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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文十一年(1542) 大友軍邂逅
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大友の手管

一五四二年  吉川少輔次郎元春



日が暮れ始めたため両軍からは一度引けと鐘の音が知らせてくれる。どうやら初日の戦は終わったようだ。こういう戦場のルールみたいなのが暗黙の了解である。


お互い終始戦い続けることなんて出来ない。前世みたいに街灯があるわけじゃないから夜は月明りと、篝火や松明だけが頼りだ。夜戦っていたら同士討ちも頻繁に起こるだろう。多分そういった都合から出来たルールなんだろう。


それでも夜襲とかで不意討ちとかも普通にあるんだからおかしな話だ。まあ、こうして休めるだけ助かるんだけど。でも警戒だけはしとかなきゃな。うちには農兵もいるんだから無理はさせられない。


初戦は大内・毛利連合軍が終始優勢に進めることが出来たが敵を瓦解させるまでには至っていない。

吉川軍は怪我人はそれなりに出たものの動けないほどの怪我をした者は少なく、死者も数えるほどだった。それでも死者は出る。


怪我人には紫草の粉末で血止めをして応急処置をさせた。あれから毎年決まった数だけ採取して採取場所を維持しながら作ってきた紫根草の粉末薬は常備兵に必ず携帯させている。これがあるだけで怪我の治りが随分違うのだ。これのおかげで一命を取り留めることもある。残念ながら栽培は上手くいっていないため量産とまではいかない。それがなんとも悔しいが仕方ない。


林業に従事する民たちには紫草の特徴を伝えて見つけた場合はその地を保全するように今も厳命しているため採取できる場所は増えている。毛利領内ではある種の禁足地のような扱いだ。


ただ亡くなってしまった兵は何とか遺体を回収することは出来たが持ち帰ることは出来ない。この地に塚を築いて弔うことになるだろう。

状況によっては遺体すら回収できない場合があるのでむしろ運が良かったと言われる始末だ。やるせない。遺髪は弔慰金(ちょういきん)と共に遺族に返されることになる。戦だから仕方ないのだけどそれでも胸が痛む。せめて精一杯戦ってくれた兵士たちが報われるようにこの戦には何としても勝たなくては。並んで寝かされた勇敢な兵士たちが安らかに眠れるようにお礼を言いながら手を合わせた。



主だった将達には特に被害はなかった。孫四郎(今田経高)はいくつもの首級と前線の武将の首を手土産に帰ってきたし初陣の宇喜多勢の4人も無事に首級を上げ平左衛門(宇喜多就家)の初陣に華を飾ったようだ。兵庫(熊谷信直)は上手く宇喜多勢の面倒を見てくれたらしい。


手柄を上げた者たちは手放しで褒めた。「良くやった!」「さすがだ!」「お前に任せてよかった!」こういう時に自分の語彙力の無さが切ない。それでもないよりはきっとましだ。

褒美を今すぐ渡すことは出来ないから一先ず言葉だけ。記録だけはしっかり残しておく。帰ったらしっかり褒美を出すから死ぬなよ。

活躍したのに褒められなかったらやる気も出ないもんな。前世の上司はよく褒めてくれた。その言葉だけで、俺のことを見てくれている。しっかり評価してくれているって安心できたもんだ。部下が出来た時、それを真似したら部下たちもしっかり応えてくれた。この世界でも同じだ。それをこうして今俺がまた実践していることが少し感慨深い。みんな喜んでくれた。初戦で決められなかったのは惜しいが上々の戦果だろう。兄貴に一先ず報告だな。



俺は式部(経世)と次郎三郎(高直)を引き連れて毛利本陣、兄貴のいる陣幕を潜った。戦況の分析をしているようだ。兄貴も三郎もいる。最初に気付いた兄貴が笑顔で出迎えてくれた。身内とはいえ公の場だ。立場は明確にしないと。近づいてくる兄貴に片膝をついて頭を下げた。


「おお!次郎!よく来た。お前たち吉川軍の力凄まじかったぞ。あの大友軍を見事に押し退けていた!さすが私の弟だ!吉川軍のおかげで周防介様は高森城の抑えの兵を蹴散らし兵糧や兵を入れることが出来たようだ。明日からは高森城からも援護を得ることが出来よう。周防介様からもお褒めの言葉を頂いている。吉川の働き、掃部助を見るが如し、鬼吉川の再来であるとな」

