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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文一四年(1545) 尼子激闘
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熊谷次郎三郎高直



一五四五年  吉川(きっかわ)少輔次郎(しょうのじろう)元春(もとはる)



「随分と見事な居館ですな」


「だなぁ、甲冑姿で歩くのが申し訳なるくらいだ」


「さすがは十一ヶ国太守と謳われた尼子氏の居城といったところですかな。死んだ経久公は質素倹約に努めていたなんて話を聞いたがの。そんなことはないようだ」


「へぇ、初めて聞いたぞ伯父上」


「家臣が何かを褒める度にそれを与えてしまうといった悪癖があったらしいですよ次郎様」


「ならこの辺は民部少輔(尼子詮久(あまごあきひさ))の趣味なんじゃないか?経久公だったらこの見事な襖絵なら家臣に配っちまうだろ」


「確かにそうですな」


権兵衛(佐東金時(さとうきんとき))をお供に、一緒に兵糧を確認した刑部大輔(ぎょうぶたいふ)口羽通良(くちばみちよし))と伯父上(吉川経世(きっかわつねよ))を連れて中を歩くとしっかりと整備された屋敷の綺麗さにまず驚かされる。

華美という程ではないが襖絵なんかにも絵が描かれており刑部はそれを楽しそうに見ながら付いてきた。伯父上が亡くなった尼子経久の逸話を教えてくれる。勉強になるなぁ。

権兵衛も物珍しそうにきょろきょろしている。


中腹の屋敷を構えた広場、大曲輪を何とか占拠し、更に本陣をそこへ移した。

中腹の大曲輪を攻略後、予想通りにあった兵糧庫の中身と飲料水として使えるか井戸の確認を終えた。攻め始めて3日、こんなに早く攻略できるなんて思わんかった。

今回の大曲輪を巡る争奪戦を俺は見てるだけだった。病み上がり、更に野戦ならまだしも城攻めなら無茶をするなと家臣一同に止められた結果だ。腕が鳴ってたんだけどなあ。


兵糧庫には吉川軍の兵がしばらく食を保たせることが出来るだけの量がまだ残っていた。井戸水も荒らしている時間が無かったのだろう、普通に飲んでも問題がなさそうだ。

もっとこの曲輪の攻略が遅れていたら食いもんの確保に難儀するところだったろう。

実際に狩りで得られる鳥や兎、猪や鹿なんかは見つけるのに難儀しだしている、なんて報告も上がってきていたくらいだ。食える植物も、動物も探すために山の奥まで入らなきゃならなくなる。時間は掛かるし最悪迷えばそのまま遭難だ。

吉川兵は山暮らしに慣れてサバイバル能力が高いから早々死ぬことは無いだろうけど貴重な兵力が失われるのは避けたい。


こうして安心して暢気にだべってられるのも曲輪の門を早く落としてくれた三人のおかげだな。とはいえまだ安心出来る訳じゃないが、それでもこなさなけりゃならない仕事は最低限済ませられた。今夜くらいはのんびりしても罰は当たらんだろう。門を突破した際に尼子の兵には多少なりとも痛手を食らわせることが出来たし敵将に深手を与えたなんて報告も上がっている。事実なら敵も今夜は


俺達が食い物を確認中に主だった諸将には屋敷の大広間に集まる様に伝える様に次郎三郎(熊谷高直(くまがいたかなお))と勘助(山本春幸(やまもとはるゆき))には言っておいたからもう集まってるだろう。



「もっとやり様があっただろうと言ってるのだ」


「兵庫頭殿の仰る通りだ、平左衛門。聞いてれば拙者たちは兵の損耗をもっと抑えることが出来た」


「ですが苛烈に攻めて頂かねば囮になりませぬ。お二方が攻めたからこそ早くに門が破れたではありませんか。先ほどからそう申し上げております」


大広間に近付くにつれて中が騒がしいことに気付く。揉めているらしい。落ち着いてはいるが声に怒気を感じる。4人で顔を見合わせるも当然だが4人に答えを持っている人間はいなかった。まぁ戦がひと段落着いたばかりだからな。血が昂ってるんだろう。


「するならするで声を掛けて欲しかったと言っておるのだ!」


「そもそも何故儂たちがお前のような若造の囮役をしてやらねばならん!」


「落ち着いて下さい孫四郎殿、父上!平左衛門も失礼でしょう!」


「落ち着いておるわ次郎三郎!」


恐る恐る襖を開けた。立場的に俺が一番上なのだから堂々と中に入っていけばいいんだが野次馬根性が働いたせいだ。馬鹿なことしてるなと自覚はあったが権力で止めるのもな。案の定後ろから『はしたないですぞ』と伯父上から呆れたような声が聞こえた。


襖を開けるとちょうど向かい側、襖が視界に入る位置に勘助が座っていた。勘助も開いた襖から俺が覗いているのが見えたのだろう。苦笑しながらこちらに近付いてきた。勘助が止めに入らないのだし多分問題ないと見てるんだろう。なら野次馬続行だ。最悪は権力を振りかざして止めよう。



