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034 海の中

 



 上を見上げると、分厚い暗雲のように……いや、ちょっと綺麗に言いすぎた。


 養殖ウナギの餌やり時のようなウジャウジャ具合に魔物達が犇めき合っていた。


 シュラマルとシロネの戦力であの中を突っ切って船に戻るのは難しそうだ。


「こう言っちゃ悪いッスけど、今なら魔物たちは船に群がってるッスから、魔物はハルト様達に任せて、こちらはこのまま帝国目指すってのはどうっスか?この結界があれば余裕そうッスけど…そこまで持ちそうにないならあの中突っ切って船まで戻るって手もあるッス」


 そうなると荒れ揺れる船に自力で這い上がり、さらに船の中まで避難しなきゃならないそうだ。


「うん。無理だな」


「ご主人が海に落ちた後、マモル様が他の人が落ちないように柵状の結界を張ったんで、よっぽどの不運が無い限り船から落ちる人はいなさそうッス。その分魔物への攻撃はしにくくなったっぽいッスけど、なんとかするって言ってたッス」


「そうか…」


 少し考える。

 上が無理なら下を行くしかないわけだが、下ってどのくらいなんだろう。


 魔物が上にウジャついている分、下に魔物は少なそうだとシロネは言う。


 判断を仰ごうとシュラマルを見ても、意味深に頷くばかりであまり参考にならなそうだ。

 かといって子供らを見れば、不安そうにしている。


「わかった。このまま帝国へ行こう。方角は…」


「こっちっス」


 右手をあげて方向を指し示すシロネ。

 すごいな。

 海の中に居て行くべき方向を見失わないとか。


「帝国のある大陸には邪竜がいるッスからね。あの強大な存在感は遠く離れた大陸にあっても索敵使える者なら分かるッスよ。海の中でもより帝国に近づいているここだとさらにわかるッスね。さっきの海龍とは違う鬱々とした気配っすからよくわかるッス」


 俺の疑問を察してかシロネがすぐに説明をしてくれた。


 そうですか。

 邪竜ですか。


 …嫌なフラグが立ってしまった気がする。


 まぁ、勇者と賢者がなんとかするだろ。


 ハッキリと邪竜が存在するという感じ方ではなく、危険な感じはしないけど嫌な感じがする、という程度らしい。


 それでも皆帝国へ行くのは、索敵が使えない人はもちろん何も思うところ無く帝国へ行くが、索敵が使える人にとっても嫌な感じがしようとも帝国のある大陸にはそれ以上にうま味があるので行くらしい。


 邪竜のせいかわからないが、魔物が強い分いい素材が手に入る。

 ちょっと嫌な感じがするとか、なんか苦手な気配がするという理由くらいで、そんなうま味の多い大陸に近づかないというのはないという感じらしい。


「それに邪竜はもう千年近く身動きすらしてないッスからね。火山大陸よりよっぽど安全な大陸ッスよ」


 火山大陸なんてものもあるんだ。

 シロネ氏は物知りだな。


 シロネは職業が歌劇役者で、以前旅芸人一座に所属していたと言うだけあり、いろんな所に行ったことがあるっぽいのでそれで色々知ってるんだろうな。






 目指すべき方角はわかった。

 あとはどうやってそこまで行くか。


 それは結構簡単に解決した。

 聖女スキルの汎用性が高すぎた。


 まずは帝国の方角を強く意識しながら【聖女の輝導】を発動。


 すると海底の方がうすぼんやり光ったので、もう少し下方へ行くと、なるほど、海底が光っていた。


 そしてそれは光の道として帝国があるだろう方角へと延びていた。


 所々曲がりくねっているのは急こう配であったり危険な足場だったりするためで、光る道はより安全に歩ける場所を案内するように敷かれているようだ。


 光る道に足をつけると、海底の砂の感触は無く、硬質なフロアを歩いているような感じだった。


 意識して海底の砂を触ろうとすれば触れたので、これはスキルの影響だろう。


 そして自分達を守るスキルは個人個人につけることで、それらが密集すれば大きなコロニー状になるが、離れればそれは個人を守る直径2メートルの球状の結界となった。


 その中では息も普通に出来るし、内側から攻撃も出来る。個人に張っているので、よろめいて転んでも結界から外れることもない。


 俺も学習した。


 俺の周辺とか、指定した周辺に結界を張っても、不測の事態が起きた時、とっさにどうする事も出来ないことを。


 まぁ、分散して小さな結界になったところで大型の魔物に丸飲みされてしまったらどうにもならないが、それでも排出されるまで壊れない結界であるだろうとは確信が持てている。


 より強固になるように意識して作ったので、たぶん大丈夫なはずだ。



 そんな俺のスキルの乱用を見て、シロネもシュラマルも心配げな顔をする。


「あの、大丈夫なんスか?1つの結界を維持するのにも結構魔力食うって聞いたことあるんスけど。この輝いている謎の道だって、この空間だって、かなり魔力使ってるッスよね」


