2−2話:雪side
授業が終わり、私は教室にいるクラスメイトに「じゃあね」、「ばいばい」とやりとりをして出ていった。
そのまま帰るのではなく、教室棟から離れた特別棟の階段に腰を下ろし、ぼーっと音楽を聴いていた。
それは自分で歌ったデモ曲。先日下駄箱に入っていた“水色の桜”さんの歌詞を使った新曲。手にしている五線譜を見ながら確認をしていくが、自分の歌声から感じる歌詞の感情に、胸がドキドキと速くなる。
「あ、ここはもう少しテンポあげようかな」
完成して聴き直すと結構穴を見つける。その度に五線譜に赤ペンを入れていく。
曲を聴きながら、私は頭の中で“どんな人かな”“どんな子かな”と顔も知らない相手のことを想像すればするほど、期待で胸が高ぶっていく。
「ん?」
不意に、鼻をくすぐる甘い香りがした。
スンスンとしっかりと匂いを嗅ぐと、とても美味しそうな匂い。
そういえば、近くには製菓部が活動している第二家庭科室がある。
同じクラスにも何人か部員がいて、たまに作ったお菓子をおすそ分けしてもらえる。
「製菓部、か……」
お菓子で、不意に氷華の友人のことを思い出した。あの後氷華に話を聞くと、製菓部に所属していることを聞いた。もしかしたら、今行ったら会えるかもしれない。
「ちょっと顔出そうかな」
そう思って、私は第二家庭科室へと向かった。教室に近づけば近づくほど、甘い匂いが強まっていく。お昼から時間も経ってるし、匂いを嗅ぐたびにお腹が鳴りそうになる。
私は中の様子を見ることなく、ガラガラと教室の扉を開いた。
教室の中にいる生徒は一人だけ。他の生徒の姿はなかった。しかもその生徒というのが、なんと氷華の友人。えっと、確か名前は聞いた。えー……と
「あ、桜和さんだ」
名前の方は確か空色。フルネームがすごく綺麗だなぁって聞いたときに思った。
突然私が入ってきて驚いたのか、桜和さんはすっごくオロオロしていた。
「一人?」
「え、あ……は、はひっ……わわっ!」
びくりと体が震えると同時に、手していた赤い液体がテーブルに溢れた。彼女は慌ててテーブルを掃除し、私も急になった大きな音に驚いて、慌てて掃除を手伝った。
(シロップかな……甘い匂いがする……)
だけど溢れたシロップは嗅ぎなれない匂いがして、不思議に思いながら彼女の掃除の手伝いをした。
もう作り終わっていたのか、せっかく綺麗に掃除していたのに、私が来たせいで手間をかけたせて申し訳ない……
「さっき溢したの、なんのシロップ?」
テーブルが綺麗に片付いたときに、私は桜和さんに尋ねた。あわあわと驚く彼女は少しもじもじしながら「ローズウォーターです……」と答えてくれた。目を合わせてくれなかったのは、ちょっと残念だったけど。
「へぇー、薔薇のシロップか……そんなのあるんだね。勉強になるよ」
と、会話が途切れる。目を泳がせながら「えーっと……」「その……」と必死に話しようとする桜和さん。
なんだろう……すっごく保護欲刺激される……なんか、守ってあげたい!って感じ。
「さっきは急に話しかけてごめんね」
「ぁ、いえ!そ、そんな……だ、大丈夫です。こちらこそ、すみません」
「桜和さんが謝るようなことじゃないよ」
「ぁ、あの……な、なんで私の苗字……」
「氷華に聞いた」
彼女の緊張や警戒心を和らげようと、何気無い会話を続ける。途中で、帰って欲しいとか思われてたらどうしようとか思ったけど、結構彼女が話をしてくれて、なんだかすごく嬉しかった。
「そういえば、なんで一人でいたの?」
「えっと、ちょっと試作品作ってて」
「何作ってたの?」
「あ、パウンドケーキです。さっきの、えっと……ローズウォーター使ったやつで……テレビで見て、作ってみようかと。あ」
すると、桜和は後ろの棚に置いていた紙袋の中から綺麗にラッピングされたパウンドケーキを私にくれた。
「もらっていいの?」
「あ、はい。そ、それじゃあ私はこれで!し、失礼します!」
カバンと紙袋を手にして、勢いよく頭を下げて慌てて出て行った。
あまりに突然のことで唖然とする私。手にしたパウンドケーキに目を向け、しばらくそれを見つめた後に、中からパウンドケーキを取り出して一口食べた。
「わっ、美味しい……それにすごくいい匂い」




