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第一話 小さな村の少年 太一

 ——『剣聖』


 それは、すべての剣に魅入られ、すべての剣と共にある者。そして、極限の剣技で追随を許さないほどに、他を力と技、両方で圧倒する者のことを呼ぶときに使う言葉である。

 世界の災いを、人智を超越した力で打ち払う勇者とはまた別種なのだが、剣聖の歴史は勇者の歴史より長いとされている。世界を強大な闇で包み込もうとせんとする魔王が生まれる100年前から、『剣聖』という者は存在していたのだ。


 主に剣聖と呼ばれるのは四人。


 ——極寒の地で鍛え上げられ、残酷なまでに冷徹な剣を振るう『北の剣聖』


 ——騎士道を重んじ、何よりも硬い信仰と信念の剣を振るう『西の剣聖』


 ——野蛮だがどこまでも勇ましく、圧倒的な力によって圧倒する剣を振るう『南の剣聖』


 そして。川の流れのように、どれほど重い剣だとしても受け流せる、強くしなやかで、何よりも鋭利な剣を振るう『東の剣聖』。


 東西南北に、各々尖った個性をもった剣の極地へ至った者たちがいたのだ。その者たちを総称して、人々は『四剣聖』と呼び、ある者は目標とし、ある者は信仰までして、そして同時に、ある者はその圧倒的な力に畏怖をしていたという。


 これから話すのは、初代『四剣聖』の誕生から、約120年が経過し、様々な動乱とともに、多くの英雄達が誕生し、新時代を築いていく者たちの物語。



 そしてこれは——その物語の中心で、極東のとある国の小さな農村出身である、一人の少年が、剣の道で大成していく物語である。





 ● ● ●



「——こら! 太一!」


 小鳥が囀る朝。とある長閑のどかな農村の小さな木屋に、そんな怒鳴り声が響き渡る。


「げ……女の勘ってのは怖えや。さっさと行かないと見つかってばちこり叱られちまう」


 その怒鳴り声を背に、普段から整髪していないのか、少し伸びた黒髪を後ろに一つに結えた太一(たいち)という少年が、母親のいる木屋を後にする。


「よっ、と」


 村を出て、林を抜け、森の中を駆け抜ける。軽快な足取りで、地面に生える木の根っこや、転がる石などを難なく通り抜けていく。

 まだ少年だというのに、その歳でこの広大な森を、既に相当歩き慣れているのが垣間見える。


「っ! そろそろだな」


 前を見据えて、太一は呟いた。

 木々や林を走り抜けて、たどり着いたのは断崖絶壁。しかし、その目の先には——


「……」


 やはりここの景色は、いつ見ても圧倒される。

 ——もう一個の森を隔てた先にある、広大な海と、水平線から顔をだす朝一番の日の出という、綺麗で壮大な自然の風景が広がっていた。

 太一はこの風景を物心がつき、今は戦地に赴いている父親に森へ連れて行ってもらったときに教えてもらい、それ以来ずっと毎日欠かさずに見に来ていた。


 何故かは太一だって分からなかった。しかし、こうして今、ここに居る事。この時間を過ごしている事が重要なことな気がしてならないという、そんな漠然とした理由があった。戦地に赴いている父親と行ったことがある場所で、なにか父との繋がりを感じるために来ているのかもしれない。


 しかし、もう一つ明確な理由があった。ここに来ている時に毎日行っている日課があるからだ。


「……そろそろ振り始めておかないと、農作業の時間に間に合わなくなっちまうな」


 家から出て行く時に、ひっそりと持ち出していて、腰巻に差していた、傷だらけの木刀を抜き、そのまま素振りをし始めた。


「っ! っ! はぁ!」


 彼は毎日、木刀を振り続けていた。


 農作業がある日は毎朝500回。そして農作業がなく、時間に余裕がある日は1000回。彼は6歳から日課として、今日の14歳の春まで一日も欠かさず続けてきた。勿論、誰かから剣技も、ましてや戦うための技術を教わったことは一切ない。


