第七話 魔法の言葉で
“お空へ…行った?”
「子猫ちゃん…」
ミケは、思わずそう声をあげる。
その様子を見ていたマロとモモも、「子猫ちゃん…子猫ちゃん。」
そう、ずっと、ずっと、心配そうに言った。
陽湖が心配そうに返事を待っていることに気づいた成田は、無理やり笑顔を作って「子猫はこちらで、楽にしてますよ。」
と、隣の部屋に向かって案内した。
…
部屋の中には大きな診察台があり、その上にタオルに包まれた子猫達がいた。
「子猫ちゃん…」
ミケ達は、子猫のいる診察台に飛び乗って、優しく声をかけた。
しかし、子猫達から返事はなく、体は冷えて、身動き一つしない。
三匹は、「子猫ちゃん…」と、何回も何回も繰り返し、そう言った。
…
そんな、居た堪れない空気の中、慌てた様子の看護婦が、部屋に飛び込んで来た。
「成田先生!急患です!」
「えっ、分かりました、今行きます!」
成田先生は、「すみません、子猫達の様子を少しこちらで見ていてください、すぐ戻ってきます」と言い、看護婦に大きな声で返事をした。
どうやら、他の動物も来たみたいだ。
三匹は、子猫を見守りながら、黙って様子を伺っていた。
すると、一匹の老犬が運ばれているのが見えた。
「ごまちゃん、ごまちゃん!」
「おい、ごましお!」
老犬とともに、“聞き覚えのある”声が聞こえた。
「えっ!ごま爺!?」
三匹は、運ばれているごま爺に驚き、ついていった。
その中でも、一番悲しそうに声を上げたのはマロだった。
三匹は、子猫とごま爺のことで、頭がいっぱいになった。
「ごま爺、どうしちゃったのかなぁ…」
「入ったらダメだよ」と追い出されたため、病室のドアの前をうろうろと落ち着きなく、歩き回わっていた。
それに気づいたのか、春子と秀夫は「あ!ミケちゃん達!」と、驚いて声をあげた。
そう言われて、ミケ達も春子と秀夫のことに気づいた。
マロは、「ごま爺に何かあったんだ!」と思い、急いで話をかけた。
「ごま爺は!?大丈夫なの?」
マロが、いくらそう聞いても、返事は返ってこなかった。
…
少しして、ドアが開いた。
三匹は急いでごましおの元へと駆けつけた。
「ごま爺…?」
話しをかけても返事は返ってこない。
マロは諦めずに、何回も何回も繰り返しそう言った。
それを見ていたミケとモモも、声をかけた。
「大丈夫?」
ミケとモモは、息ぴったりでそう言った。
いつもなら「クスッ」っと笑うはずだが、そんな場合ではなかった。
すると、マロはボロボロと涙を流し始めた。
「ごま爺…『またいつか会おうね』って言ったじゃん…
『一緒にドッグフード食べよう』って言ったじゃん…」
マロが、言葉を詰まらせながらもそう言った。
それを聞いて、ミケとモモも一緒に涙を流し始めた。
「ごま爺…」
ミケとモモも、とても心配そうに言った。
その時、ごま爺を診察していた成田先生が
「ごましおくんは寿命…ですかね…。愛護センターでも働いていて、……きっと…疲れも溜まったのでしょう…。」
そう言った。
「先生、そんな簡単に諦めんといて…」
「ほうよ…わしら家族なんじゃ…まだ諦めてなーけー…な?」
春子と秀夫は、涙を流しながら、そう言った。
そう言うと、空気は数秒しーんとした。
「はい…そうですよね…。獣医の僕が一番に諦めたらダメですよね」
成田先生は、下を向いて静かにそう呟いた。
三匹は静かに、それを聞いていた。
マロは、こくこくと頷きながら、涙を拭いている。
先生は、「ヨシッ!」と、気合いを入れて、両手で自分のほっぺたを叩いた。
「春子さん、秀夫さん。すみませんでした。
ごましおくんの年齢を考えると、つい弱気になってしまいました。
これから治療を始めますので、諦めず見守ってください。」
