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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文九年(1540) 吉田郡山城防衛
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総攻撃

一五四〇年  毛利鶴寿丸(もうりつるじゅまる)



「では、尼子への総攻撃は年明けに致しましょうか。冬に入り雪が降れば尼子とて兵糧の維持が出来ぬでしょう。ここで押し切り撤退まで追い込みます。毛利家の方々も連日の防衛にお疲れでしょう。それまで英気を養うといい。我等大内軍が暫く尼子のお相手を致します。何も心配は要りますまいよ」


はははっと軽快に笑う尾張守(おわりのかみ)陶隆房(すえたかふさ))に先ほど出迎えた際の狂気はもうない。太宰大弐(だざいだいに)大内義隆(おおうちよしたか))様に関わる全てのことを除けば話せる男なのは間違いなかった。


それでも最初の接触の印象が強いため恐怖が消えないが。俺も挨拶をしたが普通に対応してもらえた。今も大内軍を自ら盾に毛利軍の休息を与えてくれようとしてくれているらしい。


「これはお気遣い頂きまして感謝に堪えませぬ。では総攻撃は年明けに。この辺りは山霧が頻繁に発生致しまする。時期に関しては此方からお知らせ致しとう御座いますが如何か?」


「では時期に関してはお任せ致そう」


「ゆっくりとは出来ぬ正月となりまするが何卒ご容赦下さいますよう」


「なあに、これこそ武士の本懐に御座いましょう。我が主に愚かしくも敵対する餓狼どもにしっかりと躾をせねばなりませぬからな」


「ははっ、毛利も力を尽くしまする」


「我が主、大内太宰大弐様も毛利殿には期待しておられる。存分に励まれるがよろしかろう。共に太宰大弐様の役に立ちましょうぞ。では私はこれにて失礼致します」


そう言って尾張守は立ち上がると側近たちを連れて城を後にしていった。

残された毛利の面々には緊張が解かれたのか深いため息がそこかしこから漏れた。俺も無意識に溜息を吐いていた。表情を隠していたため頬の筋肉が痛い。両手で揉み解していると親父が口を開いた。


「あれが大内の寵臣か。嵐のような男であったわ。周りも苦労しような。少輔太郎(しょうのたろう)毛利隆元(もうりたかもと))から話には聞いていたが実物は相当であったわ。だが能力は間違いなくある。尼子に油断は出来ぬ故見張りは置くが総攻撃に備え兵たちは順番に休ませるが良かろうな」


「あの激しさが戦にも反映するのでしたら恐ろしくなります。少輔太郎様、尾張守はどのような男に御座いますか?」


「太宰大弐様を慕う気持ちが強く、それが何よりも優先される。それ故視野が狭いと思う面が多々あったな。親しい者には優しさもあるが一度敵対すれば決して許さぬ。戦では残忍さも覗かせると聞いたことも。敵対者は全て太宰大弐様の敵なのだ。手加減する必要はないと考えているのだろう。どれもこれもすべては太宰大弐様への思いが起因となっているようだ。欠点のように聞こえるかもしれないがその太宰大弐様を第一と考える尾張守殿は揺らがない。だから太宰大弐様のためとなる戦は恐ろしく強い。もし尾張守殿が崩れる時は太宰大弐様が亡くなるか、関係がおかしくなった場合のみだと思う。可能性は限りなく低いな」


「なるほど」


飛騨守(ひだのかみ)国司元相(くにしもとすけ))が尾張守のことについて兄貴に聞くと兄貴はそう答えた。


その場に居た者たちがそれぞれ顔を見合わせて苦笑いを浮かべている。主君からは絶対裏切らない家臣として重宝されるだろう。それに顔も作り物のように奇麗だった。

だが同僚に居れば間違いなく手に余るだろう。毛利はそこまで家臣間での歪みは()()()()でほぼ発生していない。同僚じゃなくて良かった。そんな感じだ。


「尾張守殿がどんな男であれ味方なれば心強い男ではある。今はそれでよい。では各自城の防衛を維持しつつ休息を取らせよ。良いか、大内の援軍が来たからと言ってまだ尼子が去った訳では無い。油断だけはするまいぞ」