 しかし、そんな完全な独学による素振りにも意味あった。既に彼の腕力は同年代の男子達とは比べものにならないほどになっているのだ。大人にしてみれば別にそうでもない木刀だが、これは真竹という、密度が高く、重くて頑丈な竹から作られている木刀である。


 あの小さな農村から二時間ほど歩くと、『嘉美谷(かみや)』という少し大きな街があるのだが、太一は何度か小さな頃、そこへ出稼ぎに父と一緒に行ったことがあった。当然街なため、人混みが多く、幼かった彼は慣れない環境で一度迷ってしまった時があったのだが、父を探してる道中に見つけて立ち寄った廃道場から、その時にこの中々年季が入った木刀をくすねてきたのである。だが普通の子供が持ってみると、両手で持つのがやっとな代物だ。しかし、それを太一はもう片手で素振りをしてしまっている。まだ少々、振り回されているような感じはしなくもないが、中々に体幹も鍛えられているようだ。

 毎日数百回以上と素振りを繰り返してきた成果であれば、その腕っ節の強さに疑うことなく頷けるだろう。太一の腕や手首、そして全身の筋肉も、日課を始めて八年の間に、無意識のうちに鍛え上げられてきているのだ。


「……っ! いやぁ! ——」


 朝だからだろうか。少し肌寒い空気を含んだ微風が、彼が素振りをすることによって熱ってきた身体を冷やしてくれる。彼から繰り出される一つ一つの木閃から、鋭い風切り音が静かな森の辺りに響く。


 彼は、その古びた木刀を、なおも振り続ける。ある目標——いや、あの日の憧憬に追いつくために。









 ——あなたが本当の男なら、女の前で泣きっ面を見せてはいけません



「っ! ——」



 ——ほら、今すぐ立って。そして前を見据えるのです




「はぁ!! ——」




 ——そして、笑いなさい




「はぁ……っ、はぁ……——」





 ——最後まで立ち上がり、笑えた者こそが、真の強者(つわもの)なのです。






 太一は木刀を一心不乱に振りながら、頭の中で回想する。


 あの時、強い雨が降り頻っていたとある神社。目の前で体格が二倍以上あった巨漢を、その華奢な身体と小さな刃の一閃だけで倒してみせた、少女からの優しさと厳しさを交えた声色で投げかけられた言葉が、当時の弱かった少年にここまでの力を与えた。


 少年はその時以来、その言葉を胸に、あの日暴漢から助けてくれた美しさと強さを兼ね備えた少女に追い付かんという気概で、木刀を振い続けているのだ。



 少女。いや、——少年が生まれた、ここ『桜花ノ国』で美しくも武士達の中で最も秀でた剣を振るう者——《刀姫》と言われ、畏怖されている者の隣に立ちたいという、高すぎる目的を目指して。



 ◆ ◇ ◆ ◇




 村に戻ると、母にこっぴどく叱られると思ったら「……早く飯食べて働きなよ。今日は忙しくなるからね」と言われるだけであった。

 いつものなら怒られてるところだが、どういう風の吹き回しなのだろうかと太一は不思議に思いながら、言われるがままに飯を食べ、働き始める。


 太一は村の少年たちの中でも1番の力持ちなのか、頼られることが多く


「——太一! 悪いけどこの米俵、あの貯蔵庫に持っていってくれるかい! 頼んだよ」


「あいよ!」


「——あ、太一くん。それ終わったらこっちもね」


「……あいよ」


「——太一くん。今言われた仕事終わったら、ウチの山助と平太を連れて行っていいからさ。薪取りに行ってくれるかな」


「…………うい」


 このように、女衆から容赦なく仕事を任せられる。普通なら成人してる村の男に任せるのが定石だと思うが、何故太一や他の少年たちがこうして村の主な働き手になっているのかというと話が長くなるのだが。


 ——世界的に見て、極東の方にある小国。『桜花ノ国(おうかのくに)』。人種は極東だからなのか東洋人が殆どである。太一が暮らす小さな農村はここに所属している。

 ここらは長閑で平和なのだが、国境付近では隣国の『芦田ノ国(あしだのくに)』と熾烈な戦争を繰り広げている。この二つの国の他にも三つの国が存在しており、それぞれの国が、それぞれの国同士で領土争いをしているため、極東は現在、戦乱の地となっているのが現状である。