先生は、二人の方を向き頭を下げた。
「先生、お願いします…」
先生に、思いが通じた二人は安堵し、頭を下げた。
「では、治療を始めます。
美咲ちゃん、点滴の準備を、あと水分補給用の水と、体を温めるタオルを用意して!」
と、看護婦に指示を出し、治療用の白衣に着替え、マスクをつけた。
看護婦さんは、「はい」と返事をして、テキパキと準備を始めた。
「春子さん、秀夫さん、ごましおくんに声をかけてあげてください。
猫ちゃんたちも、応援してあげて」
先生は、みんなにもそう言って指示を出して治療を始めた。
先生と、看護婦さんは、まずは、弱った体に栄養を与える為、点滴を行い、さまざまな器具を使い検査をしていく。
「美咲ちゃん、バイタルチェックお願い」
「意識は…ありません
脈拍…正常範囲です。
血圧…異常無し。
呼吸は安定しています。」
…
その間、春子と秀夫、三匹は、ごましおに声をかけ続けた。
「ごまちゃん、しっかり…また、美味しいご飯食べようね…」
「ごま、ガンバレ!今度、川へ散歩に連れてってやる…
おまえ、水浴び好きじゃったろ…」
二人は、先生の邪魔にならない様に、気をつけながらも、ごましおの顔を見て必死に話しかける。
マロたちも「ごま爺、ごま爺〜、頑張って〜」と、泣きながら応援した。
その時だった。
「う…う……春子、秀夫…」
静かに眠ていたごましおが、「クゥーン」と、微かに声を出した。
「ごまちゃん!?」
「ごま!」
春子と秀夫はそう言ってごましおの頭をそっと撫でた。
「なんとか、峠は越えた様です。」
先生は、そう言って、マスクを外して「ふー」と、大きく息を吐いた。
(よかった、意識が戻ったみたい。)
ミケは、そう思いながらふと後ろに目を向けた。
「あっ子猫!」
ミケは、子猫のことを思い出し、ついつい大きな声で叫んでしまった。
「あ、本当だ!行こう!」
モモも、振り返り、そう言った。
「マロもおいで!」
モモは、そう言ってマロを呼んだが、マロは「僕は行かない、ごま爺と一緒にいる。」そう首を振りながら言った。
「え、でも…」
モモは、マロの方を見ながら呟いた。
「モモちゃん!ミケたちだけでも行こう!」
ミケは、大きな声でそう言いごましお達のいる病室を後にした。
「うん。」
モモも、そう頷いて、ミケについて行った。
…
(ここはどこじゃ?ん?春子さん、秀夫さん、なんで泣いとるんじゃ?
んん!?それにアレはマロか?)
ごましおは、目を覚ましてあたりを見回した。
「よかったー、ごま爺目が覚めたんだね。」
マロが泣きそうな顔で、ごましおに話しかけた。
「おう、マロか。お前はなんでおるんじゃ?帰ったんじゃなかったか?それに、ここはどこじゃ?」
ごましおの問いに、マロが答えた。
「ここは病院だよ。
ごま爺は倒れたみたいで、おばちゃんとおじちゃんに連れてきてもらったみたい。
僕らは、帰る途中で子猫を見つけたんだけど、元気がなかったから、診てもらってるんだ。
ミケ姉とモモは、ごま爺が目を覚ましたから、今子猫の様子を見に行ったよ。」
マロは、そう一つ一つ丁寧に言った。
ごましおは「そうか…」と呟き、みんなを見渡し、お礼を言う様に一声鳴いた。
「さて、マロや。お前さんも子猫のところにいってやりな。わしはもう大丈夫じゃ。」
ごましおの話に「えっ、でも…」と心配そうにマロがつぶやいた。
「わしは、これから先生にぶっとい注射を打ってもらうからの。アレを見て見ろ。」
ごましおは、先生の準備している注射の方に目をやりマロに言った。
マロは、注射器のあまりの大きさに「ゾッ」として、毛を逆立てた。
そんな様子を見たごましおは「はっはっは」と笑った。
