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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文一四年(1545) 尼子激闘
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詮久と誠久



一五四五年  尼子(あまご)民部少輔(みんぶのしょう)詮久(あきひさ)



「くっ!落ち着け!所詮は出雲を追われた一族だ!敵は多くない!兵数はこちらが上だ!このまま力を合わせて支え合うのだ!」


ひと塊に固まって円陣を組み、槍を突き出すことで漸く孫四郎(尼子誠久(あまごまさひさ))が警戒したように足を止めた。こちらに突っ込んできても被害が出ると思ったんだろう。

間に合った、と言いたいところだが苦肉の策だ。守りを固めたのはいいがそのせいで私たちは動くに動けなくなり前線とも引き剥がされてしまった。

兵達を鼓舞し懸命に立て直そうと足掻いてはいてもあの騎馬隊の出現を境に再び盤面が完全にひっくり返されたのだと肌で感じた。


未だにこちらの兵、特に徴発された兵は新宮党という名のせいで萎縮したまま抜け切れておらず動きが悪い。亀が甲羅に閉じ籠ったが如くだな。いつ恐慌状態に陥って逃散するか分からない程の緊張を強いられている。

今こうして固まっていられるのも逃げれば個別に討たれる可能性があるというのが分かっているから逃げられないと言った方が正しいのかもしれぬ。これがかつては山陰の席巻した尼子の戦だと言うのか。私はなんと情けないのだろう。忸怩たる思いに苛まれている。


城からも兵が出て来ているのを遠くから確認はしたがこの戦場に辿り着けていないという事は恐らく吉川が城兵の対応もしていたのだろう。抜け目のないことだ。

現実逃避だと分かっていても新宮党の出現にもっと早く気付いていたら。城への救援を早めることが出来ていたら。新宮党が来る前に吉川を抜くことが出来ていたら。たらればを言い出したらキリがないがどうしてもそういうもしもを想像してしまう。


それに離されてしまった前線の先程から様子がおかしい。統率された攻撃が出来ていないのではないか。伊豆守(いずのかみ)佐世清宗(させきよむね))は何をしているのか。

微かに聞こえてくる伊豆守が討死したという声もだ。まさか逝ってしまったとでもいうのか伊豆守。いや、敵の虚報だ。敵将はあの右馬頭(うまのかみ)毛利元就(もうりもとなり))の倅なのだ。こちらを騙すための虚報に違いない。だが、あの混乱具合。一体前線はどうなっている。前線に合流したい。

だが前線と合流しようにも、こちらが動きを見せようとすればすぐさま孫四郎が動きを見せるため儘ならぬ状況だ。


それに孫四郎の事だ。今はまだこちらを牽制するだけだがいつ痺れを切らして再突撃してくるか分かったものでは無い。そしてそれが行われたとき味方の兵がその圧力に耐えきれるのか。…無理だろう。


分かっている。既に手詰まりなのだ。この状況に追い込まれた時点で出来ることがない。逆転する術など残ってはいなかった。

降伏するか?降伏すれば少なくとも今こうして最後まで私に付き従ってくれた兵達の命は救ってやれる。

いや、無理だな。頭ではそれが正しいと分かっていても感情が毛利を、孫四郎を許せない。


何故だ。何故私が、尼子家が負けなければならないのだ。私では、尼子家を繁栄させるどころか守る事すら出来ないのか…。




あぁ、…もう良いか。いい加減疲れてしまった。

だがせめて、せめてこのまま勝てぬのなら尼子の当主としてではなく一人の武士として孫四郎に一矢報いてやる。


無責任だな、私は。千代(ちよ)に叱られてしまうだろう。だがもう心が折れてしまった。


身勝手で済まぬ、千代。願わくばもう一度お前の顔を見たかった。


千歳(ちとせ)長童子(ちょうどうじ)。愚かな父ですまぬ。




「皆聞け。私はこれより孫四郎に刃を交えようと思う。無理に従わずとも良い。誰も従わずとも私は行く。生きたい者は降伏せよ。これまでよく戦ってくれた。止めはせぬ」


周りにいる兵たちにそっと語り掛ける。自分が思ってる以上に冷静に、言葉が出てきた。私の言葉に皆が驚いたのが分かった。だがすぐに私の護衛の兵の一人が代表して口を開いた。


