帰還
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一五四三年 吉川少輔次郎元春
備中国(現在の岡山県西部)での戦もようやく収まり、毛利軍は安芸国(現在の広島県西部)に帰国した。久しぶりの小倉山城だ。
留守居をしていた式部少輔(吉川経世)の叔父や少輔七郎(市川経好)が出迎えてくれた。
領地は特に大きな問題はなかったようだ。領民たちは普段通りの生活を送っている様子だし、この地も安定してきているんだろう。
今回の戦の目的は果たせたと思う。当初の予定通り尼子優勢のまま幕府を通して停戦に持ち込むことが出来たし、そのおかげで大きな楔を打ち込むことが出来た。
後はこの停戦期間中に軍備を整えて尼子が崩れるように外から補助し、崩壊が始まるのを手薬煉を引いて待っていればいい。本当にあくどいことを考えさせたら親父は恐ろしいことこの上ない。
とはいえ俺たち吉川軍は戦が始まってすぐに大きな被害を出してしまったため、今回の戦は正直苦い思いしかない。
無事に意識を戻した兵庫頭(熊谷信直)も今はまだ馬には乗れず、輿に乗っての帰還だったし、多くの兵が命を散らしてしまった。今後の戦いに向けて早急に立て直す必要があるだろう。
とはいえ領民ばかりから募兵し過ぎると領民が足りなくなる可能性がある。そろそろ領民だけではなく他国からも積極的に募兵する必要があるだろうな。来てくれるかな。来てくれないようなら買う必要もあるかもしれない。
この時代って敵国に攻め込んで敵国の領民を攫って売り飛ばすとか平気で行われてるんだよな。しかも組織的に。
敵国の生産力の低下だったり売ることで金銭が手に入ったりと効果的なのは分かるけど抵抗あるよなぁ。気持ち的に救うことは出来ないかって考えちまう。今は尼子との戦が控えてるから手を出せないけどある程度落ち着いたら人手確保のためにも動かなきゃな。
正直罪人でも構わない。五体満足で言う事を聞いてさえくれれば。
最悪、孫四郎(今田経高)や復活した兵庫頭が性根を鍛え直してくれるだろうからそれも有りかもしれん。
犯罪者だってよほど気が狂ったやつじゃない限り腹を空かせてたりその日を生きることすら困難だから犯罪に手を染める奴も多い訳だしそういうやつを救い上げられるようにしてやりたいな。これはまた後で考えよう。
「さて、叔父上、少輔七郎。不在だった、苦労を掛けたな」
「いえ、戦の内容を聞けば我らの苦労など無きが如しです。ご無事にお帰り頂き安堵致しましたぞ」
城に戻った俺はまず重い甲冑から解放されてすぐに身を綺麗にした。戦中は身体を綺麗にする余裕なんて無いからな。これでやっと人心地付いた。
でも俺が居なかった間の報告を聞かなきゃならん。休みもほどほどにすぐに留守居だった式部少輔の叔父上と少輔七郎を呼んでこうして報告を聞き始めた。二人もおおよその戦の流れは知っていたようでかなりの心配を掛けちまったらしい。今は俺の無事をこの目で確認出来て安堵したようでほっとした表情をしている。
「心配かけちまったな。だけどあの敗戦のおかげで尼子優勢の印象はかなり強まっただろう。そう考えれば利用できるいい材料になった。まぁ、その代償はデカいがな。また兵を補充する必要がある。叔父上はそちらの手配を頼む」
「畏まりました。兵庫頭殿が動けませんからな。その分は儂が補助致しましょう」
「すまない、叔父上。俺も可能な限り手伝うから一緒に頑張ろう」
「ははっ、それは心強い」
残念ながら暫く兵庫頭は休養が必要だ。傷だらけな身体も問題だが血を失い過ぎて無茶をさせられない。軍役の大半は兵庫頭が面倒を見ていたから動けない分の皺寄せはこちらで引き受けるしかない。叔父上には悪いけど兵庫頭が回復するまでは何とかしねえと。叔父上は快く受け持ってくれた。
