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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文一三年(1544) 尼子の魔の手
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火縄銃の使い道


一五四四年 吉川(きっかわ)少輔次郎(しょうのじろう)元春(もとはる)




「勘助殿にはこの火縄銃を買う価値があるとお思いなのですか?」


九郎左衛門(くろうざえもん)堀立直正(ほたてなおまさ))が屋敷に到着して一番に口を開いて紡いだ言葉はそれだった。

どうやら射撃場で聞きそびれた勘助(山本春幸(やまもとはるゆき))の考えが気になっていたらしい。

その目には今回の火縄銃購入が必要だという事を納得したいという願望が滲み出ているようで可笑しかった。そんなに買うのが嫌かと突っ込みたくなったほどだ。


ちなみに与四郎(よしろう)田中宗易(たなかそうえき))殿は既に自身の商家に帰った。

また後日、茶を御馳走したいと言われたが作法知らないんだよな。いいのかな?

でも後に茶聖と称される与四郎殿の茶を飲めるなんて光栄だし楽しみだ。


そんな訳でこの屋敷には吉川家の人間しかいない。射撃場で話せなかったこともここでなら問題ない。

俺は九郎左衛門、勘助、権兵衛(佐東金時(さとうきんとき))、それとこの屋敷周りを警戒してくれている与次郎(よじろう)世鬼政時(せきまさとき))を広間に集めた。

与次郎は最初、『恐れ多い』と固辞しようとしていたが強制した。

『今回、共に旅をする仲間であり、世鬼衆を率いるお前は大事な仲間だから、今回の俺の狙いを世鬼衆にも知って貰いたい。だから参加してくれ』

そう言い募って無理矢理ではあるが広場に来てもらった。与次郎は車座に座る気は無いらしく権兵衛と一緒に俺の後ろに控えている。


この時代の忍者は、忍び、乱破、素破、草。様々な呼ばれ方をする者達だが、総じて言えることは働きの割に身分が低いことだ。勿論、隠密に動く必要があるから表立って褒めてやったりも出来ないし、『この者はこんな働きをしました』なんて感状を残してやることも出来ない。

更には敵の意表を突き、闇に紛れて情報を手に入れてくるその仕事ぶりは、ともすれば敵に通じた場合こちらの情報も容易く引き抜かれることにも繋がる。

そんな都合もあって毛利家のように家臣化させることは殆ど無く、むしろ使い捨てのように扱われることが殆どなのだと。

大友の戦の時に長次郎(世鬼政親(せきまさちか))がそんな事をしみじみ話してくれた。人として扱ってくれる殿は貴重で、稀なのだと。


そんな扱いを長く味わってきたらしい世鬼衆の人間はそんな負い目を引き摺っているせいかこうした場に出るのは憚れると考えてしまうのも仕方ないのかもしれない。

そんな状況を毛利家の中だけでも変えてやれたらいいなと俺は考えているうちに勘助が確信を持った様子で話し始めた。


「はい、思います。確かに九郎左衛門殿の仰る通り、銭は掛かるでしょう。弓に矢が必要な様に、火縄銃には弾と火薬、火縄など消耗品が多い。特に火薬にはこの日ノ本では採れぬ硝石なる物が必要だと伺っています。ですから銭が掛かるという九郎左衛門の指摘はもっともだと思いまする。ですがこの武器は弓と違い少し使い方を習えばすぐに撃つことが出来るようになります。つまり弓のように訓練を繰り返し習熟する必要がありませぬ。つまり新兵でさえ熟練した兵を殺すことが出来ます」


「確かに、あたしもすぐに撃てるようにはなりましたな。弾が当たれば新兵も熟練した兵を殺せる。確かにその通りでしょう。ですが当たらなければ意味がないのでは?先程の様子を見たでしょう。次郎様でさえ当たりは半分以下、あたしや権兵衛殿に至っては1発ようやっと当たった程度。武器は敵を討ってこそ武器なのでは?」


「…これはあくまで私が考え付いた運用法で、現実的かどうかは度外視しての案です。それを前提に聞いて頂きます。今はまだ二丁しかありませんがこれを数十、数百、数千と並べてはどうでしょう。数を揃えて一斉に敵に放つ。そもそも狙う必要がない状況にすれば…」


勘助の考えに俺は目を見開いた。まさにそれは今から数十年後の日本で実際に使われる運用法だからだ。

そして俺が実現したいと思っていた運用法でもあった。俺は未来の知識があったからこそ真似ようと思っていた方法を勘助は今、思い付いたのか。

勘助の話を聞いてゾクリと身体が震えた。驚くべきことはその話している勘助は火縄銃を今日初めて見て、触れて、撃ったという事だ。


あるいは全国を旅した中で火縄銃の話を聞いたことがあるのかもしれない。だとしてもだ、あれだけ手間がかかり、銭が掛かり、デメリットも多い火縄銃をここまでしっかり戦術に落とし込むことが出来るとは思わなかった。

さすが勘助。武田信玄に重用された軍師の力は並じゃねえや。本当に俺のもとに来てくれてありがとう…!


