004 引き換え
それぞれ【異世界ショップ】の検証で出したおにぎりをかじりつつ、あーだこーだ駄弁り、やっぱガイド欲しいよね、という流れになり、腰が引けつつも、奴隷引換券を使えるところを探す。
ここでもまたハルトの人懐こさを発揮し、道行く人に声をかけ、異世界じゃおなじみの奴隷商なるところを教えられ、辿りついた。
「思いの外立派な建物だね」
「だな。もっとおどろおどろしいところかと思ったが普通の金持ちそうな、海外の邸宅って感じだな」
「それどこの海外?」
「うっせー、イメージだよ!」
「お前らここに来てそんなやり取りできるってさすがだな。オレなんてビビりまくりなんだけど」
「俺はなんで鉄壁の守りを誇るお前がビビってんのかが寧ろわかんねぇけど」
「まぁまぁ、セージがビビりでマザコンなのは元からじゃん」
さらっと何かを暴露された気がする。
「それもそうか」
それで納得されてしまう。
まさかこんなところでイジられるとは思いもしなかった。
「…否定しないところがセージだよね」
「だな」
何故そんな目で見る。やめろ!
「そ、そんなことより、ほら、これからどうすんだ?」
「そりゃもちろん……すいませーん」
この流れで普通に邸宅へ向けて伺いを立てられる勇者よ…!
程なくハルトの声に反応して、邸宅の扉が開かれ、男が出てきた。それから俺達を見てから、俺達がいる門前まで来た。
「ようこそいらっしゃいました。どのようなご用件でしょう」
「これなんだけど。使えますか?」
ハルトが男に木の板で作られた奴隷引換券を見せる。
「…はい。どうぞこちらへ」
木板を確認すると、門の中へ迎え入れられ、そのまま屋敷の中へ案内された。
入ってすぐは受付のカウンターがあり、他は何もない部屋。その奥へ案内される。ロビーっぽい広間に入ると、そこは通路と階段、各部屋への扉があり、その中の一室で待たされることになった。
部屋の中は結構広く、窓際にテーブルセットが置かれ、そこの椅子に座って待つことに。
10分弱待ったところへ、さっきの男がお茶セットを抱え、上司っぽい男とともに部屋に入ってきた。
「大変お待たせいたしました」
そう言って男は俺達の前に茶を出す。
それを待ってから、上司っぽい男が改めて自己紹介を始めた。
上司っぽい男は金髪をきっちり後ろに撫でつけたオールバック、整えられた口髭がまず印象に入る。あとは水色の瞳を無駄に意味深に暗く輝かせ、スーツっぽいシュッとしたオシャレ服を着こなす紳士と言った感じか。
「ようこそ、我がスレイグレン奴隷商へ。私は当奴隷商、ローザング聖王国王都支店長のベイズと申します。以後お見知りおきを」
あまりお見知りおきしたくないんですけど、流れで会釈をしておく。
「どうも。で、これなんですけど、使えますか?」
ハルトもサラッと流して本題に入り、奴隷引換券を見せる。
「はい。お預かりいたします」
支店長はハルトから引換券を受け取り、それをじっくりと確認する。
「たしかに、こちらは正規に国で発行されたモノのようですね。…本当にこちらをお使いになりますか?」
「え? はぁ。なんかその言い方だと使っちゃダメ、みたいな?」
「いえいえ、滅相もございません。ただ、国が発行したものとしては幾分珍しいものでしたので、大変失礼な言い方をしてしまいました。申し訳ございません」
「なるほど。そうでしたか。でもまぁ、問題ないんならツレ二人も同じ物持ってるんで、同じく引き換えお願いします」
勇者すげぇ。
普通に奴隷商の肩書ある人と会話できてる。
なんかこの奴隷商、高級感あるし、妙に丁寧な感じだしで腰が引けるんだよなー。
まぁ、ここに来る前から俺は腰が引けていたけどさ。
とにかく、こんな中で堂々と話せるとかハルトマジ勇者だわ。
「承知しました。お連れ様の引換券もお預かりしても?」
支店長に急に視線を向けられ、話しかけられ、あたふたと鞄から奴隷券を引っ張り出す俺。
マモルは事前にポケットに入れていたらしく、普通に何の気兼ねもなく出していた。マジ賢者してる。
ちなみにこっちの世界に来た時に持っていたリュックや上着、押し付けられた現金の大半はそれぞれのアイテムボックスに入れ、今は城でよこされたダサいマジックバッグを使っている。理由は特にないが、マジックバッグ、いくらダサくても使ってみたいじゃん、ってことで。
当然のように【アイテムボックス】は俺だけではなく、ハルトの【時空間魔法】の中にあったし、マモルの【特殊魔法】の中にも【時空間魔法】があった。
「ふむ。やはりお二人も木製の券なのですね」
「さっきから引っ掛かる言い方ですね。なんですか?本物でいいんですよね?」
ハルトの言う通り、なんか引っ掛かる言い方をさっきからしている支店長。
勇者は流すのではなく、しっかり聞いてみるらしい。さすが勇者である。
「あぁ、またしても申し訳ありません。いえね、普通であれば国から発行される奴隷券は最低でも銅製、平均して銀製のモノが発行されるものなのです。なので木製というのは本当に珍しいなと思いまして」
「あー。もしかしてそれで引き換えられる奴隷の価値が変わるんすか。…クソ、アイツ等どこまでバカにしてくれんだよ」
奴隷商の支店長の説明に、ハルトの態度も崩れてくる。
ハルトが悪態つきたくなるのもわかる。
平均以下の以下って感じ悪すぎないか?