「は、兄上。お褒め頂き恐悦至極に御座います。明日戦う三郎の為に吉川兵が頑張ってくれました」


成程、さすが大内の後継者。褒め方もちょっとオシャレだ。過去の偉人、吉川経基公を引き合いに出すなんてよく思いつくな。褒め方すらかっこいいな。俺も真似しよう。それにしても鬼吉川か。血狂い次郎なんかよりかっこいいな。こっち広がってくんないかな。


「さ、立て次郎。最初は心配であったのだがそれはすぐに杞憂だと分かった。安心して見ていられた。お前ももう立派な男になった。…成長したな、次郎」

「…有難う御座います…っ」


そう言って兄貴は俺の肩に手を置いて優しく微笑んだ。武将としてではなく兄としての顔だ。また視界がぼやけそうになる。止めろ兄貴、気を抜いてる時にそんなこと言われたら感極まっちゃうじゃんか。あー、やばい、なんか泣きそうだ。兄貴に認められるのって俺にとってこんな嬉しいのかよ。駄目だ駄目だ。こんな場で涙なんか見せらんない。違うこと考えよ。三郎に話を振ろう。


「三郎、志賀軍は粘るぞ。あれだけ圧しても、ほつれはしたが崩れることは無かった。最初から攻めを考えず守りに徹しているのかもしれん。最初の矢合わせと先ほどまでのぶつかりでかなり被害を与えられたと思うが甘く見ない方がいいかもしんないぞ」

「はい、次郎兄上。元より敵を甘く見るなど致しません。油断できるような立場ではありません。私は私の初陣を飾るために全力を尽くします」

「そうか、頼もしいな。お前には必要ない助言かもしれんが無理だけはするな。弾正(乃美隆興)、内蔵丞(児玉就方)弟を頼む」

「お任せ下さい、次郎様」

「見事三郎様の初陣を飾ってみせます」


三郎に付いている弾正は真剣な目で内蔵丞は猛々しさを覗かせながら請け負ってくれた。弾正はまだ30代程の落ち着きのある目つきの鋭い男だ。内蔵丞は毛利水軍を率いていたせいか海賊感がある。浅黒く焼けた肌と虎髭が勇ましい。どうやら三郎は小早川家でも上手くやっているらしい。二人からは三郎への忠義を感じた。


「それではそろそろ初日の戦況を整理するとしようか。皆、見てくれ」


場の空気を改めるように兄貴が穏やかにそう告げた。陣卓子(じんたくし)の上には簡単なこの辺りの地形が書かれた地図があり大友軍、大内軍、毛利軍、高森城の兵の駒が置かれていた。


「先程も伝えたが吉川軍の攻勢を前に大友軍は守勢に回り、大内軍が高森城の救援を成功させた。これで一先ず最低限の任務は達成出来たわけだ。高森城の抑えの大友兵は蹴散らされたおかげで高森城からも援護を得られるだろう。だがまだ大友軍は健在だ。状況は五分と見ていいだろう。このまま放置するわけには当然いかぬ。退却に追い込む必要がある。先ほど周防介様の使者が参ったのだが陶軍、というより尾張守殿(陶隆房)だな。尾張守殿が意気軒昂のようだ」


そう言ってちらりと兄貴が俺を見た。それで何となく察する。


「儂たち吉川軍には負けられぬ。ですかな?」

「明察だな式部少輔。つまりそういう事だ。陶軍が明日大攻勢に出るだろう。このまま陶軍で勝負を決めたいようだ。全く、困ったお方よ」


場には困ったように苦笑が広がる。どうやら陶隆房は杉伯耆守(杉重矩)への恨みより吉川軍への対抗心、大友軍の撃破に心境が傾いたようだ。このまま吉川軍に嫉妬とかは辞めてくれよ。こちとら争うつもりなんてないんだからな。


「ある意味明日の担当は我々小早川軍で良かったかもしれませぬな」

「そうですね弾正。陶軍が吉川軍に嫉妬から敵愾心を抱かれたら毛利軍全体がやりづらいですからね」

「お、三郎。察しがいいな」

「顔に出ておりましたよ、次郎兄上。すごく嫌そうな顔をしていました」

「あれ、そうか?」

「分かりやすすぎるぞ次郎」


指摘されて自分の頬を思わず撫でた。周りを見回しても皆がくすくす笑いながら頷いた。誰が見ても分かりやすい顔だったのか。無意識に顔を(しか)めていたらしい。気を付けないと。


