023 旅路12 休日の使い方
ここサイネラ王国を地図でみると、横に長い国だった。
俺達が召喚されたローザング聖王国から北大陸の帝国へ向かう港のあるシャローロ・ラ・スヴィケ王国までは商隊の速度で本来であれば5日あれば横切れてしまう。
しかしサイネラ王国の王都は、最短でシャローロ・ラ・スヴィケ王国方面へ向かうのに比べて寄り道になってしまうが、商人の集う商隊からすれば避けては通れない。
ここで荷降ろしをする商人もいれば、ここから仕入れる商人もいる。
他の村や町とは比べ物にならないほどの流通があるので、多少遠回りでもよって商売はしたいとのこと。
なのでこの国には10日の日程をもって移動するようだ。
そしてそんな国の王都で今日は一日休みとなる。
ハルトは朝から張り切って冒険やギルドへ出かけ、マモルも昨日の宣言通り引きこもり。
ゾーロさんは昨日は商業ギルドへ商品を卸していたが、今日は早朝から市場に出店して自分で商売をするそうだ。その護衛で《煌めきの刃》の人達も出かけていった。
さて、俺はどうするか。
いつもながらスマホアプリで一日を潰すことも考えたが、せっかくなので出かけようと思い、サイネラ王国のマップ情報誌を開いて王都のページを眺める。
「あ、ここ王都なのに小麦が安く手に入りそうッスね。酒もリンゴ酒が有名で、隠れた銘酒で白ワインがあるみたいッスね」
横から眺めていたシロネ。
シロネが言うように、王都なのに安い。
この国の他の町村と同じような値段で売っている。
多少高くても銅貨数枚程度。
だったらここでまとめて買っておくのも良いかもしれない。
ということで、成り行きで商人を目指している俺は買い物に出かけることにした。
そして部屋で暇してる皆もついてきた。
ハーちゃんは当然のように俺から離れないので、一緒。
シロネも一応俺の奴隷なので同行。
マーニはハーちゃんのお世話という名目がある。
シュラマルは…一応護衛でついてきてくれたのかも。
あとはハーちゃんの護衛ということで騎士が二人、ついてくる。
旅の護衛の人達ではなく、町の中内のみの護衛だとは、昨日説明があった。いつもの人達は今日はお休みして、また明日からついてくるらしい。
思いの外大所帯での買い物となってしまった。
傍らには子犬の梵天もいる。
梵天、既に皆からはテンちゃんと呼ばれている。
もうテンちゃんでも良いかなって思い始めている俺がいる。
ハーちゃんの護衛の騎士の人に聞いたりしながら、店を探したり、穴場スポットを巡ったりしつつ、お土産っぽいものを買い物をしまくる。
シロネ達は俺の買い物に関してはもうなにも驚かないし言わない。
なのでついてきた騎士達が俺の買い物の仕方に驚くのはなんだか新鮮に思える。
石ころで荒稼ぎしている俺は、カネに糸目など付けない。
容赦なく買い物をする。
マップ情報雑誌に書かれていた卸問屋で、売ってもらえるだけの小麦と酒樽入りの酒を買う。
調子に乗った卸問屋が、「買える物なら買ってみな」みたいな勢いで出してくるものだから、こちらも意地で買っちゃったさ。
俺も意外に負けず嫌いなところがあったらしい。
新しい発見だった。
騎士さん達のおかげで近場の観光は出来たし、意地になった卸問屋さんのおかげで目的の物をまとめ買い出来たのであとはとくにどこにも用は無くなってしまった。
皆にもどこか行きたいところはないかと聞いてみたがとくにないらしかったので、宿へ戻った。
朝早くから出て、宿に戻ったのは昼過ぎ。
ちょっと遅い昼食となった。
騎士さん達も昼も取らずに買い物に付き合ってくれたので、お詫びも兼ねて昼食に誘った。
