激動の兆し
一五三七年
この年、父が大きく動いた。
嫡男である松寿兄貴を人質として大内家に差し出すことになったのだ。
そうなったきっかけは毛利家の東にいる大国、尼子家だった。
ここで話は変わるが、親父は世鬼一族という忍び集団と、座頭衆という盲目の琵琶法師の諜報員たちを抱えている。世鬼一族の役割は主に外部、街々に噂をばら撒いて世評を操り、時には暗殺、他家の忍び衆からの警護なども行う。
そして座頭衆はその得意の琵琶と、盲目という弱者の立場をあえて利用して内部に入り込み、権力者に取り入ると徐々にその権力者を堕落させたり嘘の情報を与えて内部に不和を生じさせたりと敵国を徐々に腐敗させるのが得意だ。
親父はこの二組織を巧みに配置して情報を手に入れ、機先を制し、時には冷酷に暗殺を行い大国二つに囲まれながら時には尼子、時には大内とこの二国と付かず離れず上手く渡り、少しずつ大きくなってきたのだ。
その諜報組織がある機密情報を手に入れた。それは尼子家の家督情報である。
今の尼子家の当主は、尼子伊予守経久という。この経久は相模国(現在の神奈川県)の北条早雲と並び、戦国初期に下克上を成し遂げた男だ。出雲国(現在の島根県)の守護代であったが、主の京極氏を締め出し多くの国を一代で席巻。遂には十一ヶ国の太守、雲州の狼と呼ばれて恐れられたこの時代のビッグネームだ。
そんな戦国初期を代表する男が前線から下りようとしてるってわけだ。
まだ確定した訳ではないが座頭衆からの情報だと、どうやら病を得たらしい。それが今回の家督相続に繋がっているようだ。
まだそれほど酷いわけではないらしいがそれでも既に80近いんじゃなかったか?この時代では驚くほどの長寿だな。そんな老齢の病、本人も無理は出来ないと思ったのだろう。まだ自分が生きているうちに孫の三郎詮久に家督を相続して隠居しながら後見しようということなんだと思う。
なぜ息子ではなく孫に家督を、と疑問に思うかもしんないが実は息子の民部少輔政久は既に故人だ。ある攻城戦で厭戦気分に呑まれ始めた自軍を得意の笛の音で鼓舞しようとしたところ、城内の敵兵に音を目掛けて矢を放たれ、それが運悪く喉に突き刺さり戦死してしまったのだった。なんとも運が悪い最期だ。
この政久には兄弟もいたが、文武に溢れる才能を持っていた政久の直系の血が途絶えるのを惜しんだ経久は孫の詮久に家督を譲った。
前置きが長くなったがこれが今回毛利が大きく動く要因になった。なんといっても親父でさえ恐れていた経久が前線から退いたのだ。まだ生きているとはいえ新当主の詮久が尼子家中を掌握するには時間がかかる。
この、ようやく出来た小さな揺らぎを最大限に活用するため、親父は完全に大内家の傘下に入り尼子家と決別、完全に敵対する道を選んだのだ。弱いところから攻撃しなければ毛利は大きくなれない。
そして傘下に入るならば最大限の信頼を得ようと親父は次期当主である松寿兄貴を人質に出すことを決めたというわけだ。
すげえよな。やるならば中途半端にせず徹底的に。しかも実際に人質に出される兄貴もこの案には前向きだ。
この時代の大内家は京の都から逃れた公家すら匿い、海を越えた明国との交易を独占し西の都と呼ばれるほどの繁栄を見せ、その様は大内文化とまで呼ばれるほどだ。
武者修行にはもってこいだろう。俺も行きてえな。最盛期の大内家を見てみたい。
俺も駄目かな?…駄目だろうな。
はあ。兄貴羨ましい。だがあの一件以来、兄貴は一切ネガティブさを見せなくなり何事にも貪欲に向き合っている。外交官としての役割も含まれる今回の人質という名の武者修行もきっと大きな成果を持ってきてくれるだろう。
それは毛利家にとって確実にプラスになることだ。
今回のことが引き金に、じきに尼子との戦が必ず起こる。出来ることからコツコツと俺も準備をしなきゃなんねーな。元春としてしっかり役目をこなしてみせる。大丈夫、きっと出来るはずだ。
一五三八年(天文七年)熊谷次郎三郎信直
新年早々、大内家に人質として向かわれた松寿丸様は山口の地で元服されたそうだ。
