035 海底ダンジョン
あからさまな人工物っぽい入り口。
海の中に巨大な雄ライオンが彫られた一対の柱。
超巨大な洋風オシャレ鳥居にみえなくもない。
そしてその洋風オシャレ鳥居の奥にある、岩か何かで出来た、ライオンの鬣のような髪の男の頭部だけの巨大石造の口が大きく開かれている。
ここは異世界。
ってことはアレは像にみえる魔物かもしれない。
「あの像は…ダンジョンの入り口ッスね」
…普通に像でダンジョンの入り口のようだ。
どうやら俺は異世界の魔物に対して疑心暗鬼になりすぎていたようだ。
「色から察するところ、未踏のようですが」
誰もまだ発見出来てなかった物らしい。
色でわかるもんなんだな。
「へー」
そうなんだ。
「…??ご主人、行かないんスか?」
ダンジョンを横目に安全な、淡く光る道を進み始める俺。
物凄く不思議そうな顔でシロネに見られた。
そんな顔で見られたって行きませんよ?
「なんで?」
何故あんな危険そうな所にLv.1の男子高校生が行く?
行くわけがないだろう。
ダンジョンなんて言われればなおさらだ。
「いや、普通未踏のダンジョン見つけたらまずはじめに入って、行けるところまで行って宝箱採りつくそうって思うものッスよね?」
そういうもんなの?
「ダンジョンて危険な所なんでしょ?」
危ないじゃん。
冒険者じゃあるまいし。
それにここにはお子さんだっているのよ?
「そりゃそうッスけど、大体のダンジョンの1層くらいなら自分とシュラマルだけでも余裕ッスよ!強くてもゴブリン程度しか出てきませんし、未踏なので高確率で1層でも充分たくさんの宝箱があるんスよ?!」
うーん。
そう言われてもなぁ。
難破船は変なテンションもあって踏み込んだだけだし…。
でも難破船のあの時の変なテンションの事を考えると、ダンジョンも行ってみてもいいか?
でも難破船と違って空気入れて海の中の魔物を弱らせるやり方は使えなさそうだし、ダンジョンて確実に魔物いるし、戦闘なるよな?
…ん?
海の中のダンジョン?
もしかしてダンジョンの中も海水入ってたり…。
そしたら…
「なんかこう、思ってたダンジョン探索と違うッス」
ダンジョン、入ってみた。
俺がちょっと思いよぎった通り、ダンジョンの中も海水で満たされていて、海洋の魔物の巣窟だった。
そこに【堅牢なる聖女の聖域】を、どのくらい広いかわからないダンジョンの現フロア内に大きめに張ると、そこはもう空気で満たされた空間が広がった。
もともといたダンジョンモンスターは死ぬか、死にそうになっているかという状態で、結界の効果かリポップもされない。
さらには罠なんかも起動されない状態となった。
【堅牢なる聖女の聖域】ってすごいな。
と、どこか他人ごとのように思ってしまった。
ダンジョン内の魔物は、倒すと魔石とドロップ品を落とす仕様。
この海底ダンジョンだけで言うならゲームっぽくてなんとなく安心してしまった。
なので俺達は魔石とドロップ品を回収するだけ。
なるべく回収したいのでくまなくダンジョン内を歩き回ることにはなるのだが、仕方ない。
それにまだ生きている魔物がいても海水がない状態でまともに移動も出来ず、虫の息状態だったので、子供達でもトドメを刺しやすい状態だった。
ダンジョンは下に向かって層をなしていた。
下へ進むごとに、二層、三層…と数えるようだ。
【堅牢なる聖女の聖域】により空気にさらされ、虫の息状態の海の魔物は一応シロネとシュラマルが押さえ、俺と子供らで少しでも攻撃を入れてから、まだ生きていたらシュラマルかシロネがそのままトドメを刺し、魔石に換えていく。
接待レベリングというやつだ。
おかげでここに来てやっと俺もレベルをあげることができた。
奥に行くにつれて、空気がなくてもまだ微妙に生き続けているウジャウジャいる海の魔物とか目の当たりにすると、なんかあれだけ恐ろしく思えた魔物や魔物討伐のこととか考えてる余裕すらなくなって、いつの間にか耐性もついていた。
スキル的な耐性は付いてなかったけど。
あと、基礎レベルが上がったことで、1階層の探索だけでHPとMPが倍になった。
…といってもハルトとマモルの初期ステには敵わない程度なのだが。
とりあえずこのまま接待してもらいつつ進んでいく。
1層と言えど、さすが未踏のダンジョンだけあって、シロネの言う通り宝箱がたくさんあった。
そしていい感じのアイテムも結構入っていた。
武器、防具、消耗品、魔道具や装飾品、特殊アイテムと多岐にわたる。
マモルのエンチャントが掛っている俺達の装備より劣るが、売ればそれなりになるだろう。
