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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文一三年(1544) 尼子の魔の手
71/115

条件

一五四四年  村上(むらかみ)新蔵人(しんくらんど)尚吉(なおよし)



目の前には小僧らしくない小僧が座っている。

今、中国地方で着々と勢力を広げている家、毛利家の三男坊、少輔三郎(しょうのさぶろう)小早川(こばやかわ)隆景(たかかげ))だ。大層にもこんな身なりで既に小早川家の当主なのだそうだ。神輿かとも思ったが後ろに引き連れている家臣どもの様子から、この目の前の小僧がある程度忠誠心を持たれていることは一目瞭然だった。動きの節々から主の反応を伺う素振りが見て取れる。


幼い顔に幼い身体。見てくれだけは小僧そのものだが表情は落ち着き払っていやがる。全く可愛げのねえ小僧だ。


この小僧と話すのも三度目だったか。最初にこいつが来たときは追い返そうかと思ったもんだ。

実際毛利家の使者として来てなけりゃ追い返していただろう。

それに俺たちへの使者にこんな小僧を寄越してきたことにも腹が立った。いくら毛利家当主の三男坊で小早川家の当主といえどまだ十を超えたばかりのような小僧だ。

だがこの小僧は俺たちに怯える素振りも無ければ気負った様子もない。さらに言えば俺に会って早々話し始めたのは船の話だった。

用があってきたんじゃねえのかと疑いを持ったが結局この小僧は散々船の話をした挙句『楽しかったです』と心底満足そうに笑って去っていった。警戒していたのが馬鹿馬鹿しくなるほどだ。だがそれでこの小僧が、悪くないと思わせるには十分だった。


とはいえだ。

毛利家の使者として来たんだ。十中八九俺たちの戦力が目的なんだろうが、その話が出てくることは今までになかった。次に来た時も船の話、海の話、潮の流れの話。外界の話、船上での戦い方や俺たちの仕事の話など関係のないことを聞いてきただけだ。

今も仲を深めに来たなんてほざきやがる。

それにしても毛利家の奴らは何を考えてんだろうねえ。当主の倅とはいえこんな小僧を使者に使うなんてよ。


まあ、武士にしとくにゃ惜しいほどこの小僧は船が好きみてえだし聡明なのも認める。こうして話すのは嫌いじゃねえ。いや、今となっては気に入っていると言ってもいいだろう。会った回数は少ないが本来恐れられる俺たちをなんの偏見も持たずに仲良くなりたいと会いに来た馬鹿な武士はこの小僧が初めてだった。勿論毛利家でのこの小僧の立場があり目的があって来たんだろうがこいつの船に対する気持ちは本物だ。それだけで気に入るのは十分だ。


片膝を立ててそこに肘を乗せて相手の顔を見た。

そこで気付いたがどうやら今回はただの雑談をしに来たわけじゃねえようだ。いつものどこ吹く風な飄々とした表情が強張ってやがる。ようやく、とうとう本腰ってわけかい。


「それで今日はどんな話が望みだ小僧?随分と気合が入ってるみてえじゃねえか」


俺が揶揄う様にそう言うと、強張っていたことに気付いたのか目を丸くした後、恥ずかしそうにこほんと咳をした。俺の倅よりも随分大人びてやがるがこういった時にようやくこいつも小僧なんだと分かる。


「申し訳ありません、少し肩に力が入っていたようです。お察しの通り実は新蔵人殿に良いお話を持ってきました」


「ほう?ようやく本題ってわけか。使者殿?」


「はい」


「いいだろう。俺と小僧の仲だ。聞いてやろうじゃねえか」


「では、おそらく新蔵人殿も既に察していらっしゃるかと思いますが今回、私がこの地を訪れたのは船の話をするためだけではありません。因島村上家と手を携える為です」


「だろうな。これから更に勢力を広げようってんなら水軍の力は必須だわな」


「然り」


「まあ、そっちの都合は理解した。そんで、その協力の見返りに毛利は俺たちに何を差し出してくれんだ?」


いったい毛利は俺たちにどんないい思いをさせてくれんのか見物だな。俺の要求を見越していたようで小僧がわずかに口元に笑みを浮かべて身を乗り出す。その様子から見るになかなか旨い話を持ってきたようだ。


