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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文八年(1539) 初陣
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佐東銀山城の戦い、初陣の結末

一五三九年  毛利(もうり)右馬頭(うまのかみ)元就(もとなり)



「今、何と言った?」


「はっ?あ、いえ、ですからこれより我が鶴寿丸(つるじゅまる)様の部隊は殿の命により搦め手より奇襲を決行すると」


「儂はそんな指示など出してはおらん!どういうことだ!?」


「そ、そんな!?鶴寿丸様が確かにそう仰ったのです!」


「あの(たわ)けが!」


思わず座っていた床几(しょうぎ)を蹴っていた。いかん、落ち着け。今は鶴寿丸への怒りよりも対処を優先せねば。怒気の籠った荒い呼吸を落ち着かせるように深く息を吸い込んで吐いた。

それにしても何という事をしてくれた。馬鹿息子が抜け駆けした。あれほど無理はするなと言ったのに鶴寿丸にはなに一つ届いてはおらんではないか!

次郎三郎(じろうさぶろう)熊谷信直(くばがいのぶなお))も刑部大輔(ぎょうぶたいふ)口羽通良(くちばみちよし))も何故止めぬ。ああ、だから鶴寿丸は儂の名を出したのか。儂の命令ならば次郎三郎も刑部も(いぶか)しんでも実行することを選ぶだろう。次郎三郎が決断したならば刑部も否やはあるまい。くそ、まったく何をしておる!今は毛利の支配を強めている最中ぞ!その息子が身勝手な行動をしては示しがつかぬではないか!


だがこうなっては致し方ない。起きてしまった以上最大限に利用しよう。息子でさえ指示に従わねば罰せられると内外に示す好機とする。家中にその事を理解させるのだ。その為にもあの大馬鹿者の奇襲を成功させるようにこちらも援護しなければならん。何を焦っておるのだ鶴寿丸。お前はそのような子では無いだろう。何故焦る。お前は普段から飄々としている男ではないか。初陣とはいえこうまで乱れるものか。



「いかが致しますか、殿」


弥三郎(やさぶろう)宍戸隆家(ししどたかいえ))か。是非もあるまい。今更止めることは(あた)わぬのだ。なればその奇襲の成功されるために我らが確と敵の注意を引き付けるしかあるまい。休んでいる部隊も起こせ。総攻めを開始する。皆、馬鹿息子の為に迷惑を掛ける」


先ほどまで話していた面々に深く頭を下げた。今は頭を下げることしか出来ぬ。そこで今回援軍に駆け付けてくれていた、しんの婿の弥三郎が口を開いた。


「ははは、義父様でも手に余るとは鶴寿丸殿はなかなか利かん坊のようでございますな。おしん殿にそっくりだ。なあに、今回は勝てる戦にございます。その勝利が早まっただけのこと。我らも退屈しておったのです。見事鶴寿丸殿の初陣に華を飾って見せますぞ」


なんと、気を利かせてこの空気を笑いで吹き飛ばしてくれようてか。儂は良き婿を得たようだ。周りも「然り然り」「弥三郎殿のおっしゃる通りに御座る」「しっかり戦働きせねばなりませんな」と場を盛り上げてくれている。


「頼もしいことを言ってくれる。弥三郎、皆、頼むぞ」


「応!」


戦が終わったらしっかり灸を据えてやるからな、鶴寿丸よ。だからこんな戦で親不孝をするでない、簡単に死んではならぬぞ。










―――



小さな諍いのようにして城内では争いが始まった。敵は搦め手から敵が登ってくることを殆ど想定していなかったようで、梯子が掛かり最初に塀を越えた辺りでようやく気付かれたほどだった。

