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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文十二年(1543) 備中騒乱
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新宮党の罠

一五四三年  吉川(きっかわ)少輔次郎(しょうのじろう)元春(もとはる)



何でバレた?!ああ、いや今はそんなことどうでもいい!

はっきり言ってこの状況はヤバイ。まさか尼子全軍で囲まれたりまではしてないだろうな。力いっぱい駆けてきたのに熱いどころか血が寒い。

刑部大輔(ぎょうぶたいふ)口羽通良(くちばみちよし))も兵庫頭(ひょうごのかみ)熊谷信直(くまがいのぶなお))も顔が強張っている。この状況のやばさを察したんだろう。俺もきっと同じ顔をしてるはずだ。これはさすがに笑えない。


こうなってくると三村軍が邪魔だ。吉川軍はこういう時に一目散に逃げる訓練を積んでるから俺達だけなら逃げられるけど三村軍は明らかに農兵主体の軍だ。確実に足手まといだ。

でもここで俺達だけ逃げたら三村家との仲が確実に拗れる。でも付いてこれんのか。くそ、どうする。いや、決まってる!悩んでる時間はない!


「孫四郎(今田経高(いまだつねたか))に伝えよ!夜襲は失敗!このまま撤退する!殿(しんがり)第一陣を果たせと!だが命を捨てるのは許さん!訓練通りに役目を果たせと伝えろ!いいな!それと源左衛門を呼んで来い!道案内をさせる!!」


「はっ!」


兵庫(ひょうご)熊谷信直(くまがいのぶなお))!第二陣はお前だ!兵を100預ける!先に行け!!」


「畏まった!!次郎様、御武運を!!」


兵庫の決断は早くすぐに兵を連れて俺たちが来た道を引き返していった。ここでごたごたと無駄な時間を過ごすわけにはいかん。するとすぐに前方から源左衛門(石川久智(いしかわひさとも))が兵を連れて駆けてくるのが見えた。孫四郎は今頃、尼子軍の足止めのために駆け出していることだろう。源左衛門の顔は真っ青だ。縁起でもない顔すんなって怒鳴りたいが俺も似たようなもんだろう。もう、本当に何でバレたんだよ…。


「源左衛門殿、兵を連れて先に撤退して下さい!道案内を頼みます!」


「わ、我々も戦いまする!」


普段なら嬉しい申し出だけど正直、連携も儘ならない三村軍と一緒に撤退戦をするのは怖すぎて無理だ。なら道案内として先に走っててくれた方が動きやすい。


「今は問答をしている時間はありません!!三村家との連携が覚束ない以上、攻めることは出来ても撤退は無理です!私たちを城まで導いて下され!!」


お前だって顔を青くしてるくらいだ。まだ主を残して死にたくないだろ。お願いだ、先に撤退してくれ!


「…くっ、申し訳御座いませぬ。我ら三村が先導致しまする!」


「お願い致す、さ、此処からは命懸けで駆けるぞ!!」


俺の周りの吉川兵が100と三村兵200が一斉に走り出す。三村の兵たちはさすがに備中国内で庄家と争い続けていたせいか体力はあるみたいだけど、それでも農兵の中ではだ。吉川の常備兵に比べると見劣りする。頼むから何とか城まで保ってくれよ。さすがに体力が切れた兵は見捨てるしかないぞ。




今田孫四郎経高


次郎様たちはすでに撤退を始めているだろう。まさか尼子方に拙者たちの夜襲が気取られていたとは。だがこういった不測の事態は幾らでも起こり得ると父上(吉川経世(きっかわつねよ))も仰っていた。であるならば訓練の通り、拙者たちは拙者たちのやるべきことをこなすまで!

先鋒の兵たちに号令を掛けようと振り返ると平左衛門尉(へいざえもんのじょう)宇喜多就家(うきたなりいえ))が駆け寄ってきた。いつもは笑みを絶やさない平左衛門尉も此度ばかりはそうも言ってられないようだ。そしてその手には何故か松明が握られていた。


「孫四郎殿、どうせならこの陣を燃やしてしまいましょう!敵の足を多少でも止められましょう!」


なる程、どの程度の効果があるかは分からんが何もせずにただ突撃するよりはましだろう。


「分かったぞ!平左衛門尉!皆の者聞いたか!近くに松明がある者はそれを敵陣に投げ込め!その後我らも一度下がるぞ!」


「応!」


元から拙者に付けられた兵たちは命よりも武功をと願う命知らずの者ばかりだ。皆の顔には慌てた様子はない。それぞれが駆けだしすぐさま松明が至る所に投げ込まれる。しっかり燃えたか確認したいがすぐにでも尼子勢は殺到してくるだろう。


「撤退だ!!次郎様たちの後に続く!だが拙者達の作戦を忘れるなよ!」


拙者の号令と共に吉川兵百が一斉に反転し駆け出していく。敵の喚声がやけに煩く聞こえた。一度肩越しに敵陣を確認する。どうやら上手く燃えてくれたようだ。これで敵は一直線に此方には来れずに多少でも迂回してくれるだろう。その間に少しでも先に進んでおかねば。敵の喚声は多少遠ざかったような気がする。もう一度後ろを振り返った。敵陣のあった場所はこの夜闇を明るく照らしているのが見える。