「本当を言うと、少し疲れておるから休みたいんじゃ。
わしには、春子さんと、秀夫さんがついとるから大丈夫じゃ。
何かあったら声をかけるからの…」
ごましおはそう言って、大人しく先生に注射を打ってもらい、すうすうと寝息を立てて眠り始めた。
その様子を見たマロは、春子と秀夫に「よろしく」と、「ミャー」と一声かけて、子猫たちの所へ行くことにした。
…
「子猫ちゃん…」
「可哀想に…」
二匹は、動かなくなった子猫たちを見て、目を潤ませながら呟く。
「…何か…何か、モモたちに出来ることないのかな…」
モモは、涙を拭いながらそう言った。
「うーん…じゃあ、『魔法の言葉』はどう?」
ミケは、モモ方を向いてそう言った。
「『魔法の言葉』?」
モモは、首を傾げながらミケに聞いてみた。
「モモちゃん、『魔法の言葉』は心の声、自分の心の想いを声にして、子猫ちゃんに送るの。」
ミケは、モモに笑って見せた。
「分かった!やってみる。」
二匹は、そう話して、子猫達の方を向いた。
いざ、魔法の言葉を………
「負けないで!」
「生きて!」
「頑張れっ!」
二匹は子猫を勇気付けたが、子猫に変化はなかった。
「魔法の言葉はみんなで心を合わせないと、意味がないんだ。
私とモモちゃんだけじゃ足りないよ…」
ごましおの所から帰ってきたマロが、「僕も!」と言い、ミケ達の方に駆け寄った。
「マロくん、戻ってきたんだね!じゃあ、もう一回『魔法の言葉』、言ってみる?」
ミケは、マロとモモにそう聞いた。
「うん。」
「いくよ!せーのっ」
…
「先生、そんな簡単に諦めんといて…」
「ほうよ…わしら家族なんじゃ…まだ諦めてなーけー…な?」
「ごまちゃん、しっかり…また、美味しいご飯食べようね…」
「ごま、ガンバレ!今度、川の方へ散歩に連れてってやる…
おまえ、水浴び好きじゃったろ…」
…
三匹は、二人の一生懸命の『魔法の言葉』を思い出した。
そうだ、みんな、必死なんだ。
みんなの幸せが一番なんだ。
「あなた達は、みんなにとって大事な一つの命、唯一無二の存在。大切な存在なんだよ。」
ミケは、そう優しげな声で魔法の言葉をかける。
「そうだよ。だから、あなた達が笑顔になると、私たちも笑顔になれるんだ。」
モモは、にっこりとした笑みで、魔法の言葉を言った。
「僕たちにとって、君達は、大切な宝物なんだよ!」
マロは、大切だと言うことを、必死に教えた。
「「「子猫ちゃん…大好きだよ!」」」
三匹は、とびっきりの笑顔でそう言った。
これで返事が返ってくるかもわからない、そんなわけないかもしれない。
でも、三匹は、あきらめずに希望をもって『魔法の言葉』を言った。
そんな三匹は、天使のように輝いていた。
「ミ…」
子猫達は、ミケ達の希望を無駄になんかしなかった。
ごましおの治療が終えた後、成田は急いで子猫の眠っている部屋に向かった。
すると、ミケ達の姿があった。
「すみません、遅れました」
陽湖は「ゴクン」と息を呑み、検査の結果を待つ。
「この子達は、ダニに噛まれています。」
「へ?」
「ダニ?」
マロとモモは、頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「ダニはね、噛まれたら命にかかわるのよ。ミケの猫友達は、ダニに噛まれて亡くなってしまった子もいる。それに、子猫ちゃんたちはまだ産まれたばかりだから、もっと、もっと危険なの。」
ミケの丁寧な説明に、二匹は「そう…だったんだ…」と呟く。
「だから、子猫ちゃんたちが無事でよかった!」
…
よかった。気持ち伝わったよ。
気持ちに、答えてくれたよ。
気持ち、伝えてよかったなぁ。
「生きて」って必死に伝えて、よかったなぁ。
