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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文九年(1540) 吉田郡山城防衛
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毛利の逆襲

一五四〇年  毛利(もうり)右馬頭(うまのかみ)元就(もとなり)




「やはり焼いてきましたな」


「うむ、尼子(あまご)三郎(さぶろう)詮久(あきひさ)。若いのう。齢二十の半ばであったかな?酷薄さは変わらぬようじゃ。戦には強いが大将の器ではないの」


「ですがそれだけ毛利に対する敵意があるということですぞ、侮れませぬな」


「城の攻略が一向に進まぬ故、焦っておるのだろう。国人毛利、小国毛利と侮るからよ。今更本気を出したところで高が知れておるわ。それで上野介(こうずけのすけ)志道広良(しじひろよし))。大手門はどうじゃ?」


「痛んできてはおりますがまだまだ。問題御座いませぬの」


「重畳、さすがは飛騨守(ひだのかみ)国司元相(くにしもとすけ))よ、やりおるわ。・・・ん?」


執務室で上野介と話していると廊下から荒々しい足音が近づいてきている。一つ、いや、二つか?すぐに襖の開く音が響きそこには少輔太郎(しょうのたろう)毛利隆元(もうりたかもと))と鶴寿丸(つるじゅまる)が立っていた。二人とも表情には険がある。なる程、城下の件であるかな。


「少輔太郎様、鶴寿丸様、無礼ですぞ」


息子たちの怒りを感じ分かっているにも関わらず礼儀の注意か、ふふ、相変わらず口うるさいの、上野介。注意された二人の表情も余計に険しくなるが耐えたか。わざわざその場に座り挨拶した。全く、儂の息子達は揃いも揃って素直よな。まあ、ここで逆上する様な無様な姿を晒さなかったのは合格じゃな。


「父上、失礼致します」


「うむ、入れ」


許可を出すとすぐさま部屋に入ってきて儂と向かい合うように二人が腰を下ろした。代わりに上野介が一歩下がるようにして控えに回る。うむ、二人ともよほど腹に据えかねているようじゃ。何を言い出すかは見当が付いてしまうの。


「父上、城下に火が放たれました。尼子の悪逆非道、許せませぬ!即刻城下に攻め入り尼子兵を蹴散らしましょう!」


「親父、俺も出陣させてくれ!あんな様子を見せられて黙ってられねえよ!」


若いのは儂の息子たちもか。尼子三郎の事は言えぬな。

やれやれ、あの火攻めは挑発であると冷静になれば分かろうものだが。焼かれたのが城下であれば致し方あるまいか。少輔太郎は大内に行く前は政務に力を注いでいたからな。思い入れは特別にあろう。だが鶴寿丸もか。あれほど戦に怯えていたのにの。鶴寿丸には悪いがよい傾向じゃな。

頭崎城の戦に連れて行って正解だったの。少しずつ慣れてきておるようじゃ。


「落ち着け、太郎、鶴寿丸。其方(そなた)らの怒りは分かる。大事な町を焼かれ、腸が煮えくり返る思いは儂も同じじゃ。じゃがこれは尼子の挑発じゃ。其方らにも分かっていよう?」


「だがよ親父!」


「ですが父上!」


「今一度言う、落ち着け」


言葉は違えど反応は同じか、やはり兄弟よの。鶴寿丸なんぞは前世の記憶があるのは本当であろうがまさしく毛利の子よ。少輔太郎と同じ顔をしておるわ。


挑発であることは息子たちも分かっているのだろう。言葉の勢いが弱くなった。だがやられっぱなしが我慢ならない、そんなところか。感情に任せてはそれこそ尼子三郎と同じ、息子たちに同じ(てつ)は踏ませられぬ。


それにしても尼子三郎、惜しいの。父の民部少輔(みんぶのしょう)尼子政久(あまごまさひさ))殿が生きておれば今も伸び伸びと生きていられたろうに。焦らずゆっくりと当主としての薫陶を受けられたろうに。焦りと当主の重圧が重かろう。

儂も長生きせねばならぬな。頼もしくなったとはいえ少輔太郎にも当主の座は重かろう。いずれは息子たちも重荷を背負う事にはなろうが今ではない。可愛い息子たちに無理をさせたい親などおらぬからな。


