセットとコピーヨーシ、レポートヨーシ、ボールペーンを卸すことになりました」
え、いつの間に?!
…ん?ぼーるぺーん?
シロネさん、ちょっと前まで普通にボールペンって言えてましたよね?
シロネは自分の魔法鞄からサンプルを出して売り込みを掛けていたようだ。
レターセットは文官側から持ちかけられた話らしく、ハーちゃん父がコニーやその側近たちに昨日自慢しまくったのが原因というのだから、少し手土産する物をよく考えた方がいいのかもしれない。
そう考えるとハーちゃん母経由でネイルの事が心配になって来た。
さすがに久遠の騎士の事までは大丈夫だと思うけど。
商品は後日、シロネが届けることになった
文官さんは忙しいだろうに、城を出るところまで見送ってくれた。
「やはり紙は売れるッスね。羊皮紙や獣皮紙より破れやすいものの、安価で、統一されたサイズなので結構喜ばれたっス。ボールペーンも使い捨てというのは少し説得するのに苦労はしましたが、中に入ってる管の中のインクが無くなるまでずっと書き続けられるっていうので喜んでたッス」
あ、またぼーるぺーんて言った!
なんだ?!
ツッコミ待ちか?!
「あぁ、うん」
既にシロネはすご腕の商人に思える。
「この分だとハー様のお母様にお土産としたネイルが広がるのも時間の問題ッスね。奴隷の事もあるッス、今から奴隷商へ行ってネイルの施術が出来る人員を補充した方がいいかもっスね。紙も城から広まれば貴族にも大商人にも広がるッスから、その配達の人員も補充、それから…」
すご腕のマネージャーでもあるらしい。
「あ、でも買った奴隷が住むところをはじめに探した方が良さそうッス。詳細を商業ギルドに話して人員や貸し物件など相談しましょう」
「あー、そーね、うん」
イキイキしてるからいーのかな?
あの文官さんと話してシロネなりに将来の展望を見たようだ。
城の広く長い敷地を経て城門を出ると、そこには昨日ハーちゃんちで見たシュッとした執事のおっさんがいた。
俺達を見つけると、深く一礼、それからこちらに近づいてきた。
「ご登城お疲れ様でございました」
そう言ってまた改めて深く一礼したのをみて、俺とシロネは目を合わせた。
さっきのフラグが立ってしまった感じだった。
彼から話を聞いてもやっぱり予想通りというやつで、今日急遽近場のご婦人を集めて自慢したらしい。そしたら羨ましがったご婦人たちが紹介してほしいと言って収拾付かなくなってしまったとか。
思わず俺は頭を抱えた。
少なくともそんな現場に俺は行けない。
精神的に無理だ。
あと一応、男だし?
貴婦人のさ中ってのはアレだよね?
「シロネ…」
「はい、お任せ下さい」
「申し訳ないのですが、従者1人派遣するので勘弁してください」
「いえ、そんな…シロネ殿を派遣して下さるだけでありがたいかぎりでございます」
そしてなんとかシロネをイケニエに、俺は子供たちとテンちゃんを連れて商業ギルドへ向かった。
「セージ様、本日はどのような御用向きで?」
適当な受付に向かったら、その受付の人を押しのけてギルドマスターが俺に応対する。
椅子取りゲームみたいだな、とぼんやり思いつつ、用件を言う。
「人を雇いたいのですが」
このままじゃシロネがずっと貴婦人方にひっぱりだこ状態になるのでは?
そんな微妙な想像のもと、シロネに代わる新たなイケニエを求めてやってきました商業ギルド。
自分、シロネいないと色々大変なんですよ。
主に他人とのコミュニケーションが。
シロネがいないのでシロネの代わりにこうして商業ギルドで交渉しなければならないんです。
助けてシロネさん!
…あれ?
シロネの派遣、もしかして断ることも出来たのでは…?
