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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文十一年(1542) 大友軍邂逅
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奇襲

一五四二年  大内周防介晴持



恐ろしい速度で大友軍が此方に迫って来ていた。逃げる暇すらないやも知れぬ。当然か。これが大友の必殺の剣なのだろう。この状況を生み出すための偽報だったのだ。今更気付いても遅いがな…っ。


だが私はこのようなところで死んでいい人間ではない!私の肩には大内の未来を背負っているのだ。ここで死んでは私の今までの努力が水泡に帰してしまう。大内を継ぐものとして血が滲むような思いを何度となくしてきたのだ。直系の血ではないと侮られることもあったのだ。こんなところで死んでは何のための命か。


「方円の陣を敷け!!急げ!衝撃に備えよ!!あれが大友の切り札よ!!必ず援軍が此方に戻ってくる!それまで耐えよ!!」


馬廻りの者たちを中心に兵たちが私を中心に円形の陣を敷く。この本陣には四百程の兵がいた。すぐ側には左衛門少尉も控えていた。大内の次期当主として逃げることだけは出来ぬ。手渡された槍を握る。馬上から敵兵を睨む、杏葉紋(ぎょうようもん)の旗が見えた。今大友であの杏葉紋を掲げられる軍は一つしかない。


「戸次丹後守か…!」


大友の矛。肥後国で戦っていたのではなかったのか。それすら罠か。なんと恐ろしい軍よ、大友。今までのやり方とはまるで違う。これが次期大友当主とされる五郎(大友義鎮)の手腕か?修理大夫とは随分やり方が違うではないか。それにしてもまさか丹後守が本当にここまで駆けてくるとは!口惜しいが死すら覚悟せねばならぬ。だが私は足掻くぞ。


「衝撃に備えよ!ひたすら守備に努めよ!!敵とて無理をしてここまで駆けてきているはずだ!来るぞ!!」


兵たちは動揺を隠しきれない。本当にこのまま支え切れるのか。いや、我が親衛隊を信じるほかあるまい。どちらにせよここで負ければ終わるのだ。来るぞ、来るぞ!


敵の大きな喚声とともに衝撃がここまで伝わってきた。軽装で駆けてきたのだろう。戸次の兵たちは皆身軽な格好をしていた。腹巻しか纏っていないのではないか。声を張り上げ必死に兵たちを鼓舞する。手に持った槍を自ら振るい兵を鼓舞する。私とて山口で遊興に耽っていた訳ではない。大内の武を見せてくれるわ!


「我こそが大内周防介晴持よ!この首は其方ら雑兵にくれてやるほど安くはないぞ!!さあ、掛かって参れ!我が大内の精鋭よ、この晴持に其方らの雄姿を見せてみよ!!今この時、この場こそが武士の本懐を遂げられる絶好の場と心得よ!」

「応!!」


動揺していた兵たちの目に光が灯るのを見た。これで良い、私たちはまだ戦える。ははっ、それにしても何ともここち良い気分よ。私は今、まさに武士として戦っている。これが私の望んだ武士のあるべき姿なのやもしれぬ。馬上から槍を突き出し、敵の接近を阻む。群がられてはこの命は簡単に尽きてしまう。大内の為に尊い命を散らした数多の英霊たちよ、私が大内の当主に相応しいと思われるならばこの命を生き永らえさせてくれ!


「ぐう!?」

「周防介様!?」


その時だった、一本の鋭い矢が飛来してきた。咄嗟に身体を逸らすが間に合わず袖を貫き肩に突き刺さった。思わず声が漏れる。見れば敵方の馬上に大層立派な武者が弓を構えていた。


「戸次丹後守(戸次鑑連)か…っ」

「如何にも。周防介殿に御座いまするな、まずはお見事。ですが諦めなされ。この丹後守、決して逃がしませぬぞ」

「ふん、その矢で私を一撃で殺せなかったは、貴様が神仏に見放された証拠よ!この命、取れるものなら取ってみるが良い!」


ぎょろりとした鋭い目つき、鷲の嘴が如き鼻が特徴的な男だ。何とも勇壮な面構えよ。だがこの命、貴様にくれてやるつもりはない。肩に刺さった矢を握ると刺さった箇所に痛みが走る。思わず顔が歪む。だがどうにも邪魔だった。そのまま力任せに引き抜く。ぐうぅっ!!何という痛みだ。だがそれほど深くまで刺さっていた訳では無い。それにまだ動く。すぐさま左衛門少尉(冷泉隆豊)が私を丹後守から庇う様に割って入ってきた。


「周防介様、お下がり下さいませ。貴方様の命はこのような場所で失われていい命では御座いませぬ!」

「いい、左衛門少尉この程度の矢傷、どうということもない。聞け、大内兵よ!大友の矢などでは私は死なぬ!安心せよ!さあ、もっと私に其方らの雄姿を見せてくれ!!共に戦うぞ!」


戸次丹後守の顔つきが変わった。いよいよ本気か。その時だった。


「新手が来る、陣を整えよ!迎え撃つ!」


その号令と共に戸次軍からの圧力が減った。一体何事だ。新手…?まさか!



