例のモノ
一五四四年 吉川少輔次郎元春
パァーーン!
火薬が爆ぜる轟音と共に金属の筒から鉛玉が飛ぶ。
その轟音が発せられてから数瞬も間を置かずにキンッと金属がぶつかる音が響いた。
周りで見学していた吉川兵はその鉛玉がぶつかった音にざわつく。
そして確認のために兵の一人が駆け出し、ここから25間(およそ45m程)離れた場所に設置された胴丸鎧に向かっていく。それを俺達は固唾を飲んで待っていた。
駆け出していた兵は胴丸鎧を確認し終えたのか此方に向けて両手を振っているのが確認出来た。胴丸鎧を貫いた合図だ。その瞬間、兵たちも含めて俺達は『おぉーーー!』と歓声を上げた。
「勘助(山本春幸)殿、凄えだ、凄えだよ!」
「おお、勘助!お前凄いな!10発中7発だぞ!」
「…私も驚いております。まさかこれ程当たるとは…」
「いやはや、まさに。これ程当たる方がいらっしゃるとは。私もこの目で見たのは初めてに御座いまする」
この結果に権兵衛(佐東金時)はパチパチと両手で拍手しながら興奮気味に勘助の偉業に喜んだ。
勘助もまさかここまで当たるとは思っていなかったらしく呆然としていたが、皆からの歓声に徐々に自分の成したことが誇らしくなったのか頬が上気してきた。
ここは、和泉国(現在の大阪府南西)の堺。現代の堺市は工業都市だったと思うんだけどこの時代の堺は貿易と商業が盛んな港町だ。この国で最も栄えている町と言っても過言ではないと思う。
史実では西洋の船乗りたちからは「東洋のベニス」なんて言われてた筈だ。
ベニスって確かベネツィアだったかな。そこら辺の知識は曖昧だけど確かに堺の町並みは船が入りやすい様に水路が整備されたかなりの規模の街だ。
いや、日本一大きい町だって言われても納得出来る。京の都は復興されずにまだボロボロだって上野介(志道広良)も前に言ってたし。
この地に最初に訪れた時はそれはもう度肝を抜いた。
安芸国もそれなりに栄えていたつもりだったんだけどな。だがこの町はこれから俺が新しく町を作る際にいい指標になりそうだ。
車なんて便利な物はこの世界には無いから輸送は船の方が効率がいいしな。俺も海側の領地貰ってこんな栄えた町を作りたいもんだ。
そして今、俺達がいる場所はそんな堺の中心から少し外れた鍛冶町の一角。今回、堺まで来た目的の物がここにはあった。
おれがずっと欲しかったものが今、勘助が手に持たれていた。
「これが火縄銃かぁ。凄ーな。格好いい」
「はは。ご期待に添えましたかな?」
「ああ、はい。まさに。期待通りです与四郎殿」
この堺には既に火縄銃を生産する鍛冶師が複数いた。とはいえそれほど多くは無い。
この時代に来て初めて知って驚いたんだが、実は種子島に漂着するよりも前に大陸の倭寇の伝手から火縄銃は日本に伝来していたらしい。
ずっと種子島から伝来したと思っていたからそれはもう驚いた。早く知ってたらもっと早く買いに来れたのに…。
そんなわけで、この堺には火縄銃鍛冶がいるのだ。そして俺達はその火縄銃の試し撃ち(有料)をさせてもらっていた訳だ。
初めての火縄銃だ。有料とはいえ心が躍った。ワクワクした。火縄が皿に落ちて筒の中で爆発すると同時に銃弾が勢いよく飛び出した瞬間には震えた。肩に伝わる反動にゾクゾクした。
現代で銃器を使う機会なんて普通は無いからなぁ。これぞ男のロマン!て感じだ。
だけどこれを実際に戦争で使うって考えると、火縄銃って武器は思った以上に使い勝手が悪い。
最初に銃身に銃弾と火薬を入れて、銃身に沿って備えてある木の棒、朔杖って言うらしいがそれで奥まで押し込む。
そうやって奥まで火薬を詰めると火縄を落とす皿の部分にまで火薬が押し込まれる。それで準備完了。後は引き金を引いて火縄を皿に落とすだけだ。
銃身の奥と皿の間には穴が開いてて、皿に火縄を落とすとさらに溢れた火薬を伝って中に火を伝える訳なんだけど、撃ち出す瞬間にかなり火の粉が舞ってかなり熱いし鼓膜に響く。
しかも撃ち出した弾は狙ってもぶれるんだからな。10発中7発も当ててる勘助が異常だわ。
俺でさえ4発しか当たらなかったのに。
それにしてもここでこの人と繋がりが持てたのは本当にありがたい。
