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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文十一年(1542) 大友軍邂逅
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親子面談と毛利の進路

一五四二年  毛利右馬頭元就



晩秋を過ぎ、外の寒さが肌を突き刺すような痛みを齎す頃に息子たちは帰ってきた。今年も新年を家族で祝うことが出来そうで何よりよ。

世鬼衆の知らせから無事なことはあらかじめ分かってはいたが、こうして改めて無事な姿を確認すると親としてはホッとする。だが兵たちは消耗したそうだ。大内軍程ではないにせよ、五十名以上の死者が出ている。特に吉川軍は無茶をしたせいで一番多い。半分は吉川軍であった。負傷者はもっと多いだろう。この報告は何ごとなく聞くがやはり慣れぬ。だが囚われるわけにはいかなかった。動きを止めては滅びへの道を転げ落ちることになる。


一先ずは休息を与えて将兵たちを労った。土地を得られたわけではないが毛利の武名はさらに上がったことじゃろう。息子たちもそれを支える将兵たちも随分活躍してくれた。褒美は銭になってしまうが発展著しく銭が流通しているこの毛利領では無駄にはならぬだろう。武士が銭稼ぎを…という嘲りの声も随分と無くなった。井上党の粛正が効いたからであろう。


帰城した翌日、改めて息子たちを儂の部屋へと呼んだ。こうしてゆっくり顔を合わせるのも一月振りか。父親としても毛利家の当主としても息子たちの気持ちや考えを把握しておきたい。儂のように身内で争う事だけはしたくないからの。うむ、こうして三人が並ぶのは良い。親の贔屓目かもしれぬが良い面構えをするようになったものだ。


世鬼衆(せきしゅう)の報告によると大友軍はかなり大掛かりな戦を仕掛けてきたようじゃな。内容を聞いたが正直儂でも肝が冷えた。前触れに気付かねば間違いなく負けていたであろう。こうして其方たちと再会できたかどうか。よくも伏兵に気付いてくれたものだ。次郎、其方に付けた権兵衛、であったな。よくよく大事にすることだ」


「権兵衛は俺にとって既に大事な家臣だよ。今回も命を救われたからな」


今もこの部屋の外にはその権兵衛がいる。背を向けているから表情は窺えぬが儂の口から名前が出たせいかびくりと身体を跳ねさせていた。きっとあわてておるのじゃろう。ふふ、初めて権兵衛と顔を合わせた時を思い出すの。相変わらず慣れぬようじゃ。それに次郎の権兵衛を見る目は柔らかい。余程信頼しているのだろう。次郎も吉川の家で上手くやっているようだ。


「うむ、ならば良い。それで、太郎から順にそれぞれこの戦で何を感じたか聞こうか。先ずは太郎、今回の戦、総大将として出陣させたがお前に付いている飛騨守(国司(くにし)元相(もとすけ))からは総大将として特に注意すべき点は無かった、頼もしくなってきているとの報告が来ていた。儂自身もこの戦でのお前の采配は見事であったと思う。それに良く儂の考えを見抜いてくれた。良くやったな、太郎。そんなお前はこの戦で何を感じた?」


実際に太郎はよくやってくれたと思っている。幼い頃の頼りなさは今は全く感じない。立派な若武者に成長してくれた。それに儂の狙いをしっかり汲み取り動揺を抑えてくれたと長次郎(世鬼政親(まさちか))からも報告があった。儂の後継者として立派に跡を継いでくれるだろうという安心感がある。まだまだ学ばせたいことはあるが家督を譲っても良いかもしれんな。少し早いか。だが足りないものは儂が教えれば済む。


「有難う御座います、父上。ですが、私はまだまだ足りぬことが沢山あることを知りました」


「その足りぬこととは?」


「謀略です。私は大友の手がこの安芸国にも伸びているなど全く知りませんでした。きっと大友以外にも尼子や他の勢力の手も伸びているでしょう。父上の跡を継ぐならば知っていなければならなかったことだと思います。ですから、これからは私も知りたいです。そして可能であるならば父上に謀略を学ばせては頂けないでしょうか」


