002 宿探しと両替と鞄の中身
ホテルを探すとは言ったものの、どこをどう探せばいいのかすらわからない。
ここは王城門のすぐ外。
すぐ近くでは門番が睨みを利かせている。
「思ったんだけどさ。ホテルって感じより、この世界の感じだと宿って感じなのかな?」
マモルがどうでもいい疑問を持った。
召喚されてまだ何時間も経ってない俺達はいまだ動揺のさ中にある。
どうでもいい事でも言わないとやってられない。
こうしてなんとか平静を保とうとしている。
だって、門から出て、人通りに気付いたら、なんかめっちゃファンタジーだったんだもの。
お互いが牽制しあった視線を向けつつ、変なテンションになるのも仕方ない。
俺達異世界ラノベや漫画好きだし?
いざリアルにその立場になっちゃって不安もあるけど、ミーハーなテンションは出ちゃうよね。
うっわ獣人、獣人がいる!
アレって首輪? 奴隷ってヤツ!?
お約束的に聖王国的なところは人種差別の人族至上主義だったりすんの!?
じゃアレだよね、エルフとかドワーフももしかしているかもだよね!?
マジ馬車だし! 馬が馬っぽい何かだし! 街中石畳だし! そう言えば城の前に門番だし!
さらにそう言えば城の中、騎士とか文官とか王様とかいたよな!?
てかうちのクラスの女子が聖女とかマジ世も末なんですけど!? この世界よっぽどだったんだな!
「……セージよ、落ちつけよ」
「わかるけども」
「あれ、声に出てた?」
「うん。こいつヤベェと思える程度にはしっかり声量もあった」
お恥ずかしい限りである。
「すまんすまん」
だからお願い、友達やめないで。
「宿、さがそっか」
優しいマモルが仕切り直してくれた。
門番に宿までの道を聞いて宿を探す。
門番は嫌そうにしながらも、このまま門前に居られても困るので教えてくれた感じだ。
門番にはとりあえず貴族街の出入り口辺りが無難なんじゃないかと言われたので素直に従って移動している。
出たよ「貴族街」。
異世界だねえ。
王城の周囲は貴族の家が立ち並び、貴族街と呼ばれている。
その外に商業街、平民街という下町が広がる。貴族は貴族街にある宿に泊まるし、平民で比較的裕福であるなら商業街の宿へ、手持ちに不安があるのなら平民街にも宿があるとのことだが、安全の保証はあまりないとのことだったので、無難に商業街の宿を探すことにした。
全く知らない土地での宿探しは結構大変だった。
マジで異世界すぎて道行く人や馬車、馬車を牽く生き物、街並みなどに目移りしまくり、気を抜くと迷子になりそうになる。
異世界異世界と気軽に言ってたけど、ファンタジーが現実になるとこうまでファンタジー感が無くなるものだったのか。
ゲームや映画とかの作り物感が全くない、生きたファンタジーはもはやファンタジーではなかった。
とりあえず、なんだかんだ結構歩いたし、このままフラフラするのも埒が明かないと、宿までの道を聞こうという事になった。
普通っぽい人もいたが、なんか大人は声をかけづらいし、ましてや首輪付けられてあからさまに奴隷感がある獣人には気後れして声をかけようとすら思えなかった。
そんな中、おつかいかな? と思える俺達と変わらない人間の、7~8歳くらいの少女がいたので、声を掛けた。ハルトが。
日本ならまずアウトだろうけど、異世界だし、大人怖そうだしってことで無害そうな人選で少女を選んだ。
異世界だし許してくれ。
だって、異世界、普通の人でも腰にナイフとか下げてんだぜ。
見た感じ刃物持ってなさそうな無害っぽい少女に声を掛けたのはリアル異世界初心者としても当然の選択だと思う。
ハルトが声を掛けた少女は案の定お使いの為に貴族街に来ていた、商業街に住んでいる子だった。
宿の場所を聞けばなんと彼女、宿屋の娘だった。
後は話が早かった。
俺達は少女について行けばいいだけ。
“少女について行く”
……この世界では事案じゃない事を祈るばかりだ。
俺らの前をハルトと少女が歩き、その後を俺とマモルがついて行く。