それにサイズが自動調整されるっぽく、子供達が付けられそうな物は子供たちにつけさせた。
はじめは無視しようとしていたダンジョンだが、こうして宝箱をあけるときのワクワク感と、聖女スキルでサクサク進める感じもあってちょっと楽しくなってきた。
調子に乗って階層を進み、どんどん降りて探索して…などを繰り返し、3日目には最下層、22層に到達し、結界と空気効果で簡単にダンジョンボスを倒せてしまったのは、さすがにダンジョンに対して謎の申し訳なさが込み上げてきてしまった。
レベルも結構上がったし、子供らなんかすげーし。
「ひゃっほー!またスキルゲットー」
「僕もだよ!魔法使えるようになった!」
いっぱしの戦士と化していた。
「海中の、普通なら手も足も出ない高レベル魔物をこんなにあっさり倒して踏破してしまうなんて…ははは…なんか昔一座の金策の為にダンジョン入った時よりすごい経験したっス。しかも自分、レベルすごいことなってんスけど」
「……私もだ」
シロネとシュラマルは結果に茫然としている。
二人の持つ武器は様変わりしており、なんか強そうでカッコいい武器を持っている。
宝箱に入っていたやつだ。
はじめに渡していた聖王国由来の武器よりかなり高性能で神々しい。
と思ったら神代武器と言われているアーティファクトで、物凄い武器だとわかった。
これにあとでマモルにエンチャント掛けてもらったらもっとすごい物になるかもな、なんて俺は物騒な事を思った。
他にも今のこのメンバー内では誰も使えそうにない武器や防具も回収済み。
たぶんこのダンジョン内の宝箱はあらかた採りつくしたのではなかろうか。
ダンジョンの中でも思い描く目的地までの道を示してくれた【聖女の輝導】は宝箱の場所まで道を光らせて案内してくれたし、シロネの索敵でも見つけられる範囲ではしっかり宝箱回収した筈だ。
マーニの持っているスキルの罠術があれば他にもなにか出るかもしれないが、現状はこんなもんでいいだろう。
ダンジョンに味をしめた俺は、その後にも見つけた未踏のダンジョンを次々に踏破した。
合計4つくらいだろうか。
あれ?意外に少ないか?
それに2番目に見つけたものは最深で8階層。
半日で攻略出来てしまった。
人形が入っている宝箱しか出ない微妙なダンジョンだった。
でもただの人形ではないのが救いだな。
久遠の騎士という人形で、魔力登録すれば自分だけの騎士になってくれるすごい人形だ。
ただ、宝箱ごと持ち帰る感じのやつなので、【アイテムボックス】がなければかなりがさばる。
それでも人形自体の性能はかなり優秀なので全部回収した。
落ち着いたら何個か起動して守ってもらうのも良いかもしれない。
3番目のダンジョンは12階層。ここは2日程度で攻略出来た。
薬草系のダンジョンだった。
階層を潜るごとに貴重な薬草類になっていくダンジョンで、薬学知識のあるマモルとマーニがいなかったので詳しい事は分からない。
それでも鑑定でだいたいこんな用途で使えるよ、程度は表示されていたので、なんか使えそうだと思い、全部【アイテムボックス】に入れて回収してきた。
ダンジョンでも採集とかあるんだろうなと身構えていたら、倒した魔物からのドロップ品が薬草となって出てきた感じだった。
そんな3番目のダンジョンの中でも、結構重宝しそうだな、と思ったのは、【マジックバッグシード】と表示されていた魔法鞄の種だ。
鑑定によると、種に水を掛けてから好きな鞄に入れ、鞄の使用者の魔力を少量注げば翌日にはその鞄は自分だけの魔法鞄と化すらしい。
魔力を注がなくても魔法鞄にはなるが、そうなると誰にでも使えてしまう魔法鞄になるっぽい。
そんな種が11層にいっぱいあったので、全部回収してきた。
朝顔の種くらいのものが5種類。
30kgの米袋で…結構いっぱい。
背の高い花の茎に種が成っていたので、下に袋の口を広げて構え、手を茎に這わせてひっぱればボロボロ取れるので楽しかった。
そんな感じで最初はちまちま手で採取したものを袋に入れて…とかやってたんだけど、途中から袋に入れないでそのまま【アイテムボックス】で回収出来ることに気付いたのでよくわからない数を回収出来てしまったから結構な量だと思う。
それを見たシロネとシュラマルはなんか泣きそうな顔をしていたけど、俺は子供らと楽しく採取した。
食材なんかも豊富に採れるダンジョンだったので余計楽しかったかもしれない。
食べもしないのにリンゴ狩りとかさくらんぼ狩りって結構獲っちゃうよね、みたいな感じに。
それでも俺には【アイテムボックス】さんがあるので無駄にはならないよね!
