真の力
「……こんな所で行き止まりなんて、ちょっと出来すぎじゃないか? ちっとも嬉しくは無いけども。死に場所としては、ある意味、ピッタリだ」
木々が密集した森の中を縫うようにして駆け抜けた俺が辿り着いたのは、小高い丘の上だった。
目の前には満天の星空が広がっていて、眼下には王都の街並みが一望できる。
そして、俺の周りには無数の墓石が建てられていた。
どうやら、ここは王都で亡くなった人を埋葬する墓地のようだ。
「これで、下が川だったりしたら、助かったかもしれないのになぁ。見るからに硬そうな地面だ。それに……」
背後から聞こえてくる無数の足音。
最初は狼だけだったが、今は小鬼や骸骨など、様々なモンスターが入り乱れている。
「もうタイムアップか……。ったく、こんな無能相手に、どんだけムキになってんだか」
モンスターの群れと崖に挟まれ、退路は完全に断たれた。
戦って勝つという選択肢も存在しない以上、出来る事は一つだけだ。
「……こうなったら、一か八か。飛び降りてみるか。運が良ければコウノトリさんが飛んで来て運んでくれるかもしれないし。まぁ、赤ん坊じゃないから望み薄だけど」
そんな馬鹿な妄想を口にしつつ、俺は一歩、また一歩と、崖に向かって後退していく。
少なくとも、ここに残れば確実に死ぬ。
だったら、奇跡に縋る方が、まだ賢明だろう。
俺は必死に軽口を叩いて、震える足と煩い心臓を宥めつつ、その瞬間に備える。
――しかし、
「そこまでよッ!」
その少女が現れた事で、奇跡に縋る事も出来なくなった。
「あ、アンタは……何で逃げなかった! せっかく俺が引きつけてたのに!」
モンスターの群れの、更に奥から姿を見せたのは、相変わらず満身創痍なリリィだった。
張り上げた声だけは何故か勇ましいが、どう見ても戦える状態じゃない。
これじゃあ、死体が一つ増えるだけだ。
いったい何のために命を懸けたのか分からない。
「そんな事は頼んでませんし、望んでもいません! そもそも私は、貴方を支えるために……きゃあ!?」
「おいっ!?」
リリィの言葉は、襲い掛かったモンスターによって中断された。
くそっ、何が言いたいのかサッパリだけど、今はどうでもいい。
そんなことより、現状を打破できる何か……何か無いのか!?
そうは言っても、俺のステータスはALL1。
なんなら、その辺の子供の方が、まだ戦力になるだろう。
唯一、使える基礎魔法だって、この状況では何の役にも立たない。
あと、俺にあるものと言えば……。
「能力値リセット……」
俺から全てのステータスを奪った、この忌まわしいスキルしかない。
……とはいえ、どうせ全てを奪われた後だ。
これ以上、俺から奪えるものがあるとすれば命しかない。
そして、今、その命すら失おうとしてるんだ。
だったら恐れるものは何も無い。
もう一度だけ、このスキルに賭けてみよう。
まだ見ぬ隠された力があることを願って。
――そして、
「……きたッ!」
その願いは叶った。
初めて使った時と同じく、世界が止まったような感覚。
いや、これは本当に世界が停止してるんだ。
俺の体も全く動かすことが出来ない。
それでも思考は出来るし、視界に映っている範囲の事は認識できる。
そして、俺の目の前には、ステータスに加えて新たな文字が浮かび上がっていた。
そこには、こう書かれている。
『既に能力値はリセット済みです。能力値ポイントを振り分けますか?』
これは……つまり。そういうことか?
改めて、ステータスを見れば、能力を示す数値の横に別の数字が浮かんでいる。
それに意識を向け、試しにHPとMPの項目に【振り分け】てみる。
すると、HPとMPの数値が上昇して、体に力が漲った。
やっぱり、そうだ。
このスキルは、ただ能力値をリセットするだけじゃなくて、好きな能力に振り分ける事が出来るんだ。
しかも、振り分けている間は、世界の時間が止まる。
これを利用すればッ……!
俺は全てのポイントを敏捷力に振り分けた。
途端に体が羽のように軽くなる。
そして、能力値リセットの効果を解く。
「はぁッ!」
「ええっ!?」
あっという間にリリィとの距離を詰めた俺は、もう一度、能力値リセットを使用。
全てのステータスを筋力に振り分けて、リリィに迫っていた骸骨を素手で粉砕した。
その際、一連の流れを見ていたリリィが驚きの声を上げたけど、構っている暇はない。
すぐ近くで別の骸骨が剣を振り上げていたからだ。
俺は、すかさず能力値リセットを使用して時を止める。
それから冷静に骸骨の体勢を観察して、未来の動きを予測する。
そして、敏捷力にステータスを振り分けて、能力値リセットを解除。
動き出した骸骨剣士の攻撃を紙一重で回避して、また能力値リセット。
ステータスを再び筋力に振り分けて、全身の骨を砕く。
ついでに、骸骨剣士が持っていた剣を拝借した。
素人目にも随分と質が悪そうな剣だと思ったけど、贅沢は言ってられない。
少なくとも素手よりはマシだろう。
その後も俺は勢いを殺さず、周囲のモンスターを次々と仕留めていく。
素人の技量と得物の脆さが相まって、剣は早々に折れてしまったので、仕方なく拳や蹴りを放ち、時には敵を掴んで投げたり振り回したり。
そうして暴れ回った結果、5分も立たない内に、モンスターは全滅した。