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リリィ

「はぁ……これから、どうすっかなぁ」


すっかり日が暮れた薄暗い森の中で、俺は途方(とほう)に暮れていた。


教会から逃げるように去った俺は、一縷(いちる)の望みを(たく)して王城に行ってみたが、その反応はクラスメイト達と同じだった。


(いわ)く無能に用はないと。


そして、保護を拒まれた俺は、行く(あて)もなく、フラフラと彷徨(さまよ)う内に、この森にたどり着いたという訳だ。


「金も無い、力も無い、コネも無い、知識も無い。……まっ、でもポジティブに考えれば、失う物もない……か」


元々、楽観的な性格なので、割と簡単に立ち直る俺。


とはいえ、それで現状が急に好転する訳でもないけど。


取り()えず、出来る事から始めていくか。


こんな所で無様に死んだら、クラスメイト達にも笑われるだろうしな。


やっぱり、アイツは無能だったんだって。


アイツらの予想通りになんて、誰がなってやるもんか。


ここから成り上がって、いつか必ず見返してやる。


そう決意した俺は、日が落ちて急に肌寒くなっている事に気付いた。


「とにかく、まずは暖を取るか。……【炎よ】」


適当な()れ葉と枝を集めて盛った俺は、炎の基礎魔法に必要な呪文を唱え、種火を生み出す。


それから、その種火を枝葉に放り込み、即席の()()とした。


実は、この世界に召喚されてから、既に一週間ほどの時が経過しているのだ。


そして俺達は、この世界の基本的な知識について、一通り学んでいる。


基礎魔法についても、そこで教わった。


まさか、こんな形で役立てる事になるなんて思わなかったけどな。


「……それにしても、こんな実用的な魔法が消費MP1で使えるとか。なんて便利な世界なんだ」


そう、全てのステータスが1になってしまった俺でも魔法が使えた理由は、それだ。


基礎魔法と呼ばれるものは、事象改変の強度や規模を最小限に抑える代わりに、消費エネルギーを極限まで軽減しているらしい。


主に戦闘より生活に役立つものが多いそうだ。


火の基礎魔法以外にも、水の基礎魔法、風の基礎魔法、土の基礎魔法、光の基礎魔法、闇の基礎魔法があるらしい。


まぁ、光と闇は特別な適性が必要らしいから俺には使えないけど。


ただ、MPは時間経過で自然に回復していくので、普通の基礎魔法なら、俺だって何度でも使える。


たとえ、上限が1だとしてもな。


「とはいえ、いつまでも野宿する訳にはいかないし、早くステータスを何とかしないとな。でないと金も(かせ)げないし――――っ!?」


そんな俺の思考は、突如(とつじょ)、響いてきた悲鳴によって中断された。


「今のは女の子の声? なんだって、こんな時間に森の中に……」


厄介事(やっかいごと)が起きているのは確実だ。


命が()しいなら、今すぐ逃げるべきだ。


でも、俺は動けなかった。


別に恐怖で足が(すく)んだ訳じゃない。


頭の中に、とあるイメージが浮かんでいたからだ。


それは、俺を見捨てた幼馴染や、クラスメイトの姿。


無能だから、足を引っ張るから、得体のしれないスキルを持った疫病神(やくびょうがみ)かもしれないから。


そんな理由で、俺を切り捨てた彼女たち。


名前も顔も知らない相手だけど、ここで保身に走って女の子を見放したら、俺までアイツらと同じになる気がした。 


それだけは嫌だった。


だから、


「あー、クソッ! これで死んだら化けて出てやるからな!」


俺は悲鳴の元へ駆け出した。


……。


…………。


………………。


「くっ……! こんな所で時間を取られる訳にはいかないのにっ。私は巻き込んだ側の人間として、あの人を守る責任があるのに!」


鬱蒼(うっそう)とした森を全速力で駆けること数分。