「良いか。今、敵は大手門を突破出来ず苛立っておる。それはそうじゃ。格下と侮っていた我々毛利に今のところいい様にあしらわれているのじゃ。大国の当主として我慢ならぬであろう。儂らが尼子を追い詰めておるのよ。痛快ではないか。我らが尼子を翻弄しておる。時間が掛かれば掛かるほど大内の圧力は強まり余裕がなくなる。いずれ援軍も発つ頃じゃろう。じゃから尼子はその前にけりを着けたいのじゃ。今、この挑発に乗れば必ず逆撃を受けるぞ。こうして互角に戦えているのは堅固な城に籠っているからじゃということを忘れるな」


「我々は城下が焼かれている様子を見ているしかないのですか?」


「ふふ、誰が見ているだけで良いと言った?儂は言ったぞ、今、この挑発に乗れば、と」


「…ははっ、殿は本当に人が悪い」


「?」


上野介は察したか。いや、同じことを考えていたのだろう。笑みには悪意が覗いている。全く、悪いのは儂だけではなかろう。息子たちは冷静さを取り戻してきてはいるがまだ察せぬか。首を傾げておる。


「分からぬか?このまま挑発に応じず城に引き籠れば尼子はこう思おう。街が焼かれても打って出ることすら出来ぬ臆病者、やはり毛利は大したことはないと。まあ、強がりじゃろうが武士とはそんなものよ」


「なるほど、敵の警戒が弱まった時こそ我らが一気呵成に攻め立てれば!」


「そうよ、太郎。その時こそ、其方らの怒りをぶつける時よ。分かったな、太郎、鶴寿丸。その時はそう遠くない先に必ず訪れる。今はその怒りを溜めておけ。良いか。ただ我武者羅(がむしゃら)に戦うだけが戦ではない。いかに敵の裏をかき、陥れるかが大事よ。敵対する者たちに計略を、調略を掛け続けよ。謀り続けた先に勝利があり、怠った先には負けがある。良いな、太郎、鶴寿丸。これが毛利の戦と心得よ」


「はっ!肝に銘じて今後の糧と致しまする」


「うむ、納得したならば今日はもう休め。明日もまた同じように尼子は街に火を入れるであろう。儂の言葉を思い出し無茶をしそうな者がいれば宥めよ、無理をするのは今ではないぞ」


「分かりました、お休みなさいませ、父上」


「ああ、お休み。太郎、鶴寿丸」


そう言って二人は下がっていった。表情には穏やかな色が戻っていた。もう大丈夫だろう。それにしても若さか、眩いの。


「血の気の多さも若さでしょうな、羨ましくなります」


「はは、上野介も七十か。この戦が終わったら隠居するか?」


「なんの、まだまだこれでも若いつもりですぞ。なんなら奇襲の際は儂も出陣致しますかな?」


「こやつめ、ぬかしおるわ。はっはっは!」



二人の笑い声が部屋に響いた。城内の雰囲気は悪くない。物資が潤沢にあり息子たちが積極的に交わっているおかげだろう。儂には手の回らぬ部分を補ってくれている。まだまだ耐えられる。尼子よ、見ておれよ。









湯原(ゆはら)弥次郎(やじろう)宗綱(むねつな)




こんなことをしていて意味があるのだろうか。

馬上から、兵士たちが家屋に火をつけて回っているのを眺めながら溜息を吐いた。最初に火をつけてから既に十日は経った。そして雨のたびに中断し、雨が止めばこのように暇つぶしをするかのように火をつけて回った。


何度となく攻め入ってもびくともせぬ毛利の吉田郡山城。正直あれほどの堅牢な城だとは思ってもみなかった。あらかじめ準備をしていたのだろう。日を無駄に消費するばかり、怪我人は増えるだけでまともな成果は上がらなかった。三郎様は本当にこのままで良いとお思いなのだろうか。



軍議が開かれるたびにその場の空気が悪くなっていく。殿、三郎様のご機嫌も斜めの様子。

そんな時に提案されたのが城下の火攻めであった。正直気は進まぬ。この地は尼子が支配するのだ。わざわざそこの民の怒りを買ってまで行う必要があるのか。だが殿は命令された。