「はっ」


その日はそれで解散となった。翌日、大内軍は昨日に尾張守が言っていた通り尼子の相手をするために陣を移動させる。


吉田郡山城と敵陣の青山・光井山の間には多治比川(たじひがわ)が流れており、その川の吉田郡山城側を堂々と移動を開始した。


尼子軍も矢を射かけて牽制したが川を渡ればそこを袋叩きにされるため止めるまでには至らず、大内軍一万は郡山の西側、尾根で繋がっている天神山(てんじんやま)にそのまま陣を建設。まさに吉田郡山城を守るかの如くの様相に城内からは感嘆の声が漏れるほどだ。


これにより尼子はさらに攻めづらくなったようで小競り合いも数えるほどになり川を挟んでの睨み合いが続くようになる。そしてそのまま年が明けた。本来ならば新年を迎えられたことを祝うが今はそれどころじゃない。


だがさすがにそれは味気なさすぎるだろうと少量の酒や残っている鶏なんかが振舞われた。


この籠城戦では民の間でも度々鶏が振舞われている。最初は民たちも鶏に拒絶反応を見せて手を付けなかったが、毛利上層部が全員食べていること、食料に限りがあり贅沢を言っていられない状況なこと、天罰を信じていたのに一向に天罰は訪れず、むしろ今の戦で善戦するほどだったことで天罰は無いのだと理解が得られたことで民たちは普通に鶏を食料だと認識してもらえたのは本当に助かった。これで多少は栄養が改善されればと思う。


そしてついに山霧が明け方から発生し始めた。その霧は徐々に濃くなり視界の景色を白く染める。親父はすぐさま三郎右衛門(さぶろうえもん)児玉就忠(こだまなりただ))を派遣した。


青山に陣を敷いている吉川や沼田小早川などへの攻撃許可と、尼子本陣からの横槍を牽制してもらうためだ。尾張守はすぐさま了承。いよいよ総攻撃が行われる。出陣前、親父はもう一度民たちを一処に集めて声を上げた。


「此度の戦にて、尼子を安芸国より追い出す!総力戦となろう。思い返せば皆に随分と無理を強いた。だがこうして尼子勢を跳ね返すことが出来たのは其方たちが我らに力を貸してくれたおかげだ。この右馬頭元就、感謝しておる!」


親父はそう言って頭を下げた。武士が兵たちや民に頭を下げることは滅多にない。それだけにこのお礼の一礼に民たちは息を呑んだ。そして次々と声が上がる。


「殿様!頭をあげて下せえ!」


「そうだ殿様!」


「俺たちは大したことはしてねえ!殿さまの元で暮らしたいからこうして必死にやってきただけだ!」


「おらたちこそ感謝してます!!」


民たちの声は徐々に大きくなり俺たちの背中を後押ししてくれる。親父も感極まったように一度天を仰いだ。


「…ありがとう。其方らありがとう!これから我らは撃って出る。だが、この攻撃には其方らの協力なしには成功せぬ。すまぬ!毛利の民たちよ!儂に最後に力を貸してはくれぬか!」


「最後まで付き合いまさあ!」


「そうだそうだ!俺たちが役に立つなら使って下せえ!」


「其方ら、済まぬ!其方らの主として私は誇らしく思う!」


そうして親父は動ける民たちに偽兵を依頼した。この出陣は毛利の全軍が行う。吉田郡山城がもぬけの殻になってしまうのだ。だがそれが尼子にバレてしまえば逆撃を受けて城が取られてしまう。

だから兵数を誤魔化すために民たちに旗を持たせて兵がいるように見せて城の守りが固いのだと騙すことにしたのだった。


「立ってるだけならお安い御用でさあ!」


「万が一尼子に攻められるようなら返り討ちにしてやりますぜ!」


「わはは!そうだそうだ!尼子は返り討ちだ!」


空元気なのは明らかだった。なにせ民たちは慣れない籠城戦でかなり疲弊している。それでも毛利軍の心配にはなるまいと強がって見せてくれているのだった。

その健気な姿が嬉しく頼もしかった。親父が長年善政を敷き、俺の案を兄貴たちが形にして暮らしを豊かにし始めていた。だからこそ民たちが応えてくれたのだ。視界が滲んでいく。


「泣くな、鶴寿丸。笑って応えてやれ」


「兄貴だって、泣いてんじゃんか」


「うるさい」


隣にいた兄貴に肘で小突かれた。互いの目には涙が滲んでいるんだろう。急いで袖で拭って二人で笑った。これで尼子との勝負を終わらせる。掛け声は出せない。これは奇襲になるから準備は静かに行われた。民百姓は旗指物を持ち曲輪にそれぞれ立ち、大手門が静かに開かれると全軍が出陣した。








