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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
享禄三年(1530)~天文七年(1538) 幼少期
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現状把握と優しい兄

一五三二年




理解と現状の受け入れに随分と時間を要した。仕方ないと思う。生まれ変わるにしたって普通未来だろう。なんで過去なんだよ。過去への生まれ変わり、この場合は転生?というのか?

よく分からんが生前より前の時代に転生するなんて物語でしか聞いたことがなかった。それにせめて生まれ変わるにしても同じ時代とか未来だろう。まあそんな話があったとしても普通は与太話として聞き流すけどさ。それともこれが普通なのか?本来死んだ人間は過去に生まれ変わらせるようなシステムなのだろうか。変に前世の知識があるせいで生まれたことの喜びよりこれからどうしようって考えがどうしても頭を過る。…馬鹿馬鹿しいな。んなこと考えても詮無いことなのに。


一先ずこうなってしまった以上受け入れるしかない。受け入れたくなくても現状として俺は毛利元就の息子で恐らく吉川元春なんだ。何度夢だと思っても目は一向に覚めない。死んだ記憶自体はある以上、やっぱり俺は死んだんだと思う。その割に知識だけで前世の人生は思い出せないけど。本当に何なんだよ、これ。


それに生まれ変わったことは受け入れたけど俺が吉川元春になる人間だということだけは納得できないし受け入れられない。俺が吉川元春になったせいで本来の吉川元春はどうなってしまったのか。俺のせいで存在しなくなってしまったのか。

そもそも俺が吉川元春な時点で本来の元春なんてはたからいないのか。もし俺がこうして転生してしまった時点で本来の元春が消えちまったんなら俺が殺したと同義なんじゃないか。

もし俺の予想が本当なら申し訳ないどころの話じゃない。望んだわけでもないし、何の因果かも分からない。ただ目が覚めたらこの姿にされた俺は生まれた瞬間人殺しになってしまったんじゃないか。生まれ変わるんならただの農民とかが良かった。


このまま俺が吉川元春として生きていかなきゃいけないのか。ただのその辺の人間なら田畑を耕すなり商売を始めるなりで生きるだけなら問題なく出来ただろう。俺だってこんな気持ちにならず済んだ。

だが吉川元春となればそうはいかない。なにせ毛利両川の片割れだ。いなければ毛利が中国地方の覇者になれない可能性だって十分ある。だが吉川元春に生まれたからってその代役が俺に務まるわけがない。所詮はたまたま生まれ変わっただけの普通の男だ。


そんな俺がいきなり戦場に出て戦国武将みたいに指揮なんて出来る訳ない。人なんて殺せるわけがない。だが出来ないからやらないじゃ、本来の吉川元春に申し訳なさすぎる。くそ、俺が吉川元春としてやるしかないのか。荷が重すぎる。せっかくの新しい人生だったのに。

出来るのか?…いや、やるしかない。俺が吉川元春になっちまってるんだから。本来の持ち主の身体を奪って、多分人生を奪ってしまったんだから。

生前で身に付けた戦国の知識でなんとか吉川元春の名に恥ずかしくない成果をあげなくちゃならん。それが俺のできる吉川元春への罪滅ぼしになると信じてやるしかない。有難いかは分からないがこうして生前の知識だけはある。この知識を駆使して俺は吉川元春の代わりを果たしてみせる。覚悟を決めろ、俺。




そうして無理矢理心の整理をつけた頃には俺は歩けるようになっていた。自分の体のことながら子供の成長は早いもんだと感心した。ただどうしても歩き方がたどたどしい。頭が重くてバランスが取れない。歩き回る練習をしてはこうして自分の部屋に座って物思いに耽る毎日だ。

そうして少しずつこの小さな体を動かしながら圧し掛かってきた自分が吉川元春だという現実をなんとか必死に受け止めると、その吉川元春がどんな人物だったかを整理してみた。俺が吉川元春として生きていくならどんな人物かはある程度把握しておかねえと。