叔父上は俺の後見役で調整を普段からしてくれている。負担は負担だろうが叔父上は割と何でもこなしてくれるからな。今回も何とかしてくれるはずだ。
後は今年の収穫関係だな。米の収穫もそうだし椎茸に茶畑に綿花の状況も確認したい。最近全然触れられてなかったからな。少輔七郎の方を見ると察してくれたのか視線を正した。
「こちらの報告も宜しいでしょうか?」
「ああ、最近は全然関われなかったからな七郎。状況はどうだった?」
「はっ。まずは各地の収穫ですが豊作と言ってよいでしょう。天気の崩れはあまりなかったので十分な収穫が御座いました。来年も領民含めて腹を空かすことなく一年過ごすことが出来ましょう。吉川領だけではなく毛利領全体が同じ状況です」
「そうか。毎年のこととはいえこの報告は緊張するな。だけどそうか。安心した。他の実験中の栽培物はどうだ?」
これはいい報告だ。冷害で米が出来ないとかこの時代は平気であるからな。豊作なら兵糧の余裕も大分出来ただろうし来たる尼子の戦では兵糧にそこまで悩まずに済みそうだ。後は実験中の作物か。
「こちらも順調です。と報告したかったのですが…。あまり芳しく御座いませぬ。収支は今のところ損の方が大きゅう御座いましょうな」
「あー、そっかぁ…。やっぱいきなり最初から上手くはいかないか…」
「面目次第も御座いませぬ」
期待していた訳じゃない。とはいえ報告を聞くと落ち込むな。やっぱり心のどっかでいけんじゃねえかって期待してたんかな。っと、表情に出過ぎた。少輔七郎が面目なさそうに頭を下げようとしたのを慌てて止めた。少輔七郎が責任を感じることじゃないんだから。
「いやいや、七郎が謝る事じゃねーよ。今回の試みは失敗前提で始めたもんなんだからこの結果はむしろ当然だろう。むしろ七郎はよくやってくれてるし俺はお前の働きに満足してる。それで、椎茸はともかく綿花や茶畑は栽培に慣れた者がいたろう。何か話は聞いたか?」
「有難う存じます。はい、どうも肥料が足りなかったようなのです。この辺りは来年対策を講じたいと考えていますので来年は良いご報告が出来るかと思います」
肥料かぁ。その辺の知識は全く無いからそもそも肥料のための予算用意して無かったもんな。そっか肥料か。分からんことはなんもアドバイス出来ねーな。んー。その道のプロに頼るしかないか。運良く栽培経験者を引っ張ってくることが出来たわけだし、来年はその辺りの予算も用意すれば何とかなるか。早く布団欲しいよなあ。
「可能な限り栽培者の話を聞いてもう一度何か必要な物がないかそれぞれに確認しておいてくれるか?人手が必要になるかもしれんし、俺たちには分からない必要な物もあるかもしれん」
「そうですね、確認した後にまとめておきまする」
ひとまず綿花と茶畑はそれでいいだろう。来年にはそれなりに財源として活きてくるはずだ。問題は茸か。
「後は椎茸だよなぁ。正直な話、椎茸自体は生えたのか?」
「生えたものもありました。が、ですが大半は残念ながら失敗でした。すべて同じ時期にやって生えてくるものがあった以上、生えなかったものは上手く根付かなかったという事だと判断しています。特に日晒しにしたものは全滅ですね。やはり林の中で育てた方がいいようです」
「まあ、日晒しはそうだろうな。でも林にいたやつも大半が駄目だったか」
「ちなみに生えたやつは何故生えたか分かったのか七郎よ」
「申し訳ありませぬ父上。そこまではさすがに」
「やはり椎茸だけは難しゅうございますな次郎様。一筋縄ではいきませぬ」
「だなぁ。まあ、そもそも上手くいくようならもっと流通してるだろうしこんなもんだろうよ」
