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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
享禄三年(1530)~天文七年(1538) 幼少期
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生まれ変わったその先で

この度、初めて小説を書かせていただきます。拙い書き物ではございますが、読んでくれた方が楽しんでいただければ幸いです。

この小説では不明な幼名などは、その武将の息子などから引っ張て来ております。もし実際の幼名と別であった場合はご了承ください。それを含めて史実と違う箇所が出てくることございますので含めてご理解いただければと思います。

一五三〇年




眼が覚めた。そう、眼が覚めたのだ。

そして、それはおかしいことに気が付いた。なぜなら俺は死んだと認識していたからだ。死んだのに眼が覚める訳がない。残っている最後の記憶はピーと鳴り響く心電図の機械音。それを確かに耳にしながら自分の意識がプツンと切れるのを感じたのだ。

だが今は途切れたはずの意識はしっかりとしており止まったはずの心臓の鼓動の音がやけに煩く聞こえた。


すわ、これが天国か!と考えたが神様仏様はおろか三途の川も閻魔様も見た記憶はない。では死にそびれたのかと思ったがそれも違うような気がした。いや、そもそも俺は本当に死んだのか?思い出そうとしても生前?の俺の記憶というかどういった人生を歩んできたのかが思い出せない。


これはどういう事か、と頭はパニック状態で必死に周りを確認しようとしたら新たな情報を手に入れた。だがそれは嬉しくない情報だった。


目が見えないのである。いや正確には明るい暗い程度は分かる。逆に言えばそれしか分からない黒と白の世界。見えないというよりぼやけて見えると言った感じだ。


さらにパニックだ。どうやら俺は目が見えなくなってしまったのか。急いで助けを呼ぼうとしたが助けを呼ぼうにも「アー、ウー」としか発音できない。舌がうまく動かない。そしてその声も赤ん坊のように高くそしてくぐもって聞こえた。



そう、そうだよ。ようやく察した。赤ん坊なんだ。


いや、ちょっと待ってくれ。赤ん坊ってどういうことだ?要するに生まれ変わったってことか?

確かに生まれたばかりの赤ん坊の目は光にしか反応できないはずだ。それならば今のこの目が見えない状況も理解が出来る。納得は出来ないが。


手足を動かそうにもなかなか思ったように動かず、やっとのこと動かしてもその動きはすごく鈍い。力は入らないし動かしてもわちゃわちゃとしか動かない。そして当然だが短くなっていた。

すぐそこにある掌の感覚がすごく不思議だった。自分が今まで意識していた長さよりもはるかに短く緩慢な動き。うまく動かすことが出来ない不自由さは驚きだ。赤ん坊の身体ってなんて不自由なんだ。


明確な意識を持っているのに動けないもどかしさは病院のベッドの上で十分に味わったのによ。まあ、赤ん坊の生活を経験し、しっかり記憶したのは恐らく俺が人類初めてじゃねーかと思った。


…いや、今はそんなことどうでもいい。信じがたいことだが俺は新しく生まれ変わったのかもしれない。信じられないがそれ以外に自分が納得出来る答えが見つけられんし。いやでも訳が分かんねーぞ。そんなことってあるのか?



そもそも赤ん坊ってこんなに思考することって出来るのか?俺がおかしいのかこれは当たり前なのかが分からない。


生前?でいいのか分からない記憶に残っている情報では前世の記憶を持った子供の話があるが、つまりそれと同じことなのだろうか。ただ、前世の記憶持ちの子供は成長するにつれて前世の記憶を失うようなことを言っていた。つまり俺は消えるのか。ふむ、分からん。でも消えたくないな。せっかく生まれ変わったのに。生前は苦しかった、気がする。


病院に居た記憶はあるからおそらく病気で敢え無く死んでしまったんだろう。人生を振り返ることが出来ないから何とも言えないけど。




そういえばここは何処なのだろう。俺はちゃんとした場所に生まれ変わることが出来たのだろうか。心細い。なんとかして確認したいが目も見えないし動けない、確認する手段がない。


そしてどうやら赤ん坊の活動はそろそろ限界を迎えるようだ。意識とは別に身体が眠気を優先しようとしているのが分かった。もう少し情報を。そう願いながらも抵抗は空しく俺の意識は再び途切れてしまった。そしてこの意識とは別の睡眠はしばらくずっと続いた。












そうやってひたすら考えるだけの日々を過ごしていたまたある日のことだ。ドスドスと複数人の足音が聞こえた。こちらに向かってきているらしい。


赤ん坊なので当たり前だが暫くは食っちゃ寝食っちゃ寝の生活を繰り返してきたがそこで分かったことはどうやら俺が生まれた家は人が多い、ということだ。今もそうだが人の出入りが明らかに多い。俺が生まれた家は大家族なのか?