自分から足りないものをしっかりと認識したか。またこの戦で成長したようじゃの。誠、子の成長は早いものじゃ。


「元より太郎には関わらせようと考えていたことじゃ。自分から気付くことが出来たお前を儂は本当に嬉しく思う。だが謀略とは他者を陥れる事、場合によっては命を軽んじ自身の手を汚さなければならぬことじゃ。太郎、その覚悟はあるのだな?」


「はい、私は父上を始め、毛利家当主が守ってきたこの国に住む全ての人々の営みを、私も守りたいのです。私が手を汚すことでその大事なものが守れるのであれば私はこの手を汚します」


「そうか、・・・お前の覚悟、よう分かった。それでこそ儂の跡を継ぐ者よ。しかと苦痛を耐え抜けよ、太郎」


「はっ」


儂を見る太郎の目は真剣でとても澄んだ目をしていた。だが、この目もいずれは汚いものを見させることになる。親として息子にそのようなものを見せたくないという思いが無いわけではないが、太郎も既に一人の武士。この覚悟を親である儂が阻んでは太郎に失礼であろう。頼もしく成長したこの息子に儂の荷を少しでも持ってもらうとしよう。頼むぞ、太郎。


「次は次郎じゃな。吉川軍の働き、見事戸次軍の伏兵を止めたと聞いておる。戸次(べっき)丹後守(たんごのかみ)(戸次鑑連(あきつら))といえば大友の武の中心。それをよく止めたな。お前が止めなければ大内軍もろとも毛利軍も崩壊しておっただろう。初陣したばかりは戦を恐れておった次郎が。そう思うとお前も成長したの。次郎は今回の戦をどのように感じた?」


次郎は三兄弟の中でも特殊じゃ。

未来の記憶、知識を持って生まれてきた不思議な息子。打ち明けられたときに次郎は儂とは本当は他人だとぬかしおったが、儂から見ればそんなことは関係なく可愛い大事な息子じゃ。今では次郎自身も儂を父親として見てくれているようで良かった。

未来とやらは戦のない平和な世界らしい。そのせいかこの子は特別人の死を恐れる子であった。万が一の時は戦には出さずに内政にのみ力を発揮させようかとも思っていたが戦に出るたびに徐々にではあるが慣れ始めている。

今も我慢してはいるのだろうがな。今でも時折無茶をするが恐らくこの三人の中で一番勇敢に戦うのは次郎じゃろう。恐れながらも誰より前に出ようとする不思議な奴じゃ。


「戸次軍はとにかく強かった。兵たち一人一人が強いっつーのもあるんだが、きっと丹後守への信頼なんだと思う。この大将について行けば勝てるって信頼みたいなもんを感じた。今回はきっと運が良かっただけだ。俺も、周防介様も見逃されただけ。もっと戸次軍に時間の余裕があったら俺たちは討たれてたと思う。それぐらい戸次軍は、丹後守は強かった。俺自身手も足も出なかった。それがすげー悔しかった」


そう話す次郎の膝に置かれた手は強く握られて震えていた。相当な力の差を感じたのだろう。次郎の表情は分かりやすい。俯いてはいるが今も眉間に皺を寄せて悔しそうに顔を歪めていた。悔しい、か。戦でそういう感情を次郎が抱くというのが意外であった。

だが次郎は元服したのが早いだけだ。他の家であれば元服していない場合の方が多いだろう。だから本来であればそれほど気にする必要もない。むしろ幼いながらによくやっていると褒められていいのだ。だが、次郎の成長を思えば今のまま悔しさを抱かせた方がきっと次郎のためになるだろう。


「そうか、では次郎。そう感じたお前はどうしたい?」


俯いていた次郎の目が悩むように宙を彷徨う。だがすぐに儂に向けられた。何かを決意したのだろう、いい目をしていた。この変わり者の次男は何を決意したのだろう。


「戦が発生したら次も俺を出陣させて欲しい」


「ほう、良いのか次郎?お前は戦が嫌いじゃろう?怖いのではなかったか?」


戦を嫌がっていた次郎からさらに戦を求める言葉を聞くとは思わなかった。余程今回の戦で何か感じることがあったのだろう。


「勿論、今だって戦は怖い。けど、それ以上に家族を、大事なものを失うのが怖かった。今回だって俺が抜かれてたら兄貴や三郎も死んでたかもしれん。だから俺はもっと強くなりたいんだ親父。俺一人の力なんて高が知れてるかもしんねーけど、それでも俺が強くなることで、俺の指揮が上手くなることで大事なもんが守れるようになるんなら俺は強くなりたい」


