3−39話:雪 side
「…………」
第二家庭科室前で別れた後、私は軽音楽部の部室に戻る前に、近くの階段に腰掛けて詩を読んだ。
夏休みで、人通りも少ないため、しんと静まり返った校舎内。たまに吹奏楽部の演奏が耳に入ってくるけど、私の意識は完全に詩の方に向いていた。
ずっと待ち望んでいた空色の詩から伝わる彼女の気持ちに、ぎゅっと胸が苦しくなる。
これは、空色が綴った恋心。
それは、拙いながらも必死に伝えようとしているのがわかる。
空色は、自分の感情を詩に込める。それは今までのものからも感じ取れ、その理由も知っていた。
だから、この詩の中にある気持ちを掬いあげた瞬間、私は立ち上がり、すぐに軽音楽部の部室に向かった。
ガラガラと、勢いよく扉を開ければ中にいた全員の注目を浴びた。
「遅かったね」
「先輩どうしたんですか、そんなに息を荒げて」
「走って帰って来なくても良かったのに」
みんな苦笑いを浮かべているけど、愛華だけが不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「……あの、ひとつお願いがあって」
せっかく空色が書いてくれた詩だったけど、走ってる途中でぐちゃぐちゃになってしまった。後で綺麗にしないと。
そんなことを頭の中で思いながら、私は目の前にいる軽音楽部メンバーに頭をあげる。
「新曲、私に歌わせてほしい」
元々私はギターだけの参加だった。だけどこの曲だけは、どうしても私自身が歌いたかった。いや、私が歌わないといけない。
「我儘だって、勝手だって思われても仕方ないと思う。だけど、この曲だけはどうしても私が歌わないといけないの。お願い!」
誰も、何も言わない……やっぱり、だめ……だよね……。
「いいわよ」
「え……」
菫先輩のその言葉に、お願いしたのは私なのに驚いてしまった。先輩も「どうして驚いてるの」とクスクスと笑っていた。なんだか少し恥ずかしい。
「元々新曲は、雪凪に歌ってもらうつもりだったの。その詩は、貴女にとって大事なものでしょ」
「菫先輩……」
「雪凪先輩の歌だなんて、きっと盛り上がりますね!!」
「うんうん。最高の文化祭になりそう」
他の部員も嬉々として賛成してくれているみたいで、ホッと胸をなでおろした。
「よかった……」
「さぁ、そうと決まれば練習練習。雪凪、新曲の歌詞合わせってどのくらいでできる」
「ギリギリですし、今日中にやって、すぐにでも練習できるようにします。楽譜はできてるので」
「じゃあ雪凪は今日はこのまま帰っていいわよ」
「え、でも……」
「すぐにしてもらわないと、私たちも困るからね」
ニコッと笑みを浮かべながら、私の背中を押す菫先輩。
他のメンバーも笑顔で私のことを見送り、そのまま部室を追い出されてしまった。
「……よし、頑張るか」
そう意気込み、私はそのまま学校を後にした。