俺も城内に入る。小さな争いは徐々に大きく広がりをみせ、場内には混乱が広がっていく。


「敵が城内に入ってきたぞ!」


「裏切りだ!敵を招き入れたものがいるぞ!」


「もう城はお終いだ!逃げろ逃げろ!」


「毛利に下れば命は保証されるぞ!」


嘘の情報を口々に叫んでいく。ただでさえ混乱し始めていた城内は更に混乱具合を増していく。逃げ惑う兵もいる。だが休んでいた兵たちなのだろう。散漫ながらもこちらに攻撃してくる敵部隊もあり乱戦の様相を呈してきた。

戦場だ、混乱しているおかげで死んでいくのは敵が多いが味方にも少しずつ被害が出ていた。そこら中に屍が転がっている。さっきまで生きていた人間だったもの。地獄のような光景だった。この地獄は俺の嘘が作ったのだ。


必死の形相、鬼のような形相で、俺を殺そうと一人の敵が向かってくる。

持っていた城内戦用の短槍で襲い掛かってくる敵兵の振り下ろされた刀を払った。やめろ!来るな!そう思いながらも鍛錬の賜物だろう。血反吐を吐くんじゃないかと思うくらい遮二無二身体を鍛えた。刀を、槍を、弓を、必死に学んだ。身を守るために学んだ。頭は目の前の光景を受け入れるのを拒否するように必死に鍛錬を繰り返す光景を思い出させた。


だが身体が勝手に動く。キンッと金属同士がぶつかる音が耳に残る。子供の力じゃ負けているせいか手が痺れた。刀を振り下ろそうとしていた敵の身体が均衡を崩してよろける。その瞬間に鍛錬で何度となく繰り返していた動きを俺は無意識に行っていた。俺の腕はそのまま素早く持っていた槍を相手の胸に突き出していた。

槍先が相手の鎧を貫き、そのまま皮膚を破って敵の身体を貫いた。貫きながら槍を捻ってとどめを刺す。『ぐふっ』という漏れ出た声と共に敵兵の口からなにか液体を漏らす。おそらく血なのだろう。覆い被さる様に、さっきまで生きていた敵の身体が倒れてきた。


殺したのだ、俺がこの手で。人を殺した。殺そうとしてきたから殺した。手には生々しく突き刺した感触が残り、覆い被さる身体から滴る血で自分の身体も赤く染まった。


「ひっ!?」


他人事のようだった意識が戻り思わず悲鳴が漏れた。怖い、殺してしまった。でも仕方なかったんだ。()らなきゃ()られてたんだ。すぐに頭が痛くなってくる。また今目の前で起きていることが他人事のように思えた。覆い被さっていた身体を退かそうと勢いよく押したら刺さっていた槍が抜けずにつんのめった。

急がないとまた敵に襲われる。ふとそう思って前世で見たことがあったように相手の身体を蹴って槍を引き抜いた。この辺りの敵はおおよそ片付いたらしい。汗をかいているのに寒い。


「若様!危ない!」


急に声が聞こえたと思ったら誰かが飛び込んできてそのまま抱き着かれるようにして倒れた。鈍牛の権兵衛だった。訳が分からない。一体何が起こったんだ。さっきまで立っていた場所を見ると矢が地面に突き刺さっていた。寒さが増した。


「こんのお!若様になにすんだあ!」


覆い被さっていた鈍牛の権兵衛は身体を起こすと屋根の上に向かって、場違いな相変わらず間延びした声で叫んでいた。その動作には普段のおっとりした様子は見られない。屋根の上には男がいた。弓を持っているらしい。どうやら俺は屋根にいた男に狙われていたところを気付いた権兵衛に救われたのだと理解した。


