040 美幼女神と美丈夫神の攻防
「くそっ! くそっ! くっそぉぉぉぉぉぉっ!」
地団太を踏む金髪碧眼の美幼女がひとり。
どこまでも広がる真っ白な空間にひとり。
「可愛らしい女の子が汚い言葉を使うものではありませんよ?」
でもなかった。
もう一人いた。
こちらは黒髪黒眼の美丈夫だ。
「っ! な、なに勝手にこちらの領域に入ってきている! 出ていけ!」
怒り癇癪をおこす美幼女。
「では返すモノを返して下さい。こちらもこんなスカスカで空っぽで薄っぺらいところに来たくて来たわけではないのです」
美丈夫の微妙なカウンターが入る。
「んぐっ……」
それでも美幼女には効いたようだ。
「こちらの管轄の人間、誘拐しましたよね?」
「な、何の事だ?」
美丈夫の尋問調の質問に下手くそにばっくれる美幼女。
「………へえ。しらをきる、と?」
「だ、だからなんの、……ことだ」
あからさまに動揺を見せる美幼女に、不穏な空気と眼差しを向ける美丈夫。
「ああ、いいのです。すみません。どうやら私の早とちりだったようです。勝手にここまで来てしまってすみません。いえね、私の管轄の人間がどこかへ数人、まとめて連れ去られてしまったので、ピリついてしまいまして……」
しかし、すぐ後に美丈夫はため息をもらしながら軽く謝罪し、悲しそうな顔でそんな事を言った。
それを見て美幼女は内心ほっとする。と同時に
(ふん。バカめ。所詮魔力を無くした土地の神。こちらの隠蔽魔法と隠蔽魔術を組み込んだ異世界召喚には気付くまい。なんなら証拠すら見つけられないのだから大きな事は言えまいよ)
そんな事を思う。
姿に似合わず性根が結構腐っている。
「いい迷惑だ。だがまあ、心境はわからなくもない。今日の所は大目に見てやる。だから早く出ていけ」
「ええ。ありがとうございます。それでは大変失礼しました」
そう言って美幼女の領域から出ていく美丈夫。
そして出ていきがけにぽつりと言う。
「そうですね。これだけ探しても見つからないのなら更なる能力を上乗せしましょうか。そうしたらあの子らも自力で帰ってこられるかもしれませんし」
「なっ、なにを言っている?」
美丈夫の不穏な呟きに焦り気味に食い付く美幼女。
それに対して美幼女から見えない位置でニヤリとしつつ、それから神妙な顔を作ってから改めて美幼女に向き直る美丈夫。
「ああ、すみません。もう領域を出たモノとばかり……聞こえてしまいましたか」
「そんな事はいい。なにを考えている!?」
「ああ、ほら。最近ウチの子らが攫われたでしょう? なのでこちらの土地から攫われたという事実を対価に、その先で充分生きていけるように能力を与えることにしていたのですよ。それをさらに上乗せしようかと」
「はぁ!?」
「もともと私の土地の子らは攫われやすいので、攫われた先で能力が開花するように遺伝子に組み込んでいたんですがね。それでも今回はたくさん攫われてしまったもので、こちらも心配になりまして」
「そんな過保護な神がいるか!」
「そうでしょうか? あなただって自らの子らに他の世界から自分等の都合のいいものを召喚する力を与えたのではないですか?」
「そっ、そんなことはない! 何を根拠にっ!」
「ああ、そう言えばそうでしたね。何の証拠もありませんでした。すみません。まぁとにかく、心配なものは心配なんですよ。だって、そうでしょう? こちらの土地の知識や技術が流出するのですから」