「それは…。確かにそれが実際に叶えば、…恐ろしいことになりますねぇ」


九郎左衛門も今の勘助の言った通りになったときのことを想像したのだろう。威力自体は鎧を撃ち抜くことが出来る。つまり防具が意味を成さない訳だ。一斉に放たれでもしたらひとたまりもないだろう。狐のようにつり上がった細い目を珍しく垂らしながらぶるりと震えた。だがすぐに調子を取り戻した。


「とはいえそれだけの数を揃えることがそもそも難しいでしょう。一丁四千貫(およそ現在で2億円)もするんですよ?」


九郎左衛門の指摘に勘助が眉間を揉むように指で押す。勘助が悩むときの癖だった。


「ですから現実的かどうかは度外視すると申した訳です。勿論これは机上の空論ですから、実際の使用方法は籠城戦等で馬上の敵将の狙い撃ち等が主な使い方になりましょう。それならば雨で使えぬという事も屋内であれば関係ありませんからな。次郎様、私はこのように考えましたが次郎様の考えを伺っておりませぬ。もし宜しければお聞かせ頂けないでしょうか?」


運用法についての話が一段落したところで勘助の視線がこちらに向いた。その視線に釣られて九郎左衛門の視線もこちらに向く。

んー。火縄銃に関しては本当は俺が主導して未来の知識先取りの運用方法で確立させていこうと考えてたんだけどな。ここで俺も同じ考えだったって言うのは簡単だけど。

せっかく勘助っていう頼りになる男が既に頭の中でだけでも使い道を示してくれたんだからこのまま勘助に任せちまった方がいい気がする。

何でもかんでも俺がやる必要は無い訳で、無駄に目立つよりはずっといい。それに勘助とは約束したしな。今川家が悔しむくらいに名を上げようぜって。

もしこのやり方が形になった時、世間に浸透した時、勘助の名が全国に轟く。それって凄いことだ。

勘助の名が全国に轟くのを俺は見てみたい。

…よし、決まりだな。とぼけよう。


「ん、勘助ありがとう。お前の考える運用法、聞き入る程に感動したわ。俺はそこまで深く考えて無くてな。強力だと聞いたから一先ず手に入れておこう程度にしか考えて無かったんだよ。流石は勘助。お前が居てくれたおかげで、火縄銃が無用の長物にならずに済みそうだ、ははっ!」


そう俺がお道化て言葉にすれば勘助が訝しむように表情を曇らせた後、何か言いたそうに口を開けては閉じてを繰り返した。だがそれは九郎左衛門に遮られた。呆れたように、はぁ~、と深い溜息を吐く。それはもう嫌味たっぷりに。九郎左衛門は俺の言葉に騙されてくれたようだ。ただ勘助はがっかりさせちまったかな。愛想付かされないように他で見返さないとダメかもしれん。


「勘弁して下さいや、次郎様。道楽で済む金額じゃないんですよ?こうして勘助殿が火縄銃の明確な運用方法を提示して下さったからまだ納得出来ますがね。いつものキレのある考えがあるのかとあたしは思ってましたよ、全く」


「悪かったって。ただ全く勝算が無かった訳じゃないんだ。聞いた話ではかなりの威力があると聞いていたし、実際に撃って役に立つとも思った。具体的に勘助がこうして案を出してくれたからな。悪いが九郎左衛門、頼む」


「はぁ~、仕方ないですねぇ。次郎様には日頃から稼がせて頂いてますからね。貸しを一つ返したと思って銭をお貸し致しますよ。とはいえ特別ですからな!?」


「すまん、九郎左衛門。感謝感謝だよ。そういう訳だから与次郎、親父への伝令を頼めるか?火縄銃を手に入れたってな。火縄銃の量産のために鍛冶師の中で新しいモンに手を出したいって変わり者がいるか確認して欲しいって伝えてもらえっか?」