いやいや、そうすると毎日あの執事さんがこちらにお願いに来そうだし、あの執事さんでダメならハーちゃん母本人がやってきそうだ。
それでもだめならハーちゃん父がハーちゃん連れてやってきそうだ。
うん。やっぱイケニエは必要だな。
ネイルだけでなく他の事も任せてしまえるようなイケニエが。
「どのような人材をお探しでしょう?」
人材か。
そうか。
イケニエじゃなくて従業員にしてしまうか。
お店にしてしまえばいいかも。
そしたらシロネがとってきたレターセットとかの納品も任せられそうじゃないか?
うん。そうするか。
「手先が器用で貴族と話が出来る人材が数名とスケジュール管理が出来て店を任せることが出来る人材が1人」
「どのくらいの期間でしょう?」
「とりあえず1月…いや多めに取って半年。こちら側の都合でそれより前に打ち切りになっても半年分の給料は払います。仕事を辞める人には日割り計算でその日までの給料を払います。給料は相場で。制服支給で身の回りの世話に奴隷を付けます」
うし。
ここで奴隷さん。
半年程度で自分を買い戻せるだけの給料払っちゃえばいいよね!
これで城から頼まれた事はクリアできる。
たぶんマモルとかからしたら「国の言うこと聞く事ないよー」とか言われそうだけど、働きたくても働けないって言うのは心に突き刺さる物がある。
母さんが俺達の面倒を見るために長い時間働けなくて、貧乏した時期があったからな。
俺達は母さんと居られて嬉しかったけど、母さんはお金が無いことで俺達が満足に生活させられない事に申し訳なさそうにしているのが辛かったな。よく電気止められてたっけ。
でもそのあとでシングルマザーの制度とか知って、すこし生活に余裕が出たんだよなー。懐かしい。
「……随分と高待遇ですのね」
「半年だけの期間限定ですので」
いつ元の世界に帰れるか分からないし。
人を雇うならそれくらいの期間だろうな。
それにずっとこの国にいるとは限らない。
ハルト達みたいに冒険はしないまでもここ異世界で帰還方法の情報収集がてら色々なところに行っておきたいし…。
余計な事はするなと言われたけど、やっぱり俺も帰れる方法探しはしたい。
ハルト達には観光とか異世界旅行するとか言っとけばいいしな。
「そうですか…ちなみにどんな仕事内容でしょうか」
おっと、そうだよね。
職種かぁ…
「人の手に化粧をする仕事を中心に、副業程度で城に商品を卸す仕事です」
「っ?! 副業で城に?!……………………なるほど。承知しました」
その間が怖いのですが、なに思ったんですか?
人材は数時間ほどで集められると言われたので、俺は一旦宿に戻ることにした。
子供たちは俺を宿に送ると遊びに出掛けて行った。
一応騎士っぽく仕事をしたらしい。
元気があっていいな。
テンちゃんは俺と一緒に昼寝だ。
夕方くらいまで寝た。
ドア越しに、部屋付きのメイドさんから起こされた。
商業ギルドからの使いが来て、人を集めたので来てほしいとのことだった。
シロネも子供らもまだ帰ってきてない。
面接、ひとりで頑張るしかなさそうだ。
さっと【クリーン】を掛けて部屋を出る。
テンちゃんも俺の後ろを追いかけてくる。
従魔連れで商業ギルドへ到着。
すぐに大きめの部屋に案内された。
室内は既に結構な人数が入っていた。
…30人くらい?
え、多くない?
「これよりこちら、セージ様による面接を始めます」
ギルマスのキンバリーさんが仕切り始めてくれた。
質疑応答から始まる面接。
化粧に興味を持った人が半数。
スケジュール管理志望も半数。
その中でキンバリーさんがどんどんふるいにかけていく。
あれ?これ俺必要だったか?
