039 シロネ6 海人達と海底ダンジョン
「ん?ここなんか…違うか?」
いえ、どう見てもダンジョン…ですがそうですね。
未踏ではありません。
「この様子ですと既にほかの誰かが見つけて入ったのでしょう」
セージ様の疑問にシュラマルが答えました。
しかしおかしいですね。
こんな海底に誰が…?
とも思いましたが、現在は深海という感じではない海底です。
上を見れば途中まで光が差し込んでいるのが見えます。
かなり帝国の近くまで来ているはずです。
そうなると高レベルの冒険者でも海の探索でここまで来たのでしょうか?
「大きな結界はちょっとマズイか。このまま入ろう」
入ることは入るんですね。
わかりました。
入りましょう。
で、ダンジョンに入った瞬間
「わっ、え?人魚?」
我々の前を海人族が横切りました。
セージ様が驚いて声をあげました。
『え?!人族?なんで?!』
セージ様も驚いていましたが、横切りついでにこちらに気付いた海人族もたいそう驚いています。
なるほど。
そう言えば海には海人族がいましたね。
魚類の特徴を持った人間です。
海の中を生業とし、水陸どちらででも呼吸が出来る種族です。
それでも歩ける足がないので、陸で生活するのは厳しそうですが。
子供らも興味津々で海人族をみて、話しかけます。
そしてあっという間に打ち解け、仲良くなってます。
『へー、結界術師かー。すごい魔力量なんだね。こんなに長時間維持している上に水圧による負荷まで制御してるなんて』
「まーな。あんたらはこの辺の人なのか?」
ティムトくんが結界を張っているわけではないのに、彼は自慢気です。
『うーん、もっと陸に近いところかな。ここには仕事の為に来る感じかな』
「魔石か?」
『うん、それもあるけど、ここでレベルを上げたり、戦いの練習をしたり、ついでにドロップ品で日銭を稼いだり、かな?』
「なんだよ…海の中も世知辛ぇ世の中だな」
『あー、やっぱ陸もそうなんだ…』
内容がいつの間にか世の中について語られています。
世知辛いです。
この海域より、このダンジョンの1階層の方が遥かにレベルの低い魔物が出るそうです。
このダンジョンまでは高レベルの海人が人数をまとめて引率してくれるそうです。
海の中にある海人たちの王国があるそうで、そこの兵士や騎士見習いがここで訓練をし、レベル上げたりスキルを磨いたり、お小遣いを稼いだりするそうです。
他にも、海人にも冒険者がいるそうで、そういう人達も比較的陸に近い海中ダンジョンでしのぎを得ているそうで。
今もたくさんの海人が、このダンジョンの1階層で頑張っているそうです。
「じゃぁ、俺達がここで荒稼ぎするのはよくないか…」
『ははは、荒稼ぎって、陸の人は面白いなー。海人の僕等でも2階層からキツイのに、陸の人がこのダンジョンで稼ぐのは無理なんじゃないかなー?』
セージ様の発言を、この海人は冗談や虚勢と受け取ったようです。
お気楽でいいですね。
セージ様がちょっと結界を広げたらあなた方も笑ってはいられないのですが…。
『でもま、がんばってー。仲間達には一応陸の人が入るって連絡はしとくからさ』
そうして我々は入り口にいた海人と別れます。
「とりあえず、6階層から攻略しよう。人魚さん達は最高で3階層まで行けてるって言ってたから、余裕を持ってさ」
セージ様は海人を独自の名付けによって人魚さんと言っています。
なるほど。
人の体に魚の特徴。
人魚ですね。
セージ様は流石ですね。
名づけのセンスもあります。
まぁ、それもありつつ…
海人たちよ、セージ様の御慈悲ですよ!
感謝するがいいです。
セージ様は海人に配慮して上層は見逃すそうですよ。
……それにしても6階層ですか。
10階層くらいからにしませんか?
そろそろハルト様達に怒られませんか?
大丈夫ですか?
あ、シロネは大丈夫ですからね!
どこへなりともどこまででもずっと付いてゆきます!