「お任せあれ。すぐにでも遣いを出しまする」


「いや、別に急いでる訳じゃねえからそんな焦らなくて大丈夫だぞ与次郎。俺が帰るまでに準備が出来てりゃいいんだ。頼むな」


「はっ、お気遣い有り難く」


「とまあ。そういう訳だ。後は暫く情報収集と堺での人脈作りだな。商人たちと親しくなるのは決して無駄にはなんないから可能な限り堺を回るぞ」


九郎左衛門は商人として、勘助は牢人時代に繋いだ縁を使える。俺の一言に皆が頷いた。








一五四四年 山本勘助春幸



「勘助に御座いまする」


主がいる部屋の前、襖を隔てた廊下から声を掛けると中で身動ぐ気配があり、すぐに「いいぞ」とお声が掛かった。


「失礼致しまする」


そう声を掛けて部屋に入ると主、次郎様はこちらに顔を向けて笑みを浮かべていた。机には本が置いてあることから恐らくそれをお読みになられていたのだろう。邪魔をしてしまったか。


「おう、どうした勘助?何かあったか?」


「いえ、読書をされていたのですね。お邪魔をしてしまったようで」


「ん?ああ、気にすんなよ。読むのに四苦八苦しててちょうど休もうと思ってたんだから丁度いいわ」


それでもその御年で書を積極的に読もうと考えられることは立派だと思った。口にしようかと思ったが恐らく次郎様は謙遜されるだけできっと困惑されるだけだろう。


「お読みになられていたのは、孫子ですかな?」


「そうだ。兄貴に武経七書(ぶけいしちしょ)位は読んでおけって言われてな。せっかく商家が多いから買ったんだよ」


「それは良きことと思いまする」


『高いし、あんま頭に入ってる気がしねーけど』そうぼやきながら苦笑いを浮かべられた。

とはいえ次郎様自身の地頭は悪い訳では無い。むしろいい方だ。これまでの毛利領内で行われている数々の施策にも携わる次郎様ならこれくらいの書物を読むこと自体それほど問題ないように思えるが。


いや、そのような雑談をしに来たかった訳じゃない。確認したいことがあったのだ。

先ほどの火縄銃の運用方法。次郎様は次郎様なりに運用方法を考えられていたのではないか。

次郎様はかなり銭を使うが、無駄使いはしない方だ。必要な物には惜しげもなく銭を使う。だから先程の発言はどうしても違和感が拭えなかった。

あの場でそれを確認するしようかとも思ったが憚られた。勿論今も、話してよいのか迷いがある。ただ、私自身が知りたいと思ってしまった。

悪い癖だとは思うが一度知りたいと思ってしまうと我慢が出来ないのだ。

ただ聞くことによって、次郎様を(そし)ることにならないか。それが気がかりだった。


「それで、何か用があったんじゃないのか?」


私がなかなか切り出さないことに不思議に思ったのか、次郎様が再度確認してきた。『遠慮すんな』そう言って此方が話しやすい様にして下さる。ええい、ままよ。


「先程の火縄銃の件ですが」


「うん」


「次郎様も運用方法を思い付いていたのではないかと」


そう切り出した瞬間、次郎様は目を見開いて驚いた。その表情である程度察した。やはり次郎様の中にも案があったのだ。で、あるならば私は出しゃばってしまったのではないか。


「…参ったな。我ながらいい芝居をしたつもりだったんだけど。バレバレだったか?」


私の心配をよそに次郎様から投げかけられた疑問に今度はこちらが慌てる。


「あ、いえ、芝居自体は不自然な箇所は無く。ただ次郎様のお言葉が次郎様らしくなかったもので」


「俺らしくない?そうだったか?」


「はい、次郎様はこれまで考えなしに何かに銭を使うことが御座いませんでした。必ず用途があり、狙いがあり、必要なことにだけ銭を使っていました。ですから、思い付きや道楽で火縄銃も買った訳では無いと。そう勝手に推察致しました」


「あー、そんな風にバレたのか。良く見てるなー勘助。俺の銭の使い道」


「主の考えに沿って動くのが家臣の役目故」


「成程、じゃあ俺はいい家臣を持ったってわけだな」


そう次郎様は嬉しそうにふふんと誇る様に何度か頷いた。そう正面だって言われてしまうと面映ゆいのだが…。


「お褒め頂き嬉しく思いますが、その、私が出しゃばったせいで次郎様の邪魔をしてしまったのではないかと」


「邪魔?邪魔な訳ないだろ。お前が買い渋る九郎左衛門を納得させたのは事実だし。それに便乗しちまって悪いが俺も同じような運用法を考えてたんだ。だから俺と同じ考えを勘助が言い出してくれたことは嬉しかったし自信になったし。流石だって感動したぞ」


