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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文一四年(1545) 尼子激闘
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激突



一五四五年  吉川(きっかわ)少輔次郎(しょうのじろう)元春(もとはる)



山間の道を抜けてきた敵の姿を馬上からも確認した。物見の報告通り敵の数は確かに1000はいそうだった。こうして陣を構えているんだから敵にも俺達が待ち構えているのは分かったはずだ。

乗っている疾風(はやて)が首を振りながら(いなな)く。そっと(たてがみ)をなぞるように撫でてやった。こうしてお前に乗って戦するのも久し振りだな。


月山富田城はすぐ後ろに悠然と(そび)え立っている。城のすぐ下は城下町があるんだが、この町の中で戦えば町民に被害が出るしそもそも戦いづらい。城に入られたくないこっちとしては市街戦なんてしたら何処から抜けられるか分かったもんじゃない。圧倒的に不利だ。だから城下からなるべく離れることで城から打って出てきてもすぐには攻められない程度の距離は確保できた。


敵が月山富田城に入るためには城の近くを流れている飯梨川(いいなしがわ)を越える必要がある。俺達は飯梨川を越えて敵に備えた。

仕方ないとはいえそのせいでこうして背水の陣になっちまったが、城に入るためにも敵は俺達と一戦交えなきゃならない。


互いに命懸けだな。まあ常にそんなもんか、戦なんて。

こんな無理な戦を仕掛けられるのも兵たち一人一人が吉川家に従ってくれるからだ。協力的な兵はこの時代じゃ宝だな。逃げ出すことなく従ってくれている。本当にありがたい。徴収した農兵や金で雇った傭兵なんかじゃこんな無茶な戦強要出来ねえもんな。


伯父上(吉川経世(きっかわつねよ))も城からの兵に備えて後方、川向うで陣を構えているだろう。

そもそも今回の戦は常に兵数が少ない戦を強いられているから、敵の援軍に対してこっちは全軍でぶつかるべきか迷うところだが、月山富田城からなら尼子の援軍を視認しているだろうしこちらが何も手当てをしていなければ必ず城から出てくるはずだ。

なら後顧の憂いを絶って味方の心的負担を減らす方が戦いに集中出来る。


ここまで死力を尽くした戦だ。俺自身が前線で戦いたいところではあるが病み上がりの身としては前ほどに体力に自信がある訳じゃないから出たくても出れない。ただでさえ俺が死んだと情報が流れた際はかなりの混乱したらしいし、万全じゃない俺が無茶をすれば最悪戦死だ。俺自身今の体力で自信を持って戦えるとは言えない。いざと言うときまでは指揮に集中するしかねえか。

伯父上にも止められたしな。

この戦が終わったら本格的に体力作りをやり直さなきゃだ。宝蔵院での修業は槍への理解を深められたが体力作りが出来たかと言われると微妙だ。しっかりと走り込んだりしたんだけどな。本当に恨めしい。


だから今回は俺の代わりに権兵衛(佐東金時(さとうきんとき))を兵庫頭(ひょうごのかみ)熊谷信直(くまがいのぶなお))がいる前線に行かせた。

権兵衛は常備兵の制度を取り入れてから俺の護衛にまで上り詰めた言わば出世頭のような立場だ。それに力自体も兵達の誰よりも強く、人柄も誰にでも優しく温和なこともあり兵達の中でも人気がある。前線の兵達の心の支えになってくれるだろう。昔は鈍牛なんて呼ばれてたんだけどな。元農民だからってバカに出来ない。


「兵庫頭様より伝令!敵はこのまま止まることなくこちらに向かって来ております!四半刻(30分)とかからずぶつかるとの事!」


戦前のじれったさを紛らわせるように思考の海に溺れていたら伝令の兵が前線から駆けてきた。


「兵庫に伝えろ!作戦は変わらずそのまま敵に備え敵の足を止めよ!」


「畏まりました!」


伝令が兵庫頭のいる前線に戻っていく。このまますぐに戦になることを他の将たちにも伝令を出して指示を伝える。敵の足音が地響きのように近付いてきているのが分かった。

それにしても一切止まらずそのまま開戦か。矢も碌に持ってきてないから牽制も出来やしねえ。一応、石礫(いしつぶて)は集めさせたから近付いてきたらこれで牽制させないとな。


ただの石ころと侮れない。当たり所が悪ければ石でも人は殺せる。

石礫は平左衛門(宇喜多就家(うきたなりいえ))達、宇喜多隊に預けたから上手くやってくれるだろう。熊谷隊と並ぶように前線を任せている。俺の一つ年上なだけの若い平左衛門だけど若い頃から苦労している分頼りになる。


それよりも今は敵の動きだ。まさかこのまま突っ込んでくるとは。何を急いでるんだ?