「殿…。何を水臭いことを。我々は殿と参ります。何処までもお供致します。あの傲慢な戦狂いの鼻を明かしてやりましょう」


常に私の護衛をしてくれていた兵達は皆、その言葉に頷く。


「済まない、皆。ありがとう…」


素直に兵達への感謝の言葉が出た。こうして千代以外に誰かを心から感謝をしたのはいつ以来であろう。今更ながら私はそんなことに気付くとはな。私の我が儘にこれだけの者が共に命を懸けてくれる。なんと嬉しいことなのだろう。


「徴発された兵達よ。其方(そのほう)らは武器を捨てて降伏せよ。敵とは言え毛利家は民にまで無理を強いる様な家ではない。取り計らってくれるだろう。ここまで共に戦えたこと、嬉しく思う」


毛利と違い尼子は民から徴発した兵だ。私の我が儘に民まで付き合わせるわけにはいかない。それに敵は新宮党だ。荷が重いだろう。


「と、殿さまは、…殿さまは降伏しないんだか?」


農兵の一人が怯えながらも私を見上げながらそう問いかけてきた。民も不思議だろう、降伏すればいいと思うのも無理はない。こうして民と直接言葉を交わしたのは初めてかもしれぬ。農民も生きているのだなと何故か思った。


「それは出来ん。感情がそれを拒むのだ。達者で暮らせ、名も知らぬ民たちよ」


戸惑う農兵の返事を待たず護衛の兵達に叫ぶ。


「では()()()()!皆の者!参るぞ!私に続け!」


「「応!!」」


一斉に駆け出す。こんな風に誰よりも先駆けて戦場を駆けたこと等、今までなかった。

何と気持ちがいいのだろう。戦の最中という事も忘れそうなほどだ。持っていた槍を握る力が漲ってくる。すぐ後ろには兵達が私の後を追って共に駆けていた。


馬上から敵の顔が見える。先頭には孫四郎もいた。目を見開いて驚く顔が良く見えた。気味がいい。あのいつも不敵な顔を変えることが出来たのだ。それだけでもこの突撃をして良かったとすら思えた。


だが次の瞬間、孫四郎は近くにいた兵の槍を引っ手繰るとその槍を勢いよく私目掛けて投げ付けてきた。山なりに槍がこちらに飛んでくる。


「なっ!?くっ!止まれ!」


それを避けるために私は急いで馬の手綱を引く。馬は棹立ちになりながらもその投げられた槍を何とか回避する。目の前に槍が勢いよく地面に刺さり突き立っていた。


「くっ!孫四郎!!貴様!!」


思わず声を荒げて孫四郎を睨んだ。こいつはどこまで私を愚弄すれば気が済むのだ。私の足が止まってしまったため兵達も私を気遣うように足が止まる。そしてそれが狙いだったかとでも言う様に孫四郎が近付いてきた。


「よォ、三郎。…あァ、今は民部少輔だったか?お前の親父も確か民部少輔だったよなァ。良かったじゃねェか。親父の官位を名乗れてよ。まァ、俺ァどっちでもいいがな」


いちいち(かん)に障る。何を今更話すことがある。嫌味のつもりか?私が無視をしても孫四郎は更に言葉を重ねる。


「それによォ、お前がこっちに突っ込んできた時は流石に驚いたぜ?あのまんま亀みたいに丸まられてっと手間が掛かるとは思ってたからな。まさかお前がこんな馬鹿な事を選択するたァ思わなかったからよォ。ははっ、面白い男になったじゃねェか」