「なんか、幸先いいな」
色々あった事はさて置くとして。
「何それフラグ臭い。こわいからやめてー」
ボソリと言った俺の一言にマモルが過剰に反応する。
いや、確かにここでそんなこと言ったら余計なフラグ立ちそうだな。
「ごめんごめん」
と一応謝っておく。
「それにしてもハルトの人懐っこさには助けられたね」
「だな。ありがたやありがたや」
「ね。ありがとう、ハルト。この恩はいつか必ず」
前を歩くハルトをとりあえず俺とマモルは拝んでおく。
適当にありがたがる俺と、真面目に感謝するマモルに、嫌そうな視線を送ってから、笑顔を作って隣を歩く少女に話しかけるハルトはさすがだと思う。
俺もマモルも人見知りをする方なので、こういう時俺達は心からハルトを尊敬する。
少女の名前はアメリと言った。
まだおつかい途中の彼女について歩き、彼女の家の宿屋まで案内してもらう。
俺達は一応、目的としていた貴族街の出入口近くをウロウロしていたようだった。
周囲には宿屋もあったらしいのだが、俺達は商店なのか宿屋なのか住宅なのか判別できずに色々通りすぎていたらしい。
よく見れば看板もあるのだが、文字ではなくイラストのようなマークだった。
異世界初心者にわかるわけねーだろ、と心の中で悪態はついておいた。
おつかい中のアメリからは色々聞くことができた。もちろんハルトが聞いてくれた。
アメリは高品質のポーションを買いにたまたま貴族街に足を運んでいたようだ。
商業街や平民街にもポーションは売っているが、高品質となると貴族街の商店がいろいろ取り揃えてあるんだとか。
あるんだね、ポーション。
異世界っぽいね。
貴族街への出入りは身分証が必要で、商業区域まではこの町に入る時にお金を払った者なら誰でも出入りする事が出来る。
貴族街と商業街は高い壁で仕切られており、門番もいる。
商業街と平民街には仕切りはない。この町全も、魔物から住民を守るために貴族街と商業街を隔てている様な高く立派な石塀で囲われているらしい。
それを指さしアメリは教えてくれた。
確かに高い壁が見える。
あれ、塀だったんだ……。
なかなかのスケールなんですけど。
アメリの話に出てきた身分証。そう言えば持ってないよな、ってことにハルトが気付いて、やんわりと彼女に聞けば、持ってない人も結構いるらしい。
貴族街に入るとか、街に住むとかなると身分証は必要になるらしいが、それ以外で必要な場面はあまりないんだとか。
「あ、あとは冒険者とか商人も身分証が必要だって聞きましたよ!」
うんうん唸りながら頑張って教えてくれようとしている少女にほんわかする。
なるほどな。
とりあえず俺達は貴族街から出るだけだから今ここですぐ身分証が必要だというわけではないのか。
ここみたいな大きな町に入るには入る際には税金を取られるが、身分証を持っていれば大概の町ではタダで入れるということも教えてくれた。
他に彼女からはスキルとかガチ異世界っぽいワードが出て来たので、ソワソワしながら話を聞いた。
出ましたよ“スキル”。
ポーション並みに異世界パワーワードだね。
「たくさんおうちのお手伝いしてたら、このあいだ【接客】と【計算】のスキルを覚えたんです! あとは【生活魔法】を頑張って覚えたいです! そしたらもっといっぱいおうちのお手伝いできるから!」
なんていい子!
そしてマジスキル生えるとかスゲー!
でました生活魔法!
ほとんどの大人が使える魔法らしいけど、俺達からすれば物凄い魔法だよな!
だって魔法だもん! ……だもん!
スキルの確認はステータスを開けばわかるとかいうのも聞いた。
というか、アメリ少女が実際自慢げにステータスを開いてスキルを見せてくれた。
――――――――――――
宿屋の娘 アメリ
【精神耐性】【接客】【計算】
――――――――――――
人に見せる用の簡易ステータスらしいのだが、それでも俺達はちょっと感動した。
というか、精神耐性……鋼の心って意味か?
