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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文十二年(1543) 備中騒乱
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椎茸評定

一五四三年  吉川(きっかわ)少輔次郎(しょうのじろう)元春(もとはる)



なんてこった。この時代の椎茸は高級品だったのか。全く知らなかった。

現代の日本じゃスーパーで普通に安く売ってるからてっきり日本には椎茸が昔からその辺りに生えてるもんだと思ってたのに、椎茸で城が建つ?いったい何の冗談だ。


だけど皆、それが当たり前だというように頷いている。そうか、俺の常識は非常識か。最近はそういった齟齬が無かったから忘れてたな。

そういや子供時代はしょっちゅうこんなことあった。かなり矯正されてたと思ったんだがまだまだ気を付けないとだめだなこりゃ。

それにしても怖かったわ。お前ら皆、武士なんだから怖い顔しないでくれよ。さまになり過ぎておしっこちびりかけたわ。あの優しい叔父上(吉川経世(きっかわつねよ))が般若みたいな顔してたんだぞ?当主がおしっこ漏らしたなんて恥ずかしい思いしたくないだろ。


それにしても椎茸か。最初は食いたいと思ってたけど栽培出来たらぼろ儲け出来るってことだろ。

…うへへ。そしたらやるしかねえだろ。

皆が目の色変えて俺を批判したくらいだ。(さぞ)かし阿呆みたいな値段で取引されてるんだろう。

そう考えると俺はかなり余計なことを言っちまったんだな。反省反省。


よし、そうと分かれば今回もまた試すか。でもどうやって栽培するんだろ。知らねえよそんなん普通。前世でテレビかなんかで見たような気もするけど実際栽培しようと思ってみてたわけじゃねえし、もはや見てたことしか覚えてねえよ。

そんなことを考えていると少輔七郎(しょうのしちろう)市川経好(いちかわつねよし))が不安そうに声を掛けてきた。逆に刑部大輔(ぎょうぶたいふ)口羽通良(くちばみちよし))は相変わらずわくわくした様子だ。他の皆は、『あー、また始まった』だな。この表情は。勘助(かんすけ)山本春幸(やまもとはるゆき))だけ何が始まるんだ?といった不思議そうな顔で辺りを見回している。それに気づいた平左衛門(へいざえもん)宇喜多就家(うきたなりいえ))が親切に教えていた。うんうん、新参同士仲良くなったみたいで良かった。二人とも企み事とか得意そうだもんな。


「お待ち下され、次郎様。今まで誰も椎茸の栽培を試さなかったと思いますか?金になると分かっていながらそれでもなお現在、栽培されていないという事はそれだけ難しいという事ではないのですか?」


「だからこそだろう。これが上手くいけばどの国よりも力が持てるぞ。場合によっては大内すら超えられんじゃないか?考えてみろ七郎。大内の財力を超えられたら今以上にこの国は豊かになる。楽しくなってくるだろう?」


「なりまする!やりましょう次郎様!」


「さすが刑部!よう言った!」


「お待ち下さい!刑部殿も煽らないで頂きたい!」


いつもニコニコしていた少輔七郎が珍しく声を張り上げた。その珍しさから俺たちはぴたりと燥ぐのを止めた。少し燥ぎすぎた。

こういう普段優しい奴は怒らせると怖いことは何となく分かる。刑部も俺も大人しく話を聞こうと姿勢を正した。それを見た七郎は声を張り上げてしまったことを恥ずかしそうに詫びながら話し始める。


「次郎様の仰ることは確かに魅力的です。今以上に国を豊かに出来るなら私だってそうしたいと思いまする。ですが、そもそもやり方すら分からないのに何をどうするおつもりですか?この実験でどの程度銭が必要なのかも分からないのですよ。綿花や茶畑は既に各地で実績が御座いましたから目途が付きましたが、今回はそうではないのでしょう?」


俺の目をじっと見ながら小さく首を傾げる七郎。反対と言うより不安だな。特に七郎は政務に於いて吉川家の中心になりつつある。その目線がこの不安を生んでるんだろう。俺が頷くと七郎はさらに言葉を紡ぐ。


「香り付き石鹸の量産で財源は増えました。茶畑も綿花も今のところ順調に育っています。上手くいけば綿花は今年の晩秋には収穫が可能でしょう。とはいえ常備兵は500に増え支出も当然増えております。収入が増えても財源が無限にあるわけではありません。その辺を次郎様はどのようにお考えですか?」


なるほど、七郎の言っていることは尤もだ。こうやって冷静に考えてくれる人間がいてくれると有難い。俺はどうしてもその場の勢いと乗りで物事を始めやすいからなあ。今回は全くの手探りだ。さてどうすっか。

椎茸って何処から生えてくるんだ?テレビで見た時は木から生えてきてたけど、じゃあ何の木から生えてくるんだって話だよな。

どんな環境で育てればいい?森に生えてくるんだからやっぱそれなりに日が当たらない方がいいんだよな。他にも条件がありそうだし。

それにいざ育てるとしてもいつから育てていつ収穫時期なのか分からん。そもそも茸って種とかじゃなくて胞子だったよな?どうやって植えるんだ?そもそも胞子って椎茸からどうやって出す?