「!そ、そうなのか?!にーちゃん、大丈夫なのか?!」


「ぼくらのせいで、ごめんなさい」


 子供らもシロネも泣きそうな顔をしている。

 シュラマルは苦しそうな顔だ。


「問題ない。それより歩きやすいだろう道は示されているけど、平坦というわけじゃなから帝国に着くまでかなり掛りそうなのが心配だ」


 そして俺の言葉を聞いてますます不安にさせてしまったようで、表情の色が濃くなる。


「…ホントに大丈夫だから。この状態でも数日は保てる。もし危なくなったらその時は余裕を持って報告するし、海の上に戻ろう。少なくとも現時点ではこの道を辿る方が安全だとは思うけど…」


 海上を選んだとしても、その時は【異世界ショップ】で適当な船でも買って、手こぎで帝国のある大陸を目指すことも出来なくはないはずだ。


 そうなるとシロネとシュラマルを魔物退治に取られてしまうので俺と子供たちでゴムボートを漕ぐことになるな。

 しかも海面で魔物が暴れる中で。


 なぜ海の魔物たちが海面で暴れているのかは分からない。

 海中の魔物は穏やか、というかこの結界を避けている感じがするのに。


 それを考えると、俺達を無視している魔物の方が知能があるってことか?


 船を襲って暴れている魔物は魔物除け効果のある【堅牢なる聖女の聖域】だろうと構わず突撃かけるほど知能が低い、とか?


 でも突進されても最大限【堅牢なる聖女の聖域】を広げれば波に影響されることなく陸に辿りつける?


 いや、そんなことしたら他の船に影響が出かねないか?


 ……うん。

 考えたって分からないな。


「とりあえず…」


 俺はスマホを出して、ハルトとマモルと俺、3人のグループトークを開く。


 そこへ無事であることと、比較的穏やかな海中から帝国を目指してみるという事を打ちこんでおく。


 送信してみたが、無事に届いたっぽい。


 まだ既読は付かないが、獣人ゆえに耳のいいマーニあたりが着信音に気付くだろう。




 メッセージの打ちこみが完了したところで改めて出発だ。


「あのー」


 出発してから数歩。


 シロネが言いにくそうに声を出す。


 視線で促すと、困り顔で報告。


「自分もシュラマルも、海に飛び込む前、マーニに荷物を全て預けてきてしまって、ッスね…その…」


「野営道具、ならびに替えの武器、食料など持ち合わせがございません」


 高価とされている魔法鞄(マジックバッグ)を普段から大事に扱っていた二人だ。

 海の中に鞄ごと飛び込む選択肢は無かったのだろう。


 大事に扱ってくれてるのは嬉しいが、そこまで恐縮されるとこちらも申し訳なくなる。


 それに水の中で魔法鞄がどうなるかわからなかったので、シロネ達の判断はきっと正しかったと思う。


「この状況だし、基本的に戦闘は避けたい。この結界が維持出来ていればなんとかなるかもしれないし、万が一魔物が襲ってきた場合は…そうだな、この結界と同じような感じの、別の無人結界に誘導出来れば、陸の上と同じような状況で戦えるかも?」


 海中じゃなくしてしまえば陸へ上がった河童状態で勝手に弱ってくれるかもしれない。


 魔物なのでどうなるかわからないが。


 …そうなると河童という妖怪も本来ことわざ通りでもない気もしなくもないが…。



 まぁ、それは置いとくとして、俺の提案に二人とも驚いた顔をしている。


「なに?」


「いえ。随分落ち着いておられるので」


「多重全結界をそんな風に使うってなんかこう、想像の斜め上ってか、ほんとに魔力余裕なんスね、てか…自分らより遥かに大きな魔物と相対しても取り乱すこともないと言うか…」