いや、深く考えるのはよそう。
きっと人見知りな俺には一生生えることないスキルなんだろうな。
「アメリちゃんすごいね! めっちゃ頑張ったんだ」
「えへへへー、ありがとう、ハルトおにいちゃん」
……ハルトも持ってそうなスキルだな。
もう「アメリちゃん」「ハルトおにいちゃん」な仲になっておられるし。
アメリ少女のおつかいもつつがなく終わり、彼女の家である、宿に連れて行ってもらった。
アメリの家の宿屋は商人街の中ほどにあり、宿の作りもしっかりしつつ、お値段もリーズナブルらしい。
まだ比較対象もないのでアメリの言葉を信じるしかないのだが、建物もこまめに掃除や修繕もしているし、大通りに面しているので治安もいい。さらにこのあたりでは一番料理の質も量もいいらしい。
「ただいまー! おかーさーん! お客さん連れてきたー!」
宿に入るなり、早速アメリは宿の受付っぽいカウンターの奥にある部屋へ向かって声をかける。
「あらあら、おかえり、アメリ。お客さんもいらっしゃいませ。お泊りですか?」
すると程なく、若い女性がカウンターまで出てきた。
彼女がアメリの母親らしいのだが、どう見ても大学生くらいに見える。
異世界はすごいね。
アメリが確か7歳とか言ってたから……と、無粋に頭の中でいろいろ勘繰ったのは内緒である。
「えへへー、すごいでしょ! アメリ、おつかい行ってお客さんまで連れてきたんだから!」
「はいはい、すごいわね。もう、お客さんの前で、すみません」
といいつつ女性はアメリを抱きよせ、頭を撫でる。この人はやっぱりアメリの母親なんだな、と今度はあたたかい気持ちになるんだから、不思議だよな。
たとえ頭の中だったとしても勘繰ってすみませんでした。
「いえいえ。えぇっと、泊まりでお願いします」
ここでもハルトが率先して受け答えをしてくれる。
ありがとう、ハルト。
君はこのメンバーでファミレス行ってもいつも俺達の分の注文もまとめて店員さんに言ってくれる、偉大なお方だよね。
「はい、ありがとうございます。4人部屋でお一人様一泊銅貨20枚、朝夕の食事を付けるなら30枚になりますがどうなさいますか?」
1人一部屋だと一泊銅貨30枚の食事付き40枚になるとのこと。
「4人部屋で一泊。せっかくなので食事付きでお願いします」
これでいいよな、とハルトから視線が送られてきたので、俺もマモルも頷いて同意を示した。
「では銅貨90枚になります」
と言われて俺達は焦る。
そう言えばお金問題があった!
焦りつつもハルトがまとめて払ってくれる事になり、城から貰った金をとりあえず一枚出してみるものの
「あら、困ったわぁ。お釣りが……」
ちょっとダメだったらしい。
金の入った袋の中には金貨しか入ってなかった。
宿に泊まるのに必要なのは銅貨。
「お母さん、アメリが商業ギルドで両替してくるよ!」
出来た娘さんは言うやどこぞへひとっ走り。
数分して重そうな袋を抱えて戻ってきた。
「おにいちゃん、はい。そこから銀貨1枚くれたら、うちから、えーと、ん、銅貨10枚! おつりです!」
走って火照った顔にキラキラの笑みを浮かべて言うアメリに、アメリ母はよく出来ましたと微笑んでいる。
ハルトが言われた通り銀貨一枚をアメリに渡すと、アメリはカウンターに入り、銅貨10枚を用意してきてハルトにおつりとして渡した。
銀貨1枚に対して銅貨でおつりが10枚ってことは、銅貨100枚で銀貨1枚か。そうすると、あの両替分が入っているという袋から見ると、銀貨100枚で金貨1枚っぽいな。
それでももう少し袋の中が多いように見えるのは、アメリが他にも両替してきてくれたんだろう。たぶん銅貨以下の貨幣も入っているのかもしれない。
それに両替金を入れた袋代だってあるよな?両替分から差し引いたのかアメリ少女が用意してくれたものなのか。