たぶんこれって、奴隷商でこういった話を聞かされるのも織り込み済みであえて木製の引換券出してない? 考え過ぎか? でもあの感じじゃ考え過ぎでもない気がする。
「…怪我や病気などでほとんど使いものにならない、使い捨ての奴隷ではありますが、奴隷紋の効果により短いものだとひと月以内、長ければ数カ月は持つはずです。お見受けしたところ、皆さま駆け出しの冒険者のようですから、木製引換券の奴隷でも1度くらいは肉壁として使いつぶすことは出来ましょう」
今の俺達の格好は制服ではなく、マジックバッグに入っていた着替えセットの一つに身を包んでいた。
ハルトとマモルは防具を、付け方の正解が分からないながらもなんとか装着しその上からフード付きのローブを着ている。その他にハルトは剣を腰に付けているしマモルは肩の高さまであるやたら重い木製の杖なんか持っちゃったりしている。俺は職業のせいなのかはわからないが、防具や武器は全て重すぎて身動きが取れそうになかったので、町人風の服装の上から、荷物に入っていた外套みたいなローブを纏う程度となっている。なんとなく下っ端魔法使いに見えなくもない。
支店長の説明に、俺達三人とも苦虫をかみつぶしたような顔になる。
俺達の扱い方にも思うところがあったが、この世界、人の命が軽すぎやしないか?
もしかしたら俺達が知らないだけで元の世界でも同じような考え方をするところがあるのかもしれないけど、こうして直面するとなんとも言えない気持ちになる。
そんな俺達の顔を不思議そうに眺め見てから、すぐに気を取り直して支店長はさらに説明を続ける。
「既にお気づきかと思いますが、この木製の奴隷引換券は奴隷の中でも最低価格帯の奴隷との引き換えとなります。これに銀貨数枚足して頂ければ、銅製引換券相当の奴隷を買う事も出来ますが如何いたしましょう?」
「…そのまま、木製の奴隷引換券での引きかえをお願いします」
ハルトではなく、マモルが答える。
「よろしいので?」
「はい」
なにかマモルに考えがあるのだろう。
後はマモルの話に俺達は合わせ、支店長の確認に頷いた。
「それでは、最低ランクの奴隷がいるところへとご案内いたします。性質上、まともに歩くことができないものが多いもので、お客様のほうで、移動して吟味して頂くことになります」
「わかりました」
そうして俺達は支店長について行く。
ついて歩きながら、ハルトがマモルに聞く。
「なぁ、別にオレ達はそのままでも良かったけど、なんか考えあって木製でいいって答えたのか?」
「うん、ごめんね、相談もなく決めちゃって」
「別にいいけどよ」
「…奴隷ってだけで僕たちにとってはハードル高いのに、わざわざお金を追加してまで引き換えることもないかなって。国が発券してるってことは、奴隷の売買には国が絡んでいるんだろうし、だったら銅貨1枚だって国を潤わせるのも癪だよねって考えたんだよね」
「あー、そういう」
「今頃僕たちが奴隷引換券の説明うけて頭に血を上らせているだろうとニヤニヤされてるかもしれないって思ったらねー。思い通りになってやるのもアレだし、素直にそのままの引換券使った方がいいかなって」
なるほど、やっぱり俺の気のせいとかじゃなく、引換券の説明でイラつかされた訳か。
だったらマモルの言う通り、大人しくそのままの券で引き換えた方がいいか。
それにチラリとマモルに視線をむけられたってことは、そうなんだよな。
俺のスキルで回復かければいいってやつだよな。
分かりました。
対人では何のお役も立てそうにありませんが、回復要員として頑張りましょう。ふんす。
「すみません、木製引換券で交換できる奴隷の中にもスキルを持っている人はいるんでしょうか?」
前を歩く支店長にマモルが開き直ったようにたずねる。
ここへきてマモルの人見知りは少し改善されつつあるらしい。
どうしよ、俺置いてけぼりなんですけど。現役で人見知りしてんですけど。職業:男子高校生の影響で長引く思春期抜けらんない感じですかね?そういう事にしておこう。
「はい、おります。しかしながら、スキルを使える程意識がしっかりしている者はいないかと」
うわ、それはそれでなんか不安なんですけど…。
てか意識がはっきりしていない者しか引きかえられないってわかってて木製の奴隷引換券よこすってもうイカレてるよね、この国の偉い人たち。