見直したとでも言いたげに孫四郎は笑った。それだけで腹が立った。


「黙れ、心にもないことを。今からお前の首を取ってやる。覚悟しろ!」


「へェ…。ますますお前らしくなくて気に入ったぜ」


何故か嬉しそうに笑みを浮かべている孫四郎の顔を見ていると血が沸々と沸きだっていくようだった。何が気に入っただ。偉そうに。


「お前に気に入られたくなどないわ!!私は昔からお前が大嫌いだった。今も不愉快でしかない!」


「…俺はお前のこと嫌いじゃなったがなァ。まァいいや。なら()ろうぜ?殺したいほど俺のことが嫌いなんだろ?」


そう言った瞬間に何か重い圧力のようなものを感じた気がした。奴の殺気なのだろう。そして一人だけ前に出て来て控えている新宮党の兵達に声を張り上げる。


「オイ、お前等!俺と三郎の殺し合いだ!一切手出しすンじゃねェぞ!!いいな!!」


「おい、ちょっと待ってくれよ兄者!!俺だって戦いてぇよ!それに早くしないと毛利の連中が来ちまうじゃねえか!」


孫四郎の命令に平気で不服を申し立てる奴がいた。あれは弟の小四郎(尼子敬久(あまごたかひさ))だったか。


私を無視して勝手に話を進めてくれる。だがこっちとしては好都合だ。孫四郎との一騎討ちなら新宮党の兵達全てを相手取らなくてもいい。農兵を切り離して兵の数は減った。

それに直接孫四郎の息の根を止めてやれる。だがそうか、もう毛利が来るか。そんな時間か。まあどちらでもいい。もう死ぬ覚悟はしたんだ。


「…あっ?オイ、小四郎、俺に文句でもあんのか…?」


敵である私でも底冷えする様な声で孫四郎はその弟である小四郎の方を見る。弟へ出すような声ではないだろう。私でも思うほどだ。やはりこの男は何処か壊れている。生粋の戦狂い、人殺し好きだ。こちらから孫四郎の顔は見えないが途端に小四郎は怯えたように顔を青くする。


「ひうっ!?い、いや、何でもねえよ、兄者」


「…チッ。ふんっ、怯えるくらいならピーチクパーチク騒いでんじゃねえよ。ド阿呆が。でもそうだなァ。オイ、誰か毛利に伝令行け。俺が死ぬまで手助け無用ってな」


そう締めくくると再び孫四郎はこちらに視線を戻した。不敵な笑みを浮かべている。


「待たせたなァ、三郎。仕掛けてこなかったってことはお前も一騎討ちに文句はねェんだろ?」


「あぁ、直接お前を殺せるんだ。私はそれで構わん」


「ふん、ガキの頃から一度として俺に勝てなかった奴が偉そうに。なら来いよ三郎!最初の一撃をお前にくれてやる!ガキの頃の続きを始めようぜ!」


チッ、本当にこいつが嫌いだ。何様だ。何を偉そうに初撃はくれてやるだ。そのままお前を殺しきってやる。とは言え一撃で殺せるほど孫四郎は弱い筈がない。相手に攻撃する隙を与えず何度も打ち込んで勝機を見出す。


「後悔するなよ、孫四郎ッ!」


馬腹を蹴り一気に駆け出す。あいつは騙すという思考はないだろう。言ったからには必ず私の初撃を偉そうに受け止めるだろう。なら遠慮せずありったけの力を込めてやればいい。

槍の柄の先端に持ち替える。その方が重さが乗るだろう。そのまま馬の速度を利用して横薙ぎに重い一撃を食らわせてやる。覚悟しろ孫四郎。




本日もお読みいただきありがとうございました!

また、誤字脱字報告、ブックマーク、評価を頂き嬉しく思います。一緒に盛り上げて下さり感謝しています。

連続投稿は明日が最後となります。引き続きお付き合いのほどよろしくお願い致します!

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