5−15話:空 side
「くーちゃん。本部の方行こう」
先輩がスタンドから降りてしばらくして、氷華ちゃんがそう声をかけてきてくれた。
先輩が何かを隠している……私には言えない何かがどこかであったんだと思う。
しつこく聞くこともできなくて、ただ受け入れることしかできなくて、でも隠してる先輩が思い詰めていて、苦しそうで……それが心配だった。
「本部席?」
「うん。あそこ、ゴールがしっかり見える特等席なんだぁ」
「でも、先輩の……」
「あー、雪ねぇはこういうのはいつもアンカーだから。くじでもじゃんけんでも。だから。本部にいたら正解だよ」
いつもののんびりとした口調とにっこりと笑みを浮かべる。あぁ、そうか。私そんなに先輩を心配しているのが顔に出ていたのか。氷華ちゃんはそれと心配してくれた。多分そう。
これが例え勘違いだったとしても。
「うん、行く」
「走ってる雪ねぇかっこいいよ」
「練習で何回か見た」
「遠目でしょ?近くで見たらくーちゃん倒れちゃうかもね。かっこよ過ぎて」
「そ、そんなこと…………そんなにかっこいいの?」
「あはは、くーちゃん可愛い」
まだ別の競技が行われている中、観客席のテントの後ろを通りながら、氷華ちゃんとそんな話をする。
そんなかっこいいのかぁ……私心臓持つかな……
「あ、空色ー!氷華ー!」
不意に聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると、ちょうど目の前の観客席のテント。そこにお姉ちゃんとお母さんとお父さんがいた。
知り合いが出ていないから退屈していたのか、キョロキョロしていたお姉ちゃんが私たちを見つけた。
「お姉ちゃん」
「いやー、行進めっちゃ緊張してたじゃん。お腹痛かった」
「ちょっ!わ、笑わないよ!人見知りなの知ってるでしょ!」
「そちらはお友達かい?」
私をからかうお姉ちゃんの横、お父さんが氷華ちゃんに視線を向けて尋ねてきた。
「如月氷華です。くーちゃんと仲良しさんです」
「如月……もしかして、さっきの子……」
「え?」
「そうそう。雪凪の妹。似てないでしょ」
「まぁまぁ、うちと似たようなものね。ふふ」
さも当然のように、自分の家族が雪凪先輩の話をする。
なんで、お父さんたちが先輩のことを知ってるの?
「雪ねぇのこと、知ってるんですか?」
「あぁ、昼休憩の時に少し話してな。それで……」
ちらりと、父が私に視線を向けた。
あぁそうか、先輩がどうしてあんな顔をしたのか、なんとなくわかった。
「空色と付き合っていると言っていた」
言われる前から、緊張で心臓がバクバクしていたけど、口に出されると息が苦しくなるほどに激しく動いて、すごく痛い。
やっぱり、先輩の様子がおかしかったの正しかった。先輩は、私の両親に付き合っていることを言ったから、あんな……
「……えっと、話してるところ申し訳ないんですが、氷華たち、今から本部の方で雪ねぇの応援に行くんです」
「……あぁそうなんだ。ごめんね引き止めて」
「ううん。それでは、失礼します。行こう、くーちゃん」
「……うん」
少しだけうつむきながら、氷華ちゃんに手を引かれながら本部席へと向かった。
氷華ちゃんはきっと、私の様子を見て話を変えてくれたんだ。お姉ちゃんも察してくれた……ダメだな……いつかは言わないとって思ってたけど、実際に目の前でそれが起きてると、怖くてたまらない……
私……先輩と一緒にいられないのかな……