「勘助(山本春幸(やまもとはるゆき))、どう思う?」


すぐ側で同じく馬に跨っている勘助に声を掛けた。


「焦っているのかもしれません。可能性としては佐世の後ろに味方の援軍が迫っており敵はそれに気づいた。そのため一刻も早く城の救援をしたいのかと」


成程。今なら尼子の兵力は俺達吉川よりも多い。合流される前なら容易く打ち破れるって算段か。


「兄貴(毛利隆元(もうりたかもと))の援軍が迫ってるならこっちとしては有り難いことだな」


そこでふと疑問が浮かぶ。


「ん?でもだとしたらおかしくないか?俺達毛利方の救援に気付いたってことはだ、赤名峠の戦で尼子が破れて突破されたってことだろ?尼子が毛利の突破を許すまで崩されたなら救援が必要なのは月山富田城じゃなく赤名峠だろう。尼子の当主がいるんだから。救援に行くなら城よりも赤名峠の筈だ。なら佐世の狙いはなんだ?」


親父(毛利元就(もうりもとなり))の作戦通りなら赤名峠の尼子軍は相当な痛手を喰らってるはずだ。それでも月山富田城を救援したい理由なんかあるのか?疑問を勘助にぶつけると勘助は少し考えるように俯いた後、口を開いた。


「…佐世の軍に尼子詮久(あまごあきひさ)がいるのやもしれませぬ。だとすれば赤名峠の戦で尼子が破れたとしても佐世の軍が月山富田城に辿り着けば尼子にとっての最悪は免れます」


成程…。


「それか。そういうことか。うん、それ臭いな。…だとするとかなり分が悪くなるな。ただでさえ兵力は向こうが上だってのに死に物狂いか」


「…はい。地力はこちらが上でしょうが…」


うっ、そこは否定して欲しかったんだがなぁ。

顔に出さないように内心溜息を吐く。やっぱり分が悪いよな。敵の総大将が佐世の軍にいるならこっちの予想よりも(たち)の悪い軍になってる訳だ。

佐世清宗(させきよむね)は情報じゃ尼子詮久(あまごあきひさ)のお気に入りの重臣の一人だったはずだ。忠誠心に篤いだろう。

その佐世が率いる兵だ。死に物狂いで襲い掛かってくるのは間違いない。当主を城に入れなきゃ負けなんだから当然だな。でもそうなってくるとこっちとしては兄貴の軍が早く来ないと長くは()たない。当初の予定通りっちゃ予定通りなんだけど、安請け合いしすぎちまったか?


「こっちは保っても一刻二刻(2時間~4時間)でしょう。それ以上は兵達も厳しいかと。…逆に攻勢に出ますか?」


俺が考え込んでいると勘助がそう提案してきた。その提案が魅力的に感じるのは俺がさっさと雌雄を決したいと望んでるからなのか。意表も付けるし。…だけど。


「…いや、止めとこう。状況的に尼子詮久がいる可能性は高くても確実じゃない。それに詮久の顔を知ってる伯父上は後方だ。確認のしようがない。今からやり様を変えれば兵達も変に動揺するだろう」


「そうですな」


少し考えてから首を左右に振った。この時代SNSなんてないから敵の大名の顔を拝む機会なんて外交を任されなきゃ無理だろう。毛利本隊なら何人もいただろうが吉川で尼子詮久の顔を知ってるのは伯父上だけだ。


提案してきた割に勘助もあっさりと引き下がる。むしろ勘助自身も否定した俺を見て安心した様子だ。俺の考えを固めるために提案してくれたんだろう。それとも焦ってる俺を敢えて煽って逆に落ち着かせたかったのか。何にしても勘助は俺をよく見てるなぁ。一人じゃこんなに落ち着いてられない。


「尼子詮久のことを各隊に知らせるべきか?知らせた結果、兵が(はや)る可能性もあるが」


「それは、…いえ、知らせましょう。敵の圧力が想定より強まる可能性があります。情報は知っていてこそです。頭の片隅にでも想定していれば焦らずに済みます」


勘助自身も迷うよな。孫四郎(今田経高(いまだつねたか))辺りが知ったら無茶をしかねないし。でも焦って戦うよりも万全を期した方がいい。こっちは耐える側なんだ。余計な焦りを生んで綻びを生みたくない。


「よし、各隊に伝令を走らせるぞ!」


近くに控えていた者たちを各隊に走らせる。前線に視線を移すと向かってくる敵の一人一人の姿が分かる程度には近付いてきているのが分かった。


何とか来てくれよ兄貴。





一五四五年  佐東(さとう)権兵衛(ごんべえ)金時(きんとき)



槍衾(やりぶすま)構え!丹田(たんでん)に力込めろ!!敵が来るぞ!」


いつも近くで聞こえていた次郎(吉川元春(きっかわもとはる))様の声が後ろから聞こえてきた。既に敵はすぐそこまで来てものすごい声が聞こえてきていただが、それでも次郎様の声はしっかりとここまで聞こえてきた。


