1−3話:雪side
特に寄り道をすることなく家に帰った私は、すぐに夕飯の準備をしようとそのまま台所へと足を運んだ。しかし、すでに祖母が夕飯の支度をしており、「部屋でゆっくりしてなさい」と言われ、現在は自室で作曲中。
「ここはもう少しキー上げるか……」
「あーぶ」
お言葉に甘えて部屋で休むことにしたけど、まだ幼い弟を一人に出来ず、一緒に部屋に連れていった。まだはいはいができないから、今はベットの上に寝かせ、時々後ろを振り返って様子を伺いながら、五線譜に音符を書き込んでいく。
作曲してる時は夢の中にいるような感覚になって、現実と切り離される。夢中になりすぎると本当に周りの音が聞こえなくなって、何度か夕飯を逃したことがあった。その度に、家族総出で怒られる。
「んー……もうちょっとテンポを速くして……ここで、ゆっくりに……」
コンッコンッ
ちょうどヘッドホンを取った時に、それを見計らったかのように扉がノックされる。私はすぐに「はい」と返事をした。
「雪ねぇただいまぁ」
「おかえり。今日は部活なかったんだ」
「うん。だからまっすぐ帰ってきた。寄り道は、玄関前にいたヒエムスとの戯れだけです」
「うん、えらいえらい」
私は彼女、妹の氷華の頭を撫でてあげた。ちなみに彼女が私のことを”雪ねぇ”と呼ぶのかは、幼い頃に”雪”を”せつ”と読めなかったことから。呼び方はすでに定着しており、私も妹からの特別な呼び方だと思って、特に訂正などはさせなかった。
「友達からお菓子もらったから、おすそ分け」
「晩御飯入らなくなるよ。せっかくおばあちゃんが作ってくれてるのに」
「お菓子とご飯は別腹です。はい、どうぞ」
と言いながら、氷華は私に綺麗にラッピングされたお菓子を手渡した。
なぜか友達の名前は伏せられているが、「誰からもらったの?」なんてことは聞けなかった。せっかくの妹の友達なのに、なんだか詮索しているみたいになっちゃうから。
「友達によろしく伝えておいて」
「うん。もぐもぐ」
「あー、あー」
「霜汰は食べちゃダーメ。これは氷華のだから」
すでにお菓子を食べ始める氷華。私は苦笑を浮かべ、袋の中に入っていたカップケーキを手にして、口に運ぶ。
妹の友人の作るお菓子はいつも美味しい。私は料理はできるけどお菓子作りは全くできないから、ちょっと羨ましい。
「んっ。新しい歌詞?」
もぐもぐとカップケーキを食べながら下駄箱に入っていた歌詞に目を向けていると、氷華も一緒になって覗き込んできた。
「うん。また、絵をお願いするね」
「やったぁ」
この手紙の存在は妹も知っている。というのも、私がこの詩を使って作った曲のイラストを妹が描いてくれているから、ある程度事情を話していた。
美術部に所属していて、淡い色あいの水彩画が得意ですっごく綺麗な絵を描く。私も氷華の絵が大好きで、曲ができるといつも絵のお願いをする。動画を作る時はまぁちょっと喧嘩することも多々あったりする。
「んー、今回もまた良い詩ですねぇ。さすが水色の桜さん」
「こら、ベットに乗らないで」
「霜汰と遊びたいから。ねぇー霜汰」
「あーう」
「まったく……」
「……ねぇ、雪ねぇは水色の桜さんに会ってみたいと思う?」
「当然」
妹の問いかけに、私はほぼ反射的に即答で答え、案の定笑われてしまった。
だって、お礼とかたくさん言いたい。こんな素敵な歌詞を無償でくれるなんて申し訳なさすぎる。それに、歌詞から伝わるこの人の心を尋ねたかった。
「多分うちの生徒だろうけど見当がつかない。いつも探してるんだけど……なんでか全然見つからない……」
「見つかるといいね」
ベットから起き上がり、にっこりと笑みを浮かべる氷華。
「二人とも、夕飯ができたよ」
扉の外、祖母の声が聞こえ、氷華が返事をした。
「じゃあ先にいってるね」
「うん。片付けたらいくよ」
「はーい。霜汰いくよー」
「あぅー」
氷華はそのまま霜汰を抱え、扉の前でにっこりと笑みを浮かべて、部屋を出ていった。一人残った私は周りの片付けを始めた。不意に、私は“水色の桜”からの歌詞を手にした。
「好きを隠す言葉……か……」
歌詞の一文。思わず口にしてしまって恥ずかしくなる。
きっと今、私の顔は真っ赤になっているだろう……