権兵衛は叫びながら、腰からぶら下げていた薪割り斧を握るとすごい速さでその屋根の上で弓を構えていた男に持っていた斧を投げ飛ばした。

投げ飛ばされた斧の勢いは凄まじく、ヘリコプターのプロペラが回るときのような風切音を鳴らしながら男へと吸い込まれていった。

屋根にいた男の身体は投げ出されるようにそのまま地面に落下する。月明りでしか分からなかったが立派な鎧武者だった気がする。

権兵衛はそんな鎧武者を無視して再び俺の元にやってきた。心配してくれているのか今にも泣きそうな顔だった。


「若様、無事だか?!怪我してねえだか?!」

「あ、ああ、大丈夫だ、権兵衛。お前が助けてくれなかったら死んでいたかもしれん。助かった」

「はああ、良かっただよお」


盛大な安堵の息を漏らす。その様子を見ていたら、安心できるような気がした。喧騒が遠くへと離れていくなか刑部が駆け寄ってくる。刑部も戦っていたらしい。ところどころ汚れていた。


「鶴寿丸様!ご無事ですか?!お怪我はございませんか?!」


「ああ、大丈夫だ」


「よう御座いました。危ない所に御座いましたな。私はヒヤリと致しましたぞ。それにしても初陣とは思えぬお見事な槍捌き、見事初陣を飾られましたな」


「そう、か。…刑部、俺は上手くやれていたか?」


「?私にはそう見えましたが?なにか御懸念が?」


「そうか。…いや、刑部から見て問題が無かったのなら良いのだ」


話していると屋敷の中から味方の勝鬨の声が聞こえた。終わったのだと思った。






毛利右馬頭元就



佐東銀山城攻略は味方の勝利に終わった。

総攻めを開始して暫くすると相手の防御に綻びが生まれたのだ。馬鹿息子の奇襲が上手くいったのだと確信した儂はその綻びをついて総攻撃を指示し、大手門を抜いた。そのまま城内へと攻め入っていると、中から勝鬨の声が聞こえたのだ。防衛を諦めた兵たちに持っていた武器を捨てさせ降伏させていった。終わってみれば上々の成果ではある。だが、気は晴れなかった。気疲れだけが残る。


次々と伝令からの報告が入ってきた。当主の安芸守(あきのかみ)武田光和(たけだみつかず))は屋敷の奥の部屋で自害、光和の弟の(とも)下野守(しもつけのかみ)繁清(しげきよ)は大手門の攻防で討死、繁清の息子の兵部大輔(ひょうぶたいふ)武田信重(たけだのぶしげ))も鶴寿丸の奇襲部隊によって討死していた。


これにより毛利家は安芸武田氏を滅亡させたことになる。これで安芸国も少しは静かになるだろうの。鶴寿丸の無事も確認した。城内で首を一つ上げたらしい。ふーっと大きく息を漏らしていた。本陣から攻め落としたばかりの佐東銀山城を見上げる。今頃は城内を片付けていることだろう。明け方、城に上ることに決め休息を取った。



明けて次の日、城に上り評定の間に入ると皆が左右に並んで座り頭を下げていた。末席には鶴寿丸も控えていた。一段高くなった上座に座り「面を上げよ」と告げるとそれぞれが顔を上げた。どの顔にも勝利した喜びや安堵の表情が見て取れる。

鶴寿丸たちは、流石に神妙にしておるか。次郎三郎も刑部も今回の奇襲が鶴寿丸独断の行動だったことは知らせてある。儂は特に責を問うつもりはないのだがの。顔が強張っておるか。鶴寿丸も思い詰めておるの。だが甘やかすわけにはいかぬ。このまま論功行賞になった。


武田一族の首が運ばれる。どの顔も記憶にあった顔と一致する。ほかの者たちの様子も儂と同じく記憶と一致したのだろう。納得の表情をしていた。

首が下げられると側に控える小姓が一人ずつ名前を読み上げると外から呼ばれた者が入ってきた。小姓はその者の功を読み上げ、儂はそれぞれに声を掛け褒美を渡していく。そして最後に呼ばれた男は非常に大きな体をした男だった。だが顔は安穏(あんのん)としており、そわそわと落ち着かない様子だった。およそ功を上げた者のようには見えぬが。


