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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文十一年(1542) 大友軍邂逅
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安芸の謀略


一五四二年  吉川(きっかわ)少輔次郎(しょうのじろう)元春(もとはる)




新年の挨拶を済ませてからはお袋(美伊の方)と徳寿丸に久々に会いに行った。

お袋も徳寿丸も元気そうだ。特にお袋は史実では後数年後には死んでしまう。可能なら長生きして欲しいので会う度に石鹸で良く手洗いした方がいいと勧めている。それと運動だ。

この時代の身分の高い女性は殆ど外に出ないし運動もしない。だがそれだと健康に良くない。だから会う度に庭に出て歩いた方がいいのだと言い続けている。


お袋は毎回同じことを言ってくる俺に呆れながらも心配されること自体は嬉しいのか手洗いと運動をしっかりしてくれているようだ。これだけでもだいぶ違うと思うんだけど。俺のことを愛してくれている両親にはしっかりと親孝行したいからな。長生きして貰わないと。


親父が毎朝太陽にお祈りというか拝んでいるんだがそれに倣って俺も毎朝祈るようにしている。家族や家臣たちの健康祈願だ。特に前世で信心深かったわけではないし祈れば神様が助けてくれるなんて思ってないが要は自分に対しての戒めというか誓っている感じだ。



徳寿丸も元気そうだ。俺とはあまり似てない。どちらかというと母親似なのだろう。お袋も綺麗だもんな。おっとり目のきれいな顔立ちだ。

この世界では大内家に人質として入っていないせいかずっと郡山城で過ごしていた。俺が強引に初陣を飾ったため徳寿丸も早く元服して初陣したいと親父とお袋を困らせているらしい。今更なんだが徳寿丸は小早川隆景になれんのかな。少し雲行きが怪しい気がする。


実は本来死んでいるはずの小早川中務少輔興景がまだ普通に現役だ。敵対していた沼田小早川家を支配下に置き分かれていた小早川家を統一している。沼田小早川家当主、小早川美作守(みまさかのかみ)正平(まさひら)は出家させられたがすぐにその後死んでしまった。病死とのことだが実際は興景が殺したんだと思う。せっかく統一した小早川の血が他にも残ればいざというとき担がれかねない。血生臭いが当然の処置だと思う。


史実であれば吉田郡山城の戦の後、佐東銀山城を攻めている最中に病に罹り死んでしまう筈なんだがこの世界では佐東銀山城はだいぶ前に俺たちに攻略され発生していない。

興景は親父の兄、興元の娘が嫁いでいるため毛利とは婚姻関係がある。そのおかげで早くから石鹸での衛生改善が行われていたため病に罹らずに史実より長生きしてるのかもしれない。それに娘も誕生していた。これで男が生まれれば徳寿丸は小早川に養子入りする道も無くなるだろう。


興景殿は快男児といった感じの気のいい兄ちゃんなので早死にを希望しているわけではないが徳寿丸が小早川隆景にならないのはしっくりこない。まあ、これも歴史が変わっちまった弊害なんだと思うしかない。毛利は順調に進んではいるのだ。あまり余計なことはしない方がいい。それに小早川隆景という名前にならなくても徳寿丸はいるのだ。


正月に近臣だけを集めての評定というか、あれは何て言うのかな。集会?で一応俺の要望を二つ出した。俺が積極的に出来ることは内政関係だけだ。特に綿花の栽培は何としてもやりたかった。

何年もこの世界を過ごしてきたが寒いし寝辛い。この時代布団て無いんだよな。着物を掛けて寝るだけ。これが本当に寒い。これでもましな方だ。農民なんかは藁に潜って寝たりなんてざらにあるらしいんだから贅沢言うなって話だ。

でもさ、やっぱ気持ちよく寝たいんだよ。温かい布団でぬくぬくやるのが気持ちいいのを知っているせいか本当に辛いんだ。だがまさかの兄貴からのストップが掛かった。


一瞬目の前が真っ暗になった。大人げないが思わず兄貴を恨めし気に睨んでしまう程だったんだが理由を聞いて納得せざるを得なかった。

だって、この時代の綿とか綿布って大半が輸入品なのだそうだ。三河で作られてるんじゃねーのって思ってたんだがどうやら一度廃れて、最近になってようやく栽培法が確立されてきたばかりなのだそうだ。

そしてその輸入を受け持っているのが日明貿易を独占している大内家だ。俺の寒さ対策のせいで大内と今ドンパチやり合うなんて割に合わなすぎる。


こりゃ仕方ねーかと諦めたんだが、更に親父から待ったが掛かった。身内だけで消費する分だけ作っちまおうって。いやー、最高だよ親父。危険かもしれないのにその辺は媚びるつもりがないらしい。俺は脳内でお祭り騒ぎだった。それくらい俺にとって寒さで寝れないのが苦痛だった。だからこの提案には本当に助かった。