「………。」
美幼女も神、美丈夫も神と呼ばれる存在だ。
どちらも管轄する土地……世界が違う。
神々は自分の土地から自分の土地のものの流出を嫌う。
無数にある世界で似たような物が偶発的に出てくるのは仕方ないとしても、わざわざ似せたモノを作られたり、そのものを勝手に持ち去られるのは、自分の財産を盗まれるのと同じと考える。
人で言うお金のような考え方をしていた。
仲の良い神々の間では貸し借りされているが、そうでなければ泥棒だ。
「でもまあ、今更罪を犯した者が素直に出る訳はなさそうですからね。罪を犯した者にはせいぜい苦しんでもらおうかと」
「ど、どういうことだ?」
「つい最近こちらから攫われた者達に、あえてたくさんの知識と技術を流出させます」
「……ほう、して?」
「その土地の神は喜ぶでしょうね」
「そうだろうな」
「でも同時にその土地の神にとって、とても厄介なスキルも与えようと思いましてね。……というか、もう与えているのでそろそろその土地の神にダメージがあると思うのですよ」
「ふ、ふん。そんなわけあるか。たくさんの知識と技術が入るなら、多少のダメージくらい容認するのではないか? あ、あぁ、これは一般論としてだ」
そう言う美幼女に美丈夫は一瞬冷たい視線を向け、
(なにが一般論だ。一般的に神々の領域間で人さらいが横行しているわけあるか)
と、そんな事を思いつつもすぐに表情を取り繕い、美幼女の言葉を流す。
「ええ、そうですね。……そうだといいですね?」
美丈夫の言葉に美幼女は一瞬固まる。
しかしこちらもすぐに取り繕う。
「そうだな。そうだろう」
「……お忙しい所お騒がせしてしまい、大変失礼しました。では私はこれで」
美しい笑顔を湛えて美幼女の領域を出ていく美丈夫の姿を眺めながら、美幼女は大変焦る。
(あれはっ! あれはあいつの仕業か!)
美丈夫の土地から人を攫っていたのはこの美幼女だった。
何人も何人も。
自分の土地の子らに神託を下してまで攫っていた。
はじめは魔力も持たない人間だった。
けどだんだんと人数を経るごとに、美丈夫の土地の人間は魔力を持つようになってきた。
しかも美幼女の世界ではすさまじいスキル持ちとなって。
自分では考えつかないようなスキルに魔法の使い方。
知識もあり、技術もある。
美丈夫の土地の人間は素晴らしかった。
それに味をしめた美幼女はさらにさらにと神託を下し、異世界召喚という名の誘拐を手伝わせ、自らも美丈夫の隙を突いて誘拐したりもした。
自分の土地がどんどん豊かになっていった。
魔法が進化し、植生も豊かになり、人が前より病気や怪我で死ぬことが少なくなったように思えた。
だから今度はもっとたくさんの異世界人を自分の土地に取り入れた。
そしたら今度は大当たりだ。
それも複数。
あの黒髪黒眼の美丈夫の土地のモノがそのまま手に入るスキルを持つ異世界人達。
それを知った美幼女は嬉しさと興奮にうち震えた。
これでもっともっと自分の土地が豊かになる―――そう思えたのも束の間だった。
今度の異世界人はそれを広めようとしなかった。
知識をひけらかすこともしない。
一応美幼女の土地の子に、異世界のモノを売りつけはしたが、完成品を売りつけるばかりで、それがどういうもので、なぜそのように完成したか一切言わない。
というか、何故か自分の土地の子らは聞こうとしない。
原料や技術を聞けば自分の土地でも作れるはずなのに、なぜ?
