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頑愚殿の決断  作者: いのしげ
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頑愚殿のゆううつ④


 二更(約午前9~10時)


 天主閣にある一階の台所裏にある縁が暗くて涼しいので、そこでしばらく横になっているうちにウトウトしてしまったようだ。

 木村次郎左衛門が誰かとヒソヒソ話している声で目が覚めた。

 「…まったく、こんな所で暢気にも寝られるとは……よほど肝が据わっておられるのでしょう」

 「左様。“昼行灯”なら、せめてこの暗闇でも照らせば少しは役にも立つだろうに……」

 流石にカチンときたが、いらぬ諍いの種を振り撒いても誰の得にはならない。息子と御家の為にも堪えるが肝要……しかし、相手は山崎片家だな?…覚えておくぞ。

 「それよりも聞きましたか、京の事変を?」

 「嗚呼、噂話が真ならコレは一大事じゃ。こんな所に留まっていると命の保障は出来ぬ。なにやら早くも美濃の方では一揆や反乱が始まっておるそうじゃ。拙者も如何にすべきか………」

 「なんと!…いかに近江とはいえ、我等も安穏とはいかぬでしょう。拙者もこれで暇乞いせねば!」

 二人の足音が遠のくのを確認してからガバッと起きた。

 早朝、山岡殿の言っていた事が悪い方に、だが確実の物となっていく……言い知れぬ不安が歩みを小走りに変えた。

 「山岡殿、主計助!」

 幸い、上野田主計助は直ぐに飛んで来た。

 「は、殿。ここに」

 「急ぎ日野の賦秀に伝令を出せ。蒲生の兵団と甲賀衆を併せて400をここ安土に呼び寄せるのじゃ。それと、町野左近と小倉刑部行春も呼べ」

 「ははっ!」

 容易ではない気配を嗅ぎ取ったか、主計助がいつになく機敏な動作で走り去った。

 「蒲生殿!」

 山岡殿は逆に向こうから駆け寄ってきた。

 「山岡殿、事変とは……? 詳細や続報を知っておりますか?」

 「蒲生殿、声が大きい!……先ずはこちらへ」

 と、先ほどまで寝ていた縁の隅へと誘う。

 「いいですか、落ち着いて聞いてくださいよ……?」

 大きく深呼吸して頷いた。

 「コレは我等の草の者からの確かな情報です……上様は、本能寺で討たれました!」

 ガツンと大きく頭を殴られたかの様な衝撃が襲い、おもわずよろける。

 「だ、誰が一体??」

 「…惟任明智光秀殿です……」

 またも凄まじい衝撃で再度よろける。山岡殿ですら若干の混乱があるのか、明智に“殿”と尊称を付けてしまっている。

 「何故…だって、上様から一番信任を得ていたじゃないか……」

 「蒲生殿、理由など後で落ち着いてから考えればいいのです。それよりも問題は明智殿の領地の事です!」

 山岡殿に言われてハッと気付いた。そう、明智殿の領地は東近江の殆どを占めている。

 西近江は下の左和山を丹羽殿、下の長浜を羽柴殿が治めているが、どちらも遠征に出て留守にしており、無防備に等しい。

 南近江は旧六角家臣を中心として群雄割拠している中に安土城が聳えており、そして最南端に蒲生6万石と甲賀53家が存在する。

 つまり、ここ近江は今や明智家の本拠地と言っても良いくらいなのだ。

 明智殿の事だ、羽柴殿や丹羽殿の領地など直ぐに占有してしまうに違いない。

 そして問題は安土周辺の旧豪族達だ。強い者に靡くが戦国の世の倣い、恐らく大部分が明智殿に助勢するだろう。

 では蒲生はどうするのか……?

 山岡殿がワシを真っ先に見付けようとしたのも、蒲生家の動向が気になるからであろう。

 「蒲生殿、怒らずに聞いてくだされ」

 「……?」

 「我等山岡家は、琵琶湖の南端、歴史でも有名な瀬田の城を守っております。言うなれば、明智殿が安土に侵略する際、真っ先に押さえておきたい場所です」

 「それは分かる……」

 「心情はどうであれ…山岡家が生き残るには明智側に付くしか生き残る道は無いかと思います」

 「そうか。分かった。ありがとう」

 なんとなくは分かっていた。明智殿の居城は坂本。半日もあれば勢田に押し寄せる事が可能なほど近いのだ。それを敢えてワシに告白したと言う事は、山岡殿(弟)のワシへの信頼が推し量れる。だが、ワシにも明日の我が行く末など判りはしない。

 蒲生を信じて付いてきて欲しいなどと、無責任な事は言えない。


 だから礼を言った。

 そして「期待に沿えずスマンです。山岡家は信じる道を行ってくだされ。例え敵味方に別かれ様とも世の倣い…なあに、武士は相身互いじゃ」

 と笑った。

 山岡殿は一瞬、泣きそうな顔をして手をぎゅっと握ると「おさらばです」と踵を返して駆け出していった。

 「あ、二条城は……二条城の三位中将(信忠)様は?」

 ふと思い立って、去り行く背中に声をかける。山岡殿は立ち止まったままかぶりを振って、またそのまま振り返る事無く駆けていく。

 「……そうか……二条城も落ちたのか。上様の系譜が断たれたのか……」

 ポツリと漏らしたその声が、まさか己の涙腺を決壊させようとは思わなかった。

 気が付くと、滔々と涙が溢れ出て頬を伝う。

 何が悲しくて涙が出るのか分からない。

 ただ、自分たちが成し遂げようとした覇道が断たれ、人生の道標を失った気がした。



 

 …そうだ、それに賭けていたのだ。

 

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