…おおう、考えれば考えるほど問題山積みだな。これって予想以上に大変なんじゃね?

でも一回やり方さえ確立出来れば定期的に大金を生み出す、まさに金の生る木だ。やらないって選択肢だけは無しだよな。だが七郎みたいに不安を持っている奴がいないとも限らん。


「七郎の懸念は尤もだ。燥いですまん。ざっと今、いろいろ考えてはみたが問題は山積みみたいで勢いでやるにはちと危なそうだ。止めてくれて有難う、七郎。一度吉川家中で意見を募るためにも評定を開こうと思うのだが皆はどう思う?」


今回の椎茸栽培はぶっちゃけ、どれだけの期間を試せば実が結ぶのか見当が付かない。すぐに結果が出て栽培できるんなら当然その方がいいがそんな簡単な話じゃないだろう。場合によっては何年とか掛かるかもしれない。だがそんな実験をこの戦乱の時代に続けていられる余裕はない。どこで諦めるかまでしっかり決めておく必要もある。ざっと、周りを見回すと評定に関しては特に反対意見はないようだ。


「そしたら評定は3日後に開催する。もし何か予定があるならすまないが先に済ませてくれ、いいか?」


「かしこまりました」


「よし、それじゃ飯中に悪かったな。さっさと食って午後も頑張るぞ」


そういえば飯を食ってる途中だった。ああ、冷めちった。味噌汁ぶっかけて済ませちまうか。味噌汁を米の椀にぶっかけて一気に流し込んだ。やっぱり出汁の味がする味噌汁が飲みたい。






3日後、予定通りに評定の間には吉川家の面々が集まった。上座には俺、後ろには平左衛門と次郎三郎(熊谷高直(くまがいたかなお))が控え、俺に近い場所から叔父上や兵庫、七郎や刑部に勘助、あの日、訓練に出ていて昼飯に顔を出していなかった孫四郎(今田経高(いまだつねたか))も今日はいる。


こう見ると吉川家もなかなか頼もしくなってきたもんだ。聞いたことのある武将の名前がずらっと並ぶと歴史好きとしてはワクワクする。だが今日はそうも言ってられない。この評定は場合によっては吉川の、毛利家の今後にどでかい影響を残すかもしれない一大プロジェクトになるかもしれないんだ。もし実行することになれば事前に親父や兄貴、三郎にも報告する必要があるだろう。


「それでは評定を開始する。今回は全く何もない1からの実験になる。全員が必ず自分の意見を言ってくれ。俺の意見は皆も知っている通りだろうが俺に必ずしも忖度する必要はない。必要なのは忌憚のない意見だ。俺と違う意見を言ったからって俺が皆への信頼を損ねたり避けたり遠ざけようとはしない。もしお前らが全員反対するならこの椎茸栽培は中止する。お前らが俺に全面的に従うようであれば俺は暴走するからな。それは百万一心の志にそぐわないだろう。さて、それじゃ吉川家、毛利家の今後を考えて話してくれ、良いな」


「はっ」


「次郎三郎、平左衛門。今回はお前たちも必ず自分の意見を言ってくれ。いいな?」


いつも評定の間は小姓として後ろに控えている二人に振り返って意見を求めた。この二人もいずれは吉川軍の中核になる奴らだ。意見は確認しておきたい。


「かしこまりました」


「発言の機会を与えて頂き有難う御座います」


素直に頷いたのは次郎三郎、発言権を貰って喜んだのは平左衛門だ。次郎三郎は俺を(おもんぱか)ることが多いからちょっと不安だ。平左衛門はこうして吉川家に居ながらも宇喜多家再興のためにどうすればいいか常に考えているから自分の意見を持っているのだろう。発言も喜んでいたしな。