「あれ、なにしてんだ?」


声のする方を見てみれば平左衛門尉(へいざえもんのじょう)宇喜多就家(うきたなりいえ))が座っており兵庫頭(ひょうごのかみ)熊谷信直(くまがいのぶなお))と孫四郎(今田経高(いまがつねたか))が立って平左衛門を責めているように見え、それを次郎三郎が抑えているといった具合。責められてるのは平左衛門か。その仲裁を次郎三郎がしてくれてるってのが正解か。


何を言い争ってるのか気になり、こちらに来てくれた勘助に小さな声で話し掛ける。後ろにいる刑部も、俺に注視した伯父上も気になったらしく俺と同じように廊下から覗き込むように言い争う4人を見た。


「先の大曲輪制圧の件で揉めております。平左衛門殿は二人に何も言わずに二人を囮にして一番最初に門を突破致しました。中々見事な策略で御座いますが二人には堪ったものでは無かったでしょう。二人が抗議してるのです。平左衛門殿も事前にお二人に協力を要請していればこのようなことのはならなかったのですが。謝れば二人とて許して下さるでしょうが平左衛門殿が謝ろうとせず」


「あぁー…」


やっぱりか。平左衛門はあんまり貸し借りを作りたがらないからな。遠慮、もあるだろうが弱みを見せたがらない、こっちを信用しきってないのが本音だろうな。昔よりはかなりマシになって来たけど。

孫四郎は訓練に巡察と軍務につきっきりだったし兵庫も最近まで療養して復帰したのは最近、それに役目は孫四郎寄りだからな。平左衛門は基本俺に従って政務に励んでいることが多いから絡みが少ない分、余計に信用出来てないんだろう。だからって利用するのは確かにやりすぎたな。

どう活躍したかは軍功にも関わってくるから命懸けで戦う俺達には重要だ。特に孫四郎も兵庫も軍務を司ってるから余計だろう。


「平左衛門殿は夕暮れまで戦力を温存したために兵庫頭殿と孫四郎殿に負担が増しました。そのおかげで平左衛門尉殿が左門を攻略出来、その結果この中腹を落とせた訳ですが…」


今回は平左衛門が敢えて攻撃の手を緩めたことで平左衛門が担当している門の守備が薄くなった。その守備を薄くさせるためにわざと手を抜いた作戦はさすが史実の宇喜多直家と思わせるものだった。

でも、そうか、あれは即興で平左衛門が勝手にやった事だったんだ。この後の評定で確認するつもりだったがその前に不満が噴出した形だな。

俺も反省だ。三人には特にどうしろと指示は出さなかった。三人ともそれぞれ考え方は違うし攻め方が違うだろう。余計に口を出せば動き辛いかと思ってそれぞれ好きにさせちまった。競争させた方が早く攻略出来るだろうって下心があったのも否めない。


でもそう言う理由で言い争うなら次郎三郎だけじゃなく勘助も止めるべきじゃないのか?


「でも勘助はなんで見てるんだ?止めてくれればいいのに」


「私もそのつもりだったのです。ですが次郎三郎殿が任せて欲しいと」


「次郎三郎が?」


「はい」


少し非難じみた言い方に勘助は少し困ったような顔をしてから教えてくれた内容は意外だった。

次郎三郎は気が利くし何でもそつなくこなせる頼りになる俺の秘書的な存在だがあまり自己主張しない。その次郎三郎が自分から任せて欲しいなんて。


「平左衛門殿は口が足りないだけだから、平左衛門殿をよく知る某に任せて欲しいとまで言われてしまえばそれを邪魔しては次郎三郎殿に失礼でしょう」


「成程。次郎三郎がそう言ったのか。勘助すまん。余計な口出しだった」


「いえ、私がただ座ってるのを見ればそう思うは無理からぬこと。お気になさらず」


非難してしまったことを素直に謝る。勘助は笑顔ですぐに許してくれた。

確かに平左衛門と次郎三郎は俺の小姓として普段から行動を共にすることが多い分、仲が良い。そこまで言い切ったのなら次郎三郎自身にも勝算があるんだろう。なら余計に邪魔出来ないな。大人しく見守ろう。

それに純粋に次郎三郎の手腕に興味がある。


徐々に熱くなっていくのを見てると心配になってくるが刀傷沙汰にならないなら別に喧嘩してくれて構わない。むしろ本音をぶつけ合えるのは大事なことだ。仲裁者がいるからそう思えるだけだけど。これなら致命的に仲が悪くなるようなことは無い筈。

豊臣秀吉の武断派、文治派のような仲が悪くなるようなことは絶対に避けなきゃならん。


鼻息荒く平左衛門を睨みつける二人。その視線に臆することなくむしろどこ吹く風と静かに佇む平左衛門。その間に割って入り落ち着かせる次郎三郎。それにしてもあの二人に睨まれてあんな醒めた顔を良く出来るな。肝が極太かよ。次郎三郎も普段のニコニコ顔とは打って変わって真剣だ。二人の小姓の頼もしさに少し嬉しくなる。


