一騎討ち
一五四五年 佐世伊豆守清宗
朝予想していた通り、吉川の連中はこちらを待ち構えるように陣を構えていた。それもよりにもよって飯梨川を越えればすぐに城に入れるというところでだ。
川を背に構えているのを見て驚嘆する。まさに背水の陣だ。よくもこれだけの兵達に命を掛けさせられたものだ。
常備兵、とやらか?小僧と言えどこの統率力だけでも脅威になり得る。吉川の小僧を殺しきれなかったことが悔やまれるな。
だがこちらもこんなところで負ける訳にはいかなかった。後方からも殿(尼子詮久)の檄が飛ぶ。あれほどに檄した声を出されたのを私は聞いたことが無かった。だが、その声に勇気を貰える気がした。
駆けた勢いそのままに待ち構えている敵陣へと殺到する。どうやら敵は弓矢すら持ってきてはいないらしい。身を軽くするためか、本当に強行軍だったのだろう。
頭上から石礫が降ってくる。厄介ではあるが矢ほどの脅威では無い。見れば敵軍はそれ程の兵数は備えていないのも分かった。こちらの半数程度か。
このまま押し切れると思ったが驚くことに前線が膠着した。しかも前線からの、味方の喊声の様子がおかしい。恐らく喚声が上がったそこがこちらの足を止めさせる原因になっているのだろう。
先陣を任されてる以上放っておくことは出来ん。乱戦の中、馬上にいては雑兵が群がってくる恐れがある。馬から降りて前線に向かった。
そこには大男が不敵な笑みを浮かべながら刀でも槍でもなく、斧を豪快に振り回して味方の兵に襲い掛かっていた。私の兵が蹂躙されている。血が一気に沸騰していくのが分かった。とっとと仕留めてしまおう。
「フンッ!」
兵達の影から持っていた愛槍を一気に鋭く突き伸ばして不意を打つ。これで敵は終いだ。
「ぐううっ!?」
だが金属のぶつかるような音と共に持っていた槍の穂先が上に弾かれた。しかも二撃目を既に警戒している。ただでかいだけの男ではないらしい。
他の家臣たちや老臣に頭だけで殿に気に入られたと言われぬよう血の滲む思いで槍術を磨いた。
だがその槍を止められた。かなり出来る相手らしい。兵達ではこの男を止められないだろう。私が相手しなければならない。それに私がこの男の手を止めてしまえば兵数で味方が再び前に圧すことが出来る。
「まさか止められるとはな。貴様、名は何という?」
殆ど興味だった。こちらに気を引くためという打算も込みで槍を構えながら声を掛けると相手は意外そうに目を丸くした後に、すぐ険しい顔に戻り斧を構え直しながら答えた。純朴そうな男だ。それこそ戦よりも畑を耕していそうな。
「おらぁ、佐東権兵衛金時だ。お前ぇこそ誰だ。お前ぇが大将だか?」
話し方も農民のそれだった。だが覚えがある。
「私は佐世伊豆守清宗。まあ今から死ぬ人間に名乗っても意味は無いがな。それにしても佐東か、聞かぬ名だな。あぁ、そうか。吉川には農民上がりがいたな。それがお前か」
「…お前ぇ、嫌な奴だぁ」
「これから殺す相手が、いい奴な訳があるまいッ!!」
不愉快そうに表情を顰めて睨み付けてくる相手にわざと口角を吊り上げて挑発するように笑みを浮かべる。そのまま持っていた槍を頭上から振り下ろした。
だが目の前の男は体に似合わず機敏な動きでしっかりと槍に反応して器用に持っていた斧で槍を捌いていく。
弾かれた槍を素早く手元に引いて何度となく相手を穿つように突いていく。だがその度に佐東金時に既の所で捌かれる。
知らないというのは嘘だ。私はこの男の名前を知っている。
吉川の小僧を暗殺するに辺り鉢屋衆を使って吉川家のことはそれなりに調べた。常と言って良いほど吉川の小僧に付いてその幼い身を守っていたのがこの男だ。農民上がりながらその図抜けた怪力と忠誠心を持つ佐東金時。その佐東金時が前線に出て来ている。本来有り得ない事の筈だ。