二人顔を見合わせてどうするか考えているようだったが、受け入れ、部屋に入ってきた。
テーブルの椅子をすすめると、恐縮気味に座る騎士さん達。
「簡単なものですが…」
と、久々に食べたくなったパンケーキを【異世界ショップ】の専門店からテイクアウトして出した。
極厚ふわっふわの惣菜系パンケーキと、王道のフルーツと生クリームがたっぷり添えられたパンケーキの二種類。
「どっちがいいですか?」
と聞くと、真剣に悩み始める二人。
「両方でも大丈夫ですよ」というと「ありがとうございます!よろしくお願いします!」と物凄く喜んでいた。
ハーちゃんは甘いのを選択。
俺は惣菜系のヤツを選んだ。
シロネ達も騎士さん同様に二種類出した。
テイクアウトのカップ紅茶も出して昼食。
ハーちゃんはよほど気に入ったのか、
「おいちー」
と口の周りをクリームだらけにして食べていた。
昨日の夕食の淑女な幼女はどこに行ったのか。
シロネとマーニも
「うんまーーーー!」
とか言いながら食べていた。
騎士さん達は何故か涙を流しながらかっ込むように貪り食べている。
最終的にクリームたっぷりの方をおかわりしていた。
それを見て俺は、旅についてきてくれた騎士さん達の方にも、このパンケーキを食べさせてあげようと心に決めた。
騎士さんもいろいろ大変なんだな、と思えたひとときだった。
食後は騎士さん達は部屋の外で待機。
ハーちゃんはお昼寝。
シロネ達はマップ情報誌をみたり、スマホ操作を勉強したりしている。
俺はまたスマホでゲームでも、と思ったら、梵天改めテンちゃんが遊んでほしそうにしていたので、「取ってこい」で遊ぶことに。
テニスボールを投げると、喜んで取りに行くテンちゃん。
ボールをとりに行く後ろ姿は綿毛にしか見えない。
お手やおかわりもすぐに覚えたテンちゃん。
待ても5割がた覚えた。
犬ってあとなに覚えるんだっけ?
そんな感じで遊んでいたら、今日もまた部屋の扉がノックされる。
またシロネが対応に行けば、ゾーロさんだったらしい。
扉前で少し話をして、シロネだけが戻ってきた。
「ゾーロ様、昨日買い取った分全部売りきったらしいッス。『ありがとうございます、またどうぞよろしく願いします』ってニッコニコッした。たぶんあの調子じゃまたいろいろ買ってくれそうッスね。また自分がお預かりしている魔法鞄に商品入れときますか?」
というのでお願いした。
今回はシロネが「これも良いんじゃないッスか?」という商品も入れる。
そのうちマーニも会話に入り、色々話をしているうちに、ゾーロさんの話題になる。
ゾーロさんはマーニやシュラマルにも積極的に話しかけているらしい。
東大陸の事を色々聞き、販路の開拓を模索したり、特産品などを聞きまくっていたとか。
大まかな国の都市や町の特徴、知る限りの特産などは教えたが、出身国や魔道具についての明言は避けてくれたらしい。
知らないうちに迷惑を掛けていたようだったので謝った。
【異世界ショップ】で買って【アイテムボックス】から出した大量の商品を、皆でせっせとアイテムバッグに入れまくったり、ダラダラしたり、おやつを食べたりしていると、あっという間に夕方となり、ハルトが帰ってきた。
良かった。
何も持ち帰ってきてない。
「聞いてくれよ!テンプレなったぜ!冒険者ギルドの特例でランク3つ上がった!」
またかなり無双してきたらしく、昨日同様、向かってくる大きな魔物を倒しまくり、その倒した魔物丸ごと全部を【アイテムボックス】にいれてギルドで出したら驚かれ、ギルド支部長と話をした結果、そうなったらしい。
うん。
そのくらいなら…他に迷惑かかる人もいないからいいのかな?