美伊(みい)よ、息災か」


襖の音なのだろう。スッと滑る音と共に涼やかな声が聞こえ誰かが入ってきた。足音は複数聞こえたのだが入ってきたのは一人らしい。


「はい、私も鶴寿丸(つるじゅまる)も健やかに過ごさせて頂いておりますわ」


「うむ、ならばよい。ほれ、久しぶりに鶴寿丸を抱かせてはくれぬか?」


「ふふ、殿は本当、御子がお好きですね。松寿丸(しょうじゅまる)の時を思い出します」


「当然であろう。愛する其方が産んでくれた大事な子ぞ。子は宝じゃ。其方が産んでくれたならば猶更な」


「まあ、お上手だこと。ふふ、さ、鶴寿丸。其方の御父上ですよ」


そう言って今まで俺を抱いていた女性は満更でもなさそうに楽しげな笑い声を漏らしながら、今入ってきた男性に俺を大事そうに手渡した。この二人がどうやら俺の今世の父と母ということらしい。


姿はまだはっきり見えないが父親は先ほどまでの凛とした涼やかな声が鳴りを潜め柔らかな声色であやしてくれる。聞いていると落ち着く声だ。聞いているとすごく安心する。


だが武骨な筋肉質の腕は少々居心地が悪いな。なんつーか収まりが悪い?みたいな。ちょっともぞもぞする。父親はこうして会いに来るたびに可愛がってくれているけど、如何せんこうして来てくれる頻度が少ないため抱くのが慣れてない。


忙しいのだろうか?母親に抱かれている方が慣れている分居心地がよかったんだけどな。


だがここで泣いては父親の印象が悪くなる。何も出来ない今の状態で虐待なんてことになったら堪らん。最近身に着けた笑顔で抱っこしてくれている父親に微笑んでみた。可愛がって貰えるように媚びは売っておかないと。家族は仲良くいてこそだ。


「おお、笑っておるわ。鶴寿丸、(わし)が父だぞ、鶴寿丸」


ふふふ、こうして父母に媚びて仲良し作戦だ。家族は仲良く過ごすことが一番だろう。


それにしても月日がそれなりに経ったせいか耳はよく聞こえるようになったのは良かった。未だに色の識別が出来ず目がうまく見えないがこれは赤ん坊特有のもんだから仕方ない。耳が聞こえるだけでだいぶ情報が集めやすくなった。


それで分かったことは俺の名前が【つるじゅまる】という名前だということだ。随分古風な名前だ。


そして父が【しょうのじろう】、母が【みい】である。これまた変わった名前だな。ただ父は【との】とも呼ばれている。とのって殿ってことかな。母親はおかた様とも呼ばれているし。お方様かな?まるで戦国時代みたいだ。


そういえば記憶がない割にこういう事はポンと出てくるな。中途半端な記憶だ。まあ、なんも分からないよりマシだな。そう思う事にしよう。


いったい今はどんな時代なのだろう。殿だのお方様だのどっかの社長みたいな偉い人がわざとそう呼ばせてんのかな。それとも未来の世界は古風な名前ブームなのだろうか。


最初は変だなあ、位にしか考えていなかったが徐々に入ってくる情報に俺は笑えなくなってきた。そのうち【おおうち】や【あまご】という名字が飛び出す。


そして長門国(ながとのくに)出雲国(いずものくに)石見国(いわみのくに)と次々出てくる国名は明らかに明治以前の地名だ。


この辺から俺の笑みは硬さを帯び始め、極めつけは母親である美伊と話していた際に出た父親のこの発言だ。


「この吉田郡山(よしだこおりやま)城であれば尼子が攻めてきても守り切れるであろう。我ら毛利が籠城を崩さずおれば大内の左京大夫(さきょうのだいぶ)様が援軍を差し向けてくれるであろうしの」



この発言を聞いた瞬間全てが繋がり笑みが消えた。


俺の記憶に残った知識は戦国時代が好きだったみたいでかなりその辺の知識は蓄えられている。なまじ前世で戦国時代を好きだったらしいせいで嫌でも理解できた。出来てしまった。


大内に援軍を請うことができ、尼子と戦う吉田郡山城に住まう毛利家の少輔次郎という人間など一人しかいないのだ。



戦国時代最高の知将、謀略の神とまで謳われた「毛利元就」戦国時代に中国地方を一代で制覇した男だ。それが俺の父親!?


そしてこの瞬間自分が何者なのかを理解せざるを得なくなった。

毛利元就の息子であり鶴寿丸といえばこれも一人しかいない。つまり俺は毛利家無敗の猛将「毛利の両川」の片翼である【吉川元春】その人であるということか…!?




その瞬間、俺の幼い頭はショックを受けたのか処理不全を起こして眠ってしまうのだった。

ちくしょう、どうなってやがんだ!!



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