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046 およばれさん2

 


 車内でハーちゃんが俺に必死にしがみつきながらうえんうえん泣いている中、自己紹介が始まった。


「改めまして。私はその子…ハーモニアの父、シェルフィス・シェヴィス・フェンディロット。このたびは私の最愛の娘を救ってくれ、感謝します」


 言葉と態度が合ってないのは学生生活で間々あった事だが、これほど気合いの入った言葉と態度が合ってないのは初めて見たな。


 ハーちゃんのお父さんは物凄く恨みがましい目で丁寧に挨拶をしてくれた。


 鬼の形相ってやつだ。

 泣きそうなのを我慢しまくる般若面のような。


 俺にはよくわからない、計り知れない心情でのご挨拶っぽい。


 なんとなくだが、愛娘が俺に懐いているのが許せないのかもしれない。


 それとも泣かせているからか?!


 どっちにしても不可抗力だし、俺にはどうしようもないんですけど。

 たぶん、ハーちゃんを無理に引き剥がしてシェルフィスさんに預けようとしても怒るんだろうな。


 てかこのシェルフィスさん、思った以上に若い。

 同い年か1つ2つ年下かってくらい若い。


「あなた…」


 シェルフィスさんのお隣の女性が呆れ顔で旦那を見ている。


 こちらは同い年っぽい。

 妙齢の女性と少女の中間くらい。


 制服着てクラスに居ても違和感ない感じ。


「申し訳ございません。わたくしはシェルフィスの妻で、このハーモニアの母、セシーリア・セリス・フェンディロットと申します。攫われた娘を保護して下さり、心より感謝を。本当にありがとう存じます」


 こちらは打って変わって貴婦人の挨拶。


 貴婦人とか見たことないから分からないけど、イメージとしてはこんな感じだろうな、と。


 しかもお隣の旦那さんと違ってきちんと言葉と表情が合っている。

 すごいな。


「セージ……ミソノです」


「シロネと申します」


 あ、“申します”って言わなきゃいけなかったのか。


「えー、と。1つ訂正があるのですが」


 俺は勇気を振り絞って言葉を繋げる。


「なんでしょう」


 答えてくれたのはハーちゃんのお母さん。

 ハーちゃんのお父さんはいまだ俺を睨んだままだ。


「ハーモニア…お嬢様を救ったのはハルトで、保護したのもハルト、それから商人のゾーロ氏。主にお嬢様の身の回りの世話をしたのはここにはいませんが、ハルトの従者であるマーニです」


「まぁ、ご謙遜を。わたくし達、マモル様より事の詳細をしっかりとお聞きしました。それからハーモニアやわたくし達の事は気安くお呼びくださいませ。この国ではわたくし達よりセージ様の方が身分としては高いのですよ?状況や役職などはまだ手探り状態ではあるので、大々的に公表は為されていませんが…そうですね。親しい賓客という位置づけにはなろうかと思います」


 ヘー、ソウダッタンダー。


「ふん。爵位もいらない、大げさな護衛もいらない、余計なちょっかいを掛けるな、出来る限りそっとしておけ、などと言うふざけた賓客ではあるがな」


 ハーちゃんのお父さんはスタンス変えしたようだ。


 ちょっとふてぶてしい感じだが、こっちの方が、ずっと睨まれつつ丁寧な言葉遣いで対応されるよりずっといいと思ってしまう不思議だ。


 爵位云々はハルト達が断ってくれていたんだろう。ナイスだ。

 人に監視され続ける生活ほど恐ろしい物はないだろうからな。


 それに爵位ってアレだろ?

 国に仕えなきゃならないってやつだろ?