名を少輔太郎隆元。隆の字は大内家当主、義隆公から賜ったものとの事だ。
松寿丸様、いや、隆元様は随分と義隆公に気に入られたのだろう。当然だな。隆元様は才気溢れる毛利の御曹司。あの殿に似た涼やかさと、春の日差しのような暖かな優しさを持つ隆元様だ。大内家でも立派な活躍をなさるだろう。この次郎三郎も隆元様より命じられた任を果たしてみせますぞ。
人質に旅立つ前に隆元様は儂にあることを命じられた。「鶴寿丸が何かお主に頼んできたときは例えその頼みがよく分からなくとも叶えてやって欲しい。鶴寿丸はきっと毛利に必要なことを常に頭で考えられるはずだ」そう仰られた。
確かに鶴寿丸様も才に溢れる素晴らしい御子だ。特に武才は群を抜いているだろう。儂との鍛錬でも時折ヒヤリとする一撃を放ってくる。だが御兄弟の中でもよく分からない事を言い出し、実際に行う不思議な御子でもある。
石鹸の時などがいい例だ。悪戯と称して様々なことをしている。以前ご本人に直接何をしているのか聞いてみたがじっけん?をしているらしい。よく分からぬ。話せるようになった頃からそうであったらしい。
ある日、領内を見回りたいと急に言い始め城下町の様子を見たかと思えば、次には近くの村や田畑の様子が見たいと言い領内の見回りに混じってついていく。
世鬼一族が目を光らせているとはいえ危ないのではないかという声もあるが、そんなのどこ吹く風だ。そして見回った先で種籾を少量買い取ってきたこともあるらしい。
そして城に戻るとその種籾を何故か水につけ始めたのだ。
儂は農民たちの仕事がどのように行われているのか知らぬため、種籾を水につけることがどんな事なのかは良く分からぬ。だが普通はそんなことはしないらしい。
そして沈んだ種籾だけを保管し、浮いた種籾は鶴寿丸様が飼われている鶏に食わせてしまった。「なんと勿体ない」と零したところ、「あれは育たぬ種だからいいんだ」と仰っていた。本当なのか?何故そんなことが分かる?信じられぬ。
信じられぬと言えば鶴寿丸様は鶏も食してしまうのだ。鶏はお天道様、神様の遣いだと言われている。あの神々しい白い姿、朝日を告げる鳥として神聖な鳥なのだ。それを鶴寿丸様は食べてしまった。
家中ではそれはもう大騒ぎになった。中には毛利に災いを呼ぶと非難する家臣もいた。あれは井上河内守殿の一族であったか。
そんななか、鶴寿丸様は仰ったのだ。
「鶏がお天道様の遣いだ?馬鹿言ってんじゃねえ。その鶏が本当にお天道様の、神様の遣いだって言うんならなんで間近で殺しあってる人間を救ってくんねえんだよ。ひもじい思いをしてる民を救ってねえんだよ。本当に神様の遣いなら知らせてくれなきゃおかしいだろう?」
そう聞いたある家臣は反論した。
「ですがあの白く美しい身体と、頭にある赤い鶏冠はまさに朝日が如くに御座いまする」
「鶴だって身体は白くて頭赤いじゃねえか。お前らの言い分が正しいなら鶴もお天道様、神様の遣いだよな?お前ら罪深えな。俺と同じでお天道様の遣いを喜んで食っちまいやがってよ」
「なっ…なっ!?」
「本当に鶏がお天道様、天照大御神様の遣いだってんなら、すぐにでも俺に神罰が下るだろうさ。もし神罰が下らなかったら、お前ら分かってんだろうな?」
「な、何を…でございますか?」
「神罰が下るだなんて俺を非難したんだ。もし俺に神罰が下らずこうして生き続けたなら鶏がお天道様の遣い、天照大御神様の遣いじゃないんだって認めろよ。お前ら全員、今後は鶏を飼って鶏を食い続けろよな。分かったな!」
そう啖呵を切った鶴寿丸様であった。そしてこんなやり取りがあって既に一年以上経ったが、今でも立派に成長し続け天罰も下らず生き続けておる。
あの時、鶴寿丸様を非難した者どもは約束を無理やり守らされ鶏をそれぞれ飼い始め、食卓には鶏肉が上がるようになったと聞く。
なんとか鶏を食うことから逃れようと殿に直談判をしたものもいるようだが、「約束を交わした以上、武士に二言はないはずである」とにべもなく断られたとのこと。
