3−24話:雪 side
【今日は急に帰ってごめんね。桜和さんは何も悪くないから気にしないでね】
「はぁ……」
その日の夜。そんな言い訳でしかない返信をした後、私はベットに凭れかかって天井を見上げた。
本当に自分でも何であんなこと言ったんだろうって思うけど、思い返すと口元が緩んでしまう。
「あー、もう!!こういうところなんだよなぁー!!落ち着け落ち着け!」
両頬を思いっきり叩きながら気持ちを落ち着かせるが、溢れる感情はどうにも止めることができない。
しょうがないと、隣に置いていたギターを手にして作曲をする。止められないなら、あえて止めずに形にしよう。どうせ誰かに見せるわけでもないし、楽譜に起こすことはしなかった。
少しご機嫌に鼻歌まじりに歌いながらギターを弾く。
コンコン
不意に扉を誰かがノックする。まぁ誰かはわかる。
「雪ねぇー」
「どうした?」
入る許可を出す前に部屋に体を入れる氷華。もう慣れたから怒ったりはしないけど。
「うん。まぁそんな大したことないんだけどさ」
「氷華がなんかそんな言い方するの珍しいね」
「えっとね、くーちゃんのこと名前で呼ばないの?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
「春歌さんは名前で呼んでるのに、くーちゃんは苗字だから。もう浅い関係でもないしさ、いい加減呼ばないのかなぁーって」
「…‥呼んで、いいのかな?」
少し俯いて考えながら私はそう呟いた。
正直、氷華の言う通り、もうそんなに大した関係ではないから名前で呼んでも不思議ではない。だけど、呼んで嫌われたらどうしようとか、名前呼び嫌だったらどうしようとか、そんなふうに考えてしまう。
でも、私は一応先輩だから名前呼びしてもいいんだろうけど、ぶっちゃけるとそのタイミングを逃してる感じがする。
「自分は呼ばせてるんだからいいんじゃないかな?」
「でも、いざ呼ぶとなると……変に緊張する」
「まぁ慣れだよ、慣れ」
慣れと言われても……元々苗字呼びだった人を名前で呼ぶときって、いつもどうしてたっけ?いきなりだっけ?事前に聞いてたっけ?
頭の中がぐるぐるし始めてすっごく痛くなる。作曲している時よりもなんか考えてる気がする。
「えへへッ」
「何ニヤニヤしてんの」
「だって、あんまり見ない様子だからつい」
「人ごとだと思って」
「そんなに悩まなくても、くーちゃんは喜んでくれるよ」
そう言いながら、氷華は私の肩を叩き、ゴロンと膝の上に頭を乗せて甘え始めた。
私はわずかに眉間にしわを寄せながら氷華の頭を撫でてあげ、そのまま天井を見上げて考える。
(明日、頑張って言ってみようかな……)




