100 じんわりとした侵略
ばーちゃんの国を知るよりも先にばーちゃんの国に侵略してきた敵国の一端を知ることになってしまった。
ここ数年この国では、王都やその周辺の町や村以外はほぼ国から放置されている状態で、そのくせ税だけ搾りとられている現状らしい。
ランクルン王国という人族至上主義国家ではあるが、それは中央周辺だけっぽい。地方はそこまでかたくなではない。
それよりもこの国の南側にある地方……つまりばーちゃんの国の北側にある町や村は現在では国に対して不信感を募らせているようだ。
食料も物資も取り上げるだけ取り上げて、返すものは銅貨一枚すらなかったという話だ。
それなのに次の税の話をしていたと言うんだから末期だな。
「あら、もうこの国破滅するの?」
ばーちゃんが純粋な疑問を口にした。
その言葉に村長が項垂れる。
「そう、ですな」
「そーお? なら貰っちゃってもいいのかしら? 属国扱いにはなるけど、神森国の国民に害を及ぼさないのであれば、養っても良いわよ? もちろんきちんと作物が育つようになればそれなりに税は払ってもらうけど」
「「「おお……」」」
村人たちには明るい未来がチラリと見えたらしい。
それから村とばーちゃん達とで話し合いが進む。
その間俺達は暇なのでとりあえず今回だけおためしとして畑に作物を実らせることにした。
村の畑を見渡せる場所に来ると、村の子供たちが群がってきた。
ついさっきまで生きる気力もなくただ息をしているだけだった子供や、死んでいた子も今は元気にはしゃいでいる。
ポーション飲んで、お粥食べて、それだけでキャッキャいいながら走り回れるって若さだな。
……いや、ポーションがすごいのか?
「せーじさま、なにするの?」
「どろだんごつくる?」
「あしあとつけとびだ!」
ん?
「あしあとつけとびって何だ?」
「んっとな、ふかふかのはたけにじゃんぷしてあしあとつけんだ! とおくまでとべたやつのかちな! でもはたけのはしっこじゃないとおこられるんだぞ!」
走り幅跳びみたいなものか?
「そうか、怒られるのは嫌だな。やらない」
「えー! じゃなにすんだ?」
おう、きっぱりと断ったのにまだ絡んでくるのか。
「どろだんご?」
「つかまえっこだ!」
「ぼうふり!」
いやいやいや。どんどん子供が集まってくるんだけど、なんでだよ!
「どれもやらない。なぁ、畑はここだけか?」
「えーーーー! ……うん。そーだぞ。むらのみんなではたけをするんだ」
「えっとね、あっちがむぎで、こっちがおやさい!」
世界はちがえど、女子はしっかりしてるよな。
教えてくれた子をいい子いい子するとキャッキャ喜ばれた。
……妹もこのくらいの時はこのくらい喜んでくれたんだけどな。
「そっか、どこの家がなにを育てるとかないのか?」
「んー、わかんない!」
「あ、だったらおれ、にーちゃんよんでくる!」
「あ、いや、そこまでしなくても……あぁ、行っちゃったか」
子供らはフットワークが軽いな。さすがだ。
数人のちびっこが駆け出していった。
そして1分も経たずに数人がかりで中学生くらいの子供を引っ張ってきた。
「つれてきた! ナルスにーちゃんだ!」
「ニルス! もうひっぱるな、わかったから! お前らも離れろ! 服やぶけんだろ!」
にーちゃんよんでくる! っていってた子がニルスで、その兄がこのナルスらしい。
「えーっと、なんかごめん」
素直に謝っておく。
「べつにいいよ。やることないし、それに、あんたたちは村の恩人だからな。……さっきの、食ったことなかった粥だったけど、うまかった。ありがとう。ポーションだってあれ、高価なんだろう? それを村人全員に配ったって……」