吉川元春は毛利元就の次男だ。

吉川家に養子入りした後、主に山陰地方、(国でいうと因幡国(いなばのくに)伯耆国(ほうきのくに)出雲国(いずものくに)石見国(いわみのくに)丹波国(たんばのくに)丹後国(たんごのくに)但馬国(たじまのくに)(現在でいう島根県、鳥取県、兵庫県北部、京都府北部)の司令官として毛利家の発展に貢献した武将だ。特筆すべき点は直接的な戦では無敗を誇ったことだと記憶している。引き分けは何度かあったはずだがそれでもすごい戦績だ。



そんな武将が今の俺だ。そしてまたその現実に恐れおののく。おおぉ、恐れ多いしぶっちゃけ重荷だ。

現代人感覚の俺が戦に出て、ましてや人を殺すなんて出来んのかな。いや、慣れるしかない。戦国時代で俺は戦国武将になっちまったんだから。でも怖いことは怖い。

そりゃ武将として戦で活躍、前世の吉川元春のように俺が歴史に吉川元春の名を遺すなんて出来たらさぞ誇らしいだろうしかっこいいだろうという思いもなくはない。じゃなきゃこんな血生臭い時代を好きにはならん。ドラマチックだしやっぱりかっこいいって思いが強い。


でもそれはあくまで物語やゲームだったからだ。前世の常識が今もこうしてしっかり残っている俺としては人を殺そうなんて考えたことなんてあるわけないし、それこそ殺されそうになったことも命の危機に瀕したこともない。まあ、病気で死を覚悟はしていたが。そんな現代人が「さあ戦国時代に生まれました。さあ人を殺しましょう」なんて出来たらそれこそサイコパスだ。

考えただけでも背筋が寒い。


じゃあ引き籠るか!と出来ればいいが戦国武将の家に生まれてしまった時点で避けられそうにない。何故ならそれがこの時代の当たり前だからだ。

なんとか出家できればいいんだがそれはかなりの奇跡。家が滅びたり家督争いを防いだり、何か先天的な障害で武士として働けない等の理由がない限り無理だ。今のところ俺は健康そのものだし兄貴である松寿丸は年が離れているし嫡男として育てられている分、俺を担ぐような勢力はない。つまり出家コースはない。

ならば兎に角自分の身は守れるように鍛えることと前線に出ないようにして別の形で名を残せるように努力した方がまだ見込みがありそうだ。俺自身に軍才があるかは甚だ疑問だが。でも身体自体は吉川元春の身体なわけだしワンチャンあるのか?


いや、覚悟を決めたんだ。いつまでも女々しくすんな俺。出来ないなら学ぶしかない。初めてなんだから出来なくて当然なんだ。まだ俺は子供だ。いきなりすべて上手くいくわけない。子供なら子供らしく学んで練習して出来るようになればいい。考えることは出来るんだ。普通の子供みたいに我武者羅にやるんじゃなく一つ一つ考えながら身に付ければきっと有利なはずだ。そういや元春は何年生まれだっけか?今の毛利家ってどんな状況なんだろう。




「さっきから何をそんなに百面相をしているんだ鶴寿?」


「ひゃっ!あにき!?」

いつの間にか目の前には7歳年上の兄、松寿丸が座っていた。さっき考えていた兄貴だ。本当にいつからここに居たんだろう。考え込んでいたせいか全然気づかなかったし変な声が出ちまった。かなり前から俺を見ていたんだろう。そしてよほど素っ頓狂な顔をしてしまったのだろう。兄上が盛大に笑い始めた。つーか、そんなに百面相してたのかな?とりあえず自分の頬を撫でてみた。自覚がないから分からない。



「はー、おかしかった。それで私に気付かず何をそんなに考えていたんだ?」


一頻り笑い終えた兄上は面白い物を見るかのようにニコニコしていたが百面相の理由が気になったのか小さく首を傾げた。



さあ、なんて答えよう。

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