少なくとも何か拾ってきたりしなくて良かったと俺は安心した。
そのうちにマモルも【ミニチュアガーデン】から出てきて、魔法やスキルの検証結果をズラズラと説明されたがさっぱり分からなかったし、マモルの雰囲気の違いも気になってマモルの話が耳に入らなかったってのもある。
身長もまた伸びた気もするし、いくぶん大人な顔…老けた感がある。
一体どれだけ加速された世界にいたんだか…。
とりあえず、マモルが研究みたいなことをしていて、その結果出来上がったアクセサリーがあるから皆にあげる。
ということで貰ったアクセサリーがシンプルかつオシャレな感じなのがすごいなって思った。
マーニ、シュラマル、シロネ、ハーちゃんにまで配っていた。
「シュラマル達のは、ネックレスタイプのが人族に見えるようになる魔道具。意識して触られれば違和感くらいは感じられるかもだけど、人族と疑われなければ普通の人族に見えるかな。指輪のが30パーセント身体強化する事が出来る魔道具。ブレスレットのが生体反応がわかる魔道具。スマホと連動出来るようになってるから後で皆の登録するね!」
ゆるふわが売りだったはずのマモルではない。
はやく帰ってこいよ、マモル。
マモルは珍しく興奮し、テンション高めに色々説明してくれた。
他の説明はよくわからない魔法や錬金術の事だったので聞き流した。
夕食の時間になり、ゾーロさん達が「また一緒に夕食を」というお誘いがあってようやくマモルの説明が一時ストップする。
ハルトもマモルのテンションをみて、帰ってきた時の興奮はおさまり、生あたたかい笑顔で持ってマモルの話を聞いていたのが興味深かった。
昨日と同じ食堂の個室に通されると、今日は従業員さんから「ローブをお預かりします」と声がかかった。
昨日の事を反省しての事っぽい。
ローブ姿で食事をさせてしまったと反省したのか、言わなきゃコイツらローブのまま食事するのか考えたのか。
幸いにも今日に限ってはどちらでもいい。
タイミング良くマモル謹製の魔道具が早速役に立つ。
姿を変えるネックレスと生体反応の確認の魔道具はパッシブ、筋力が増す指輪任意と説明されていたので、特に何もしなくてもこの場合は大丈夫。
きちんとシロネ達の耳や角、尻尾は見えていない。
ゾーロさん達はここで初めてシロネ達の顔を見る。
ミケロくんやジックさん、《煌めきの刃》のエイルさん以外のメンバーは俺の顔も初めて見て、驚いている。
……なんかまた地味に傷付くんですけど。
普通顔ですみません。
あと、ゾーロさんなんかは俺達の服とかもよく見ている。
休日仕様なので装備品はほとんど付けていないので、着ている服の細かなところも見えている。
エイルさんとチェザさんはマーニの服やアクセサリーに興味津々だ。
マーニはハルトプロデュースのせいで異世界風ではあるが、なんとなく某アイドルグループの女の子みたいな格好になっている。
そこまで奇抜ではないが、装飾品も多いので、女子目線で見ると憧れる部分が多いのかもしれない。
シュラマルはマモルと自分の好みを合わせた格好なのか、和服。
角があるので被って着る服より和服の方が着やすいのかもしれない。
シロネはかっちりしたジェンダーレスな装い。好きな服を選んでいいと言ったらこれがいいと本人が言うので。
旅装は制服っぽくハルトとマモルが選んだのだが、私服は個性が出ているなと改めて思う。
ローブは脱ぐようにすすめられ、預かられてしまったが、ドレスコードについては何も言われなかったので安心した。
テーブルマナーは異世界人仕様にされてしまったが、服装までは変えられなかったようだ。
それとも宿だから許されているだけで、ちゃんとしたところではしっかりドレスコードみたいなのがあるのかも。
今日のメニューは超普通だった。
昨日のはいったい何だったのかって程普通だった。
「昨日の気合いの入れようとは打って変わった普通っぷりだな」
ハルトも同じことを考えていた。
「でも味は昨日と同じで普通だよ」
マモルは失礼なことを普通に言った。
そうだけど。
「セージ母がいたらブチギレてるだろうな」
「たしかにー」
「やめろ。ここで母さんを出すな」
ホームシックになるだろうか!
母さんも妹も、今頃どうしてるだろうか…。
「ほう、セージ様のお母様は食通なのですか?」
ゾーロさんが興味を示してしまった…。
「そうそ。ランチに『本場のサムギョプサルが食べたいわ』とか言ってオレらも連れて海外ランチした事とか普通にあったよな」
「本場繋がりで『本場のクイニーアマンが食べたいわ』とか言って直近の連休にヨーロッパ行ったりねー。これまた僕たちも連れてってくれてさ」
「それはそれは…」
ゾーロさんでさえそれしか言えない程なのか。
《煌めきの刃》に至っては絶句している。
サムギョプサルもクイニーアマンも知らないだろうけど、とりあえず食べ物の為だけに外国に行く感じに驚いているようだ。
別に食べ物だけではなく普通に観光もしたと思うんだけどな…。
「おいしー?」
ふと、ハーちゃんがこちらを見てそうたずねる。
「ん?」
「さむぷさると、…あまん?」
しっかり会話は聞いていたがうろ覚えらしい。
「どうだろう?今度似たようなの食べてみる?」
「うん!」
約束し、後日食べさせてみたのだが、彼女的には甘いクイニーアマンだけ、おいしいという評価を下していた。ゾーロさん達はどちらもおいしいと言っていたけどさ。