三人で溜息が揃った。椎茸に関しては吉川家臣は孫四郎を除いてほとんどの家臣が注目している。吉川家もそれなりに考えが改善されてきてることを実感する。栽培なんて民の仕事って発想が薄れてきた。吉川家の一大プロジェクトだもんな。叔父上も俺の留守中に少輔七郎と見回ったそうだし。
特に少輔七郎は多分俺なんかよりも椎茸に対して熱心だ。今回の結果はそれなりにショックだったらしくいつものニコニコ顔が今はしょんぼり顔だ。見てるとこっちまで悲しくなりそうだ。
「椎茸に関しては生えたやつの原木周りの環境を要確認だな。なにかきっかけがあるはずだ。それとまた山に入って椎茸が生えていた原木を回収しよう。最悪、その原木を割ってみて詳しく調べた方がいいか。何か原因が分かるかもしれん。まだ初めて1年経ってないんだ。ここで悲観せず挑戦し続けよう。そうだろう、叔父上、七郎」
「そうですな。それだけ難しいからこそ出来た時の利益は計り知れませぬ。諦めずに続けて行こうぞ、七郎」
「次郎様、父上。分かりました。私も諦めたくはありませぬ。このまま私も椎茸の栽培に力を入れたいと思いまする。宜しいでしょうか?」
少輔七郎が俺に懇願するように視線を向けてきた。まさかここまで少輔七郎がハマるとは予想しなかったな。でも俺以上の食いつきなら任せてみるのもいいのか。政務の比率を下げて少輔七郎に椎茸を任せるか。その分の政務は、勘助(山本春幸)と平左衛門尉(宇喜多就家)に振るか。そろそろ勘助も慣れてきてるし、平左衛門尉も捌く速さがかなり高いからな。少輔七郎の受け持ってる分も問題なくこなせるだろう。
「分かった。それじゃあ、今後は七郎には椎茸関連を中心に据えて政務をこなすようにしてくれ。受け持っている分は勘助と平左衛門尉に振るからそこだけ引継ぎを頼むな」
「はっ、有難う御座いまする」
「こっちこそ、助かるよ七郎。俺もずっと椎茸にかかりきりで実験したいがそうも言ってらんないしな。だから七郎がそこを補ってくれて助かる。とはいえ任せっきりにするつもりはないから俺もなるべく気に掛けるようにするし、相談があれば遠慮なく聞いてくれ」
「分かりました。ひとまずは椎茸が生った原木周りから調べてみまする」
「気長にな。今は冬だから春夏秋とは環境も違うだろうし慌てずに行こう」
こうして留守居からの報告が終わる頃には日が大分傾いていた。この時期は本当に寒い。俺は自室で白湯を啜りながら、またいつもの物思いに耽っていた。誰もいないからボケっとした顔をしてもいいんだろうが癖は付けとかなきゃな。一応、表情に気を付けないと。
新しく始めた産業は軒並み上手くいったとは言い難い結果だ。七郎が名乗り出てくれたから随所随所で俺も様子を見ながら何とか成功させなきゃな。茶葉と綿花は多分問題ないだろう。栽培に慣れてる人間がいて、ある程度解決策は見えてる訳だし。これも一向宗、浄土真宗本願寺派のお陰だな。
そういや一向宗って言い方は本来は正確じゃないらしい。これを実際の一向宗のお偉い方に言うといい顔されないそうだ。浄土真宗にもいくつか派閥が合ってその中でも本願寺派が一向宗と呼称されている。ただこれは本願寺派の人間が自分から名乗った訳では無く、元の浄土宗が浄土真宗に対して呼んだのが始まりらしい。
浄土宗からしたら分かれた浄土真宗は認めねーよってことなんだろう。真の浄土宗なんて付けられたらそっちの方が正統みたいに民衆には思われるだろうから認められる訳ないよ。商売あがったりだもん。
そんな訳で浄土真宗全体が一向宗と呼ばれ始めたのに今では本願寺派が一向宗と呼ばれるようになってる。この辺は何故か分からないけど。だから本願寺派の人間に一向宗と呼ぶのは良くないらしい。普段からこれも気を付けないとな。