全く堺に伝手がない俺は、今回の商談に九郎左衛門(堀立直正)を連れて来ていた。
連れてきたというより堺で俺達が不自由しないように迎える準備をしてくれていた。そしてちゃっかりと堺の商人とも既に繋がりを持ってくれていた。本当に抜け目ない男だ。だけどこの抜け目のなさがこういう時に本当に役立つ。
そしてその繋がりを持った商人というのが今回、この鍛冶町まで案内し今も一緒に驚いている田中与四郎宗易殿だった。
恐らくだけど、後の千利休じゃないかと思っている。屋号が魚屋だし、茶道に夢中らしいし。
与四郎殿がいなければこんなにスムーズに火縄銃の購入まで漕ぎ着けられなかっただろう。
与四郎殿は早くに父を失い一時経営が傾いたそうだが、本人の才覚もあり徐々にではあるがこの堺で頭角を現している期待の若手だそうだ。九郎左衛門もそんな勢いのある若手だからこそ声を掛けたらしい。
与四郎殿自身も西国で徐々に勢力を伸ばしてきている毛利と繋がることが出来れば、更に商売が広げられる。更には大内家と繋がれる可能性もあり、旨味も多いだろうとこの話に乗ったそうだ。
今後は毛利領で生産された産物は九郎左衛門と与四郎殿が協力して各地に売り捌いてくれるだろう。
うちは販路を広げて収入はさらに増すだろうし、与四郎殿は新たな産物を売り、西国に繋がりを持つことが出来る。
まさに両者両得の関係だ。
最初に正直に話され「軽蔑されますかな?」と聞かれたときは驚いたが、向こうにも思惑があるのは当たり前だし、むしろどういった理由で乗ってくれたのかが分かった為、俺は安心したし信用出来ると思った。無償で協力される方が裏がありそうで怖いし警戒する。
史実を知る俺としては千利休は渋いお爺ちゃんの印象が強いため今、目の前にいる与四郎殿には若干の違和感がある。とはいえ普段の物腰柔らかく上品な立ち振る舞いや意志の強そうな目は若いながら一廉の人物だと思わせる雰囲気があった。
「ですが本当に役に立つんですかねぇ?これを使うとなると馬鹿高い銭を常に使う事になりますが。それに今の勘助殿のように当たればいいですが次郎様なんて十発中四発、権兵衛殿やあたしは一発ですよ?火を使うから雨が降れば使えないって言うじゃないですか。あたしゃ心配ですよ」
俺と与四郎殿が話していると訝しむように九郎左衛門が片眉を吊り上げて俺に聞いてきた。その手にも火縄銃が持たれている。実際撃った分、九郎左衛門は火縄銃に対してかなり懐疑的なようだ。
それはそうだろう。未だ日本ではこの火縄銃の実績は全くと言って良いほどない。
さっき兵たちと一緒に騒いだのだって俺や九郎左衛門、権兵衛が全く当たらなかったのを見た後、勘助が7発も当てたからこそ盛り上がったのだ。火縄銃に対しての歓声じゃない。
俺はこの火縄銃が役に立つことを知ってるから購入に踏み切ったが普通は買おうなんて思わない。滅茶苦茶高いし。
1丁4000貫(現在で2億円程度)って聞いた時は目ん玉が飛び出るかと思ったわ。まだ生産技術が発達してない貴重な武器だからってさすがに高すぎだろう。…買うけどさ。
合計2丁購入予定だ。今回は俺の使える財産だけじゃ1丁しか買えないから九郎左衛門に泣きついてもう一丁分の銭を出してもらう事になっている。
それのせいもあり九郎左衛門の中では出来るだけ買いたくないと考えていることはありありと分かった。
九郎左衛門は金の無駄使いが嫌いだからな。
一応気を遣ってぼかしてくれちゃいるが役に立たないと考えているんだろう。こいつ結構容赦ないもんなぁ。俺にもズバズバ言いたいことは遠慮なく言ってくるし。半分は俺がそうしろって言ったせいもあるが。
散々金を稼ぐために二人で協力してきたからな。こいつだけ他の家臣より気安い。
刑部大輔(口羽通良)や兵庫頭(熊谷信直)と同じくらいの距離感だ。
…いや、吉川家臣団は多少の差はあれど俺に対して気安いか。
侮られてる訳じゃないから構わんけど。
でもきっと、孫四郎(今田経高)辺りは胡散臭い目で俺を見てくるんだろうな。
「弓を射る方が早くありませぬか?」とか言って嫌味を言うつもりなく嫌味を言ってくるんだきっと。
「いや、九郎左衛門殿。この武器はなかなかに面白いですぞ」