「だが状況によっては毛利全軍での攻勢も考えられる。陶軍の攻勢で勝敗が決するならば可能な限り大友を削りたいからな。三郎、どうすればいいか分かるか?」

「適度に攻勢を掛けつつ体力の温存、でしょうか」

「正解だ」

「太郎兄上、私は初陣ですよ?注文が多いです」

「初陣のくせに緊張してないお前がよく言うわ」


そうなんだよな、三郎は昔から強心臓というかあまり緊張というものがないらしい。なんとも羨ましい限りだ。俺も緊張しなくなりたい。でもそのおかげで常に冷静でいられる訳だし、史実の隆景だって本能寺の変から風雲急を告げる時勢を読み切り豊臣との縁を繋いだんだからすごいわ。


「大友がどの程度粘れるかは分からぬが明日が勝負となろう。皆百万一心を胸に明日も頼む」

「ははっ」









毛利安芸守隆元



二日目は朝から激戦だった。日が昇り始めた辺りで陶軍が朝駆けを敢行し遮二無二、戸次軍を押しに圧し始めたのだ。戸次軍は堪らず後退。大友本軍も助力して陶軍を攻撃し始めるもそれを阻止しようと大内軍も前進し瞬く間に乱戦の様相を呈してきた。


そんな中三郎率いる小早川軍は対する志賀軍に定石通りに矢合わせから始めてそのまま接近、昨日の吉川軍程ではないにせよ志賀軍を押していた。

三郎は焦ったりしない、私たち兄弟の中で一番小さいにも関わらず一番落ち着いた弟だった。自分の出来ること出来ないことをしっかり認識して無理はせず、出来ることを黙々とこなすことが出来る弟だ。兄弟の中で一番父上に似ていると私は思っている。


昔の私であればそれを羨ましく思ったかもしれない。だが今の私にとって三郎も私も毛利にとっての大事な武器、選択肢の一つなのだと思えるようになれた。きっかけをくれた弟は今本陣で私と一緒に前線を見ている。この弟、次郎は今も心配そうに三郎率いる小早川軍を見ていた。目を離せば飛び出していきそうな雰囲気すらある。常に次郎に従っている次郎三郎や権兵衛には「もし次郎が無茶をしようとしたら身体を張って止めろ」と厳命している。


信頼はしているのだろうがそれでも家族、弟だからと自分の身体を張ってでも守ろうとしてしまいそうな男だ。自分の命より家族の方が大事なのだろう。その家族として大切に思ってくれる次郎の気持ちは嬉しく思うが次郎も今では毛利家の中で重要な立場にある。もっと自分を大事にして欲しいのだが。言っても聞かんのだろうな。昔からそうだ。何度言っても治らない。困ったもんだ。


「落ち着け次郎。三郎には左近も内蔵丞も弾正も付いている。もっと信用してやれ」

「信用はしております、ですが心配なもんは心配なんです。兄上だって心配して無いわけじゃないのでしょう?」

「それは、そうだが。こうして見守ってやるのも私たちの役目だ。三郎が成長出来ぬだろう。いいから座っておれ」

「…分かりました」


やれやれ、ようやく座ったか。それにしても陶軍の攻勢は昨日の吉川軍と比べても凄まじいな。吉川軍は吉川軍で笑いながら戦うという奇怪な恐ろしさがあるが、陶軍は鬼気迫るようだ。恐ろしさの種類が違う。対する敵は憐憫の念すら抱く。だがこれが陶軍だ。この攻勢が維持されれば大友といえど堪え切れぬだろう。そう戦場をみていると突如毛利兵が駆け込んできた。見ると毛利の者だ。一体何があった?嫌な予感が走る。


「急報に御座います!安芸国にて井上河内守(井上元兼)率いる井上党が謀反!現在殿の率いる軍と睨み合っております!状況によっては交戦の可能性も!」

「…おい、今なんて言った?親父は無事なのか?!答えろ!!」



激高する次郎の声を耳にしながら私は目の前が暗くなった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] えー、何があってもってそっちー?www [気になる点] ヤンデレ陶さん本気モードw [一言] はてさてどうなる?
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