そうして一つ一つの命の実が、膨らんでくる…
…
「私達の気持ち、『魔法の言葉』伝わってよかったね!」
「気持ち、伝わったね!」
「子猫ちゃん達は、ちゃんと気持ちに応えてくれた!」
三匹は、そう言いあった。
そして、三匹は、子猫達に必ず言おうと思っていたことがあった。
「じゃあ、子猫ちゃんの隣へ行こう!」
ミケは、そう言って微笑んだ。
「うん!」
二匹は、元気な声でそう言いながら、子猫の方へ歩み寄った。
「子猫ちゃん…」
なるべくそっと、小さな声で三匹は声を揃えて言った。
「本当に本当に…」
三匹はそう言いながら、下を向いた。
「「「ありがとうっ!!」」」
そう言って、パッと顔を上げた。
その三匹の表情は、天使のように輝いていた。
「…ありがとう…」
まだ小さな声が、微かに聞こえた。
その時、ふと秀夫と春子が部屋を通りかかった。
「あら、春子さんに秀夫さん…?」
「よ…陽湖さん!?」
春子は、陽湖がいたことにびっくりした。
「三人は知り合いなのかな…?」
ミケは、首を傾げながらそう言った。
プルルルルルッ
プルルルルルッ
陽湖のポケットから音がした。
その音に気づいた陽湖は、急いでポケットの中から携帯を取り出し、「もしもーし、はーい。」
と話し始めた。
話しが終わったのか、そのままそっと、部屋を出て行ったが、すぐ戻って早口で、先生に話しかけた。
「成田先生、ちょっと急用で仕事に行ってきます、子猫ちゃんと、ミケ猫ちゃん、うちの猫ちゃんをちょっと預かって下さい!」とだけ言って、どこかに行ってしまった。
「ちょっ、ちょっと待ってよー!」
マロは慌ててそう言い、陽湖を追いかけて行った。
「あっマロ!」
モモも、そう言いマロについて行った。
「あ、ダメ!」
ミケはそう大きな声で言った後、すぐにマロとモモについて行った。
「あ!猫ちゃん!」
部屋から成田先生の声が聞こえるが、三匹は陽湖を追いかけることに夢中になっていた。
「え…ここ…どこ…!?」
マロは、そう言いながら急に足止まった。
三匹は病院の中を走り回ったおかげで、迷子になってしまった。
そこは、薄暗く、病院の裏口みたいなところだった。
「どうしたらいいの…?」
モモとミケは、そう少しぷるぷると震えながら心配そうに言った。
「どうしたらいいんだ…よぉぉぉぉぉぉぉ!!」
マロは、絶望した声でそう言った。
そして、マロは、ずるずるとしゃがみ込んだ。
「どうしよう…僕たち…ここで…」
マロは、しゃがみ込んだまま、心配そうな顔で言った。
「もうっ!マロったら〜。そんなこと言わないの!大丈夫、きっと誰かが来てくれるよ!」
モモは落ち込んだマロに声をかける。
「でも…どうする?」
マロは、モモのおかげで少し安心した様だ。
「とりあえず、誰かが助けに来るまで「助けて〜」って言って待ってる?」
ミケは、マロとモモに、そう言ってみた。
「え…え〜!?」
マロは、あの喉のことを思い出したのか、これまた絶望した声で言った。
「あ、あはは〜」
ミケは、「言わないほうが良かったかな…?」と思いながら、苦笑いをした。
「とりあえずここで安静にしてよう!」
モモは、そう言いながら、二匹にピタッとくっついた。
「そうだね。」
ミケも、うんうんと頷きながら、そう言い、マロは、とても嬉しそうに、「うんっ!」と頷いた。
「でも、ちょっと不安だな………」
マロとモモは息ぴったりでそう言った。
三匹は、顔を見合わせて、クスクスと笑った。
その時だった。
「マ……ん、モモ…ん」
聞き覚えのある声が聞こえた。
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