「ありがとう、アメリちゃん。あ、そうだ、これあげる」
そう言ってハルトはポケットから一口サイズの棒付きキャンディーをアメリにあげた。
「これ、なぁに?」
「あ、そこからか。えーとね、これを取って…はい、丸いとこ舐めると溶ける、飴っていうお菓子だよ」
「お、お菓子!? いーの!? ……ふあぁぁ、あまーい!」
包装を解かれた飴を口に含んだ瞬間、驚いて笑み崩れるアメリ。
チップ代わりに飴を渡す。いいのかそれで、と思わなくもないが、少女が喜んでいるからたぶんこれで良かったんだろう。
「す、すみませんっ、甘いってことは貴重なお砂糖を使っているのですよね。そんな高価な物を娘に……」
「え? あー、いえ。たまたま持っていただけだし、アメリちゃん両替に走らせてしまったし、そのお詫びです」
どうやらここでは飴ちゃんは高価なものだったらしい。
どうもどうも、いえいえ、をしばし繰り返し、落ち着いたところで部屋に案内してもらった。
部屋はベッド4つにそれぞれサイドテーブルが置かれている程度の質素な感じの部屋だった。日本のように部屋に風呂やトイレがついて無い分、間隔は広く取ってある。
個室に入れたことで、一気に気が抜けて、俺達は適当にバラけてベッドにダイブした途端、各々ベッドの固さに体を強かに打った。
「いってええええっ」
うつぶせでダイブしたハルトが顔面を強打。
「板じゃねえかよ!」
仰向けで倒れ込んだ俺は背中と後頭部を。
「……いや、一応敷き布団っぽいのは敷いてあるみたいだけども」
高身長からの思い切ったケツダイブをかましたマモルも尻をヤられたらしい。そのまま涙目になりながらも敷布をめくって確認を取っている。
こういう冷静なとこあるんだよな、マモルって。
もっと怒ろうぜ!
「ウソだろ!? ボフってなる予定が、ゴンってなったぞ!? え、俺の鼻まだある? 感覚ねえや。怖くて触って確認できねェ」
「これ敷き布団じゃねえ! 板に薄っぺらい毛布敷いてその上に布を敷いてあるだけだ」
「……ここは危険な宿屋なのかもしれないね」
「いや、アメリちゃんが言うにはここ、随分マシって話だぜ? てかマジな顔して危険てなんだよ!? なぁ、俺の鼻大丈夫だよな?」
「マモルの言わんとすることはわかる。絶対よく眠れそうにないってやつだな。寝たら最後翌朝酷い目にあうヤツだ」
「おい、翌日の心配よりも先に首の心配した方がいいかもしれねぇぜ……。枕をよく確認してみろ! 木に布巻いてるだけのやつ!」
もう鼻の心配どころでなくなった様子のハルト。
お前の鼻、大丈夫だからな。あとで自分で確認してくれ。
「この世界に安眠は無いのかもね……」
きっともう泣いてもいいのかもしれない。
しかしアレだな。
興奮しつつ愕然とした表情で枕を指摘するハルトはなんだかテンション高いな。
俺もだけど。
いわゆる異世界転移ハイというやつなのかもしれない。
知らないけども。
「まあ、こんな状況になっちゃったけど、女子に比べたらまだマシかもしれないよね」
「だな。あっちはあっちで大変だろ。あんな奴らに身勝手に召喚されたと思うと胸糞もいいとこだぜ」
きっと大変なのはお城の人達で、女子たちは多少イラつきながらも嬉々として対応しているだろうよ。
「あのさ、普通に異世界受け入れてるけど、それは敢えて掘り起こさなくていい感じ?」
「うん。それはもういいかな。そんなことよりこれからだよね」
“そんなこと”なのか。異世界に召喚されてしまったのって。
巻き込まれ召喚で、不要だからと追い出され、あげく元の世界には帰れないとか。元の世界に戻れない葛藤とか……あえて考えないようにしてる、とか?
「だな。あっちは周防たちに任せてこっちは自由にこっちの仕事果たそうぜ」
あっち? こっち? 仕事を果たす?