1階層から5階層、セージ様はただひたすら次階層までの道を進みます。
迷うことなく光の道を歩くだけ。
光る道がセージ様の行きたい場所まで最短距離かつ安全な道を教えてくれるそうです。
1階層から2階層までは、途中何人かの海人に話しかけられました。
気さくな方たちばかりでしたね。
海人たちはもっとセージ様を脅威に思った方がいいと思うのですが…。
そして辿りついた6階層です。
そこから少しずつ結界を広げていくセージ様。
「よし、20階層まで誰もいない。魔物はいるけど、またプチプチ魔石になっていってるから大丈夫かな」
……ということらしいです。
6階層に入ってすぐのところで少し休憩です。
【マジックバッグシード】によって魔法鞄化した鞄より、セージ様のティータイムに必要な物を出します。
ティーテーブルに椅子、お茶にお菓子を出していきます。
時間停止機能まで付いている魔法鞄ですので、熱々のお茶まで仕舞っておけるのはとても便利です。
お菓子は洋生菓子というもので、生クリームで美しくデコレートされたイチゴのショートケーキです。
上にちょこんと乗っているイチゴもゼリーで薄くコーティングされ、ツヤツヤしていておいしそうです。
熱いものと冷たいものを入れておけるのも、この魔法鞄のおかげです。
まぁ、この魔法鞄もセージ様あってこその賜物なのですが。
この4番目となる、ダンジョンは、入り口は洞窟型でしたが、4階層は空気が普通に充満し、我々も結界無しで歩けそうなところでした。
一応危ないのでずっと結界は維持されていましたが。
4階層は海人ではなかなか攻略しにくそうですね。
あぁ、だから3階層どまりだと言う話ですか。
なるほどです。
休憩している間に、この階層の魔物が次々と魔石化していきます。
それを拾いに子供たちが張りきります。
「あれ?いつもより魔石が小さい」
そう言って拾い上げた魔石をセージ様に見せるシィナくん。
「ホントだ。…あぁ、なんかこの辺一帯レベル60ぐらいだ」
「えー、ザコじゃん!」
セージ様が魔石を鑑定したのを聞いて、ティムト少年がそんな事を言います。
ザコって……、地上でレベル60は脅威ですよ?!
これはいけません。
子供たちが変な常識を持ってしまっています。
早めに地上との違いを教えておかなければなりません。
4階層以降、空気のある層はなく、ずっと水中ダンジョンだったため、セージ様の無双は続きます。
6階層から攻略を始め、10階層に来たところで一日を終えます。
10階層までは比較的穏便なレベル帯でした。
宝箱もドロップアイテムも人に言えないような脅威となるものでもないので安心しています。
このダンジョンの特色なのか、ドロップアイテムはほぼ鉱物系です。
1階層から5階層はわかりませんが、6階層から10階層まではオークのこぶし程もある魔鉄のインゴットでした。
ユニーク魔物から出るドロップはミスリルのインゴット。
宝箱から出るのは、魔石やミスリルから作られた武器や防具が多かったです。たまに回復薬や便利そうな魔道具でしょうか。
そして1番目から3番目と違ってこのダンジョンは普通のダンジョン同様に、採集できる物もありました。
はじめはちまちま取っていたセージ様と子供達ですが、途中で飽きてしまって、諦めて次に進みます。
そこで項垂れました。
次下層でのドロップ品が、先ほどまでちまちま取っていた物を大きくしたインゴットになっている事に。
なのでサクサク進む事にしたようです。
それでも一応セージ様の【アイテムボックス】で掬って獲れそうな物はあらかた取っていくスタンスには変わりなかったですが。
「くっ、ゲーマーの収集癖がここに来て悪さをするぜ」
とか小声で呟いていたのが印象的でした。
どういう意味なのでしょう?
その後もセージ様により、攻略が進んでいきます。
恐ろしいほどの早さで。
43階層からなるダンジョン。
1階層あたり広大な景色広がるダンジョンが、たった二週間ほどで、何の苦労もなく攻略…蹂躙されるのです。
階層を下るごとに取れる物は取りつくし、それから進む。
ここが地上のダンジョンだったとしてもあり得ない速度です。
そしてあり得ないほどたくさんのドロップ品の数々。
そんなにたくさん拾ってセージ様はどうするんでしょうか?