「この権兵衛で御座いますが先の戦にて、武田兵部大輔が鶴寿丸様を狙い撃ちし放った矢から身を以て庇い、そのまま武田信重を持っていた斧を投げて返り討ちにするといった功を上げておりまする」


小姓から告げられた言葉にそこかしこで感嘆の声が上がった。そうか、この者が居らねば鶴寿丸が死んでいたかもしれぬのか。ありがたいことだ。感謝してもしきれぬ。


「鶴寿よ、今の話は本当であるか?」


「はい、私はその権兵衛によって命を救われました」


「そうであったか。武田信重を討ち取ったお主の功も大であるの。また権兵衛よ。お主のおかげで大事な息子を失わずに済んだ。一人の父として礼を言わせてくれ。感謝する」


「そ、そんなお殿様、頭を上げて下せえ!おらはただ、おらを救ってくれた若様を死なせたくなくて必死だっただけなんだあ」


「ふむ、そうか。お主なにか欲しいものはないか」


周りからは「殿!」とこの権兵衛に頭を下げたことを咎める声が上がったが手で制した。身分に関係なくこの者は息子の命の恩人、頭くらいは下げたいと思ったのだ。恩賞とは別になにかしてやりたかった。目の前の大男は困惑したように眉を八の字してうーうー唸っている。欲しいものを考えているのだろう。そしてすぐに思いついたのか目を見開くと手をついて頭を下げた。


「お、恐れながら、おらはずっと、若様と一緒に居てえだ。このでっかい身体で、若様を守りてえだ。それを、お許し頂けねえでしょうかあ!」


勢い良く頭を下げたせいか木の床に額がぶつかりゴンと大きな音が響いた。痛そうな音じゃったが、本人は必死に「お願いしますだ、お願いしますだ」と懇願している。なんとも欲のない男よ。じゃが、このように命懸けで守ってくれる男が鶴寿丸には必要かもしれぬ。


「分かった。では、恩賞を取らす。権兵衛には今後、鶴寿丸付きの警護役の任を申し渡す。それに伴いお主に名をやろう。そうじゃな、この佐東の地名を取り、姓を佐東。斧にて敵を討ち果たす姿はまさに源頼光公の四天、坂田金時の如くじゃ。これにあやかり名を金時とする。今日からお主は佐東(さとう)権兵衛(ごんべえ)金時(きんとき)と名乗るがよい。士分として取り上げるからには土地も必要じゃな。鶴寿丸を介して追って沙汰を下す。鶴寿丸、今の話聞いておったな。権兵衛の面倒はお前が見よ。分かったな?」


「はっ、父上。ありがとうございます」


「聞いたな権兵衛。これからも鶴寿丸を守ってやってくれ」


「え、あの、えっと、は、ありがとうごぜえます!」


理解が追い付かなかったのか、呆然としていた権兵衛がまた勢いよく床に額を打ち付けながら頭を下げ、そして評定の間を去っていった。そしてこれにて論功行賞が終わる。



さて最後の問題を片付けねばなるまいな。鶴寿丸よ。済まぬがお前を利用させてもらうぞ。





【新登場武将】

伴下野守繁清   1504年生。当主の光和の弟。+26歳

佐東権兵衛金時  1519年生。鈍牛。鶴寿丸付き警護役。創作武将。+11歳

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公がもと社会人とは思えない。 ちょと生意気とかいうレベル超えてますよね。 仲がいいのと馴れ馴れしいのは別問題。 設定はいい感じだと思いますが、 主人公に対するイラつき感が全てを台…
[良い点]  地道に実験しながら戦力を整えているのに好感が持てます。 [気になる点]  主人公が、生前戦国時代好きで歴史資料など読んでいたのに、初陣で抜け駆けするのは疑問です。領主の息子であればこそ自…
[良い点] 金時さんなんだか三國志魏の武将「許チョ」みたいだ、別名虎痴普段はのんびりだが戦になると虎になる曹操の親衛隊長。
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