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045 およばれさん1

 

 明日、ハーちゃんちに行くにあたって手土産を用意する事になった。


「まずいッスね。申し訳ないッス…」


「謝る事はない。盲点だった」


 俺達の中に帝国のマナーを知る者はいなかっただけだ。




 事の発端はどれを手土産に持っていくかとテーブルの上に品物を並べて悩んでいたところで、この部屋付きのメイドさんが業を煮やしたように、そして申し訳なさそうに声を掛けてきた事だった。


「差し出口を申し訳ありません。お話から察するに、お相手は貴族の方かと」


「はい」


「では食べ物は控えた方がよろしいかと」


「…というと?」


「他大陸から来られた方なら知らなくて当然かと思われますが、それでも情報不足として足元を見られますのでご注意を。そして食べ物を控えた方がよろしい、というのは、食料の大半を輸入に頼るこの大陸にあり、わざわざこの大陸の貴族への手土産で、わずかな菓子と言えど、食料を差し出す、というのは、この大陸の貴族への施しと捉えかねられません。客に飲食もまともに出すことはできないだろう、と言っているようにも」


 それを聞いて俺達は絶句した。


 プライド高すぎるし、ここまで来ると逆にコンプレックス持ちすぎだろ、と思った。


 シロネは別なことで絶句していたらしい。

 たぶん自分が持っていた常識とは違ったとかそんな感じたと思う。


「…って、てことはその…食べ物以外の手土産の方がいいってことっスか?」


「食べ物と関連して飲み物も避けるべきでしょう。そしてここは帝国です。あらゆる物が集まる都市でもありますので。しかし、わたくしから見てもここに置かれた菓子の数々は見たことも無い物ばかり。手土産に出来ないのが残念ですね」


 失礼します、と言って部屋の扉の位置まで控えてしまった部屋付きのメイドさん。


 そこで冒頭に戻る、というわけで。



「情報が足らないッス。自分、そもそも貴族の事もよく分からないッス。勉強不足ですんません」


 しょんぼりとその白銀の狐耳を下げるシロネ。


 シロネ達は帝都に来てからはとくにフードを被ったり、外見を誤魔化す魔道具を発動させなくてもいいので素顔をさらしている。


 俺はなんとなく安心するのでローブを纏ってフードを被っている。

 自分だけの空間っぽくてなんかいい。

 日本ならアレだけど異世界ってことに甘んじている結果にございます。


「いや、その…そこまで落ち込む事も無いと思うけど」


 所かわれば品かわる、というやつだっけ?

 使い方合ってるかわからないけど。


 あっちの大陸ではこういった事は無かったから分からなかったし、微妙に元の世界とそう変わらない常識だったから今まで助かったけど。


 というか、日本の常識とそう変わらなかったってだけで、元の世界でも国によっては確かに、他家へ訪問するのに手土産は失礼にあたるって国もあったような気もするし。


 あー、そういう勉強とかしないまでも母さんの話、もっときちんと聞いておくんだったなー。


 母さんこういうのよく知ってたよなー。


「でもセージ様、ホントになにを土産物にするか…」


「うーん。あぁ、ほら、最悪アーティファクトでも」


 アレならある意味ハズレはなさそうじゃないか?

 アーティファクトってくらいだし。


 そもそもの使い道は微妙な物も多かったけど。


 でもこの世界の人なら誰でも1つは持っときたいってやつなんだろ?


「最悪過ぎるッスよ?!」


 いつだって俺のイエスマン=シロネがガチツッコミを入れてきた。


「手土産にアーティファクトとかドン引きッスよ」


 さらにジト目で見られる。


 アーティファクトといっても俺としては何の使い道も無い物ばかりだ。

 ある意味ガラクタ。


 そんなガラクタを手土産としたところで喜ばないだろうな、とは思う。


「言っときますが、あれらはセージ様がガラクタと言ってるだけで、ほんとはガラクタじゃナイっスからね」


 異世界人の感覚がさっぱりわからん。


「まぁ、それは別にいいとして」


「ほんとは良くないッスけど、話を戻すんッスね。どうぞっス」


 お帰りイエスマン。


「あぁ、どうも。ではこれなんだけど」


 俺はハーちゃんちから貰った手紙を見せる。


「招待状、ッスね?ハー様のご実家からの」


 商業ギルドへ行く前に見せていたハーちゃんちから招待状っぽい手紙を見せる。


「普通、よっぽど大事な人への招待状とかだったらきちんと封筒に入れるのに、入ってない。かといって仕方なく送った感じでもないような手紙、ってことは、封筒が普及してないってことだよね」