問題は椎茸だよなぁ。本当にどうしたもんか。すんなり出来ないってことはまだ満たせてない条件があるんだろう。それが温度なのか、湿度なのか、それとも全く別の要因があるのか。
そもそも温度と湿度すら調べようがないもん、元あった場所の再現くらいしかこっちはやることがない。水に浸したり、乾燥させてみるか?よく米とか野菜の栽培とかで水の量を減らして植物の危機感募らせることで根を深く張らせたり、甘みが強くなったりとかあるわけだし椎茸もわざと危機感募らせたら上手くいったりしないかな。これも要実験だな。後で七郎に知らせておこう。
後は尼子か。
毛利が潰されないために尼子を潰れる様に導いたわけだけど、尼子詮久はこれからどう動くだろう。上手く新宮党の奴らと潰し合ってくれればいいんだけど。
毛利は今のところ上手く家中も纏まってるからいいけど、少しでも間違えばうちだって内乱があってもおかしくなかったんだよな。実際、親父は俺が生まれる前に親父の弟の相合元綱と殺し合ってる訳だし。
親父はすんなりと、当たり前のように内乱が発生しうる場合は家族であろうと斬るって言ってた。親父は俺たち家族を大事にしてくれてはいるけど、それでも寒気がする程冷酷だと思った。あの時の親父は優しい顔をしていたのに怖かった。でも、ああいった冷酷な決断が戦国武将には必要なんだろう。
親父は相合元綱との家督争いの中で学んだんだろう。誰だって好き好んで肉親を粛清したいとは思わないだろうし、親父はその弟とは仲が良かったはずだ。『今義経』なんて異名を持つ弟だ。きっと今も生きていたら頼もしかったに違いない。
俺が兄貴や三郎を討つようなもんだ。そんなこと、俺はきっと出来ない。しなきゃいけないって分かってても。せめてそんな決断をしなくていい様にするしかない。人間関係には細心の注意を払わないと。
ん?こっちに向かってくる足跡が聞こえるな、二人かな。一人は引きずる様な足音だから勘助かな。
「次郎様、宜しいでしょうか?」
「おう、いいぞ」
「では失礼致しまする」
襖の外から聞こえたのは平左衛門尉の声だ。許可を出すと襖が開き、そこには平左衛門尉と勘助が膝をついていた。七郎の引継ぎの事か?もう話を聞いたんか、早いな。
二人は一度頭を下げると部屋に入ってきた。平左衛門尉が襖を閉める。勘助に気を遣ったんだろう。結構気遣いが出来る奴だ。史実の腹黒謀略家とは思えないな。勘助は『忝い』とお礼を言い頭を下げた。
俺の前に座った二人の表情が硬い。あれ、どうしたんだ?まさか仕事量が重いとか、じゃないよな?二人にはそこまでまだ押し付けてはいない筈だけど。
「二人してどうした?少輔七郎からもう話は聞いたのか?」
「いえ、少輔七郎殿の件では御座いません。吉田郡山の殿から先ほど知らせが」
親父からの知らせ?二人の表情から見てもいい知らせじゃないんだろう。聞きたくないな、一体何だってんだ?俺がやらかしたか?いや、それは無い筈だ。最近は戦に出てたからそもそもやらかす時間がなかった。聞きたくないが聞くか…。
「親父は何て?」
「はっ、明日、朝一で吉田郡山城に登城せよと」
「朝一か。随分急なのな。使いは何か内容を言ってたか?」
「それが…」
「…なんだよ、口籠って」
平左衛門尉が珍しく歯切れ悪そうに俯いた。そんな深刻な事なのか。平左衛門尉がなかなか言おうとしないため勘助を見た。勘助も内容を知っているらしく頷き代わりに話すようだ。
「落ち着いてお聞きください。まだ情報が錯綜しており正確な情報ではないかもしれませぬが、尼子紀伊守国久が討たれたように御座います」
………は?
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