もう一つはお茶の栽培だ。これも寒さから来てるんだけど温かいお茶が飲みたいななんて俺の欲望から来ている。それにこの時代、茶の湯が流行るのは間違いないことだ。

だったらそれに先駆けてこの中国地方でも流行らせようと思った訳だ。後は茶器が作れたらいいんだけど中国地方で有名なのは備前焼とか萩焼だ。どちらも毛利の勢力圏から外れてる。広島で焼き物なんて聞いたこと無いしな。きっと焼き物に使える土が取れなかったんだと思う。

だから勢力が広まるまでは先に茶畑作りをしようと思った。勿論作り方なんて知らないからこれも時間を掛けて試すしかない。一応親父には栽培出来る職人が欲しいと伝えはしたけど、見つかるといいな。


そんな感じで毛利家の新年会は終わった。小倉山城に戻っていつもの政務を再開しないと。

最近になってやっと土地の所有者というか領地の仕分けが終わった。宇喜多家訪問から平左衛門との関係も良くなっている。一時はやらかしたと思ったんだがどうやら平左衛門の家族がフォローしてくれたんだと思う。今では平左衛門自身から話しかけてくれることも少し増えたし本当に良かった。このまま何もなく今年も過ぎればいいんだけど。



九州では大内と大友がついにぶつかりだしたらしい。

大内は去年筑前国(ちくぜんのくに)(福岡県西部)の少弐の残党を片付け、少弐家臣の龍造寺や馬場といった国人たちを支配下に収めている。また、肥前国(ひぜんのくに)(佐賀県、長崎県)にまでその支配領域を広げようとしていたのだが、それを快く思っていなかったのが豊後国(ぶんごのくに)(大分県)を本拠とする大友家だ。

現当主は大友修理大夫(しゅりのだいぶ)義鑑(よしあき)で、この男は外征路線を取っていた。それに大友家は九州で最上位の家と自認しているほど誇りが高い家だったため大内の伸長が面白い筈もない。本来の歴史であれば大友家は幕府の力を利用して大内と和睦し肥後国(熊本県)への支配を強化していくのだがこの世界では大友の伸長が著しいため再度大内とやり合うことを決意したようだった。


毛利の存在でだいぶ歴史がずれてきている。毛利は史実よりも確実に大きくなっているがこれ以上に大内の拡大速度が早い。正直毛利の拡大がここまで大内に影響を及ぼすことを全く予想してなかったから少し怖いな、これ。

史実のように跡取りが死ぬこともないから崩れずにこのまま行くとなると毛利は大内と手を取り合って生きていくことも有り得るのかもしれない。今のところ互いに齟齬がある訳では無いし協調路線は上手くいっている。

だが大内家中にも史実のような火種が燻ぶっている可能性はあるのだ。この先何があるか分からない以上何かしら手を打つ必要があるかもしれない。これは親父に相談だな。

まだ上方にはそれほど変化は出ていないが今後、毛利が大きくなるにつれて徐々にそちらもずれてくるだろう。史実の知識はあてに出来ない。ますます気を引き締めないと。






一五四二年  毛利(もうり)右馬頭(うまのかみ)元就(もとなり)



「遅くなり申し訳ございません」


人払いをしていた儂の部屋に一人の男の、声だけが響く。世鬼(せき)長次郎(ちょうじろう)政親(まさちか)

長年儂の影として働いてきた男だ。この男が現在世鬼衆の頭として内外に目を光らせ陰ながら毛利の守護をしてくれている。儂にとっても毛利にとってもかけがえのない家臣となっている。


ほとんど姿を見せぬ寡黙な男ではあるが儂の見えぬ手足となって働いてくれる大事な男だ。

この男には特徴がない。何処にでもいそうな、強いて言えば目が細いくらいか。そんな男だ。またこの長次郎に働いてもらう必要がある。


「いや、儂とお前の仲じゃ。時間など気にしておらぬよ」


儂は机の上にある書状を書きながら姿を見せぬ相手に話し掛ける。人払いをしているとはいえ遠目から見ればただ書状を書いているように見えよう。長次郎の抑揚のない淡々とした声が鼓膜に響く。だが何処から聞こえてくるのか全く分からなかった。床下か、屋根裏か。


「は、忝のう御座います」


「備後の状況はどうじゃ。変わりないか?」


「は。毛利が揺らがぬ限り備後は安泰に御座いましょう。山内を始め、あの地は尼子に好意的ではありませぬ」


「うむ、そうよな。その尼子の状況はどうじゃ?」


「尼子で御座いますが回復はしてきております。ですが敗戦が響いており支配力が各地で低下しております。尼子詮久が上手く家中を纏めたため足元は安定しております。ですので支配力の低下した地に順次兵を送ることとなりましょう。まずは因幡への出兵でしょうか」