「いえ。普通一般の招待状は木の板ッスよ。貴族だからこうして羊皮紙や獣皮紙使ってるだけで…あ、いや、そうッスね。どうぞ」


 一応突っ込んどいてからさらに俺の言葉を促してくるシロネは俺の扱いを覚えてきたっぽい。


「……なので、レターセットを手土産にしようかと」


 無地で高級感ある材質のレターセットを【異世界ショップ】から購入する。

 真っ白とは違う、アイボリーっぽい感じの温かみのある白い便箋。しかも罫線はインクの線ではなく凹凸加工された罫線なので高級感もある。そんな便箋の材質と一緒の封筒もセットだ。

 それに万年筆でもつければいいのでは。


「こ、これは…とてつもなく美しいッスね…」


 シミ一つない均一に加工された紙というのも物珍しさをひくだろう。


 これを木箱ではなく、カーボン製の小さなアタッシュケースにでも入れれば物珍しさは倍増するのではなかろうか。

 万年筆も予備のカートリッジをいくつか付けて、きちんと革製のペンケースに入れといて、と。


「これはいいかもしれないッスね!…そしたら次は奥様用ッスね!」


「へ?」


 普通お土産って1つじゃないの?



 シロネの話では、メインは当主へのレターセットの手土産で良しとして、あとは第一夫人とか第二、第三、果ては愛人にも手土産は必要らしい。


 でも一応、同じ屋根の下で暮らしていることが前提なので、もし同じ屋敷に第二夫人やそれ以降の夫人、愛人などが居ない場合は第一夫人のみでいいらしい。いなければそれにつきる。


「でも、ハー様のご両親がどういう方なのか、ハー様のお立場もよくわかりませんね」


 そうか。

 ハーちゃんが第何夫人の子かも重要なのか。


 そしたら第1夫人と、ハーちゃんのお母さんにも手土産ってことになるのか。


 貴族めんどくせぇな。


「……マモルに聞いてみるか」


 俺はスマホを出してマモルにメッセージを送る。


 すぐに返事が返ってきた。

 流石賢者だ。

 いろんな意味で頼りになる。


「あぁ。なるほど。よかった」


「マモル様はなんと?」


「ハーモニアの家は正妻しかおらず、愛人もいないらしいので問題なく当主向けと夫人向けの二つを用意すればいいらしい」


 未だに俺は思春期が抜けきれないのか、声に出す時はハーちゃんをハーモニアと言ってしまう。

 なんかあだ名で呼ぶの恥ずかしくて。

 なのでテンちゃんも声に出す時は「テン」と言って呼んでいる。


 その点ハルトもマモルも最初からハーちゃんやテンちゃん呼びに抵抗なくあっさり言ってたよな…。


 これが男子高校生と勇者、賢者の差なのだろうか。

 それとも俺の性格がひねくれているだけなのだろうか。


 と、脱線脱線。


「なるほど。でもやっぱり夫人向けのっていうのも難しいっスよねぇ。レースや布とかッスかねぇ?」


「それでも良いか…」


「それでも?ってことは他に何か考えてたッスか?」


「女性と言えば化粧品とかかなーとか安直に考えてたんだけど」


 旅行の際、よく母さんが友人知人のお土産として化粧品とか買ってた気がする。


 でも化粧品は贈る相手の事をよく知らないと、肌に合う合わないとか、香りも好き嫌いあるしやっぱダメか。


 布もレースも良いかもしれないがやっぱり好みの問題がなー。


 でもそんなの気にしてられないか?

 そもそも貴族向けがどういうのかわからないし。


 …ネイル系か?

 それだったら色さえ取り揃えてしまえば、手持ちドレスに合わせてその日の気分で変えられそうだし…。


 それでいっか?