国をいくつか作れそうな程の資産になっているようですが。
ダンジョンも後半になってくると、ワタシとシュラマルはほぼセージ様の側仕え化していました。
身の回りのお世話をするのみです。
ワタシは魔法鞄化させた腰鞄と、同じく魔法鞄化させたトランク型背負い鞄をセージ様にいただきました。
腰鞄には装備品や雑貨、家具などを入れ、背負い鞄には食品関連の物を入れています。
腰鞄からテーブルや椅子を出し、もう一つ、背負い鞄用の小さなテーブルを出してそこに背負い鞄を置いて開け、そこからお茶の用意をします。
最近のセージ様の流行りは「ブラックコーヒー」です。
なんでも「洞窟系のダンジョンはコーヒーだよな」らしいです。
草原型や森林系の層では紅茶らしいです。
ここ数層は洞窟系なのでブラックコーヒーとおせんべいを用意します。
洞窟に響くせんべいの咀嚼音がたまらないそうです。
シュラマルは二つの腰鞄を魔法鞄にしてもらったようです。
彼もいっしょにお茶の準備…といってもテーブルクロスを掛け、椅子にクッションを置いてセージ様を案内する簡単なお仕事です。
シュラマルは不器用なのか、まだ急激なレベルの上がり方に不慣れなようで、皿やコップを壊してしまうのであまり繊細な事はさせられません。
戦いに関しても階層主くらいしか出番はないです。
それも最近子供たちに取られているので本当に手持ち無沙汰なようで、セージ様に頼んで「マップ情報誌」なる地理やその地の特産がわかる本をたくさん借りて勉強をしているようです。
ワタシもときどき見させてもらっています。
この鉱物ダンジョンはリヴァイアサンダンジョンに比べれば低いレベルの魔物ばかりでしたので、子供達でも余裕です。
我々が給仕の世界にどっぷり浸かる頃にはセージ様と子供たちによって完全踏破されてしまいました。
これによりダンジョンは難易度が下がり、出てくるアイテム類も一段下がる物となります。
最下層の階層主を倒…最下層の階層主の大きな魔石とドロップ品、初回踏破特典の宝箱を回収し終えると、大きな魔法陣が出現します。
その魔法陣でダンジョン入り口まで強制的に転送されてしまいます。
4度目ともなると小慣れたものです。
『うっ、わぁっ!…って、あれ?君たちは…え?うそ。この魔法陣って…冗談だよね?』
ダンジョン入り口に強制転移されると、このダンジョンに入ってすぐに遭遇した海人がいました。
驚きの表情でこちらを見ています。
「……あぁ、冗談だ。やっぱり無理だったよ。ははは」
棒読みとゾッとするほどの爽やかな笑顔ででセージ様が答えました。
そしてそそくさとダンジョンから立ち去ります。
光る道を早歩きで北大陸の帝国方面へひた歩きです。
子供達も黙って付いて行きます。
もちろんワタシもシュラマルもです。
10分ほど歩いてからでしょうか。
「焦ったー。何も考えないでダンジョン踏破しちゃったけど、あの人魚さん達には悪い事したかな?踏破済みって難易度下がるって言うし、ドロップアイテムも価値の低い物になったり…?」
セージ様にも罪悪感みたいな物はあるようです。
でも踏破する前に気付いてあげたほうが良かったような…。
「大丈夫じゃね?難易度下がるってことはもっと下層まで行けるってことだし」
「もっと安全に新人の練習出来るってことで」
珍しく子供たちがセージ様のフォローに入ります。
いつもならあおりたてるんですが…。
日ごろのワタシとシュラマルの教育の賜物でしょうか。
セージ様も子供達の言葉に納得です。
たぶん「そういうことにしといた」ってだけだと思いますが。
考える担当のマモル様がいないとセージ様は思考を簡単に放棄します。
セージ様は「自分が考えたってしょうがない」とか思っているようですが、違うと思います。
ハルト様もマモル様もセージ様を中心に物ごとを判断している節があると思うので。
でもセージ様のゆるくて早い決断力は素晴らしいと思います。
何事も考え過ぎないのがいいと思います。
「なー、にーちゃん。海人の国行ってみねーの?」
「うん。行かない」
「なんで?」
「これ以上ハルトとマモルを待たせると怒られそうだからな」
あ、その認識はあったんですね。
それでもダンジョンは途中でやめることはなかったんですね。
あぁ、いえ、別に何も思うところはありません。
というか、ダンジョンで楽しそうにしているセージ様を見られて良かったです。
旅の途中、ハルト様とマモル様は楽しみを見出していたようですが、セージ様はそうでもなさそうで心配だったので。
この世界に少しでも楽しさを見つけてくれたようで良かったです。