「現在毛利家では堺との交易を視野に入れております。おおよその話は既についておりますので私と共に船に乗っていた兄上が近日中にその話を固めて下さるでしょう。新蔵人殿方には安芸と堺の交易品を恒常的に一手に輸送して頂きたいと考えております。かなりの利益が見込めるかと。いかがでしょうか」


「ほう…」


成程。いい話だ。確かに近年毛利家の領地は賑わいを見せてる。商売も盛んで交易品から上がる儲けも多いだろう。それを今度は上方に持っていく訳か。目聡い堺の商人たちなら確実に食い付くだろうな。勝算は間違いなくあるだろう。

その輸送に噛めるってんなら確かに美味しい話だ。それを安定して常に俺達だけに任せるってんだからいい話なのは間違いないな。


「確かにいい話だなあ」


俺の返事に小僧は嬉しそうに一度頷いた。


「では」


「だが物足りねえな」


喜色が滲んでいた表情が固まる。小僧はこの話で俺たちが了承すると踏んでいたんだろう。


「…他にもこのような誘いが?」


「いや?」


「物足りないという事でしょうか?」


「いや、剛毅なもんだと思うぜ?」


「…理由を伺ってもよろしいでしょうか?」


幾つか質問を投げかけてきたが思考をめぐらす様に固まっていた小僧が絞り出すような声で最後にそう漏らした。断られた理由が分からなかったんだろう。そりゃそうだ。本来なら了承するだろうからな。


「つまらねーのさ」


「…?つまらない、とは?」


「分からねーか。まあ、そうだな。お前ら毛利家から莫大な利益が齎されんのはよおく分かった。魅力的だ。俺達の生活も豊かになれるし水軍の力も蓄えられるだろう。魅力的だな」


「でしたら何故」


「だから、つまらねーのさ。俺が言えるのはそこまでだな」


「揶揄っておられるのか!」


「待ちなさい、新四郎(しんしろう)乃美宗勝(のみむねかつ))!」


「ですが三郎様」


俺の言葉に納得できなかったのか小僧の後ろで控えていた新四郎が血気盛んに立ち上がる。それをすぐさま小僧が手で制した。それだけだが新四郎は動きを止めた。表情に出すつもりはないが内心感心する。

やるじゃねえか。家臣の手綱をこの小僧は一丁前に握ってるみてえだ。本当に小僧らしくない小僧だ。それに今の俺の言葉だけである程度俺の思惑を察したらしい。本当に毛利家では餓鬼にどんな教育をしてんのかね。小僧の兄達も皆それぞれ精力的に動き回ってるらしいしよ。


「新蔵人殿は私たちを煙に巻こうとしているわけではありません。ですから落ち着きなさい」


「…申し訳ありません、三郎様」


「そうだぜ新四郎。慌てんじゃねえよ。お前は昔っから血の気が多いんだよ」


「…」


俺の言葉に新四郎は不満げな表情を見せる。乃美家と村上家では昔から繋がりがあるからな。新四郎も赤子の頃から知ってるからこんな態度が出来んだろうがまだまだ甘えや。まあ、これが本来の餓鬼の態度か。


「私の臣が無礼を致しました。申し訳御座いません」


そう言って小僧が頭を下げた。この態度に新四郎は驚いた顔をした後、面目無さそうに表情を曇らせ遅れて頭を下げる。自分のせいで主に頭を下げさせたことに今更気付いたのだろう。


「いや、別に気にしちゃいねーよ。新四郎も小僧の事を思っての行動だろうしな。それで、答えは見つけられそうかい?」


「…いやはや、難しい問題を出されました。ですが必ず見つけてみせます。今回はこれにてお暇致しとう御座います。次、相見える際までの宿題とさせて頂いても?」


「ああ、小僧がどんな答えを俺に見せてくれんのか楽しみにさせてもらうぜ」


「有難く。此度も面白いお話が出来ました。有難う御座います、新蔵人殿。それでは、失礼致します」


「おう、また来な。歓迎してやるぜ」


「はい、又三郎殿にもよろしくお伝えください」


「おう、せいぜい悔しがる顔を俺が楽しませてもらうわ」


「ふふ、ではこれにて」


そういって楽しそうに笑う顔は年相応のあどけない笑みだった。この小僧にとって俺からの条件も楽しいことらしい。本当に変わった小僧だ。

立ち去っていく小早川家の一団を見送りながらそう思った。


さてあの小僧の事だ。恐らく俺が満足する答えを用意することは出来るかな?