 数色セットで贈れば、この世界にネイルと似たような物があったとしても【異世界ショップ】産の物とは違うだろうし、少しは物珍しいのではなかろうか。


 …いらないと言われてしまえばそれまでだが。

 その時は苦笑いで切り抜けようと思う。


「ね?いる?」


「そう、これ」


 と言って俺はまた【異世界ショップ】からネイルセットを購入し、数種類のマニキュアも買ってテーブルに置く。


「これもまたすごいッスね」


 道具も含めると結構な種類だ。

 けどベーシックタイプの道具なので、本格的な物よりも数は少ない方だ。


「こんな道具や色とりどりの…見たことないッス。これはどういうものなんスか?」


「あー、そうだな。シロネには奥様に施術してもらわなきゃなんないかもだから…覚えてくれるか?」


 見た目が中性的で人あたりのいいシロネがやった方が警戒心も薄いだろうし。


「はいっス!」


「じゃぁまずは俺がシロネにやってみせるんだけど…少しの間、手を触っても大丈夫か?」


「手を触ると言うのであればどうとでも。むしろそこまで怯えた目で下手に出なくても。自分はセージ様の奴隷ッスからなんともないッスよ?」


「そ、そうですか。では…」


 と言って俺はシロネのネイルのケアからはじめ、丁寧にマニキュアを施していく。


 何故俺がこんな事ができるか。

 それは家庭の事情とかいうヤツだ。


 母さんは夜の仕事をしている。

 年齢を詐称して有名なクラブの№2嬢とかしている。


 幼いころから、朝方、ときどきグロッキーな状態で帰ってくる母親を見ていて大変な仕事だなと思い、妹が生まれた頃を境に色々手伝いをするようになった。


 家事もそうだが、疲れてグロッキーな状態の母さんのメイク落としやヘアケア。それに少しでも母さんと一緒に過ごしたくて、必死に覚えたヘアアレンジにネイル。ネイルはケアもジェルもアートも一通り出来るようになってしまった。


 その方がお金がかからないので、という理由が発端だったかもしれない。


 俺達を子育てしながらだと、すぐにネイルはボロボロになる。

 なので母さんはこまめにネイルサロンへ通っていた。


 当時は母さんも慣れない夜の仕事で、給料もあまりよくなかったと記憶している。

 それでも今の仕事には必要な事だから、と母さんは子育てをしながら自分磨きにも余念がなかった。


 そうすることで少しずつではあったが給料が増えたらしいから。


 でも俺は「何度もお店にネイル通いするのは無駄じゃない?」なんて母さんに言った事があった。

 そんな時間があるならもっと俺や妹と一緒に過ごしてほしいという言葉だけは飲み込んだ記憶がある。


 母さんは「ネイルもそうだけど、見た目の細部までが綺麗じゃないとそれなりの客しか付かないよ」なんて言って笑っていたが…なんかそれを聞いて悲しくなった覚えがある。


 それでも母さんは、母さんなりに俺達兄妹に結構金と時間を掛けてくれていた。


 着る物もそうだが、食べる物もそうだった。


 ハンドメイドの物もあったが、ハイブランドの物も、高級料理屋のものもあった。


 それに時間と金が許す限り、いろんな事を体験させたり、いろんなところに連れて行ってもくれた。


「世の中どこに可能性があるかわからないじゃん」とか言って、俺達にいろんな経験をさせた。


 もともと母さんの実家は貧乏で、母さんも中卒で、母さんの世界は狭かったんだって言っていた。


 だから自分の子供の可能性は出来るだけ広げておきたいっていうのが口癖だった。


 極度な人見知りの俺の事も笑って「それも個性だよ。だったら人と会わずに稼げるように今の内何が出来るか知っとかないとな」なんて言ってきちんと受け入れ一緒に考えてくれる、優しくも豪快な母親だった。


