第一話
ここどこ?
見城亜香里、小学六年生はただ歩き続ける。
小学校からの帰り道、通いなれた道、そのはずだった。彼女の眼には見慣れない黄昏時の街並みが広がる。
どうして誰もいないの?どうして帰れないの?
漠然とした不安に襲われる。
何度目だろうか。スマホを見るも無情にも圏外のまま。
「あら。上手くいったみたいね」
いつのまにか目の前には着物を着た長い黒髪の女がいた。綺麗というよりは妖艶と言ったほうが良い
少女には何を言っているのかは分からない。
「あの・・・」
話かけるも、彼女はすぐに気づく。
逃げなきゃ。
それは、危険な存在。理解できずとも感じた彼女は逃げ出す。いや、逃げようとした。
「あら、つれないのね」
それは、あっという間だった。
右腕をつかまれる。
「あら、さすがね」
女のつかんだ右手が崩れ落ちる。まるで砂のように。
少女は何が起こったのかわからない。
「もう少し、弱らせてからね」
楽し気に笑いながら女は姿を消す。
逃げないと。
彼女が理解できたのは、それだけだった。
亜香里は走り続けるも、当然、限界が来る。
汗まみれで荒い息を吐きながら、周りを見る。
交番。
彼女は駆け込むも、気づいた。
今時、これって黒電話?
彼女はテレビでしか見た事が無い。
受話器を手に取り、耳に当てる。何の音もしない。
「無駄よ。ここは、私が創った世界。どこにもつながらない」
先ほどの女が突然、現れる。
嫌。
逃げようとするも、入口に女がいる。
「ああ、これでようやく・・・・・」
陶酔したかの如くの女。
「巻き込むな」
苛立ったような声と共に、制服すがたの高校生が姿を現す。
「さすがね。九里佑太君。この娘が欲しいのは、お互い様でしょ」
からかうような口調に彼は苛立つ。
「一緒にするな」
「怖い、怖い。分が悪いわね。またね。見城亜香里ちゃん」
女が姿を消すと同時に地面が揺れだす。
やってくれる。
「陽茉莉。追えるか?」
「無茶、言わないでよ。それより、逃げるのが先よ」
どこからともなく、声だけが聞こえる。
「分かった。説明は後だ」
この世界が壊れる」
はい?
「乗って」
彼女の眼の目の前に現れたのは。
狐? こんなに大きかった?
「乗って」
佑太に抱え上がられ、乗せられる。
「陽茉莉、後は頼む」
「ちょっと、あんたを置いていけるわけないでしょ」
狐の抗議。
「我らがついている」
また、どこからともなく野太い声が聞こえる。
「ああ、もう。頼んだわよ。しっかり掴まって」
次々と建物が崩れ落ちていく。その中を走り抜ける。
もはや、何がなにやらの亜香里である。
「簡単に逃がす気はないと。亜香里様、強行突破です。眼を閉じていてください」
向かってくるは、陽茉莉なみの大きさの犬の群れ。
なめるな。
咆哮、それ一発で吹き飛ばされていく。
もう少し。
眼の前に空いた裂け目に飛び込む。
「亜香里様。もう眼を開けてください」
ええっ。
彼女は自宅を上から見ていた。
「ご心配なく、我らの姿は見えていません。時間的にも、大したズレはありません」
亜香里には、何を言っているのか分からない。
「今日のところは、普通にお帰りください。お疲れでしょうし、説明は後日、改めて」
「あの、佑太さんは?」
「ご心配なく、同胞もついています。あの程度で」
そう言いながらも内心、気になる。
我が主よ。無事に帰ってください。もしもの時は・・・。
亜香里を玄関の前で降ろしたあと、陽茉莉は思う。
亜香里様、あなたを殺してしまうでしょう。