大事なもの、家族のためか。なんとも次郎らしいの。次郎も次郎なりに戦う理由を見つけたのだろう。まずいまずい、太郎に続き次郎までも成長を見せられると表情が綻んでしまいそうじゃ。太郎も三郎も次郎の言葉に表情を緩めている。この三人は乱世では珍しいほど仲の良い兄弟であろうな。


次郎は内政もそうじゃが本人の希望通り戦才を磨いていくのが良さそうじゃ。式部(吉川経世(つねよ))からも兵庫(熊谷信直)からも果敢さと状況判断能力、思い切りの良さと評価は上々のようだしの。相変わらず無茶はするようじゃが。だがその()()()()()()()()()()()()も居るようじゃ。あの者が上手く次郎を導いてくれれば次郎自身も良い将帥(しょうすい)となろう。


「次郎の気持ちはよう分かった。相変わらず家族第一じゃの、お前は。仕方ない奴よ。だがお前がしっかりと覚悟しているのであれば戦の場を用意しよう。備中国が慌ただしいようじゃ。再び尼子の勢いが強まってきておる。庄氏(しょうし)が尼子の後援を受けて勢威を盛り返してきたようじゃ。三村が救援を求めてきておる」


「父上、では?」


「そうよ太郎、備後の地も纏まって来ておる。そろそろ毛利も独自に動かねばなるまい。頼ってきたものを見捨てては毛利の名折れであるしの。次郎、状況によっては尼子からも援軍が来よう。年明けには再び軍を興す。用意を怠るな」


「分かった親父。任せてくれ」


「うむ、此度は儂も出よう、噂の吉川の笑う軍を儂も戦場で見せてもらうとしよう」


「なかなか見ものですよ、父上」


「そうだな、三郎。あれと敵対した敵は戦いづらそうです」


「そんなにか、ますます楽しみじゃな」


三郎は面白そうに、太郎は苦笑いを浮かべている。想像するだけでも奇妙な軍だ。いや、相当怖いだろう。笑いながら殺しに掛かってくる軍。これも未来の考え方なのだろうかの?いや、確か次郎が思い付きで始めたと言っていたか。


「何なら小倉山に遊びに来てくれよ親父。たまにはお袋も誘ってさ」


ぐっ…。美伊、か。普段であればいい案だと食い付きたいところなのじゃが、ちと今はの。うぐっ、拙い。儂が口籠ってしまったせいで息子たちが察してしまった。太郎は呆れたように儂を睨んできた。


「父上。まさかとは思いますがまだ解決していないのですか?」


「う、煩いわ。其方らには関係ないことじゃろう!」


「はあ、確かに私たちがとやかく言う事ではありませぬが、それならば母上としっかりお話下さいませ。逃げ回っていては男らしくありませぬ」


「…さて、次は三郎の番じゃな。初陣を見事飾ったようで安心した。弾正(だんじょう)乃美(のみ)隆興(たかおき))からも初陣とは思えぬほど落ち着いた采配であったと聞いておるぞ。三郎は初陣を通してなにを感じた?」


ここは三十六計、逃げるに如かず、じゃな。形勢が悪い。

太郎の言葉を無視するように話を逸らし三郎に視線を送る。すると太郎はさらに呆れたように溜息を、わざと儂に聞こえるように吐いてきおった。こやつは最近、少し口煩くなって来たな。まるで上野介(こうずけのすけ)志道(しじ)広良(ひろよし))のようじゃ。ああ、こやつの傅役は上野介であったな。道理であったか。