 元の世界に戻る事前提にしている俺達には無理だよな。


「あなたっ!」


「いえ。そちらの方がずっといいです。夫人も気にせず、気軽い話し方で。俺も難しい言葉遣いは出来ないので、その方がありがたいです」


「まぁ。ふふ、セージ様はお話に聞くような方とは随分違うのですね」


「違い、ますか」


 いったいどんな話を聞いていたのか、聞くのが怖いんですけど。


「終始ふてぶてしい態度で決まった人間以外とは口を利くこともなく、陛下の御前ですら顔を見せず、ローブで隠したまま。何を考えているかわからないし、子供すら邪険に扱う。なのに子供や魔も…聖獣に好かれている、という報告が上がっている」


 それはなんとまぁ、正解。


 ハーちゃんのお父さんは魔物と言いそうになったが、俺の傍らにいるテンちゃんをチラリと見て、聖獣と言い変えていた。

 半分以上言っちゃってるし、別に言い換えたところでテンちゃんも気にする事無いと思うんだけど。


 それに皇帝って言われてもなー。

 コニーだし。


 まぁ、コニーなんだけど皇帝でもあるだよな。


 はじめにややこしいことしてきたのはコニーなので、今更態度変えるのも面ど…変かなって思うし。


 こちらが皇帝と対等かそれ以上だって言うならわざわざへりくだる必要もない。


 コニーの事は近所のおじさんくらいの認識でいようと思う。


「でも今見てわかる通り、きちんと言葉を返してくれるし、ハーちゃんを抱っこする手も優しいわ。それになにより、こんなにもハーちゃんが懐いているんですもの。絶対悪い人じゃないわ!」


 夫人が謎の信頼を持って判断を下した。


 大丈夫?


 侯爵家って国で結構偉い立場だよね?


 そんなに簡単に人を信用しちゃダメだと思うんだ。


 夫人も俺との接し方をよりフランクな感じにチェンジしたようだ。

 切り替え早くてうらやましい。


 ハーちゃんはいつの間にか愚図りモードへ移行していた。

 体の力の入れ具合がいくぶん和らぎ、俺に抱きついたままなのは変わりないが、ひっくひっくぐすんぐすんと眠気と戦っているらしい。


 改めてそんな様子を見ていたんだろう、ハーちゃんのお父さんが、血涙でも流しそうな感じで謝ってきた。


「その、娘がすまんな」


「屋敷に戻りましたらすぐに着替えを用意させますわ」


 夫人も痛ましそうにこちらを見ていた。


 俺のローブの肩のほうは、ハーちゃんの涙と鼻水と涎まみれとなっているし、ハーちゃんが掴まっている首の所と胸の所はハーちゃんの握力と手汗でしわくちゃとなっていた。


「お気になさらず」


 慣れていますので、なんて言葉は付けなかった。

 またハーちゃん父の形相が変わりそうだったので。


 なんとなくちょっとお互い牽制し合いながらも馬車は粛々と進み、体感時間で10時間、実際の時間20分程でようやく馬車が止まる。


 馬車の扉が開き、外に出るように促され、促された通りに出て行くと、昨日行ったお城の10分の1くらいのお城の前に出た。


 それでも物凄く大きいんですけどね!


「ここが我が家だ。ようこそ、フェンディロット侯爵家へ」


 ハーちゃんのお父さんがそう案内していくれた。


 従業員…じゃなかった、使用人さんたちっぽい人がずらりとお出迎え状態。


 なんかこれテレビで見たことあるな、とかぼんやり思ってしまった。

 テレビで見たのはヤ○ザな屋敷でここに居る使用人さん達より多くずらりと並んでいる感じだったけど。


 それにテレビでは黒服とかヤ○ザ服みたいなある意味制服?で揃っていたが、こちらは意外にも制服っぽい感じはしない。


 決まった服の形ではあるが、色も細部もちょっとずつ違う感じで、ここでもちょっと“じゃない”感がある。

 現実感とも言うかもしれないが。


「ふん。後ろの従者はともかく、貴殿自身は慣れた様子、か。つまらんな。もういいぞ。持ち場に戻れ」


 ハーちゃん父はどうやらサプライズ的な事を演出でもしてくれたのだろうか。


 いや、慣れてる感があったから、たぶん、主人と客人が一緒に屋敷に来るとこんな感じにお出迎えしてくれるのだろう。


 使用人さんたちも大変だな。


「…慣れてませんよ。驚いてます」


「どうだか」


 といって、ハーちゃん父はシロネに目を向ける。


 さっきからチラチラとハーちゃん父だけでなく、ハーちゃん母もシロネを見ている感じだ。

 なにか気になる事でも…?