ポーションはエクストラポーションっていう、死んでる以外何にでも効くっていうやつを万単位でマモルからもらっている。
スキルレベル上げるために作りまくったとか言ってたやつ。
そしてマモル本人はエナドリ代わりにグビグビ飲んでたやつ。
それを今回はキリ良く10万本提供した。提供したとてまだ端数分はあるんだけど。
それに俺にはダンジョン産のやつもあるし、アイテムボックスに眠っている回復系の薬品や飲食物はまだまだある。
「ああ、あれ。……報復の一環みたいなもんだ、気にすんな」
「報復? なんでこれが報復になるんだ?」
「俺達の方がこの国の役人よりよくしてくれると思ったろ?」
「それは……うん」
「それで良いんだよ。それが目的っぽいからな」
「ふーん。……あ、で、畑が何だってんだ?」
ナルスはまだ若干納得していないようだが、俺の顔を改めて見た後、何かを諦めたのか、話を元に戻した。
「ああ、そうだった。村の畑ってここだけだって話聞いたんだけど、この畑のどこが誰の管理とかあるのか?」
「……前までは決まってたけど、今はもうわかんねーよ。畑にまく種や苗さえ軍に取り上げられちまった。この村の畑には何も植わってない。それでも未練がましく畑だけは耕してあるんだ。もしかしたら軍が徴収した分の種を返してくれるかもしれないって。いつ返してもらっても良いように、整えておこうって大人たちが……」
「そっか。んじゃ今回だけはこっちで適当に作ってもいいか?」
「うん。誰もあんたのすることに感謝こそすれ、文句なんて言わないさ」
なんだよ、素直だな。
もうちょっと反抗的に接せられるかと思っていたよ。
「お、おう。んじゃ遠慮なく……」
といいつつ俺自身、農業はほとんど分からない。
というわけで専門の方をお呼びいたしましょう。
【聖女の願扉】を開き、そこから声をかける。
「おーい、出来るだけちびっこ来てくれ。10人以上ね。畑作業頼みたいんだ」
やっぱり大人な見た目の配下久遠の騎士より、子供な見た目の配下久遠の騎士の方が村人にとって刺激は少ないだろう。
なによりこの畑付近には子供が集まってきちゃってるし、急に大人が出てきたら怖がるだろうよ。
「承知しました」
扉を開いて一番近くにいたアーシュレシカの配下久遠の騎士に声をかけた。
うん。今日もオーバーオールが似合うね。
「これどーなってんだ?」
子供たちが【聖女の願扉】に興味を出しはじめてしまった。
「どあのなか、おへやじゃないの?」
「へやなわけないだろ、いえにつながってないぞ?」
「んー? へんなのー」
「はいってみよーぜ!」
「おいおい、だめだ。妖精の世界に行っちゃうぞ。扉が閉じたら戻ってこられないからな」
何人かが扉の中に駆けていきそうになったところを俺とシロネで止める。
そうこうしている間に20人くらいの配下久遠の騎士が集まって出てきたのを確認し、【聖女の願扉】を閉じた。
「わー、かわいい! お人形さんみたい!」
自分たちと似たような年齢の配下久遠の騎士をみて子供たちがはしゃぐ。
「はい、私達はセージ様の人形にございます」
配下久遠の騎士のひとりが子供らにそう自己紹介し始めた。
「ブフッ、ちょ、語弊!」
「せーじさまはおとななのにおにんぎょうであそぶの?」
「ほら! ヤバめな勘違いしてるだろが! 違うからな! コイツらは俺を守護する人形で出来た騎士だ」
「きし? おにんぎょうなのに? よろいきてないよ?」
確かに騎士っぽさはないけども!
騎士って鎧つけてないと分かりにくいけども!