そう言う次郎様の表情は無理をしてるようには見えず、本心でそう言って下さっているようだった。

その表情と言葉に安堵する。

この程度で疎まれるような方ではないが、余計なことをして不興を買う事はしたくなかった。

拾っていただいたのだ。まだまだこの方への御恩返しは終わっていない。

私が心の中でひっそり安心するように溜息を吐くと、次郎様が思い出したように両手をパンと叩き、興味津々といった様子で目を爛々と輝かせていた。


「お、そうだ、勘助。お前は何であの火縄銃の使い方を思い付いたんだ?」


「…なんで、とは?」


「あー。何て言えばいいんだろう。俺は火縄銃の話を聞いてどう使うかをずっと考えてたんだけど、勘助は今日初めて触れて、すぐに思い付いたわけだろう?お前が何を考えてこの運用方法を思い付いたのかが気になってさ」


ふむ、つまりは私はいつもどのように策を考えているのか、ということか?確かに火縄銃は初めて触った。そしてこれをどう使いたいかを考えた。それを説明すればよいのだろうか。


「今回の火縄銃で私が最初に考えたことは当たれば容易に敵を討てるな。という事です」


「うん」


「次に考えたことは、当てるためにどうすればいいかという事です。撃って分かりましたが火縄銃で狙いを付けるのは非常に難しい。私は運が良かったため数多く当たりましたが、運がいいなどという不確定なものに戦の趨勢を任せるなど論外です。その為、私は狙う必要がない状況にすれば良いと考えました」


「それが人数を揃えて、に繋がったのか」


「然り。弓とは違う武器ですが遠距離武器には変わりありません。弓とて必ず狙い撃っている訳では無いのですから理屈は変わりません。先ほども話しましたが弓であればある程度熟練した技が必要になりますが火縄銃はそうではありません。ある程度使い方さえ分かれば多くの、それこそ素人の人間が騎馬武者を殺せる射手となれるのです」


私の説明を真剣に次郎様は聞いて下さっている。そしてこれから私が話すことは先ほどの場では言わなかったことだ。そして私が策を講じる人間として最も優先したいことだ。


「それと、これは殿も見たことがあるかもしれませぬが、戦に参加した農民には心が壊れ、腑抜けになってしまう者もいます」


「…そうだな。俺も初陣の時に似たような経験をした。俺は運良く慣れることが出来たが、中には耐えきれない者も居るんだろうな」


「はい。そして腑抜けになった者の多くは、人と人との殺し合いを間近に見て、あるいは実際にその手で殺したために腑抜けとなってしまうようなのです。あまりに惨いため言いたくはなかったので先程の場では言いませんでしたが。この火縄銃であれば、殺すという行為が簡単に出来るのです。自分の手を血に染めずに。そうであれば、そういった新兵たちの心を壊さずに済むのではないかとも考えました」


これまでの旅で、そういった者たちを私は多く見てきた。彼らは農民だ。理想を言えば本来戦などに出ず田畑を耕し腹いっぱい飯を食う事が彼らの幸せだろう。それを我ら武士の都合で壊していいのか。ずっと考えていた。

あの火縄銃であれば少なくとも味方の農兵が前線で命を懸けて戦う場面を減らせるのではないか。


そして、これは次郎様の為でもあった。

次郎様は甘すぎるほどに味方に優しい。優しすぎる。死んだ兵に対して心を痛め、時折暇を見つけては兵たちの墓参りをしているのだ。

この方の軍師として働くならば主の想いに殉じたかった。ご本人に言うつもりはないが。


「…成程な。そこまでは考えが至らなかった。でも、そうなれば少しでも兵たちに負担を掛けなくて済むかもしれないな」


そう言って次郎様は腕を組み、目を閉じられた。やがて目を開けた次郎様は何か決意された様子だ。


「勘助の言葉、尤もだと思う。同じ殺すでもなるべくなら味方の負担を少なくしたい。銭を使ってその負担が減らせるなら俺は可能な限り銭を使ってやるさ。…早めに火縄銃を揃えなくちゃな、勘助」


「…!はい、私も非力ながら力を発揮していきまする…!」


「これからも期待してるぞ勘助」


「はっ!」


ご理解頂けたことが嬉しかった。やはり私の主君はこの方以外にはいない。

私の愚才が役に立つのであれば。貧困に喘ぐ民を少しでも減らせる一助となれるようにこれからも努力せねばなるまい。私には知恵を働かせることしか出来ぬのだから。




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― 新着の感想 ―
[一言] これは個人的な感想ですが火縄銃が4000貫もするわけないんですよ。 江戸時代に書かれたもので4000貫として記録に残っていますが、4000貫もしたけど先見の明があったから俺は買ったんだぞとい…
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