 …もしかして、ここって獣人ダメな国だったり?

 国としては差別が無いとしても貴族社会ではダメな場合がある感じか?


 はぁ。

 コニーに頼んでこういう常識的なこと教えてくれる人でも付けてもらえば良かったかもなー。


「…申し訳ありません。この国に来て間もない上に、特に何も考えずに招待を受けてしまいました。もしかしてですが、この国は獣人に対してなにか…」


「ち、違うのよ?違いますの。そうではなくて…」


 そうなの?

 なら良かった。


「貴殿らが揃って立つところを見ると何やらこう…な」


「えぇ。とても整って見えると言うか。主従揃うと美しいと言うか、えぇ、おかしい事を言っている自覚はあるのよ?」


 服装の統一感だろうか?


 俺もシロネも同じ生地のローブを着ている。

 シロネは無地にただの色付きの縁取りの入ったものだが、俺は袖口や裾、フード周りの縁のに金糸で植物を見立てたラインが入ったものを着ている。


 さらにローブの中も統一感のあるモノを着ている。


 シロネは何の飾り気もない白シャツに白のスキニーパンツ、白の革手袋に白い革のブーツ。白い腰鞄と白いトランク型リュックという白づくしな格好。


 俺も一応は白シャツだが、およばれとあって少し派手目に、金糸で刺繍された物を着ている。白い細身のズボンも縦に金糸で植物の刺繍のラインの入ったもの。


 …例のコスプレブランドショップで“現代風オシャレなんちゃって貴族服セット”なるものを購入して着てきた。

 靴もそれに合わせて買ったし、いつもはしないカッチリした白い綿のタック付き手袋もしている。


 ローブを脱いだとしても見方によっては主人が豪華に見えるだけで主従揃いに見えなくもない。


 しかし、あのローなんとかって国でさえ制服みたいな揃いの服があったのに、この国ではそうではないのか。


 それともあの国同様、揃いの服はあっても神官が着ているとかいうイメージとか?


 もうちょっと帝国を観光する時間が欲しかった。

 情報が足りな過ぎる。


「揃いの格好をしているから、ではないですか?」


「ふむ。そう言えばそうなのか。それにしても…」


「高価な生地で出来た真っ白なローブにそれぞれ違う色の鮮やかな差し色って言うのも神秘性や統一性があるのかしら?」


「旦那様、奥様、お客様を中へ」


 夫婦が俺達を観察しているところへ、救世主がごとく執事っぽいシュッとしたおっさんが夫婦に声を掛けた。


「あら、そうね。こんなところで申し訳ありません。さぁ、セージ様、中へどうぞ」


 おっとりとした笑顔で城へと促すハーちゃん母は、それでも俺達を少しでも見定めようと視線を外さない。

 人物を、と言うより、着ているものをよく見ている感じが、別な意味で怖いんですけど。



 屋敷という城の中へ入ると、俺に一番仕事が出来そうなあのシュッとした執事のおっさんが付き、あとはそれぞれに使用人が付いて、外套やローブを脱がすのを手伝おうとしている。


「あぁ、その方たちは…」


 コニーんとこの城ではこんな感じで待機している人はいなかったので、ローブを脱ぐことはしなかったが、せっかく仕事を全うしようとしている人達に申し訳ないし、脱ぎましょう。


 …という理由で、一旦ハーちゃんを降ろそうか、という魂胆です。


「ローブ、脱ぎますよ?」


「え?でも…大丈夫ですの?」


「王城ですら脱がなかったんだろう?」


「えぇ。脱げと言われなかったし、こうしてわざわざ手伝って下さる方もいなかったので」


「そ…そんな理由で…?」


「でも、確かにそうよね。陛下と対等であるべき御方ですもの。今更ながら当然と言えば当然かもしれないですわね」


 え?逆にそうなの?!