と思ったら、その異世界人のスキルに影響されているらしい。
威圧効果のあるスキル持ちだったようだ。
しかしそれはそのうち何とかなるだろうと美幼女は考えていた。
異世界人から異世界のモノを買って研究する者が出てくるだろうと。
そんな事を考えているうちに、その異世界人のスキルが進化し、モノを換金できるようになった。
これには美幼女は焦った。
ただの換金システムならそれでよかったのだが、何故か『査定』を経て換金されるスキルシステムだった。
はじめの内は自分のスキルから得た自分の世界のモノから出たゴミなどをスキルで換金していた異世界人。
次第に美幼女の土地の物を換金するようになった。
石や土や岩や植物などだ。
『査定』は誰がするのか。
それは神々を対象にしたオークションだった。
それもいやらしい事にあの美丈夫の土地のモノは美丈夫が買い取るだけのシステムで『査定』の対象は美幼女の土地のモノだけ。
そのスキルのせいで自分の土地のモノが他の神々によって正当に買い上げられる。
美幼女にとってすれば自分の土地のモノが流出してしまうのだ。
なので美幼女は流出を恐れて必死になって『査定』に出される自分の土地のモノを買い、流出を食いとめた。
何度も何度も。大量に出される自分の土地のモノ。
まだまだ資産に余裕はあるが、このまま行けばいずれ資産は底を突く。
それでも『査定』に出される自分の土地のモノは他の神の手に渡らせたくはないので買い続けた。
ちなみに『査定』を経てオークションをする、と言っても人の暮らす土地とは時間が歪められているため、彼の異世界人が『査定』に出して結果を得る時間は一瞬の事だ。
そして美幼女が必死に自分の土地のモノを買うことによって異世界人が得た金貨を、異世界人は異世界のモノを買うために使う。
何一つ自分の土地に還元されないという悪夢。
いや、一応金貨1枚にも満たない程度の金額を宿の費用や茶葉に使ったようではあるが、それでも美幼女が放出した金貨に比べれば誤差の範囲。
そのうち別の異世界人も、彼の異世界人を真似て美幼女の土地のモノを『査定』に出す始末。
こちらは美幼女の世界にしかいない魔物の類だ。
これはいくつか流出を許してしまった。
思いの外、他の神々の食い付きが良かったため取り逃してしまった。
それにより美幼女は地団太を踏んでいた。
それを美丈夫に見とがめられたという経緯だ。
そして美丈夫と会話をした後さらにまた美幼女は地団太を踏むことになった。
美丈夫の周到さが腹ただしい。
しかし美丈夫の世界のモノが簡単に手に入るスキルを持つ人間を還してしまうのは惜しい。
異世界人は商売を始めていた。
たくさんに技術が詰まったものを売り始めている。
もう少し我慢すればきっと美幼女の世界にも広がる。
類似品が出ればそこから発展していく。
それまでの我慢。
そう美幼女神はなんとか自分を誤魔化しているが、そうはいきそうにない。
なにより基礎的な技術も無しに完成品を出されても試作の仕様もない。
美幼女の世界の人間がペットボトルを見てもそれの原料がわかるわけもない。
タオルを見ても、どういう仕組みで出来ているかはわかってもその途方もない過程と完成度と見栄えを考えれば銀貨1枚でも安すぎる。むしろそれが原価ではないとすればなおさらだ。
さらにいえば魔法が発達している世界なので機械など発達しようもない世界。
魔法の研究はされこそすれ、日用品などに金を掛けて研究する金持ちはいない。
金持ちはいつだって金の無い者から取り上げるばかり。
そういう風潮がある世界だった。
そして金の無いモノが機械の開発など出来ようもなかった。
そもそも金の無い物が銀貨1枚もするペットボトルやタオルなど買える訳もないのでやっぱり技術は広まりようもなかったりする。
そんな事は考えもしない美幼女神。
人間はそのうち進化するとか気長な事を考えている。
他の世界の神々の土地より進化が遅いのは薄々感じているが、気付かないようにしている。
というか、気付いたのでちょっとズルして他の神の土地の人間を誘拐して自分の土地に組み込んでいるわけだが……
(匿名によるオークションだからと言ってもこれだけ何度も頻繁に多くのモノを買いあさっていればそのうち足がつく。早めになんとかしなければ。しかしどうやって……)
既にほかの神々にバレているのだが、美幼女神は気付いていない。
他の神々のこの美幼女神の泥棒癖には辟易していた。
なのでほとんどの神は美丈夫神を応援している。
(む!? おいおい、海洋竜や海洋龍の巨骨を『査定』!? 海底ダンジョンの産物まで!? やばいぞ。これは本格的にヤバい。せめてそれに見合うだけの異世界の知識や技術を搾りとらねば割に合わん!)
美幼女神は懲りていなかった。
まだどうにかしようとあがいている。
そのアグレッシブさを他の事に使えばいいのに……とはどの神も思っていたが言わなかった。
神々は結構暇なのだ。
これも娯楽と捉えてゲーム感覚で楽しんでいる節があった。
美丈夫神でさえも、もしかしたら楽しんでいるのかもしれない。
「さて、そろそろまたあの子たちに面白いスキルでも追加してみましょうか」
などと呟いたりして。




