5−17話:雪 side
先を走る二人の背中を追いかけるように、私は必死に走る。
心臓と脇腹が痛い。苦しくて少しだけ喉も痛い。
「雪凪ー!」
周りの音がほとんど聴こえない。激しく響くのは自分の心臓の音だけ。どこかからお父さんの声が聞こえたけど、もしかしたら前を走ったのかもしれない。
3分の1を走ったところでまずは一人を抜いた。最後の一人、先頭を走る子の背中を必死に追いかける。
視界が少しだけゆっくりと、スローモーションのように動いてるように感じる。
必死に走ってるはずなのに、周りがゆっくりでひどく違和感を感じる。本当に私は、前の子と距離が縮まっているのか。
顔が歪む。早く、早く……自分で自分を焦せらせる……
「雪凪先輩!」
不意に、聞き覚えのある彼女の声が聞こえた。顔見なくてもわかる……空色の声だ。
彼女が見てる。すぐそばで見てるんだ……かっこ悪いところなんか見せてたまるか……。
グッ、と足に力を込めて加速する。
あー……こんなに必死になるのは久々な感じがする。苦しいはずなのに、きついはずなのに、どうしてか笑顔がこぼれる。
『並んだー!!さぁ!1位はどっちだ!』
興奮がこっちにも伝わるほどの激しい実況。いや、今はそんなことに気を散らせるわけにはいかない。
あと少し、あと少しと足を動かす。数センチでもいい……隣にいる彼女よりも先にあの白いテープに……。
「はぁ……はぁ……」
気がついたらピストルが鳴っていた。気がついたら私は地面に横になっていた。気がついたら、私の視界には青空が広がっていた……
心臓が痛いぐらいに動いてる。必死に呼吸をしても、その痛みは消えない……
「お疲れ様です」
側に、見知らぬ生徒が駆け寄ってきた。手には何かの棒を握っている。
リレー担当の生徒だと気づくのに少しだけ時間がかかった。
「あぁ……ありがとうございます」
ゆっくりと体を起こして、彼女から棒を受ける。きっと順位の書かれた棒だろう。
まだ呼吸が整わず、ひどく苦しさを感じたけど、私はゆっくりと顔をあげた。
「はぁ……はぁ……」
書かれていた数字は”1”だった。
「1、位?」
嬉しかった。欲しかった順位だった。きっと、嬉しくて泣くだろうと思ったけど、なぜかぼんやりとその数字を眺めるだけだった。疲れたからか、ほぼ虚無感に近いぐらいに何も考えられなかった。
笑っていると、だんだんと周りの音が耳に入ってくる。グラウンドに響く歓声と拍手の音。
「雪凪先輩!」
「雪ねぇ!」
「おぶっ!」
ぼんやりとして入れば、突然女子二人に抱きしめられた。それが空色と氷華だと気づくのに少し時間がかかった。
ぐずぐずになく空色と、いつもより感情をあらわにして嬉しそうにする妹の姿。
「ぷっ……あはははは!」
そんな二人の様子を見て思わず笑ってしまい、すがる2人をなだめる。
「こら二人とも戻りなさい。選手じゃないでしょ」
いつまでも余韻に浸ることもできず、先生が二人を回収する。
少しだけしょんぼりする二人の後ろ姿に手を振り、退場の準備をしようと立ち上がろうとしたが、思った以上に頑張りすぎたのか、思うように立てなかった。
「肩貸すよ」
「お疲れ様です」
そんな私の様子を見て、同じブロックの人が肩を貸してくれた。あぁ、本当に情けないし申し訳ない……
二人に手助けされながら列に戻り、私はふと本部の方をみる。すると、そこにいた空色と目があった。
その瞬間、ひどく愛おしさを感じた。だからにっこりと笑みを浮かべて、口パクで「ありがとう」と言った。
『それでは選手の皆さんは退場してください』
彼女の顔を見る前に、アナウンスが流れ、私そのまま空色の様子を見ることなく、退場門へと向かった。