キンバリーさんがふるいにかけてくれたものの、まだ残った人数が多かった。
みんなやる気がありすぎてなかなか引いてくれそうになく、「女性の上司の下で働ける人」という条件を出したら結構な人数が面接会場から出て行った。
結果、残ったのは化粧に興味を持った女性が4人、男性2人。
スケジュール管理志望の男女1人ずつとなったので、その全員雇うことにした。
合計8人。
予定人数より多くなったが半年の事だし、まぁいいか。
給料は8人全員の希望により、日雇い形式となった。
8人は毎朝、決まった時間に商業ギルドへ行き、指名依頼という形で俺からの仕事を得る。
ギルドから、指名依頼専用の、ガラスっぽい板でできた依頼書を発行してもらってから俺の所へ来て働き、その日の仕事が終わったら、俺がその依頼書にサイン代わりに魔力を通す。それを持って8人はまた商業ギルドへ行ってお金を貰う、という感じらしい。
往復で大変そうだが、これが確実に毎日お金を貰えるのでとくに苦にはならないらしいし、このやり方を許した俺というのも信用に足る人間だという認識らしい。
8人は明日からの雇用で、朝食後、俺の泊まっている宿に来てもらうことにした。
宿に戻るとシロネが戻ってきていた。
「お帰りなさいッス!どこ行ってたッスか?!」
あ……言ってなかった。
「商業ギルド」
「そ、そうッスか…」
帰ってきたら俺も子供らもテンちゃんもいない。
俺にも子供らにもスマホで連絡したが誰ひとりとして連絡がつかない状況で、テンパっていたところに俺が帰ってきたということだった。
俺は素直に謝った。
すぐにシロネは許してくれた。
「ところで何故商業ギルドに?」
「人を雇おうかと思って」
「人?何するんスか?」
「シロネ、今日大変だったんじゃないか?今後も同じような事があるかもしれないし、貴族に対応できる人を雇うことにした」
「……セージ様…さすがっス!」
シロネが物凄く感動している様子。
聞けばマジで大変だったらしい。
ハーちゃん母もハーちゃん父も俺の前だからまだアレでもマシな対応だったらしく、今日の午後、シロネだけ行かせた結果、かなりの無理難題を押し付けられたらしい。
10人近い貴婦人を相手にネイルを施し、その間にハーちゃん父からレターセットや万年筆、お菓子や酒の販売を求められた。
商談の合間にも貴婦人達からネイルの事を色々聞かれるし、商談が先だとハーちゃん父が不機嫌になるし、ネイルが先だとハーちゃん母を筆頭に貴婦人方が詰め寄るしでかなり大変だったらしいが、最終的に俺の存在を盾にして最低限をこなしてきたらしい。
「平民が貴族家にひとりで行くもんじゃないッスよ…。でもまだハー様んとこはマシな方なんでしょうけど」
そう言えばシロネは貴族にひどいことされたって言ってたな。
考え無しに任せてしまって悪い事してしまった。
反省のもとに明けて今日。
朝食後というあいまいな言い方も悪かったと思う。
俺が起きる前に8人は既に宿に来ていた。
部屋付きのメイドさんがシロネに知らせてくれて、シロネが俺を起こしてくれた。
応接室に案内してあると言うので急いで着替えて支度した。
「旦那様。朝食の準備が整ってございます」
メイドさんに言われたが、悠長に朝食なんて取っている場合ではない。
お客さんはもう来て待っているんだし。
「また差し出口をお許しください。お客様方は貴族家出身といいましても旦那様とは身分が違います。彼らは旦那さまを待つことも仕事にございますので、ゆっくりとお支度くださいませ」
な、なるほど?
彼、彼女らは早めに来たってことか?
俺がいつ朝食をとるかわからないから。
だとしたらますます申し訳ないことしたな。
でもメイドさんの言葉から、待たせるのも俺の仕事っぽいニュアンスだよな…。
貴族の人達ってほんと難しいんだね。
いまさら「俺貴族じゃないし」という逃げも通用しなそうなのでメイドさんに言われた通りにシロネ達といつも通りゆっくりと朝食をとってから応接室に向かった。