「詮久か。あの籠城戦は上手く利用されたのかもしれぬの。やはり経久が死んでも尼子は強敵よな」


せっかく伊予守経久が死んだにも拘らず詮久が上手く立ち回りよった。

今思えば小うるさい存在を消すための敗戦だったのではないかと疑いたくもなる。気の短い愚者かと思うたが評価を下すには早かったか。惜しいの、もう少し力があればあの籠城戦で詮久の首が取れたかもしれぬが。いや、そんなことを考えても仕方あるまい。


「ですが下野守(しもつけのかみ)尼子久幸(あまごひさゆき))を失った新宮党は現在紀伊守(きいのかみ)尼子国久(あまごくにひさ)が息子の誠久と共に引き継いでおり詮久との仲はそれほど上手くいってはおらぬようです」


「ふむ、成程の。繋ぎだけは作っておいてくれるか」


「御意」


とはいえ尼子にもこうして付け入る隙が無いわけではない。いざとなれば新宮党を支援して謀反でも起こさせることが出来れば尼子を二つに割らせることも出来よう。尼子には十分目を光らせておかねばなるまいな。


「小早川はどうじゃ。纏まっておるか?」


「中務少輔、なかなか手際が良う御座います。沼田小早川も纏めました。ですが」


「懸念があるか?」


「は、野心ある男に御座います。今は小早川を統一させ満足しておりますがその後は」


小早川中務少輔興景。我が兄の娘が嫁いでおる、言わば儂の姪婿だった。

頼りになる男ではあった。力もある。従順であればこのままにしておきたかったが吉川家のようにするしかあるまいな。

それに小早川には水軍がある。武田を滅ぼし毛利も水軍を拡大することが出来たが小早川を吸収すれば更に大きく出来る。それに今後、安芸国内で騒ぎが起きるのは好ましくない。ようやく戦の傷が回復してきているのだ。


「毛利に牙を剥くか」


「可能性はあります。近しい者にはまだまだ物足りぬと話しておる様子。尼子に唆されれば乗りかねませぬ」


近しい者か、一体世鬼の人間は小早川の何処まで人を入れているのか。誠に頼もしい一族よな。だが見過ごせぬ事態よ。ことが大きくなる前に片付けたほうが良いかもしれん。もうこれ以上安芸国内での争いはこりごりじゃ。

いや、まだ火種が無いわけではないの。今は大人しくしておるが事が起きれば動きかねん。小早川の件を片付けたのちにそろそろ消すか。


「成程、では消しておくしかあるまいの」


「毛利家安泰のためには致し方ありますまい」


「手はあるか?」


「中務少輔、女遊びが激しく御座います。毒を盛るには好都合かと」


「流石よな、長次郎。頼めるか?」


「御意」


「では取り掛かってくれ」


「は。それと実はお耳に入れておきたいことが…」


そう言って長次郎は重大な情報を齎してくれた。


「なんと。それが誠であるならばこの情報は値千金の情報よ。長次郎、動きがあればすぐに知らせてくれ。いつも感謝している」


「勿体なきお言葉にて。こちらとて殿には良くして頂いております。これぐらいして見せねば。それでは」


そこからすぐに部屋には静寂が戻ってきた。外からは鳥の囀る声が聞こえてくる程だ。先ほどの会話が夢であったような奇妙な感覚にいつも襲われる。


すまぬな、中務少輔、死んでもらうぞ。丁度娘もいる。中務少輔亡き後は徳寿丸を小早川に入れられるように乃美家との繋がりを密にしておかねばな。

確か次郎が言っていた史実とやらでも徳寿丸を小早川に送っていたと言っておったな。ふふ、儂の考えることはどこに行ってもあまり変わらぬな。

だが史実とやらと違い儂は手を汚す必要がある。あの乃美家は小早川家の重臣、しかも親毛利派だ。必ず力となってくれよう。


そろそろ安芸守にも関わらせるか。

手を汚すことも覚えてもらわねばならん。それについにあの家がこちらにも手を伸ばしてきおったか。世鬼衆が気付かねば手痛い目を見ていただろう。どういうつもりか。様子見程度ならばよいが。だがこちらから動かす必要があろうな。この右馬頭、そううまうまとやられたりはせぬぞ。


さて、儂は史実とやらの儂と競争よな。自分と争えるなどそうそう出来ることではない。誠に面白いことよ。まだまだ死ねぬな。






【新登場武将】



小早川美作守正平  1523年生。沼田小早川家当主。本家筋。+7歳

大友修理大夫義鑑  1502年生。大友家当主。九州の実力者。+28歳

世鬼長次郎政親   1503年生。毛利家忍び。世鬼衆の頭。+27歳

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― 新着の感想 ―
[一言] >この右馬頭、そううまうまとやられたりはせぬぞ。 こんなところに駄洒落が!(^^)
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