俺は、ようやく目的の人物を視界に(とら)えた。


彼女は複数の狼型モンスターに囲まれながらも、毅然(きぜん)とした態度を(くず)さず、力強い眼差(まなざ)しで敵を(にら)みつけている。


そして、その手には精緻(せいち)な装飾が(ほどこ)された白銀の(つえ)が握られており、豪奢(ごうしゃ)な赤いローブに身を包んでいた。


「あの子は……まさか!?」


俺は、彼女に見覚えがあった。


この一週間で数える程度しか顔を見てないけれど、その美しい金髪と、どこか(うれ)いを帯びた(あお)い瞳が妙に印象的で、記憶に残ってたんだ。


王国の第3王女、リリィ。


俺達を召喚した王族の一員である。


「……けど、それがどうしたって話だな」


相手が誰かなんて関係ない。


俺は悲鳴の主を見捨てないと決めて、ここに来たんだ。


他の誰でもない、自分自身のプライドのために。


だから、


「おら、狼ども! そんな、ちっちゃい女の子じゃ物足りないだろ! こっちに、もっと大きな獲物がいるぞ!」


腹の底から声を張り上げ、自分の存在を全力でアピールする。


女の子は既にボロボロで満身(まんしん)創痍(そうい)といった様子だ。


だから俺が注意を引き付けて、適当に逃げ回る。


この入り組んだ森の中なら、そう簡単に捕まる事もないだろう。


後は、何とか街まで引き返して、門番にでも泣きつけば良い。


「なっ、あなたは!?」


当たり前のことだけど、狼型モンスターだけじゃなくて、リリィも俺の存在に気付いた様子だ。


その目は大きく見開かれ、口元を押さえている。


まぁ、でも俺の顔を覚えてるかは微妙だよな。


リリィと違って俺は特筆(とくひつ)する点のない凡人だし。


というか、よく考えたら気付かれない方が都合が良いのか。


せっかく助けた相手に無能とか(ののし)られたくないし。


「なぁに、名乗る程の者じゃない。いいからアンタは、気にせず逃げろ!」


くぅー! 一度で良いから言ってみたかったんだよな、このセリフ!


俺の正体も隠せるし、一石二鳥だ。


「待って、そうじゃないの! それじゃ駄目なの! 私は貴方を――――あっ!?」


足を止めずに首だけ振り返ると、リリィが(ひざ)から(くず)れ落ちていた。


やはり体力の限界だったんだろう。


何か言い掛けていたようだけど、その続きは機会があれば聞かせてもらうとしよう。


「そらそら、どうした狼ども!? 追いつけるもんなら追いついてみろよ!」


それなりに距離を取った状態から逃げ出しているので、まだまだアドバンテージには余裕がある。


なので俺は、適当に拾った石や折った枝を投げたりして狼どもを挑発していく。


その甲斐(かい)あってか、全ての狼が俺に狙いを定めたようだ。


もうリリィの周りに危険はない。


「あとは自分の身を守るだけ……なんだけど。うん、ちょっと迂闊(うかつ)だったかもな」


ガサゴソと草を()き分け、(せま)ってくる足音。


背後から聞こえるソレとは別に、側面からも何やら気配を感じ始めていた。


「そりゃあ、夜中に、こんだけ騒いでたら狩ってくれって言ってるようなもんだよな……」


どうやら、他のモンスターの注目まで集めてしまったらしい。


今の所、接触する様子は無いけど、これで街に向かうルートが(つぶ)されてしまった。


「こりゃあ、完全にやっちまったか? ……まぁ、でも、あんな美少女を守って()くなら、死に様としては悪くないか……」


せめて、骨は拾って、(とむら)いの一言くらいは掛けて欲しいものだ。


とはいえ、大人しく死ぬ気は、さらさら無いけどな。


最期(さいご)に1匹くらいは道連れにしてやろう。


そんな事を考えながら、俺は死に場所を探るように走り続けた。

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