「俺の意見は周知の通り、椎茸栽培は試したい。皆の意見はどうだ?まず反対な者はいるか?」


皆の表情を見渡すと七郎と目が合った。すると俺に身体を向けて頭を下げた。


「恐れながら、発言しても宜しいでしょうか?」


「勿論だ、七郎。この場はそういう場だからな。七郎の考えを聞かせてくれ」


「はっ、あの昼食の後、我々家臣もそれぞれ話し合い、検討致しました。この場に居るものの中に椎茸栽培の実験に反対する者はおりません。ですが、全くの未知数な実験に不安を感じる者が私を含めていることも事実です。ですので、条件を付けての実験を提案致します」


そう言った七郎に小さく頷く。そっか、反対する人間はいないのか。吉川家中でも銭の有用性が浸透してきているってことだよな。それなら俺としても嬉しい。それに条件は俺の中でも付けるべきだと思っていた。期せずして俺と家臣の考えは一致した訳だ。後はどんな条件を付けるかだな。一応確認しておくか。


「皆の中から反対が出なかったことは嬉しく思う。だが本当に良いのだな。我慢はしなくても良いのだぞ?」


「あまり家臣に気遣われますな、次郎様。我らはそれぞれに考えた末、賛成したのです。我々も椎茸が栽培出来るようであればしたいと思っておりますぞ」


家臣を代表するように叔父上の経世が口を開いて笑みを浮かべた。諭すような優しい口調だ。でもな、俺は気を遣いすぎてるかな。権力者としては多少強引さも必要か?難しい匙加減だな。


「分かった、叔父上。感謝する。では吉川家はこれより椎茸栽培に向けて動き出すこととする。その為の条件を話し合おう。とはいえ、まずこの毛利領内に椎茸がそもそもあるのかを調べなければならん」


「それについては儂からよろしいでしょうか?」


次に口を開いたのは兵庫だ。七郎の時と同じく俺の方に身体を向けて頭を下げる。俺は許可するように小さく頷くと兵庫は話し始めた。


「現在、儂と孫四郎が中心となり、新たに募兵した常備兵、二百三十の訓練を行っております。あやつらはまず、捜索の任を与える訳には参りませぬ。備中での戦が控えている以上、古参の者たちの足を引っ張らせるわけには参りませぬからな。ですからそれとその新参兵の育成に更に百の兵、また領内の見回りに百は必要です。なので捜索に出せる兵力は七十程度になります」


人数まで纏めてくれたのか、それに七十もいれば十分じゃないか。でも、領内の見回りが100は足りんのかな。見回りを担当してんのは孫四郎だったな。


「孫四郎、100で足りんのか?」


状況を知りたくて孫四郎に声を掛けるとびくっと身体を震わせながら慌てた様子でこちらに身体を向けてきた。あんにゃろ、自分は指されないだろうって気を抜いてやがったな。戦場では役に立つし仕事も真面目だが頭脳仕事は周りに任せようとすんだよなあいつ。今回は孫四郎は椎茸捜索に付き合わせるの決定だな。そう、心で決意しながら孫四郎の話を聞く。


「…はっ!大友の戦以来、吉川の武名が響いたおかげで野盗の類が減りました。また領内の見回りを厳しくしているため治安が安定してきております。百でも十分かと」


…仕事はちゃんとしてるんだよな。報告もちゃんと出来るんだから馬鹿じゃないんだよ。使おうとしないだけで。いや、政務に使わないが正解か。勿体ないな。国を栄えさせるの楽しいのに。


叔父上も七郎も気を抜いてたのが分かったんだろう。ちょっとバツが悪そうに苦笑いを浮かべる孫四郎を睨んでいる。孫四郎は父親(経世)(経好)にこの後叱られるだろうから俺からは言わないでおくか。見回りの兵数も問題なしと。


「では、捜索には70の兵を同行させる。運よく椎茸が見つかればそのまま栽培出来るか色々試すぞ。その過程で椎茸がいくつも無駄になるかもしれん。非常に勿体ないが皆、その覚悟だけはしておいてくれ」


「…それは仕方ありませんな」


一応皆も覚悟してくれてたんだろう。俺の言葉に同意はしてくれているが皆、眉が八の字になっている。そんな顔すんなよ。俺だって勿体ないって思うけどさ。最悪売り物にならない無残な姿になれば、吉川家の食卓で再利用だな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 出汁… 瀬戸内だといりこ出汁が普通にある気がしますが
[一言] 現代ではそこらのホームセンターで丸太事売ってますしね。この時代では試行錯誤以前に、完全に城内隔離実験になるのかな。病気全滅対策に分けるのも必要そうですし、土地もお金もかさみそうです。 成功す…
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