いつもは次郎様を守る為にお側に居ただが今日の戦では前に出てくれって言われちまった。

お役御免なのかと思ったけんど、次郎様は『俺は前線に出れないから、俺の代わりに俺の仇を討ってくれ』っておらに頭なんか下げんだ。次郎様は偉い人なのに農民出のおらに当たり前のように下げられる。こんなお侍様見たことがねえ。そういや町や村でも次郎様は普通に皆に頭下げたりしてるだな。次郎様にとっては当たり前なのかもしんねえだ。

大好きな次郎様の頼みとあっちゃあ絶対に叶えてあげてえだよ。


それにこれは次郎様が言ったように仇を討つ好機でもあんだ。おらがもっとしっかりしてりゃあ次郎様が殺されかけられたのを防げたかもしんねえ。今回は次郎様が快復されたから良かったけんど、尼子っちゅう敵とその尼子の下にいる鉢屋衆って奴らがいる限り次郎様の命がまた狙われるかもしれねえ。ずっと危ねえんだ。

ならこの戦でおらが頑張って、次郎様のお命が狙われなくなるように尼子の奴らをやっつけなきゃならねえ。


左の方から敵に向かって石の礫がぶん投げられてんのが見えた。宇喜多様の部隊がやってくれてんだろう。それで少しは敵の勢いが落ちるといいんだども。

味方の兵達が一斉に槍さ突き出して押し寄せてくる敵を抑えようとしていた。

敵の勢いが思った以上に強え。でもおら達は必死に鍛えてきてんだ。敵は普段農作業してる昔のおらみたいなやつらなんだろ?戦になる度に無理矢理駆り出されるような奴らに負ける訳にはいかねんだ。

味方の兵達が突き出していた槍を上にあげると敵兵の頭をかち割るように勢いよく振り下ろした。敵も負けじと同じように槍を振り下ろしてくる。それでも徐々に味方が踏ん張って敵の勢いを殺し始めている。

敵は猪みてえだ。猪は怒り狂って突っ込んできても元は臆病な生き物だ。勢いを皆が殺してくれた。なら押すなら今しかねえ。そうすりゃ腰が引けるんだ。


「ああぁぁぁぁぁぁあ!!!」


ガンガンと敵味方の槍の激しくぶつかる音に負けないようにおっきい声を張り上げながら前に出た。猪の足を止めたなら前に出て出端を挫いてやるんだ。じゃねえと次郎様に敵の槍が届いちまう。そんなことはもう二度とさせらんねえ。


前に出たおらに敵の槍が集中した。おらを狙って振り下ろされた敵の槍を使い慣れた(まさかり)で受け止める。敵の攻撃はズンッとおらの身体を沈ませるんじゃねえかって錯覚しそうなほどだけどそんなんじゃおらはやられねえぞ。


受け止めた何本もある槍を弾くように鉞を上に思いっきり振るう。それで敵は身体が逸れた。ふと見ると敵が驚くような怖がるような目でおらを見てるのが分かった。鍛えられたおらは前よりも少し強くなったんだ。こんなんじゃおらは負けねえ。敵が身体を崩した隙に鉞で敵の首を狙って横に振る。すぐにぶしゃっと敵の首から血が噴き出した。猪の血抜きとおんなじだ。


「次郎様が止めるって言ったんだ!おら達がおめえらを止めてやるだぞ!!」


次郎様は敵を威圧するときは目一杯笑えって言ってたからおらも目一杯笑いながら敵に言ってやった。そうすっと敵が『ひっ!』と怯えたように声を出して後ずさりした。次郎様の言った通りだ。やっぱ次郎様はすげえだな!


おらが笑ったのを見て周りの皆も元気が出たみてえだ。おらと一緒に笑いながら敵に攻撃をし始めた。この調子ならきっと敵も抑えられるだ。次郎様の体力はまだ戻ってねえんだ。次郎様の代わりにおらが頑張っからな。次郎様から貰ったご恩はこんなんじゃまだまだ返しきれねんだから。


このまま押し切れると思った瞬間だっただ。群がる敵兵の後ろから鋭い槍の穂先が人の間を縫う様に勢いよくおら目掛けて襲い掛かってきた。


「ぐおっ!?」


敵の合間から蛇がぬうっと出てくるみてえに槍が来たせいで一瞬何をされたか気付けない攻撃だった。そのせいで反応が遅れちまったが必死に突き出した鉞を乱暴に振り払って上手く槍の穂先をいなせた。身体には刺さってねえだな。良かった。


すぐに次の攻撃を警戒したが敵から次の攻撃は来なかった。受け止めた鉞の刃を見ると柄との付け根が折れかかってた。さっきの槍でやられちまったんだろう。すぐに腰から下げていたもう一本の鉞に持ち替えていると、敵兵の間に自然と隙間が出来ていた。




そしてその隙間には立派な鎧兜を身に付けた男がおらを睨み付けていた。きっとこいつがおらの敵なんだろう。






明日も更新します!お楽しみに。

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