そんな風に火縄銃の金額や自領の家臣達からの反応を思い出しつつ九郎左衛門の疑問にどう答えようか、どう説明しようかと思ったがその前に勘助が興奮気味に話し始めた。
勘助の頭の中には既にこの武器の運用法が頭にあるのか。さすが勘助だ。一体どんな運用法を考えてるのか興味がある。
とはいえ、勘助の考えを外に漏らしたくないな。
「勘助、九郎左衛門。そこまでだ。場所を考えろよ」
「あいや、これは失礼を。情報をぽんぽん漏らしては商人としては致命的でしたな。申し訳ありません次郎様」
「申し訳御座いませぬ。年甲斐もなく少々興奮し過ぎていました…」
俺の言葉で二人とも察してくれたようですぐに頭を下げて謝罪した。情報の大事さは親父から注意されてるからな。同じ過ちを繰り返しちゃ毛利元就の息子だなんて名乗れやしない。
「勘助の興奮も、九郎左衛門の疑問も俺には分かってるつもりだから気にすんな。だからこの話は屋敷に戻ってからにしよう。…与四郎殿、今回の件は御内密に」
とはいえ取引相手の与四郎殿にも明かせないと言ってるようなものだ。俺はお詫び代わりに小さく頭を下げると、驚いたように目を見開いた後、軽やかな笑い声を上げた。
「ははっ、聞いてはいましたが吉川様は腰が低う御座いますな。私のような商人にまで頭を下げられるとは。勿論存じておりますよ。当然の事で御座いましょうし私共が関わっていい領分では御座いますまい。触らぬ神に祟り無し。吉川様が止めねば私が言おうと思っておりました。…この堺ではどこに耳目があるか分かったものではありませぬ。どうか努々お忘れ無きよう」
話の途中で与四郎殿が顔を寄せ、この場にいる者しか聞こえない声量で囁く様にそう告げた。
その言葉に俺や勘助、九郎左衛門の表情に僅かな緊張が走る。
「…堺の会合衆が抱えているので?」
「他にも他国の家々から密偵が紛れているようです。そして、恐らくですが私が黙っていても毛利家の方々が火縄銃を購入したことはすぐにでも漏れましょう。その情報がどの程度重要なのかまでは私には分かりませぬが」
堺は商人の町で、この町の自治を商人たちが握っている。それが会合衆と言われる集団だ。
俺はその会合衆を疑ったのだが、まさか会合衆他、それ以外にも他国から多くの忍びが紛れているようだ。
いや、それも当然なのか。
毛利家も世鬼衆が元からこの町には数人潜んでいるし、俺が来たことで長次郎(世鬼政親)の次男、与次郎(世鬼政時)が配下を伴って影から俺の護衛をしてくれている。
物資が集まる場所には当然各地の情報も入ってくる訳だから当たり前といえば当たり前だと納得した。とはいえ目的はあくまで情報収集だろうな。いくら商人の町とは言えここは管領、細川家の支配領域だし、さすがに荒事を起こせばそっちが動きそうだ。流石に細川家との関係悪化なんて今の毛利からしたら重りにしかならないよなー。
それにしても商人も忍びを雇う事があるってのはちょっと驚きだな。戦国に生きる商人もそれ位強かなのか。牢人を雇う事もあるらしいし。
「御忠告感謝致します。少しばかり見積もりが甘かったようです」
「いえいえ、これから共に稼いでいくのですから当然のことです」
そうでしょう?と言いたげに親指と人差し指で円を描きニヤリと笑みを浮かべた。普段は上品な与四郎殿のお道化た姿に思わず笑い声を上げた。
「ふはっ!心強いお味方を得た気分です。与四郎殿とは長くお付き合いさせて頂きたいです、なあ、九郎左衛門!」
「あたしの目に狂いはありませんからねぇ。与四郎殿とたんまり稼がせて頂きますよ」
「ふふっ、それは私も望むところ。此度は良きご縁を得られました。引き続きよろしくお願い致します」
ふふふ、ははは、とその場には胡散臭い笑い声が響く。
さて、三郎(小早川隆景)の方の交渉はどうなったかな。安芸と堺で密接なやり取りをするためにはどうしたって村上水軍の協力が必要になってくるからな。頼むぞ三郎。
【新登場人物】
田中与四郎宗易 1522年生。港町堺で商売をする商人。史実の千利休。若いながら丁寧な物腰とは裏腹にかなりのヤリ手商人。+8歳
【補足】
火縄銃の伝来については諸説あり、この小説では従来の種子島経由とは別に大陸から既に伝来していた説を採用しました。ご了承ください。