そういえば吉川の小僧は戦では前線に出張って来るのではなかったか?ちらりと様子を窺うように佐東金時の後ろへ視線を移すと群がる敵兵の向こうで馬に跨り指揮する将を見つけた。幼い顔立ちに似合わない鋭い目つき。聞く話に出てくる吉川の小僧の特徴と酷似していることから恐らくあれが吉川の小僧なのだろう。
「余所見なんてしてんじゃねえぞお!!」
「ふん!、貴様程度、余所見していたところで討たれる私では無いわ!」
ちらと見たつもりだったが一瞬私の攻撃が緩んでしまったのか、その瞬間に反撃するように相手が槍の攻撃範囲の内側に入り込んでその右手に持っていた斧を下から突き上げるように振るわれる。
鈍色の斧の刃先がこちらの顎を狙っていたのを強引に身体を逸らして避ける。
兜の眉庇に刃先が擦れたのかチリッと音が間近で響いた。当たっていれば首ごと持っていかれそうな剛腕だ。噂に違わぬ怪力らしい。背筋にひやりとしたものを感じる。成程、それで金時か。
「ふんっ!」
だが当たらなければどうという事もない。そのような力任せの攻撃のせいで胴ががら空きだ。槍の内側で振るえないため思いきり押し出すようにその巨体を蹴り上げる。
「うぐっ!?くっ!」
蹴圧されて相手との間に再び距離が空く。おかげで槍の射程を元に戻すことが出来た。再び相手の隙を生むように体力を削る様に、相手が攻撃する機会を奪う様に槍を細かく何度も何度も繰り出す。
噎せるように呼気を漏らすもすぐに態勢を立て直した相手もそれに応じるように斧で捌く。
それにしても何故、吉川の小僧は前線に出張ってこない?
鬼吉川と言われ近隣を恐れさせた吉川経基公が死去してから吉川家に陰りが見えた。
その吉川家が再び武名を上げ始めたのはあの小僧が当主となってからだ。常に前線で自ら先頭に立ち槍を振るってきたからこそ兵達は奮い立ち吉川は勇名を上げ始めたのだ。
この戦は毛利家にとっても重要な戦の筈だ。あれだけ手の込んだ策を弄してまで我等を崩したのだ。ならばこの戦にも吉川の小僧ならば張り切って前線に出張ってきたはず。
前線に出られるほど回復して無いのではないか?
ならその小僧が前線に出れないせいで代わりにこの佐東金時が出て来ているので頷ける。であればこの男は吉川の小僧の期待を背負っているのだろう。吉川の小僧から相当に可愛がられている筈だ。
ならこの男が死ねば多少なりとも吉川の小僧の心を折れるのではないか。大将の心を折れれば全軍に響く。好機だ。
これ以上吉川家を増長させれば城に戻ったとしても尼子の反撃の目すら奪われかねん。ただでさえこの負け戦と思われる戦の後、毛利元就が今よりも強大な敵として控えているのだ。出端を挫くためにもますますこの男を屠らねばならん。
「確か農民上がりは吉川の小僧の護衛では無かったか?あぁ、捨て駒にされたか。それも詮無きことだな。護衛が主を守れず暗殺されかかったのだ。お前が主の近くになんている意味が無いものな?」
「な!?次郎様はっ!次郎様はそんなことする訳がねえ!!何にも知らないお前ぇが次郎様を語るんじゃねえだ!!」
私の言葉にみるみる顔を赤くし詰め寄ってこようとこちらに駆け出してきた。そしてそのまま斧が横薙ぎに払われる。
「待て!権兵衛!自重しろ!前に出過ぎだ!!くっ!行くな権兵衛!!」
前線で指揮を任されている将だろう。旗印から熊谷か。懸命にこの男を呼び止めようと声を張り上げている。自分も戦っているにもかかわらず目聡いものだ。だが頭に血が上ったこの男には届いていない。余程に腸が煮えたのだろう。まあ、そう挑発したのだ。狙い通りで助かる。
ふん、いくら武が立とうと、怪力を持とうと所詮は農民上がり。挑発すれば簡単に釣れるものだ。忠義を誓った主の悪口ならば効果も大きい。
忠義が揺らげば更に効果的であったろうがそこまで希薄な関係ではないようだ。まあ、当然か。信頼されていなければわざわざ前線を任せたりはしないだろう。
だがこの男が私に釘付けになっているおかげで再び味方が数の力に任せて敵を押し始めている。殿が指揮して下さる以上、私が指揮を執る必要はない。