当然民の怒りを買うことに関して諫言はあったが「ならば他に城を落とす手立てがあるのか?」と問われれば閉口するしかなかった。


だが実際に火攻めが行われても毛利が城から出てくる様子はない。まるで亀が甲羅に籠り自分の身を守るかのように毛利には動きがなかった。

楽観した者たちは「毛利は臆病者、我らとの戦から逃げるしか能がない」と笑いながら罵っているがそうではない。思い通りに事が進んでいないのは我々尼子の方だ。

早く落とさねば大内が軍を引き連れて来るだろう。なのに…。焦りばかりが募る。無意識のうちに握っていた手綱を引いてしまったのか、乗っていた愛馬が振り返ってきた。すまぬな、と首筋を撫でてやったが焦りが消えるわけではない。また溜息が出た。


いくら燃やしたところで毛利は出てこない。既に兵たちは意味のない放火に辟易としていた。これで街の中で金目のものや食い物があればまだ変わっただろう。

だが城下の家屋には丁寧に価値のありそうなものが消え失せていた。これが余計に兵たちのやる気を損なわせた。兵たちは乱取りが出来ると思っていたのだ。浅はかではあるが兵たちもそれが稼ぎとなるのだから必死だ。それが出来ず倦み始めていた。


「て、敵襲だぁぁぁ!!!敵が来たぞ!!」


大音声の声が響く。

何事だ!まさか!そう思って声のする方に視線を移せば言葉の通り敵の旗がはためいていた。だがこの戦場では見覚えの無い旗だ、くそ!いったいどこの旗だ!毛利ではないのか!どこから湧いて出た!そのまま奇襲を受けた、ドンッと兵たちがぶつかる激しい衝撃が響いてくる。浮足立った我が軍には堪え切れぬほどの衝撃だった。じりじりと押されていく。このままではまずい。これだけで勝負を決められる恐れもある。急いで声を張り上げた。


「落ち着け!皆落ち着いて固まるのだ!!敵は大した数ではない!落ち着け!」


大声を張り上げて周りにいた兵たちに声を掛けるが予想以上に混乱が酷い。愚かな、気を抜いていたのは我もであったか。だがここで負けるわけにはいかぬ。

声を何度も張り上げたおかげか徐々に落ち着きを取り戻し兵たちが集まってきているがおそらく五百もおらぬだろう。千五百もいたにも拘らずこの体たらくか!だが仕方あるまい。せめてほかの味方兵が逃げられれていれば良いが…。


「円陣を組め!槍を突き出し敵の接近を許すな!押し返せ!突け!突け!!」


何とか撤退しようと応戦しながら徐々に後退する。本陣までがやけに遠く感じる。周りの兵たちは懸命に戦っているが徐々に削られていく。勢いは明らかに向こうが優勢だった。持っていた槍を突き出す。刺し殺す。

くっ、敵の勢いが強い!だがここを耐え凌げば必ず巻き返せる。突然現れたのだから恐らくそれなりに無茶な行軍をしてきているはずだ。


「徐々に後退するぞ!慌てるな、じきに味方の援軍が到着する!!奮戦せよ!毛利の亀を押し返せ!!」


どれほどの時間が経ったか分からぬ。だが、よし。少しずつだが敵の勢いが弱まっている。数はおよそ三百程か。

大丈夫だ、落ち着いて対処すれば捌けぬ兵数ではない。此方の方が数は多いのだ。焦ることはない。声を張り上げて味方を鼓舞する。もうすぐだ、もうすぐ援軍が来るはずなんだ!切り抜けられる!


「うわあぁ!!!敵の伏兵だあぁぁ!!また来たぞ!!」


何だと!?刺し殺した敵兵から新たな援軍の方に視線を移す。同じく三百程の新手がこちらに迫っていた。背筋に嫌な汗が流れていくのがはっきり感じ取れた。毛利、これほどか!!くっ、これ以上は支えきれぬか!周りの兵の士気がみるみる下がっていくのが分かる。絶望に染まり死の足音が迫っているのを肌で感じた。このような場所で我は死ぬのか。これが油断した者の末路か。


「ええい!まだよ!諦めてはならぬ。我に続け!敵陣を突破する!!掛かれ!掛かれぃ!!」


無数に群がる敵兵目掛けて槍を掲げる。槍先には尼子の旗がはためいて見えた。あそこまでたどり着ければ。(あぶみ)に力を入れて馬腹を蹴った。その直後、目の前には一本の槍の穂先が迫ってきていた。



湯原弥次郎宗綱  1510年生。尼子家臣、母は尼子国久の娘。+20歳

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