5−37話:雪 side
「ふぅ……」
リハーサルが終わって、もうすぐライブが始まる。
いつものライブに比べて随分と緊張する。
寒さのせいなのか、それとも緊張のせいなのか、少しだけ手が震えて冷たく感じる。
気持ちを落ち着かせるために何度もギターを引くけど、なかなかおさまらない。
「なぁ雪凪」
「え、あ、はい」
自分のことばかり考えていたせいで、圭人さんに声をかけられた時、少しだけ戸惑ったように返事をしてしまった。
というか、圭人さんから声をかけてくるなんてなんだか珍しい気がする……
「あ……えっと」
なんだか複雑そうな表情をしている。
そういえば、リハーサルの時も、何度かミスしていた。圭人さんが何度もNGを出すのは珍しかったから妙に覚えてる。
もしかして……
「空色のことですか?」
私の問いかけに、先輩は一瞬苦いものを噛んだような表情をしてコクリと頷いた。そうか、自分たちの関係って、こんなにも他人に影響を与えるのか……考えもしなかったことに、少しだけ胸がちくりと痛んだ。
「さっきの子と付き合ってるんだよな……」
「……はい」
「あ、べ、別にそれがおかしいとかじゃなくてだな、え、えっと……」
わかってる。圭人さんはそんな人じゃない。必死に考えてくれている。否定じゃなくて、それを必死に受け入れようとしてくれている。それが、少し嬉しかった。
「同姓の恋愛って、普通と何か違いとかあるのか?」
「好奇心ですか?」
「いや、そ、そうじゃなく……悪い、俺……」
「いえ、大丈夫です」
少しだけ敏感になってるのかもしれない。
今日のデート。空色に対してはいつも通りに振る舞っていたけど、司会の中に映り込む男女のカップルを見ると、やっぱり自分たちは異質なのかなって。そういう不安に駆られる。だけど、隣で笑っている空色の姿を見ていると、そう思うのが馬鹿らしく思う。
「変わらないと思います」
「どうしてだ?」
尋ねられて私は苦笑いを浮かべる。
何かの曲の歌詞であった。恋に答えはない。好きになる理由も、好きになる相手も。人によって違うのだから、と……。
「だって、相手が女の子ってだけで、それ以外は何も変わらないじゃないですか」
大きな違いなんてない。相手が違うだけで、それ以外は普通のそれとは変わらない。
街中で抱いた感情は、その点を除けば自分たちも周りと同じだろ思えば幸せに変わる。
手を繋ぐことも、抱きしめ合うことも、キスをすることも、同姓同士だと不審に思われる。だけど、恋人同士なんだからおかしいことをしているわけじゃない。堂々としていればいい。
好きになったのがたまたま同姓だっただけ。
「……お前、かっこいいわ」
素直な気持ちを圭人さんに伝えれば、彼はその場にしゃがみこんで頭をかいた。
まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかったから、私も少しだけ驚いた。
「ありがとうございます」
そのお礼の言葉は、今まで思っていたことを口にできたことへの感謝の言葉だ。誰かに、こんな風に言ったのは初めてだったから。不思議と、気持ちが楽になった気がする。
「何かあったらいつでも相談に乗りますよ」
「圭人は同姓じゃなくても、異性の恋愛でも経験ないから無理でしょ」
話に耳を傾けていたのか、少し離れたところから南さんがそう茶々を入れるように言った。当然、それに対して圭人さんが怒る。うん、いつもの圭人さんだ。
控室はいつも通りの賑わいになった。
いつの間にか緊張はなくなり、体もポカポカ温かくなった気がする。
不意に、控え室の扉がノックされ、スタッフさんが声をかけた。
「よし、いっちょやりますか。今日来てるカップル連中が別れるぐらい俺がかっこいい姿見せてやる」
「お、奪い取り宣言ですか。サイテー」
「サイテー」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「はいはい、いいから行くよ」
少しだけ、深呼吸をして改めて気持ちを引き締める。
ステージに立った時、空色はどこにいるかな……すぐに、見つかるといいな……