最初は嫌々食べていたそうだが今では味噌を塗って焼くと絶品と徐々に毛利家中で流行ってきておる始末。儂もいつの間にか大好物になってしまった。考えていたら食いたくなってきたな。…と話が大分ずれてしまったな。
水につけて沈んだ種籾は春に鶴寿丸様自ら百粒ほど育てられ青々と育ったころ、ある農家の田を借り、鶴寿丸様自らの手で植え始めたのだ。これには供をしていた皆が驚きお止めしたが【じっけん】と称された物事に関しては鶴寿丸様は頑ななほど頑固になられる。
「そんなに俺が動くのが駄目だというならばお前らも手伝え。だが植えるなら適当に植えるなよ。一定間隔開けて植えろ。こうだからな?多分こんくらいだから。これくらいの距離を等間隔あけて植えるんだからな」と。
詳しく聞くとどうやら鶴寿丸様は収穫を増やそうとなされているようで我らも半信半疑で手伝うことにした。武士が何故農家の真似事を。と思わんでもなかった。だが我らの不満げな態度を察したのか鶴寿丸様が言った。
「いいか。農民が必死に米を作ってくれるから俺たちは生きていけるし戦も出来るんだ。命令するだけでいいなんてのは傲慢だぞ。農民は戦にも駆り出されて大変なんだからたまにはこうやって武士も農民を手伝え」
と仰った。どうやら鶴寿丸様は儂らとはものの考え方が全くと言っていいほど異なるらしい。だが、その場にいた儂らは何故か納得してしまったのだ。そんな説得力が不思議とあった。
そうか、確かに傲慢なのかもしれぬ。いつからこんな考えが当たり前になっていたのか。
そしてその年の秋、収穫の時期になった。天候にも恵まれ村々には黄金色の美しい実りの景色が映し出されていた。鶴寿丸様の【じっけん】の結果を調べに来たのだ。我らが植えたおよそ百房。普段通りに植えた百房の収穫量を比べるのだ。
そして驚いた。鶴寿丸様指導の下、我らが植えた米の方が二割から三割ほど多かったのだ。自分のやり方が間違っていなかったことが証明されたからか鶴寿丸様は大層お喜びであられた。
「ほらな!ほらな!!だから言っただろ!?いやったー!村長、俺の言った通りだっただろ?いやー、それにしても綺麗だなー、次郎三郎もそう思うだろ?」
「は、はあ」
一緒に見ていた農民たちも信じられないとばかりに騒いでいる。この村ではすぐにやり方が真似られるだろう。なにせ収穫が増えればその分農民たちも食える量が増えるのだ、多少手間が掛かってもやる価値はあるだろう。城に戻り今回の結果を急いで殿、右馬頭(毛利元就)様に報告した。
「なる程の。収穫は増えたか。」
「はっ。驚きましたが鶴寿丸様の試みは上手くいったと言えるのではないでしょうか。領内に今回の
詳細を伝えるべきかと」
「いや、慌てるでない、次郎三郎。たまたまであった可能性もあろう。領内に広めて上手くいかなかった場合を考えるとおいそれと広められぬ。来年はひとまず今回の農村と、儂の直轄領の農村の二つのみに広めることとする。その二村で上手くいけば拡大することとしよう」
「はっ」
なるほど、確かにそうだ。自分たちが植えた米の量が増えたことが嬉しくてどうやら舞い上がっていたようだ。少し考えればわかるものを。羞恥に顔が赤らんでいたのか、それとも表情に出ていたのか儂の顔を見た殿が笑い出した。
「ははは!随分と興奮したようじゃな。次郎三郎にしては珍しい。鶴寿の御守は不思議で大変な分、面白かろう?」
「いや、あの!…はい。殿の仰る通り。年甲斐もなく燥いでしまったようです」
「そうじゃろうそうじゃろう。ははは!奴は突拍子もない故、何をするか分からぬ。分からぬからこそ面白い」
「誠に」
殿と目が合い、思わず二人で呵呵大笑した。久々にこんな笑った気がするな。
このまま鶴寿丸様が成長すればいったいどんな武者となるのだろう。嘸かし立派な武者となろう。…娘のなおは今年で八つだったか。年回りもよい。鶴寿丸様が貰ってはくれぬだろうか。
【初登場武将】
尼子伊予守経久 1458年生。謀聖。十一ヶ国の太守。+72歳
尼子民部少輔政久 1488年生。経久の嫡男。笛の名手。故人。+42歳
尼子三郎詮久 1514年生。政久の嫡男。尼子次代当主。+16歳