近くにいた兵達の数名がこちらを援護しようと相手に対して槍を構え近付こうとしていた。
「私には構わずとも良い!戦列に加わり吉川勢を押し込め!敵の勢いは落ちているぞ!」
「はっ!畏まりました!」
私の言葉に近付いてきた兵達は素直に敵兵とぶつかり合う最前線へ向かっていく。味方に援護させた方が楽なのは間違いなかった。だが雑兵と言えども必死に主君に尽くそうとするこの男を他の誰かに討たせるのは気が引けた。一応士分として姓を得たのだ。士分として遇してやるのがせめてもの手向けだろう。
だが一人で対せるとはいえ油断は出来ん。
その怪力から振るわれる斧の一撃は槍で受け止めたとしても勢いを止められずこちらが体勢を崩され倒されてしまいそうだ。
一度でも均衡を崩せばたちまち私が討たれてしまう。それだけは避けねば。横薙ぎに襲ってくる攻撃を身体を逸らしながら槍先でいなす。そして斧を振り切り隙が出来た所に穂先でスッと相手の身体を撫でるように切り付ける。
少しずつ体力を奪う様に生傷を増やさせて血を流させる。消耗させて足を止める。感情が激していれば余計な力が入り更に体力が削られるだろう。こちらの兵の方が数は多いのだ。後方から来ている援軍がここに辿り着く前に片が付く。
第一にこの男を釘付けにすること。殺すのは第二でいい。今は無理に相手を殺そうとしては駄目だ。隙を伺え。
「主を盲信したまま討たれる哀れな男だ。私があの世へ逝かせてやる!!」
大振りになった相手の攻撃は空気を割くような鋭い音を響かせるも、決してその刃が私に届くことは無い。代わりに私は少しずつ相手の鎧を、そして身体を傷付けていく。久しぶりに戦場で槍を振るったが昔よりも身体は動いている。鍛錬の賜物だろう。
「どうした!動きが鈍くなってきたのではないか!所詮は主に見捨てられた農民上がりの雑兵よッ!」
「ぐっ!…くっ!黙れぇっ!お前ぇは口を開くんでねえだ!!」
休む暇は与えん。実に分かりやすいものだ。息つく暇を与えぬようにわざと口汚く罵倒すれば残っている体力を振り絞る様に無理矢理体を動かす。こちらが兵数で圧しているせいで周りが補助する余裕もない。
単調になった攻撃の隙に槍先が相手の身体を何度も撫でる。そうして傷つけていけば敵は血を流し体力を失い、動きにキレが無くなっていく。こちらの予想以上に効果覿面だったようだ。
…いける。
勝ち戦を引っ繰り返されたのだ。やられっ放しでは腹も立つ。多少の意趣返しが無ければこちらの溜飲も下がらぬ。
吉川の小僧。せっかく死の淵から戻ってきたばかりなのだろうが少々私の八つ当たりに付き合って頂こう。精々可愛がっている寵臣の死を見届けろ。
肩が上下し、息も絶え絶え、その巨体を支えていた頑健な足が崩れるように折れる。持っていた斧を地面に付けて重そうに身体を支えている。もう立ち上がる余裕すらないのだろう。だがその目は怯える様子もなくこちらを睨み付けていた。
「取り立てられなければこの地で死ぬことも無かったろうにな」
「はぁ、はぁ…。お前ぇには、分からねえ。次郎、様に、仕えられるのは、幸せなこと、だ…っ」
死を前にしても息を切らしながら主君へ忠義立てするその姿は農民上がりと馬鹿に出来ぬ程、潔く気持ちのいいものだった。
だからこそこのまま一人の武士として首を落としてやろう。持っていた槍を振り被る。意外に早く決着が付いた。
「そうか。ならば士分として逝かせてやろう。立派だったぞ、佐東金時。さらばだ」
まだ後方から追ってくる敵の援軍が来るまでは時間に余裕があろう。この男さえ葬れば敵の士気が落ち突破も早まる。重畳だ。
こちらを睨みながら見上げる相手にそう告げるとその太い首に目掛けて振り被っていた槍を勢いよく振り下ろす。
だがその瞬間、一際大きな喚声が後方から轟く様に響いた。
今日もお読み頂きありがとうございます。明日も投稿します!
一体戦場で何が起きたのか、お楽しみに。