まあ良い。今は三郎の事よ。三郎はくすくすと楽しそうに笑っていたが儂の視線に気付いて姿勢を正した。

こやつは三人の中で一番幼いながら一番聡い子じゃ。そして図太いと儂は見ている。あまり物事に動じたりしない。顔つきも穏やかな太郎、おしんに似た釣り気味の目を持つ次郎と比べて可愛らしい顔つきをしておる。おっとりとしたたれ目が特徴じゃ。太郎は儂似、おしんや次郎は美伊似、三郎は死んだ儂の母上に似ておるか。


儂の疑問を聞いた三郎は少し考えるように鼻の下に拳を添えて視線を下に向けた。考えを纏めているのだろう。少しの時を置いて考えが纏まったらしい三郎は儂に視線を向けた。その視線は普段と何も変わらない。穏やかな視線だ。


「毛利家はもっと船を活用するべきだと思いました」


「む?船?どういうことだ三郎」


戦の事ではないのか?思い掛けないことを言われたせいで何度も瞬きを繰り返してしまった。もっと詳しく話が聞きたい。


「はい、私は今回九州まで船で渡りました。九州までは距離があったのに船で移動すればあっという間だったのです。船は早い。これは大きな利点です。毛利は小早川家を取り込み水軍を強化することが出来ましたがまだ足りないと私は思います。もっと船の数を増やし、船を操る水夫を増やしましょう。船を増やせれば移動にも使えますし物資を運ぶのにも使えます。情報の伝達も早まりましょう。毛利家の特産品を上方に送ることも出来ると思います。どうでしょうか?私は小早川家を水軍の強い家にしたいです」


私は戦のことを聞いたつもりであったが三郎は戦のことなど眼中にないといった様子で船の利点について指折り話し始めた。三郎は初陣であったはずなのだがな。褒めて欲しがるかと思ったのじゃがな。だが三郎の言う船の活用は見るべきものがある。


「成程、初陣の事よりも船か。小早川に養子入りした三郎らしい意見じゃ。確かにその利点は今後の毛利にとって重要じゃ。だが銭が多く必要じゃな。新しく産業を興してはいるが結果がまだ出ておらぬ。この結果次第よ」


「少しずつでも増やしてはいけませぬか?」


「いや、それは構わぬ。だが船ばかりに集中して他を疎かにしてはならぬ。其方は既に小早川の当主なのだからな。出来る範囲で進めよ。それと小早川は海賊衆との繋がりがあったはずじゃ。三郎、其方も誼を通じておけ」


「はい、分かりました」


これで息子たちのおおよその道筋は決まったかの。太郎は当主としての統率力と謀略、次郎は毛利を守り大きくするための戦、三郎は物の流れ、それと海賊衆との交渉から外交や海戦の技術を学んで貰うとしようか。これを今後も三人の課題と致そう。


「三人との話は以上じゃ。此度の手伝い戦、ご苦労であったな」


最後に三人を労い退室を促す。儂の前に座っていた息子たちが立ち上がりそれぞれ「失礼致しまする」と去ろうとした背中に言葉を投げ掛けた。


「三人とも、美伊にしっかり顔を出していくのじゃぞ」


「父上も母上とお話を忘れないで下され」


退室間際に太郎はそう言い、次郎からは同情の目で見られながら親指を立てられ、三郎は揶揄う様に笑いながら会釈。三者三様に去っていった。


ぐぬぬ、このような時まで仲の良さを見せずともよいわ!…お、そうであった。


「次郎、来客が来ておるぞ、例の男じゃ。良い男を見つけたの。今は小倉山城にいる筈じゃ」


「本当か親父!?おおー!こうしちゃいられねえ!兄貴、三郎、早くお袋に挨拶しに行くぞ!」


「おい次郎!みっともないから押すな!客って誰だ!?」


「次郎兄上!危ないです!急にどうしたのですか!?」


「今度紹介すっから!ほら急げ急げ!」


余程心待ちにしていたのだろう。儂の言葉を聞いた次郎の燥ぎ様はすごく、太郎と三郎の背中をぐいぐい押しながら美伊の部屋の方へ去っていくのを見送った。

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[一言] 大好きな毛利家の作品で、毎日が楽しみです。 誰が来たのか、気になって明日が待ち遠しい。
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