 その為今、太一が暮らしている村人の中に、成人したての若い男衆の姿はない。戦に駆り出されているからである。


 だから必然的に——


「……くっそぉ。女衆も大変なのは分かるけど、もうちっと俺らに気を遣ってくれてもいいのによ」


 こうして日々、戦に駆り出されていなく、且つ成人していない少年達が日々こき使われているのだ。


「……よっこらせ。はぁ」


 米俵を村の少し外れにある貯蔵庫まで運び終わると、朝から働きっぱなしなためなのか、太一は思わずと言った風に、そこに腰を下ろした。


 ここは滅多に人は来ない。というか、最近だとここに来るのは、米俵や収穫した野菜を、女衆に頼まれて運んでくる太一ぐらいなものだ。その為、太一は少しそこで休むことにした。朝から小休憩を度々挟んでいるものの農作業と運搬作業での負担と、そして八年間続けているとはいえ、日課である素振りの分疲労もあるのだろう。


 正直、太一にしたらここに米俵を担いで運んでいくということは、一種のこうした休憩時間を取れることでもある。


「……ちょっとくらいだったら、休んでもいいよな」


 何せ朝から働いてるし、とっくに昼時も過ぎて日が傾いてきている時間である。それまで真面目に働いてきたのだ。これくらいのサボりは許されるだろう。


 そんな言い訳を心中で並べて、目の前に広がる豊かな自然の象徴である木々たちを、特に理由も無く眺めていると——


「そういえば……父ちゃんは上手く生きてるのかな」


 ふと、現在戦地に赴いている為に不在である父のことを思い出す。人並みには父のことを心配している反面、まあ父ちゃんなら大丈夫だろ。と、なんの根拠もない信用も湧いてきたりと、楽観的な思考にもなり、案外太一の心中は忙しいものである。


「……」


 とは言っても、最近では父のことを心配している時が多くなってきている。何せ父とはかれこれ二年以上も顔を合わせていない。もしかして既に死んでいるのかもしれないし、まだ最前線でうるさい口を開けながら、敵国と戦っているのかもしれない。

 当然、戦地から情報が来るわけがないので、そこらの真実は定かではないが、可能性は充分考えられる。


「……でも親父は案外強いから、見た目で騙されてくれる敵が多く居てくれたら普通に勝利してそうだしな」


 きっと大丈夫だろう。

 真実は違っていたとしても、情報がない限りは太一も信じるしかない。

 父の安否は、後日『嘉美谷(かみや)』に出稼ぎに行った時にでも情報収集しよう。

 密かに決意を固め、そろそろ家に戻らないとサボっているのがバレてしまうので、重い腰を持ち上げた時。


「——太一!」


 そこに、溌剌として彼の名を呼ぶ元気な声が響く。目を向けると、こちらに小走りで来る少女の姿が見えた。


「……なんだ。沙耶(さや)


 他から見たら、華奢な身体な少女である沙耶と、その歳にしては逞しい身体をしている太一を見比べると、妹と兄の関係に見えるのだが違う。二人は隣の家同士で、小さな頃から面識があった。言うなれば、幼馴染みみたいなものだろうか。


「どうしたよ。お前は飯作る仕事だろ。サボるなよ」


 村の子供達には、それぞれ村長から役割を任されている。なので、誰かが怠けてるとすぐにわかってしまうのだが、太一は運搬、伐採、農作業、狩りと多岐に渡る。やはり一番の腕っ節が買われているのだろう。しかし一日の仕事量は他の子供達と比べ、圧倒的に多いので、上手い具合にサボらないと一日持たないのだ。だからこうしてサボっている。という大義名分とは少し違うことを思っていると。