とか思っている間に、地下へ到着。
重そうな金属製の扉を開くと、冷たいながらもむわっとした臭気がその場に立ち込める。
「ぅぉぇぇぇ……」
思わずえずいてしまう。と言ってもギリギリで中身は出てない。頑張ったよ、俺。
「毎日換気や清掃はしているのですが、いかんせん生き物ですので……」
「いえ」
遥人もマモルも平気そうだ。
たぶんスキルの耐性や無効、職業的なものが関係しているのかもしれない。
そう考えると、俺の普通さよ。
あ、自分が普通なんだと考えたら少しは楽になったかも。
ふふん。
「ぉえぇぇ」
「おい、大丈夫かよ」
「あ、ああ」
すまん、普通である事をいい事に調子乗った。
「さっきの部屋で休んでても大丈夫だよ?」
「いや、大丈夫だ」
逆に1人はこわいのでついて行かせてくだせぇ。
とか思うのはまだスキルに慣れていないからかもしれない。
マモル達が言うには俺のスキルは鉄壁らしいからな。誰かに襲われそうになったところで誰も俺を傷つけることは出来ないらしい。
心の傷は保障できないっぽいけど。
で、地下。
蝋燭の明かりは心許なく、暗くてじめじめしていて、便や汗や錆、腐った肉の臭いが湿気った冷気の中に混じってずっと気持ち悪い。
掃除はしていると言っていたが、石で出来た壁や床に匂いが染みついて、そこからも臭気を発しているように思える。
後で知ったが、錆の匂いは血の匂いだったらしい。
「さて、このフロア内の檻と言いますか、牢の中に居る奴隷全てが木製の奴隷引換券の対象となります。どうぞ心行くまで吟味しお選びください」
選べと言われてもねぇ…。
見渡す限り虫の息な方たちばかりなんですけど!?
なんで頭抉れてたり内臓はみ出てて生きてるんですか!?
腕や脚が無いのが当たり前な感じなんですけど、それってどうなんですか!?
ねぇ、なんか切ったり貼ったりしてあからさまに本人の物じゃない腕とか足とか耳とかの、アレってなんですかねぇ!?
「おい、おいっセージ」
1人頭の中でパニックを起こしていると、ハルトに方を揺さぶられ、意識を確認される。
「お、おお、すまん」
「顔色悪いけど…まあ、1人になりたくない気持ちも分からなくもないから、もう少し頑張って」
マモルにも応援され、お荷物感パない俺。
申し訳ない。
「迷惑かけてすまんね」
「いいよいいよ。1人くらいまともな神経持ってる人いないと、普通を忘れそうだしね」
あ、自覚はおありでしたのね。
フロア内全部見て回ったが、結局まともに機能している体の人はいなかった。
「んー。みんな同じような感じですね。ちなみにこの中で戦闘系のスキルを持った人は誰ですか?」
「そうですね…。この、素早さと感知能力の高い兎人族と、いくつもの特殊魔法を得意とし手先の器用な狐人族と…攻撃力と防御力の高い鬼人族でしょうか。獣人はもとより頑丈に出来ていますし、鬼人は言わずもがなです。といっても他の木製引換券対象の奴隷よりもひどい有様ですからなんとも…。地力もその通りですが、戦闘系スキルも充実はしているのですがね」
支店長に案内されたその奴隷の人達はなんかもう、虫の息中の虫の息な方々だった。
それを見てマモルは何度か頷き、
「ではその3人を引き換えで」
「…こちらが言うのも憚られますが、ここから動かしたところでこの館の外に出るまで生きている保証のない者たちですよ?」
確かにそんな感じだけれども。
3人の中で比較的小柄な奴隷はたぶん兎人族と言われた人だろう。兎みたいな耳あるし。
といってもほとんど右半分が火傷みたいに溶けかかっていて、右耳と右腕が無い状態。髪もほとんど溶けて皮膚にはりついている感じだ。それを無理に包帯にしている布でぐるぐる巻きにしているから布と皮膚が一体化状態になっている。
後は判別難しかったが、イメージする体格で考えると、狐人族っぽい人は、全体的に包帯に巻かれている。耳も尻尾もないし、目の部分の包帯が異様に血にまみれていることからもしかしたら言葉にするのもアレな感じなのかもしれない。こちらも髪が溶けている感じがするので全体的に火傷しているのかもしれない。
手は指がある感じがしないし、脚も片方ない。あったとしても、やっぱり指が無さそうだ。
…普通の怪我とは違うよな。見てて俺の心が折れそうになる。