「俺の騎士は基本農業、たまに執事、時々騎士なんだよ」
クッソー、「俺の騎士」っていってるのがだんだん恥ずかしくなってきた。
「へー、でもなんでにんぎょうなんだ?」
「ダンジョンの宝箱に入ってたんだ。だからなんでかわからん」
「だんじょん!? すげー!」
「うん。海中ダンジョンにいっぱいあったぞ。結界を多用したら海の中を歩けるようになってな。宝探しが楽になるスキルもあったからそれも使って根こそぎ宝箱を回収できたな」
「うん、なにいってるかわかんねー」
俺もこの話の流れがだんだん分からなくなってきたよ。
「むずかしいこといわないでー」
「あ、うん。宝箱に入っていたこのお人形騎士さんたちな、畑を任せるのにいい感じだったんだ……」
「それならわかるー」
「ようせいぞくってすごいな! にんぎょうのきしがまもっているのか! はたけのきしか!」
あれ、そんな話だったか?
ま、いいか。子供たちも俺との話に飽きたのか、ちびっこ配下久遠の騎士に群がって質問攻めにしている。
大興奮だな。
「セージ様、弟たちがすまねぇ。言ってくれれば大人たち呼んでくるけど」
俺の傍にのこった村人はナルス1人だった。
でもなんだろ、そういえばいつの間にか村人たちに「セージ様」呼びされている。
「いや、さっきまで餓死しかけてたんだし、回復したからってすぐに作業はキツイだろ。本当は子供たちも今日くらいはゆっくり休んでほしいんだけど」
「ほんと、なんであんた達はそんなに優しくするんだよ……。敵だったんだぜ?」
「まあ、ばーちゃんが侵略するって決めたんだし、ってことはここはばーちゃんの国の一部になるってことだろ? だったら国民に優しくするのは当たり前なんじゃないか? と俺は思う。わからんけど」
「なんだよ、随分他人事じゃないか」
「すまん、正直他人事だな。国同士のことなんでピンとこないし、戦争だ侵略だ施しだーとかもっとピンとこない。でもばーちゃんのしている事に悪意は感じないし、きっと俺に悪いと思うことはさせないはずだから、俺に出来ることで協力しようとしているだけだ」
「あんた、めんどくさいヤツだな」
「そうか? それは初めて言われたかも? おぼえてないけど」
ナルスとは軽口を叩けるようになったところで、配下久遠の騎士に指示を出す。
といっても何を植えたいかくらい程度だけど。
どこに何を植えるとかまでは言えない。たしか連作障害とかそんなものがあった気がする。
詳しくはわからないので、その辺はプロにお任せだ。
俺が配下久遠の騎士に何を植えたいか言っていると、子供たちも混ざってくる。
「えっと、くだものがいいな!」
「おいもがいい!」
「まめもいいぞ!」
「でもやっぱりにくだな!」
「「「おにく!」」」
「いや、肉は畑からとれないだろ」
「「「「「!!!?」」」」」
ナルスのツッコミに子供たちが衝撃を受ける。
いや、村の子供なんだから畑から肉をとれないのは知っているだろうよ。雰囲気がそうさせたのか。
「肉か。前はどうしてたんだ?」
「村の大人たちが魔物を狩ってそれを食べていた。今では周囲の食べられる魔物を狩りつくしたのか、ゴブリンしか出ない。あいつらは食えないからな」
「魔物を狩ることまでは出来るのか。すごいじゃないか」
「バカにすんなよ。この村にだって元冒険者はいるし、そうじゃなくともスキルで戦えるやつだっているんだ。俺だってもう少しスキルレベルが上がれば狩りに参加できたんだ……それをアイツは……」
きっとなにかあったんだろうが、あえて聞かない。
深入りはしたくない。
これからも何日かかけていくつかの村をめぐるだろうし、いちいち感情移入していたらこちらが持たない。
既に何かしら思うところも出て来てしまっているからな。
なるべく考えないようにしないと。
この世界に未練が残る。
そしたら俺は、帰りたいなんて思っていられなくなるかもしれない。
それだけは、なんだかダメな気がするんだ。
100話!
こんなに長く書けるなんて自分にびっくりです。
誤字報告ありがとうございます!