 それで良いの?!

 って思えてしまうんですけど?!


 王城ではローブを脱ぐという概念すらない普通の男子高校生が、そのまま王城に入っちゃっただけで、素直に「脱ぐの忘れてました」という事が言えないがために、こじつけとして手伝ってくれる人がいなかったと言ってしまっただけなんだけどごめんなさい。


 と、心で謝っておく。


 もし次王城に行く機会があったら自主的にローブ脱ごうかと思います。


 一応ローブを脱ぐ前にハーちゃんごと"クリーン"を掛けておく。


「さぁ、お嬢様、メリッサの所へおいで下さいませ」


「やーぁ!」


「まぁ、お嬢様、赤ちゃんになってしまったのですか?」


「んー!やーあ!」


 一度家に戻ってガッツリ甘やかされまくったせいか、ハーちゃんは赤ちゃん返り状態らしい。


「ハーモニア、ローブを脱いだら手を繋ごう」


 そう俺がハーちゃんに提案すると、ハーちゃんは渋い顔からパァァァっと表情を明るくして、素直に応じ、メリッサなるメイドさんに抱っこされた。


 このメリッサさんがハーちゃんの言っていたメリサなんだろうな。


 となるとケトゥーって誰だろ?

 もしかしたらケイトとかケートとかそんな名前の人だったり。


 そんな適当な事考えている間にローブを脱ぎ終え、脱いだローブはシュッとした執事の人が預かってくれている。


「「…………」」


 ローブを脱いだ俺を見たフェンディロット夫妻が驚きの眼差しを向けている。


 普通の顔なのでそこまで驚かれる事はないと思…っていたのは自分だけで、実は俺って相当アレな感じなのかもしれない。

 黄色い平たい顔族的なアレ。


 もとより日本人だから別にそう思われてもいいんですけどね。


「子供…だったのか…」


 侯爵閣下は少し気の抜けた感じにそう呟いた。


 確かに未成年だが、この世界では成人年齢に達しているはずですよ。


 それにあなたも俺と似たような年齢ですよね?


 てか良かった。

 俺の顔がアレだという理由なのではなく年齢に驚いていたのか。


「中の服も真っ白…!」


 夫人はそっちかっ!

 確かにローブ同様、俺もシロネも白を基調とした服ですけども。


 ちなみにシロネは武器や防具は装備していない。

 腰鞄のマジックバッグには入っているけど、およばれしといて装備するのはどうなんだということでしていない。

 今回は様子見で。


 従者だったら帯剣は許されるのかとかまだ分からないし、今のシロネはドラゴンクラスのレベルもスキルもあるので何があっても大丈夫だろう。

 それに俺の聖女スキルもあるしな。


 ちなみに手土産なんかは馬車に入る前にシロネがこの家の使用人の人に渡していた。


 執事さんは呆け気味の夫妻を促し、俺達をどこぞへと案内する。


 着いた場所はお茶の用意が整っているサロンのようなところだった。


 広い部屋の、庭に面したガラス戸を大きく開き、庭に咲く花の香りが柔らかな風に乗って部屋に吹き込む。


 美しい庭は鮮やかな緑の中に、可憐に咲く色とりどりの花々が…


 あ、うん。そうね。

 庭を見ながらお茶しましょう、な感じでガーデンテラスっぽい感じにテーブルセットが用意されていた。


 危うくどこの「評論家だよ!」みたいな感想を言いきるとこだった。

 危ない危ない。


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