振り返ると三百程の軍が此方に向かっていた。丸離(まるはな)三引(みつひき)の旗が(ひるがえ)る。そして奇怪な笑い声を上げていた。








吉川少輔次郎元春




最初に異変に気が付いたのは権兵衛(佐東金時)だった。




「若様、鳥が」

「鳥?急にどうした?」


権兵衛が稲積山(いなづみやま)というらしい山の方を指差して話し掛けてきた。俺はどれが稲積山か分からない。権兵衛が指差した方は全部山だった。でも戦中に権兵衛から話しかけてくるのは珍しいな。いつもは身分を弁えて声を出さないようにしてるって言ってたのに。それにしても鳥?何処だ?


「権兵衛どれだ?俺には見えねーんだけど。次郎三(熊谷高直)、お前見えるか?」

「んー…。申し訳御座いません、次郎様、某には見えませぬ」

「そうか。権兵衛、それでその鳥が一体どうしたんだ?鳥なんてどこにでもいるだろう?」

「違いますだ、すごい数の鳥が一斉に山から羽ばたいていっただ。一種類じゃねえ、いろんな種類が見えますだ。あんな風に鳥は一斉に飛んだりしねえんです」

「あれか権兵衛?」

「安芸守様!はい、あれですだ」


隣で話を聞いていた兄貴には見えたらしい。権兵衛が指差す先を同じように指を差して見ている。つーか二人ともすごいな。俺も次郎三も全然見えないのに。次郎三と顔を見合わせてお互いに苦笑いを浮かべた。

…ん?なんかこんな話どっかで見なかったっけ。源平合戦とかでもあったんじゃなかったか?確か軍が通ったら鳥が一斉に羽ばたいて、それに驚いて大軍と勘違いした平家が退却したみたいな話。あれと同じじゃねーのか。大内から援軍の話なんて聞いてない。それにあっちは豊後国(ぶんごのくに)(大分県)だ。どうやったって大内の軍は入れない。もし軍がいるとしたら大友の援軍、伏兵か…?だとしたら、やばいじゃんか!!あの位置から来るなら周防介様が一番最初に狙われる!


「兄貴、きっと大友の伏兵だ!軍が山を通ってるから鳥が羽ばたいてるんだとしたら最初に狙われんのは周防介様だ!」

「なんだと…っ!?…いや、そうと決まった訳では。いやしかし」

「もし俺の勘違いならそれでもいい、でも俺の予想が本当ならこの戦はその一手で詰む!兵を出して空振りならそれでいいじゃんか!頼む!援軍を出させてくれ!」


もし本当に大友の伏兵だったとしてこのまま大内本陣に食い付かれたらこの戦は終わっちまう。負けたらきっと大内の九州戦線は崩壊するだろう。豊前はきっと大友に靡く。そしたら俺たちも孤立だ。本州は海を隔ててるんだ。陸続きじゃない。逃げきれないかもしれない。

そしたら兄貴は?三郎は?俺の大事な家臣たちは?皆死んじまう。そんなの駄目だ。そんなの見過ごせる訳ない。頼む兄貴!


「…分かった。責任は私が持つ。どちらにせよこの戦は今日で終わるだろう。次郎、このまま吉川軍を連れていけ。お前たち吉川が本陣から離れればここも手薄になる。私たちは小早川軍に合流する。どの程度の援軍があるかは分からぬが大友とてそれ程余裕は無い筈だ。次郎、冷静にな」


目を閉じて考えていた兄貴が決心したように目を開くとすぐさま許可を出してくれた。本当に大友軍が来るかは分からない。でも山をよく知る権兵衛が不審に思う程の現象ならきっとそこに大友軍がいる筈だ。


「俺の我が儘を聞いてくれて有難う、兄貴。兄貴も気を付けてくれよ」

「気にするな、私は次郎の意見にその可能性を見た。これは私の下した決定だ。また後程会おう」


そう言って兄貴は拳を差し出してきた。俺が始めた挨拶みたいなもんだ。前世の友達との癖で始めたんだが意外とウケが良くて少しずつ広まっている。


「おう!」


差し出された拳に自分の拳を合わせ二人で笑い合った。そしてそのまま振り返り陣から出ていく。兄貴も後ろで指示を出し始めたようだ。本陣周りで警固していた吉川軍と合流する。最初に気付いた叔父の式部少輔(吉川経世)が此方に近づいてきた。俺が本陣内にいる間は本陣警固の任は式部に任せていた。異変を察したのか式部表情が強張る。