「さっきまでサボってた人に言われる筋合いないわよ」


 まるで今まで自分の様子を見ていたかのような口振りだった。


「……お前見てたなら声かけろよ。もしかして声かけるまでずっと見てたのか?」


 と、ジト目で見てくる太一に沙耶は「そんなわけないじゃない」と一蹴する。


「見てたっていうのもほんの数十秒くらい。ただ言えることは、サボってるなー……って分かるまで一瞬もいらないくらいな見事なサボりっぷりだったわね」

「別にいいじゃねえかよ。実際村の子供の中じゃ一番に働いてるわけだし、ちょっとくらいのサボりは許してほしいくらいだわ」

「それでもサボりはサボりだけどね」

「……母ちゃんに言うなよ。頼むから」

「言わないわよ。そこまで私も鬼じゃないし、実際太一働きぶりには、いつも助かってるしね……で、身体は休まった? 大丈夫なの?」


 普段からつっけんどんな態度を取る割には、意外とこうして、度々だが、気にかけてくれる彼女の存在に、実際太一自身も心持ちの面において、非常にありがたみを感じている。


「……沙耶こそどうなんだ? そっちだって仕事量で言ったら俺と同じようなみたいなもんだろ」


 そんな沙耶からの心配に、太一は素直になれないのか礼が言えないで、普段からこうして質問に質問を返してしまうことが多いのだが。


 沙耶も沙耶で、農作業は勿論、裁縫、炊事、子守と、中々に多い仕事を任せられている。太一と同じく14という歳なのが理由なのか、子供達をまとめ上げるお目付け役として、頼られている節がある。だから沙耶も日々大変ではあるのだが。


「心配いらないわよ。私もあなたみたいに、うまくバレないようにサボってるから」

「さっきまでのサボり魔追求はなんだったんだよ……」

「それは太一の常套句でもある、お母さんに告げ口されないかーって、すこし焦ってるのを面白がってしてるからに決まってるじゃないの」

「性悪女」

「それで結構」

「腹黒」

「承知の上よ」

「洗濯板」

「……は?」

「すまん。謝る」


 勢いで言ってしまったが、沙耶は自分の胸のことを気にしてるので、口が滑った暁には、鬼並みの眼光で睨み付けられる。怒ったらすごく怖いので、正直なところ太一は沙耶に強く出れないことが多々ある。


「はぁ……もう行くわ。あなたも早く来ないと、カヨさんが怒髪天になるわよ」

「え、嘘だろ。母ちゃんの怒髪天とかまるで閻魔様……っておい。沙耶待て。俺も行く。一緒に行くぞ」

「……どれだけカヨさんのこと怖がってるのよ」


 と、情けなくもついて行こうとする太一に沙耶は隣で嘆息して、帰路に着く。やれやれと言った風に肩をすくめる沙耶に向かって、太一はこれまでの母親が自分に対してどれだけの怒りをぶつけてきたかを捲し立てて語り始める。そんな彼の話を、「はいはい」と、どうでも良さげだが、それでもなんだかんだ確りと聞いてあげる沙耶との微笑ましい関係が垣間見える会話を、結局二人は、家に着くまで続けるのであった。




 ◆ ◇ ◆ ◇





「ただいまー」


 家に帰ると、台所で炊事をしている母親のカヨの姿があった。

 恰幅な身体をしており、力は太一以上にあるため、太一は逆らえられない。その豪胆な性格と人情深さから、多くの村の人たちから頼りにされ、親しまれているような人である。因みに息子である村の人たちの太一への評価で言うと、『力持ちで、子供達を引っ張っていってくれる、色々と頼りになる子であるが、素直になれない子』という評価である。太一自身が聞いたら、素直になれない子という評価は聞き捨てならないと抗議するのも吝かではないが。


「お、なんだい。今日は早かったじゃないか。仕事はもう終わったのかい」

「おう。今日は専ら農作業と運搬だったからな。ただ明日は狩りに行くから遅くなるかも」

「そうか。お疲れ様。風呂入れてあるから、そのくっさい身体の汚れ落としてきなよ」

「くっさいは余計じゃ」

「はいはい。入ってきな」

「んー」


 カヨから軽口を叩かれながら入浴を促され、それに言い返しながらも、ありがたく先に入らせてもらうことにした太一は、その後入浴を終えて、白身魚の塩焼きとご飯と味噌汁という、単純だが美味しい夕飯を食べ終え、明日の狩りに備えて早々に就寝した。

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