そんなことを考えていると遠くから駆けてくるような慌ただしい足音が聞こえてきた。どうやら倅が帰ってきたらしい。


「若!お待ちを若!廊下を駆けるなどあまりにも品がありませぬ!」


「親父!三郎は!」


襖がストンと勢いよく開かれると案の定、倅の又三郎(またさぶろう)村上吉充(むらかみよしみつ))が姿を現した。今日は海に出ていたはずなんだがな。毛利の船を見て急いで帰ってきやがったのか。

部屋をきょろきょろと見てから落胆したように肩を落とす。全く、何時まで経ってもこいつは餓鬼臭さが抜けねえな。

そうこうしている内に後から傅役の末長又三郎(すえながまたさぶろう)景道(かげみち)も追いつく。


「なんだよ、やっぱり間に合わなかった。お前が邪魔をしたからだぞ末又。三郎に会えなかったじゃないか」


「そもそも三郎殿は殿に会いに来られたのです!又三郎様の出る幕は御座いませぬ!」


「はは、末又の言う通りだ。残念だったな又三郎。だが小僧はちゃんとお前を気にしてくれてたぜ。よろしくだとよ」


「言葉だけ聞いてもなぁ…」


はぁ、と小さく溜息を吐きながら儂の対面に座る倅の様子に末又と視線を合わせて苦笑する。倅はどうも先の小僧に不思議なほど、相当入れ込んでいるようだ。理由を聞いても倅は話そうとはしない。まあ、無理をして聞く気も無いが。


「末又も座れ。小僧との話の内容をお前らには話しておく」


「は、それでは失礼致しまする」


俺の言葉に頷いた末又も交えて車座になって座ると小僧が本格的に俺達との協力関係を望んでいることを話した。その条件と、そして俺が条件を出したこともだ。


「なんだよ、破格な条件じゃねえか親父。無駄に条件なんか出さなくても協力してやりゃいいのによ。恐らくだが毛利は尼子を食うぜ?」


「いや、断言は出来ん。戦ってのは何があるか分からんもんだ、まあ、勝って欲しい、だな」


倅の言う戦に関してはほぼ間違いないだろう。毛利家は今休戦しているとはいえ尼子と敵対関係で、この休戦が解かれた際、必ずぶつかることになると予想された。世間の下馬評では五分、もしくは尼子有利だと言われちゃいる。じわじわと勢力を拡大してはいるが前回の備中の戦では幕府の力を借りてまで毛利は休戦を申し込むくらいに尼子に手を焼いたらしい。

とはいえ毛利を追い詰めた新宮党は今、尼子本家とは袂を分けてしまっている。その時の総大将だった紀伊守国久は粛清されたそうだが、そのせいか尼子の結束は強くなったとも聞く。

勝敗によっては今毛利と手を結ぶのは些か不安があるのも事実だ。


「私は殿が誘いを断るかと思っていましたな。武士に加担するのを嫌っておいででしたでしょう?」


「まあな」


「なんだよ、なんだかんだで親父も三郎が気に入ってんじゃねえか」


「ははっ、確かにそうかもしれんな」


本来だったら武士なんかの争いにわざわざ肩を持つつもりなんか無かったんだがな。この小僧だからこそ条件を付けた。さて、俺が納得するような条件を小僧が持ってきてくれんのか。見せてもらおうじゃねえか。楽しみだ。






【新登場人物】


村上又三郎吉充  1530年。因島村上家当主、新蔵人尚吉の嫡男。あることから小早川隆景に心服している。±0歳


末長又三郎景道  1518年。因島村上家重臣。又三郎吉充の傅役。+12歳

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