一五四一年  (すえ)尾張守(おわりのかみ)隆房(たかふさ)



毛利軍が青山へと攻め入ったようだった。毛利はひたすら引き籠もり大内軍を待つのではなく積極的に打って出ては尼子軍に攻撃を加えたらしい。小勢にしてはやるものだ。


だが城下町はかなりの部分が燃やされたのか痛々しい姿であった。太宰大弐様を尼子から守る壁。それが毛利の役割だった。その必要性が私には分からない。


だが大内を頼り、分を弁えたその姿には好感を覚えた。嫡男を人質としたのだ。

その覚悟を天晴と思ったものだ。そして送られてきた少輔太郎隆元殿。


あれもとても良い。なんと言っても立場をしっかり弁えており出しゃばらないあの態度は大内にはあまり見ない類の人間だ。少なくとも私を含めた各家は常に武功をあげようとするのが普通だ。


九州の少弐のような小勢を相手にするならば、私を尼子に対させて欲しかった。そうすれば蹴散らせる自信があった。そのほうが武功も上げられ殿の覚えもさらに目出度くなるだろう。


だがその案は認められることがない。私を大事に思ってくれていることは嬉しかったが私は殿の御役に立ちたかった。殿を妨げる不埒者(ふらちもの)を血祭りにあげたかった。

だがようやくお役に立てる。尼子、所詮は京極家臣であった成り上がり者よ。


大内の戦でもって雲州の狼どもに立場の差を理解させねばならぬ。牽制をと毛利殿は望んでいた訳だが牽制するまでもない。私も光井山の尼子本陣に攻めかかってくれよう。


「内藤殿、軍を分けて、私は別動隊を率いて光井山の裏から攻めようかと思います。どうでしょう?」


「ふむ、そうだな。儂も退屈しておったところだし前後から共にどちらが先に本陣に迫れるか競争しようか?」


「ははっ、それは面白い。内藤殿、負けませぬぞ?」


「はっはっは!まだまだ若造には負けぬわ!」


「では私は出陣致します。お互いにご武運を」


私の提案を快く受けてくれるどころかこのように面白い提案をさらりとして下さる。

内藤(ないとう)下野守(しもつけのかみ)興盛(おきもり)殿、齢四十を過ぎたにもかかわらずなんとも茶目っ気のある御仁よ。この方に若造扱いされても嫌な気分にならぬ。実力自体を認めてくれているからであろう。


今回の総大将を私に推してくれたのも内藤殿であった。そして此度も共に出陣してくれている。内藤殿は少輔太郎殿を気に入っておったからな。当然か。さて、では出陣するか、この勝負負けられぬ。兜を被り緒を締めている最中に伝令が入ってきた。


「伝令に御座います!長門より我が大内家の別軍が尼子領に出陣致しました。大将は吉見(よしみ)式部少輔(しきぶのしょう)正頼(まさより)様に御座います!」


・・・よしみ?今吉見といったか?吉見だと?吉見式部少輔正頼だと!?


瞬間に殺意が頭を占め始める。

ああ、殿!尼子との戦は私に任せて下さったのではないのですか!私に任せると!大内の武名を轟かせよと仰っていたのに!!ああ、しかも選りに選って吉見とは!何故ですか殿!私の晴れ舞台に吉見などを入れるなんて!吉見は我が祖父を騙し討ちした家では御座いませぬか!それなのに何故!何故私の戦に吉見などを参加させるのです!!忌々しい吉見など使わずとも私がいるではありませぬか!私に尼子を任せて下されば、任せて下されば!

ああ、ああ、いけない、こうしてはいられない。早く尼子を打ち倒し石見の地でも私が活躍せねば!!殿のご寵愛は私だけのモノ、私だけのモノなのだアァァァァァァ!!


「待て!尾張守!落ち着け!!尾張守を一人で向かわせてはならぬ!!追え!追えっ!!こうなっては奴は止まらぬ!このまま尼子へ向かうのだ!!」


内藤殿が何か言っているが今はそれどころではない。駆けに駆け、尼子を討ち果たして石見に向かわねば。ああそうだ、吉見などに我が晴れ舞台を汚させはしない。見ていて下さいませ殿!この隆房が、全て総て平らげまする!!ああ、見ていて下さいませ太宰大弐様!私が一番、貴方様の役に立つのです、そうでしょう、殿?そうでしょう太宰大弐様!?





【新登場武将】


内藤下野守興盛  1495年生。大内家重臣。家中随一の大身。+35歳

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