4番目に見つけたダンジョンは未踏ではなく、1~2階層くらいまでは攻略されてあった。
ダンジョン自体は深く、43階層とかあって、最深まで辿りつくのに2週間もかかってしまった。
ここも水中のダンジョンなため、結界で水をザバっと捌けて光る道で行く先を示してしまえば問題なく進むことができた。
このダンジョンでは宝石や貴金属が結構とれた。
海水の中でも錆びない、金属で出来た木とか植物があって、その実や花が宝石や貴金属だった。
てか、葉っぱや木の幹も獲れそうだったから採った。
その他、子供たちが木登りして金属や宝石で出来た木の実を採取したり、不思議な素材で出来た花が咲いている花畑があり、それも根っこから採ってみたりといった冒険者のまねごとなんかして進んでいたらあっという間に最下層で、これまた巨大な魔物だったがボス部屋と呼ばれる部屋に空気を充満させて部屋の扉の外から中をうかがい、虫の息状態になったボスに石ころ投げてあとは魔石となって消える魔物を待つばかりという楽な攻略だった。
そしてこの度ダンジョン攻略しまくったことで俺は新しいスキルを手に入れることが出来た。
【アイテムボックス術】という謎なほど使い勝手のいいスキル。
ドロップ品をいちいち拾うのが面倒になって横着して【アイテムボックス】で回収しまくっていたら使えるようになっていた。
イメージさえしっかりしていれば【アイテムボックス】の魔法陣でなんでも掬えるようになった。
たとえばその辺に生えている草や木は、根っこからひっこ抜くイメージをしながら【アイテムボックス】に収納すると、根こそぎ取ることが出来る。
そして【アイテムボックス】の中で、木と葉と実に分けることが出来てしまった。
ものぐさにはもってこいのスキルだ。
最高だ。
レベルは上がったし、スキルもゲットしたし、たくさんのアイテムをゲット出来たし、海底ダンジョンは楽しかったな。
また機会があったら攻略したいものだ。
さて、北大陸の帝国まで、あと少し。
あとは寄り道せずに歩けば数時間で辿り着くっぽい。
楽しかったねとキャッキャしていた俺と子供達とは別に、シロネとシュラマルはちょっと遠い目をしていた。
「ダンジョン攻略って、こんなんでいいんスかね」
「わからん」
呆れた様子のシロネとシュラマルの短い会話。
それを聞いてちょっとアレだと思い、俺はほんの少し気を引き締めて子供達に言い聞かせてみる。
「ティムト、シィナ。これは水中のダンジョンで水を抜いたからこんなに簡単に進めたが、地上のダンジョンや魔物はそう簡単に倒せると思うなよ。油断が一番危険なんだ」
分かったような口で子供たちに言ってみた。
海底が故の謎テンションである。
「「わかった!」」
小さな彼らも今ではアーティファクトで全身コーディネートされている。
アーティファクト装備は一定のレベルにならないと身に付けるどころか持ち上げることさえできないものなので、子供だからと侮り、彼らから装備品を強奪する事は難しいだろう。
なにより本人達のレベルやスキルが恐ろしいまでに成長しているのでその辺の強盗や盗賊ごときにはびくともしなさそうだ。
…これはある意味きちんと武術訓練させないとヤバそうな気がする。
きちんと手加減とかを覚えさせないと。
考えたら結構恐ろしかったので、シュラマルとシロネに丸投げしといた。
「確かにこの歳でこのレベルはあり得ないッスからね。承知しましたっス。常識と、更に基礎的な事は自分とシュラマルで教え込む事にするッス」
快諾してもらえたのでとりあえずは安心できそうだ。
ようやく海上からの光が海底まで差し込み、景色や生態系が変化してきた海底。
ここまで来ると知ってる感じの海の中だな。
スキューバダイビングで経験したことのあるような景色だ。
結界内なので水族館の海中トンネルみたいな景色に見えなくもない。
綺麗な珊瑚が多く生え、周囲には魔物より魚がおおくなった。キラキラした陽が差し込み、透き通った青の世界が広がっている。そんな美しい海中を歩き進む。
陸まであともう少しだ。