「次郎様、何かありましたか?」

「大友軍の伏兵が周防介様を狙っている可能性がある」

「なんと…!」


もう一度稲積山の方を見た。今度は俺の目にも鳥の大軍が羽ばたいていくのが見えた。近づいてきている。くそ、やっぱり予想が当たってんじゃねーか。当たって欲しくなかったのに。


「叔父上、あの鳥が見えるか?あれが徐々にこちらに迫って来ている。恐らく下には大友の伏兵がこちらに迫っているはずだ。すぐに出陣の準備をしてくれ。急がねば周防介様が危ない」

「本陣の守りはどうなさいますか?」

「兄上は本陣を引き払い小早川に合流する予定だ。農兵たちは兄上に一旦預ける。農兵がいると足並みが乱れるからな」

「畏まりました、すぐに」


式部の叔父上はそのまま駆け出していくと将兵たちに指示を出し始める。俺も兜を被り直し馬に跨った。ふと視線を感じて見下ろすとすぐ側に控える権兵衛は不安そうに俺を見ていた。


「おら、余計なことを言ってしまいましただか?」

「馬鹿を言うな、お手柄だ権兵衛!お前のおかげで負けずに済むかもしれん。金時の名に恥じない働きだ」

「それなら良かっただ!」


本陣内で発言するのは怖かったんだろう、それに権兵衛の一言からこの大騒動が始まっている。責任を感じてたらしい。親父に引き立ててもらって良かった。後は間に合うかどうかだ。焦りが募る。最悪備品や兵糧は放置だな。勿体ないけど負けるよりましだ。


「次郎様、出陣の準備が整いました」

「分かった!これより吉川軍は大友の伏兵から大内周防介様をお救いする!!ひたすらに駆けよ!風のように素早く大内の本陣に辿り着け!大友の伏兵にも吉川の恐ろしさを叩き込むぞ!出陣!さあ走れ!!」


吉川軍が一斉に大内本陣目掛けて走り出す。一緒に戦っていたとはいえ大内軍の陣まではそれなりに距離がある。およそ18町(約2km)位か。間に合えよ、頼む!気持ちが逸るが俺だけ一人駆け出しても何の意味もない。歩兵たちの駆け足に合わせて走り出す。訓練の成果の見せ所だった。吉川兵はこの程度の距離でへばる程やわじゃない。昨日の疲れも残ってはいるだろうが無理をさせるしかなかった。大友だってここまで駆けてきたんだろ?へばっててくれよ。




「大内本陣が見えて参りました!すでに大友軍と交戦しております!押されているようです!」

「崩れてはいないんだなっ?」

「はいっ!押されておりますが、まだ陣を保っておられます!」

「よし!聞いたか皆の者!ここがこの戦の正念場だ!さあ笑え!大友の伏兵を蹴散らせ!はははっ!!」


暫く走った頃、斥候に出していた兵が戻ってきた。大内軍はまだ生き残っているらしい。自分を鼓舞するためにも盛大に笑った。周りの兵たちも、将たちも笑い始める。300人が一斉に笑うと笑い声が戦場でも良く響く。この奇妙な恐ろしさをお前たちも味わえ!


「勢いのままに大友軍に襲い掛かれ!!周防介様をお救いしろ!突撃いぃぃ!!」


大内軍の横を駆け抜け走った勢いそのままに吉川軍が大友の伏兵の右側に殺到していく。意表は付けた筈なのに大友軍はこちらにもすぐに対応してきやがった。くそ、少しは慌てろよ!だが笑いながら戦う吉川軍相手はやり辛いんだろう、どことなく及び腰だ。敵は、敵将は誰だ?


「次郎三!旗はどこの野郎だ!」

「はっ、杏葉紋、戸次丹後守鑑連と思われます!!」

「戸次鑑連だと!?」

「はっ!」


何でここに居るんだよクソが!!お前は肥後に居るんじゃなかったのか!ああもう、めっちゃ会いたかったけど戦場で会いたかった訳じゃねえ。急に怖くなってきやがった。大友一の勇将が相手かよ、来るんじゃなかった。やってやるしかねえか!腹括れ元春!!

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[良い点] ベッキーと血狂い次郎が邂逅しますね〜♪ 軽装マラソン明けのベッキー軍VS連戦及び全力疾走後の吉川軍どっちもクタクタなので痩我慢対決w [気になる点] ベッキーが自身の討死覚悟で晴持の首狙…
[一言] 血狂い次郎と雷神の戦 楽しみです
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