「うんうん。まずはー、女子達の奮闘で得た金銭以外の戦利品の確認といきますかー。ワクワク」
ワクワクとかゆるく口で言っちゃってるし。
てか戦利品…追い出され際に寄こされたダサいけど、逆に新しさを感じられなくもない、バッグ……肩掛け鞄とか言うやつか。
四角ければちょっといいなと思えたのに、ずんぐりな型がまたなんともダサさをにおわすと言うか……。
麻色の、素材は丈夫そうな素材でできた、バッグ。
三人ともデザインは違うが、ダサさと色味と素材感は同様だ。
既製品と言うのとは違う、良く言えばハンドメイド感があるものだ。
「わっ、これマジックバッグとかいうやつじゃね!? なんか手を突っ込んだ感じがヘン!」
「ほんとだー、面白いね。あ、これ、手紙?」
早速二人は中身を漁りにかかり、鞄の中に異変を感じたようだ。
それにしてもマジックバッグか!
マモルじゃないけど、口に出して言いたいな!
ワクワク。
二人に倣い、俺もバッグの中に手を突っ込むと、なるほど、不思議な感覚だ。何と表現すればいいのか分からないが、「あ、これマジックバッグだ」と思える程度には不思議な感じ。
そして手を入れてすぐ、つるっとした雑紙のようなものに触れた。
これがマモルの言う手紙か。
俺も同じように出してみる。
―――――
この魔法鞄の中には以下のものが入っている。
この魔法鞄自体が貴重な物と考える事。
・中級冒険者装備セット
・各種ポーションセット
・救急セット
・野営セット
・着替え2セット
・奴隷引換券1枚
・身分証
魔法鞄:時間経過有、容量・大型荷車10台分
別途:金貨50枚
最低限これで一生生活していけるだろう。
健やかで幸あるこれからを願う。
なお、これ以上我が国は貴殿らと関わることはないと約束する。
以上
―――――
なんだか“セット”のゲシュタルト崩壊を起こし始めそうなところに、馴染みのないちょっと引く単語がぶっ込まれている。
けど内容としては割と良心的なのか?
「ひでえな。最低限の手切れ金とこんなつまんねー中身のバッグ1つを慰謝料にして後はポイ捨てとか国のプライドとかねェのかよ」
違ったみたいだ。
良心的じゃなかったみたい。
そうだそうだ!
ひどいじゃないか!
こんなんで俺らが納得するとか思わないでよね!
「そうかなー? ラノベとかだと、なにもくれない上にボコボコにされてポイされたり、騙されて奴隷にされて使いつぶされたりとかだから、かなりマシだと思うけど」
そうだよな!?
さすがラノベ系のサブカル民、わかってるー。
てか、そんなラノベあったっけ?
少なくとも俺はまだ読んでないけど。
今度貸してね。
あ、ここ異世界だった。もう無理か。
「はぁ? そんなの物語上そういう演出をしているだけで、現実的にこんな風に、絶対帰さない誘拐しといてなんも寄こさないとかあり得ないだろ。寄こすのは当然の前提であって、これしか寄こさないとかふざけてる」
「だったらハルトはこれ以上何が必要だと思うんだ?」
俺には思いつかない。
後からじっくり考える方なので、現場力ないんだよ。
「まず、野営セット自体ふざけてる。ここは使用人付きの一軒家だろ。あと、この金の他に生活の保障として現在から死ぬまでの年金。オレ達……ってか女子たちがこの世界に召喚された一応の理由と、冒険者セットに入ってるこの剣とか弓とか槍とか盾とか杖とかがあるってことはそれなりに危険な世界なんだろうから護衛も必要だよな。てか武器とかそもそも使い方わかんねーし! あとは足代わりになる移動手段だよな。馬でもワイバーンでも厩舎と餌代・世話人込みで用意すべき。それになんだよ、この身分証。平民仕様じゃねぇかよ! せめて客分として名誉爵くらい寄こせっての!」
なるほど正論。
……なのか?