落ち着かせるように割って入ったおかげで二人も睨んではいるが飛び掛かりそうな雰囲気は落ち着いた。


「落ち着きましたね?」


「…最初から落ち着いていたわ」


「なら良いのです」


確認するように怒っていた二人に確認すると兵庫が大人げなくふんとそっぽを向きながら答えた。何とも大人げないぞ兵庫。孫四郎に至っては返事すらしない。落ち着くので忙しいらしい。

二人の様子に問題ないと判断したのか次郎三郎がくるりと振り返り平左衛門と向かい合う。平左衛門の右眉がぴくっと震えたように見えた。こっちから次郎三郎の顔は見えない。だが何となく平左衛門がさっきよりも居心地が悪そうにしてるのは気のせいだろうか。


「平左衛門、某は貴方に一つだけいつも言ってたことがありましたね。覚えていますか?」


「…自分の考えはしっかりと他人に伝えなさい、です」


「そうですか。覚えていたにも拘らず怠った。つまり貴方の怠慢という訳ですね」


「…」


さっきまでしれっとしていた平左衛門の歯切れが急に悪くなった。二人の関係性を詳しく知らなかったがあの太々しい平左衛門がまさか次郎三郎には頭が上がらないのか?


「改めて、何故このような作戦に思い当たったのか、お二方にご説明して差し上げなさい。出来ますね?」


次郎三郎の言い方はまるで弟へ躾をする兄のようだ。実際に次郎三郎の方が平左衛門より年上だ。吉川家、というか俺に仕えてる年数も次郎三郎の方が長い。自然と平左衛門の面倒を見ている内に今のような序列になったんだろう。

次郎三郎に言い含められた平左衛門はしばらく俯いていた。話したくないというのが明確に伝わってくる。それに業を煮やして孫四郎が口を開こうとしたがそれは次郎三郎が止めた。次郎三郎は分かっていたんだろう。平左衛門はその後すぐに観念したのかぼそぼそとだが話し始めた。


「…此度の戦の肝はどれだけ月山富田城を早く脅かすこと、追いつめることが出来るかに掛かっております。であるならば敵兵が少ないとはいえ城攻めには強引さが必要となるのは自明。並びに曲輪の門を攻める将が兵庫頭殿、孫四郎殿と一緒だと分かった時点でお二方が猛攻を仕掛けると踏んでおりました。お二方の攻撃は苛烈。吉川軍の中でもその攻撃力は随一、必ずや敵の脅威となるはず。ですから私が消極的に攻撃すれば敵の兵が他の門に割かれるだろうと思い今回の作戦に踏み切りました。お二方なら囮にしたとしても問題なく跳ね返せると。…功を焦っていたというのも御座います。備前国へ戻るためには私も存在感を見せつけておきたいという欲があったことは否めません。兵庫頭殿、孫四郎殿。相談もなくお二方を囮に利用してしまい申し訳御座いませんでした」


話している内に冷静になってきたのか平左衛門は自分の気持ちを吐露して二人に頭を下げた。平左衛門自身も張り切り過ぎて他に意識を向ける余裕がなかったのかもしれない。

謝罪をされた二人も平左衛門の言葉に思うところがあったのだろう。平左衛門自身は褒めているつもりは無かっただろうが兵庫頭と孫四郎をしっかり評価しての行為だったと聞いて満更でもない顔をしている。


「平左衛門が今言ったようにお二人を無碍にした訳では無いのです。事前にお二人に相談しなかったことは平左衛門の咎ですが平左衛門はお二人の能力を信じていたがための作戦です。こうして平左衛門も反省しております。どうかご溜飲を下げてはいただけませんか?」


「ま、まあ、確かにあの程度で拙者たちが撃退されるはずもありませんからな。そうでしょう兵庫頭殿?」


「…ああ、そういうことなら今回は目を瞑ろう。だが今後も共に戦う身。お主は領地を一人で取り返す訳では無かろう。なればこそしっかりと儂らにも相談せよ。儂らとて勝ちたい気持ちは同じなのだ。良いな?」


「はい、ありがとうございます」


漸く場の空気が弛緩した。それにしても次郎三郎は平左衛門と組ませるべきかな今後は。気難しい平左衛門には次郎三郎みたいな緩衝材がいてくれた方がいいだろう。それか平左衛門の弟の誰かを次郎三郎に付けて学ばせるかだな。よし、こんな所でいいか。

見届けてから何食わぬ顔でやっと部屋の中に入った。


「皆、待たせたな。それじゃ今後どう俺達が動くか共有していくぞ」


部屋に入ってきた俺に気付いた4人はすぐさま左右に分かれた。俺が上座に座ると権兵衛は俺の後ろに控え次郎三郎もすぐに俺の後ろに控える。他の皆には聞こえぬように次郎三郎に向けて肩越しにそっと囁く。


「次郎三郎ありがとう」


俺がお礼を言ったことで見られていたことに気付いたんだろう。ふっと苦笑するような響きを後ろから感じた。


「これくらいはさせて下さいませ」


伯父上と刑部も座るのを確認する。どうやら俺は随分と家臣に恵まれたみたいだ。それだけで誇らしかった。


「それじゃあ軍議を始める」




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