森を進んでいたとはいえ道がない訳ではない。土地勘が無いのは辛い所ではあるが敵国に攻める時なんてものはこんなもんだ。


「皆の者、進軍停止!これより作戦通り左右に伏せるぞ!弓の準備をせよ!平左衛門尉!五十の指揮を頼む!拙者の声の合図とともに矢の雨を降らしてやれ!」


「畏まりました!」


暫く進んだ辺りで道の左右のちょっとした高台がある場所で拙者達は進軍を止めると五十ずつに分かれて左右に兵を伏せた。

これは勘助殿(山本春幸(やまもとはるゆき))が考案された撤退方法だ。人間は勝ったと認識した時が一番に油断する。だから撤退時に敢えて伏兵を置き、敵の意表を突くのだ。

その説明を受けた時、拙者も勝ったときに確かに油断していたかもしれぬと思った。だが、尼子は拙者達の夜襲すら気付いた者たち。まさかこの伏兵までも気付いているのではあるまいな?…いや考え過ぎだ。いかに尼子最強の新宮党であっても、このような伏兵まで気付く筈があるまい。


そして拙者達が兵を伏せてからすぐに尼子勢も姿を現した。陣を焼いたおかげでこうして伏せる時間を稼げた。平左衛門尉の機転に感謝するばかりだ。有難いことに敵は松明を持って進軍してきたようだ。わざわざ狙いをつけやすくしてくれて助かるな。


もう少し、もう少し。この瞬間が一番焦れる。もう少し、…今だ!!


「弓構え!!尼子の兵たちに矢をたっぷり馳走せよ!!」


拙者の声と共に兵たちが一斉に立ち上がると持っていた弓に矢を番えてまんまと追ってきた尼子兵たちに次々矢を降り注がせる。追手の尼子の先発隊の騎馬武者の驚いた顔が松明に照らされてよく見える。やはり杞憂だった。尼子は我々の伏兵に気付いてはいなかった!


「矢を撃ち尽くせ!!」


勿体無いがこれから撤退する拙者達には弓も矢も邪魔な物となろう。ならばここで可能な限り敵の出鼻を挫く。敵からは悲鳴が響く。ここで攻められるとは思わなかっただろう!無残に屍を晒すといい!

すると反対側の平左衛門尉の軍からひと際凄まじい一矢が放たれ指揮を執っていたであろう敵の騎馬武者の顔を貫いた。恐らくあの矢は又左衛門(またざえもん)花房正幸(はなぶさまさよし))か。相変わらず凄まじい威力だ。だが助かった。馬上で物言わぬ屍となった指揮官のおかげで尼子勢が浮足立つ。一度敵を引かせるか。


「今田隊、敵に突貫するぞ!拙者に続け!」


持っていた矢も残り少ない。であるならば持っていても仕方なかろう。その場に投げ捨てると大きな笑い声を上げて高台から駆け下り浮足立った敵軍に突っ込んでいった。兵たちも続き敵の先発隊をここぞとばかりに蹴散らしていく。どうやら反対側の平左衛門尉たちも駆け下りてきたようだ。このまま退却してしまえ!


「退け!一度退くのだ!」


平左衛門尉の声が聞こえる。どうやら敵兵の指揮官に扮して退却を促したようだ。


「待て!敵の声に惑わされるな!退いてはならん!」


他にも指揮を執れる者が居たのか、そう声が聞こえたが明らかに劣勢な尼子軍の兵たちは既に恐慌状態に陥っており、そこに天の声とも言える退却の指示が出てしまったのだ。それが敵の声であれ死にたくない兵たちはこれ幸いと退却を始めてしまう。一度逃げ始めれば後方の味方と合流するまでその足は止まることがないだろう。最初は平左衛門尉に拙者たちの戦振りを見せてやってくれと言われていたが見せるまでもない。平左衛門尉たちは平左衛門尉たちで十分戦えている。


「平左衛門尉、良く敵を誘導してくれた。助かったぞ」


「いえ、私とてこんな所で死にたくはありません。私には宇喜多再興という大望があります」


「そうだな。では拙者達も退却しよう。恐らくだが兵庫頭殿が第二陣で待機しているだろう」


「はい!」


一度敵兵が退却していく後姿を確認した。所詮は尼子の大軍のほんの一部だ。この伏兵でどれほど時間が稼げたか。まだまだ鶴首城まで距離はあろう。敵が慣れる前に逃げ切れれば良いが。


一抹の不安を感じながら拙者達は再び駆け出した。



今日は投稿が間に合わず2話に分かれての投稿となってしまいました。申し訳ありません。

明日からはいつものボリュームで通常通りに12時に投稿します。ご迷惑をお掛けしました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 負け方の伏線の貼り方が旨い。 これで負けたのは仕方ないと思わせる。 まあ、大元がカンってのは、アレだけどw
[一言] 史実の鬼吉川なら相手が勘で見抜くなら同様に勘で避けられそうだが主人公は元現代人だからねw でももっと戦を経験して大人になれば小説だと鉄板フラグの嫌な予感がするが発動できるようになるのかな
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