で、3人の中で一番体が大きい人が仮定鬼人族の人は…うん。こっちも血まみれで包帯でぐるぐる巻きなのでなんとも説明しづらいのだが、とりあえずすぐわかったのは、内臓がちょっとはみ出てる。ちょっと?いや、結構?うん。結構出てる。腹に開いた傷というか穴が、どうにもふさがらず、包帯で塞いでいたようだが、その隙間から出てる。足も片方折れてるって言うか、もしかしたら骨が粉々になってるかもしれないって言うか…。もう、説明するのツライくらいありさまっすね。
この人達もこんな風に結構ひどい感じだけど、少なくとも俺から見たらこのフロアの中でここから外に出るまでに生きている保証のあるものはいなかったと思う。
みんなこの3人みたいな状態に近い人がほとんどだ。
「はい、大丈夫です。あ、でも回復魔法かけてみていいですか?」
「回復魔法が使えるのですか!?」
くわっと気合いが入った表情で支店長はマモルを見る。
「はい、低レベルですが、かけないよりはマシかなーと」
けどマモルが低レベルだと言うと
「あぁ、低レベル、ですか。なるほど。かけないよりはマシですが、それでも持って数分でまた元の状態に戻ってしまいますよ?」
とテンションダダ下がりになる。
「はい、それでもいいです。みんな同じような感じですし、だったら戦闘スキル持っていた方が、少しは持ちこたえてくれそうじゃないですか」
はぁ、と生返事をする支店長に、さっさと引き換えてここを出たいんだと適当な理由をつけて手続きを急かすマモル。
マモルのコミュニケーションスキルのレベルが上がっている。
そして支店長のあの最初の丁寧さがだんだん崩れてきている。
頑張れ支店長。マモルに負けるな!
…じゃなかった。マモルがんばれ。
「…さようですか。それではお三人それぞれ、奴隷登録を致しますのでこちらへ」
このフロアの出入り口扉のすぐ横にある小部屋に案内される。
ここは奴隷登録をするためだけにある小部屋らしい。
奴隷商の従業員が、マモルの指定した奴隷達を担架に乗せて俺達の前に並べ、早速奴隷登録が始まる。
驚いたことにこの登録、奴隷の意思は全く関係が無い奴隷システムだった。
奴隷登録や奴隷の環境などは国によって違うらしく、奴隷を買った国のシステムがずっと適用されるため、他国へ行ってもここで買った奴隷の待遇はあまり変わらないらしい。
ちなみにこの奴隷商、数カ国に店舗を構え営んでいるが、奴隷の待遇が一番ひどいのはこの国らしいとは小声で教えてくれた。
そして自称ではあるが、自分たちはこの国で一番奴隷に優しい奴隷商だとも言っていた。
結構お茶目なところもあるらしい支店長であった。
そんな自称も適当に苦笑いで受け流しつつ、各自奴隷と契約していく。
国で発行された引換券なだけに、1人がまとめて奴隷を引き受けるとかは出来ず、引換券を渡された人が渡された枚数の引きかえになるというなんとも地味に面倒な引換券だった。
奴隷契約は、奴隷の体の目立つところに奴隷商が魔法陣を描き、そこへ奴隷の主となる者の血を一滴垂らせば完了となる。
…のだが、俺達が契約しようとしている奴隷はどれも目立つところの皮膚や肉がズタズタ状態の半スプラッター。
目立つ目立たないよりもまず、魔法陣を描く場所を見つけてなんとか描くというのが大変そうだった。
描く方も大変だが、描かれる方もここまでズタボロ状態であっても奴隷としてこれから使いつぶされなければならないというのはどうなんだろう。
俺らは使いつぶす気はないけどね。
そんな事を考えているうちに、奴隷の扱い方や諸注意事項の説明ならびに奴隷との契約は呆気なくも恙無く終わり、この奴隷達を後はどう運ぶかと考えていると、瀕死の虫の息かと思っていた奴隷たちがよろよろと立ちあがり、俺達の傍に控えようとする。動いたことでさらに瀕死に見えるんだけど、大丈夫に見えないんだけど、いったい何なんだよ!?
俺達がちょっとざわつくと、俺達を落ち着かせようと支店長が説明してくれた。
「奴隷紋の初期設定は主人の傍に常にあり、その身を呈して主を守り通し絶対服従とすること、となっております。奴隷紋に魔力を通し、各種設定を変えることができますので、折を見てお好みの設定をどうぞ。奴隷は奴隷として扱う事、奴隷の主として振舞う事は他の方の御迷惑にも関わりますのでしっかりとお願いします。それでは当店をご利用いただきありがとうございました。またのおこしをお待ちしております」