てかワイバーンどこから来たよ。
何の保証があって馬とワイバーンを同列に考えてんだよ。
「ぷっ、なにそれハルト。異世界召喚に高望みしすぎー、ガチで誘拐するイカレた集団がそこまでするわけないよー、殺されてないだけマシだって、あははは」
マモルが変なツボに入ったらしく爆笑している。
…俺、お前のツボがよくわかんねぇよ。
俺は呆れ顔をし、ハルトは嫌そうな顔をして爆笑しているマモルを見やる。
「マジ笑い事じゃねぇって。せめてこの世界のガイド役みたいなのがいないと、生活していくのも覚束ねぇし」
「ははは、だからこの“奴隷引換券”なんじゃない?」
笑いが少し落ち着いたところで、マモルが“奴隷引換券”と書かれた絵馬サイズの木の板を取り上げて見せる。
「はぁ。奴隷ってのがまたいちいち癪に障るよな。小馬鹿にしてるってかさ。当然のように奴隷出してくんじゃねぇよって話だよな」
「確かに。現代日本人としてはハードルが高すぎる。けど異世界あるあるだよな。それにこの世界じゃ奴隷は当たり前で、俺達の考えが当たり前じゃない可能性もある」
それでもやっぱり現代日本人としては受け入れがたいことではあるけどさ。
「そんなあるあるあってたまるかよ! ラノベじゃねぇんだぞ! こちとらリアルガチだっての!」
「けどさー。異世界人の俺らに親切丁寧、嘘偽りなしにここの常識教えてくれる人いるか? ガイド雇ったとしてもボられたり、騙されたりしねぇ? 異世界って考えると、頭こんがらかるけど、海外って置き換えると何の下調べも無しに適当にガイド雇って変なのに当たって……なんてブログよく見かけるよな。そう考えると、奴隷ってある意味安全なガイドかもしれないよな。この世界の奴隷がどんなシステムかはわからないけど」
“かもしれない”や“たられば”な発言なら任せてくれ。
ネガティブ的な発想は結構得意なんだよ、俺。
「そーだよ。ガイド兼護衛を雇うと思えばいいんだよ。それに奴隷になった人にだって切羽詰まった事情があってそんな風になった人だっているわけだしさ。たぶん」
マモルはポジティブだよな。“たぶん”とかついてるけどだいたいはあらゆる可能性を考えてつきつめて発言している節があるので、マモルの言う“たぶん”は俺が使う“たぶん”とは違うと思う。たぶん。
「たぶんて。あーほんとマジ最悪だよなー。なんでオレらがこんな目に遭わなきゃなんねーンだよ。ライブのチケットせっかく当たったのによー。休みの予定だって結構入れてたし。はぁ。今頃女子は城でチヤホヤされてんだろーなー。あぁあー」
ライブとか、元の世界で送れていたはずの日常を無念に思う気持ちは俺もそうだが、城で管理された日常を送らなければならない女子を羨ましくは思えない。てか、たぶん俺の予想では女子達は大人しく言う事は聞かないだろうな。それにチヤホヤというか、ご機嫌とりというか、それにイラつきブチギレる女子たちが目に浮かぶというか。
「そんなに言うんだったらホレ、異世界あるあるの奴隷ハーレムでも作っちまえば? 美女奴隷にチヤホヤされてウハウハしとけよ」
「うっわ、セージお前そーゆーこと考えちゃうの? うわー、うわー」
「うわー、セージマジゲスー、うわー」
マモルの便乗の仕方が雑な件。
敵にまわるとイラっとするよ。
「おいっ! ハルトが『女子はチヤホヤされてうらやましー』とか言ってるから俺は異世界っぽい案を出しただけだろ!」
「べっ、べつに羨ましーとか言ってねえし! 思ってたわけでもねェし? つか奴隷自体ちょっと引くよなって話だった訳だし? 何言ってんのお前」
お前こそ何ちょっと動揺してんの。
逆にちょっと軽口叩いて申し訳なくなるわ。
あえて言わないでおいておくけども。
「まーまぁ。このあとにでも奴隷さんのことは確認してみればいいよ。それよりこの手紙の文字。日本語だよねー? 不思議だよねー。異世界くんだりまで日本語で話せるし読み書きされてるってさー。“スキル”なんてゲーム的なのも“異世界”って言葉で片付けちゃうけど、意図的なものも感じなくもないよねー。いいけどさ」
結局いいのかよ。
「あー。確かに。その辺は、アレだろ。そのうち女子が真面目に考えて何かを導き出すだろ。聖女だけに」
最後の一言は女子に知られたらボコられ案件だな。
骨ぐらいは拾ってやんよ。
それまでは強く生きろよ、ハルト。