 ショック療法的な感じで、恐怖を越えたその先に俺は来てしまったようだ。


 もうどうしようもない。

 倒せないし自分ではどうする事が出来ないのなら、俺に出来るこの聖女スキルを使ってどうこの場をやり過ごすかだ。


 それに恐怖のガチ魔物みて、海に飛び込んで、魔物がめっちゃ犇めいている状況を見て、なんか吹っ切れたってか。


「それは…そうだね。一定のスキルに対しての魔力量だけは自信があるかな。魔物にしても、あれだけの物を見てしまうと逆に開き直るしかないかなって」


「な、なるほど…」


 納得してない風の「なるほど」を言うシロネ。

 頑張って消化してくれるとありがたいです。


「あぁ、各自の持ち物は、普通の鞄になるし剣とか槍とかは用意できないけどいい?」


 シロネとシュラマルはもちろん、子供たちにも目を向ける。


 互いに手を取り合い、恐怖と好奇心で周囲を見回している子供らが、俺に注目し、言われた言葉に頷く。


 子供らも手ぶらなので心細いだろう。


【異世界ショップ】で急いで必要そうな物を買い込み、【アイテムボックス】から出す。


 バックパック、アウトドアナイフ、サバイバルセット、ひとりキャンプ用セット、三日分の水と携帯食を人数分出す。


 奴隷ほどではないにしろ、頼りないボロ服を着ている子供達には厚手の衣類と歩きやすい靴も出した。


「子供達には重い装備品かもしれないけど、万が一皆とはぐれた時、なにもないよりマシだろ?」


 結界の安全性は一応説明した。

 俺が生きている限りはたとえ離れてしまっても大丈夫だ、と。


「これぐらいなら大丈夫だ!漁で引きあげた時の網より軽い」


「うん。あと薪より軽い。靴もしっかりしてるから足も痛くないし」


 この世界のお子様達はたくましい。


 皆でセット内容を確認し、バックパックに詰め込んでいく。


 ベルトにはナイフ類やLEDランタンなんかも吊るして装備していく。


「俺と一緒にいる限りは皆で入れる大きなテントや食料は普通に出すから大丈夫だ」


「「え?!」」


 散々重そうな装備品を出しておいてから言ってしまう俺。


「んー、でも海に投げ出された時のこともあるから、こうして個別に持たせてもらえたのは安心出来る」


「うん。それもあるからやっぱり重くても大丈夫」


 強い子達だ…。


「てかにーちゃんすげーな!結界もスゲーし、【アイテムボックス】もスゲー!お城の偉い人たちや大商人が高給出してでも雇ってくれるスキルばっかじゃん!」


「一生くいっぱぐれないやつ!」


 改めて俺のスキルを見た子供達大絶賛である。


 それにしても感想がそれか。

 子供らの世の中って結構世知辛い。





 それからも子供たちが中心となり、なんやかんや話しながらほのかに柔らかく光る道をてくてく歩く。


 途中、折れて海底に転がっていたサンゴの残骸や綺麗な貝殻や、謎に大きな骨を拾ったりしながら歩いていると、沈没船を発見した。


 見つけた瞬間ロマンを感じてしまい、道を逸れてうっかり寄り道。


 快適すぎる結界と【聖女の輝導】のおかげでピクニック気分になりつつあったことも影響する。


 ここまで来るうちに結界の細かい使い方も覚えた。

 結構応用が利くみたいだ。


 沈没船を中心に、外側から空気を含ませた【堅牢なる聖女の聖域】を張ると、中にいる魚や魔物が陸にあげられた魚状態になる。


 数分待てば魔物が息絶えてるので、それを確認しながら適当に宝探しをした。


 子供らと俺は宝探しで、シロネとシュラマルは俺達から離れない程度に周囲を警戒しつつ、死んだ魔物から魔石や素材なんかを剥ぎとり、後で俺が【アイテムボックス】で回収出来るようにひとまとめにしてくれた。


 こういうとき魔法鞄があると便利かもしれないと思いつつ、二人からそれらを受け取りアイテムボックスに突っ込んで行く。


 この沈没船には思ったほどたくさんのお宝はなかった。


 俺のイメージでは金銀財宝ざっくざくだったんだけどな。


 金貨数百枚と宝石類くらいか。


 絵画とか美術品はもうダメっぽかった。

 金属製の装備品もそのとおり。

 地上ではあまり価値が出なそうだ。


 それでもアイテムボックスに入れてから【異世界ショップ】のスキル・アイテムチャージに掛けると、なかなかいいお値段でチャージする事が出来た。


 ボロボロでも少しでも原型をとどめてあるものをチャージしまくったら金貨200枚以上分のチャージ額になったのでちょっとホクホク。


 道すがら拾ったサンゴや貝殻、何かの骨なんかも後でまとめてチャージすれば、またしばらくは金に困らず【異世界ショップ】のレベル上げが出来そうだ。


 沈没船の中には人の遺体らしきものは骨すら無かった。


 シュラマルが言うには全て魔物に食べられたんだろうとのこと。


 ゾッとしたが、沈没船に入ってお宝探ししている俺がそんな風に感じるのは少し違うか。


 あらかたお宝探しを終え、沈没船の周囲に張っていた結界を解くと、船は海水に溶け込むようにモロモロと崩れていった。


 不思議な光景だった。

 結界の力で少しの間、空気にさらされても状態を維持できていたっぽい。


 俺の聖女スキル【堅牢なる聖女の聖域】という結界スキル、結構すごいんだなって思った。


 それと初めて見た魔物の死骸や解体作業だったが、マグロの解体ショー感覚で見ることが出来た。


 ある意味初めて見た魔物の解体が海の魔物で良かったと心から思えた。




 そんなこともありつつ、またさらにてくてくと北大陸の帝国方面へ向けて歩を進める。


 海の中の魔物の姿にも慣れてきた頃だった。


 シュラマルが指さす先。


「あれは…もしかしてダンジョン、でしょうか」


【聖女の輝導】から少し離れ、光の道の光の余波でぼんやり見える位置にそれはあった。



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