 愛情は物凄く伝わったし、そんな母に報いようって思っていたんだけどな。

 人見知りながらも学校頑張って通ったりしてさ…。


「わゎゎゎ…自分の手、物凄くきれい……ッス」


 いつの間にか別な事を考えてしまっていた上に施術も終わり、マニキュアも塗りおわっていたようだ。


「乾くのに30分弱掛るからなにも触らないように」


「30分…?あ、了解ッス」


 あぁ、そうか。


 まだ時間の単位は慣れてないか。


 シロネ達はスマホを持つようになって時計は既に読めるようになっているが、細かい単位まではまだ慣れていないっぽい。


 この世界も24時間ではあるが、詳しい時間というのは一般的には知られていない。


 各国に1つはある時計のアーティファクトで国としては時間を把握しているらしいが。


 それをもとに鐘を鳴らし、時を知らせてはいるが、聞こえない地域もあるので、その辺は適当に過ごしているらしい。


 この町でも鐘は鳴るが、2時間置きなんだよなー。

 直近で鳴ったのはどのくらい前だったか。


 せっかくなので、シロネには腕時計も渡し、腕に付けてあげ、ついでにアナログ表示の見方や使い方を教える。


 ネイルが乾く間の暇つぶしには良かったかもしれない。


「30分経ったかな。爪を触ってみてください」


「ふわぁ、ツルツルッス!」


 あとは除光液の使い方も教え、シロネには後でマーニが帰ってきたら実験台を頼むように言って、ネイルの練習をしてもらう。

 それまではネイルチップでマニキュアの塗り方だけでも練習してもらう。


 スキルが影響しているのかはわからないが、シロネは器用にもすぐに施術を覚え、少なくとも今の所、ネイルチップには綺麗に塗ることが出来ている。


 新しいネイルセットとマニキュア数色を用意し、こちらはレースなどが施された可愛らしい感じの鏡付きのネイルバッグに詰め込み、手土産としての準備は整った。





 翌日。


「えー、留守ばーん?」


「シロネばっかずりー」


 子供達からの大顰蹙を受けるシロネ氏。


「礼儀作法や言葉遣いを覚えられたら次回連れていけなくもないッスよ?」


「くっ、痛いとこをつきやがる」


 おい、どこで覚えたそんなセリフ。


「しゃーないか。昨日の探検の続きでもするか」


「だなー」


 子供たちは切り替えが早かった。

 羨ましい限りである。


「危ない所にはいかないように」


「ダイジョブダイジョブ」


「帝都から出ないようにッスよ」


「へーい」


「知らない人に付いてったらダメッスからね。知ってる人でも怪しい人にはついて行ったらダメッス」


 そう言いながらシロネはまたしても子供らに小遣いを与えている。

 今回は銅貨5枚のようだ。


 俺が言うのも何だが、それっぽっちで足りるのだろうか?


「わーい」


「豪華な昼飯が食えるぜ!」


 …大満足のようだ。


 朝食やら夕食は俺でさえ豪勢だと思えるこの宿の食事。いいかげんこの贅沢な環境に慣れてもおかしくないのだが、子供たちは俺より確実にしっかりしているな。


 小遣いを受け取った子供らは喜んで出かけていった。

 俺達は迎えの馬車を待つ。


 時間は9時50分。

 ハーちゃんちからの迎えの馬車が来たと、宿の下働きから部屋付きメイドへと連絡が入った。

 メイドからそれを聞いた俺達は早速宿から出ると、きっちりした格好の執事っぽいおっさんが出迎えてくれた。


「セージ・ミソノ様、シロネ殿でよろしいでしょうか」


「はい」


 物凄く緊張するんですけど?!

 ガチガチに緊張しつつ、挨拶を受け、馬車に促されるままに乗り…


「うえぇぇぇぇーん」


 込もうとするとハーちゃんが馬車の中で泣いてお出迎え。

 すぐに俺に抱きついてきた。


 が、これは…


「はじめまして」


「どうぞ、お入りになってくださいませ」


 たぶんハーちゃんの両親と思しき男女が。


 こんなサプライズいらないんですけど?!


 こういうのって徐々に緊張感高めてそれから両親ラスボスに会うとか言うんじゃなかったっけ?!

 およばれってそんな感じだと思ってたんだけど、なんかこれじゃない感がすごい!


「お付きの方もどうぞ」


 シロネは若干顔を青くして固まっている。

 ハーちゃんの親の顔は知らないが、見るからにそれっぽいもんな。


 肩身を狭くして俺達は夫妻らしき男女の向かい側の席に、促されるままに座ることになった。


 ちょこちょことテンちゃんも付いてきて馬車内に入ってきたが、何も言われなかった。

 大人しく俺の足元に座ったのが良かったのかもしれない。


 ハーちゃんは俺に抱きついたまま、まだエンエンと泣いている。必死に抱きついてくる。


 幼女の締め付け。


 俺のレベルが低いままだったら早々に絞殺されていたんじゃないかという程のキツイ締め付けである。


 恐ろしい幼女である。


 そんな幼女を抱っこしながら、幼女の両親に対峙しなければならない俺はどんな心境だったら正解なのだろう。


 とりあえず頭ん中は真っ白だよね。





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