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頑愚殿の決断  作者: いのしげ
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頑愚殿のゆううつ③


 嵐の前はいつも静か。



 膳を引く音から、衣擦れの音。それにカタカタ食器の上げ下げの音にチャッチャとせわしない箸の音が静謐に流れている。

 「こらー、ガング!」

 …そう、大体いつも静寂を破るモノは決まっている。

 「何でわらわの好きなウドのヌタがないのよ!」

 こちらに向かって吼え立てるは、お鍋の方。

 「…は。山野を探したのですがあいにく季節のものではなく、大きく伸びたウドは端にも棒にも引っかからないため、“独活ウドの大木”と……」

 「誰が諺を訊いてるのよ! わらわは! ウドが! 食べたいの!」

 「…は。面目も無く……」

 「…フン。どうせ、安土様のご機嫌をとって虫捕りに興じていたのでしょうよ。所詮、わらわと安土様では扱いに差があるのよね」

 そういって、キッと主座の帰蝶様を睨むお鍋の方。

 ……マズイ。どうやら昨日の様子を女官の誰かに見られていたようだ。己が責められるのは幾らでも構わないが、女性同士の諍いのネタにされては如何ともしがたい。

 「あいや。拙者些事にかまけていた訳ではなく、山野を巡っていた時にたまたまお方様とお遭いしたに過ぎず……」

 「上様が留守するとタガが緩むのかしらねぇ~?」

 コチラの言い分など聞きもせず、尚も帰蝶様にネットリ嫌な視線を向ける。そして土田御前に助け舟を出そうと仰いで言った。

 「なんで正室様と上様の間にお子様が産まれないか、察せられるというものですわねえ?」

 これには流石に今まで無視していた帰蝶様もまなじりを上げてお鍋の方を睨み返す。

 となりでは飯粒を飛ばしながら土田御前が何かを喚いている……が、ワシ以外には判らない事が、この時ばかりは幸いであった。

 その時、下座からカラリと箸を投げ出す音がして、振り向いてみればあここの方がなにやらブンむくれている。

 「ちょっと~、大夫。昨日も言ったけど味付けが濃いんですけど~?」

 シメタ。流れが少し変わってきたのを逃さず、あここの方に向き直り、低頭する。

 「申し訳も無く。料理方に屹度強く言聞かせますゆえ、このお膳はなにとぞご容赦に」

 「ていうか~、味付けだけじゃなくウドとか~、何か田舎臭い物が多くて~。もっと京都風に出来ないの~?」

 ……そうであった。あここの方は空気を読んでコチラへの助け舟を出すような方ではなかった。寧ろ引っ掻き回すような方であられた。

 あここの方の発言に、御前なのか、もはや妖怪なのかよく分からない生き物が猿叫を上げる。

 継いでお鍋の方がやっと馬鹿にされたのが分かってあここの方をオカメ呼ばわりし、それにキレたあここの方がやたら豊富な語彙で罵倒を始める。

 どこからか持ち出した酒を朝から呑み出した稲葉殿が「どっちもヤレ~ヤレ~!」と無責任な野次を飛ばし、気が付けばお養の方と滝川殿は自室へと帰ってしまい、坂殿はどっち付いた方がお徳なのか胸算用を始め、土方氏は仲介に失敗してどっちからも責め立てられている。

 ……始まりは違えども、いつもの光景が始まったので、教養に悪いからとお子様達をそれぞれ引き取らせ、下女に汁椀や箸が壊されぬ様、直ぐに引き取らせる旨を伝達する。


 ……ふう。さて、後は冷却期間の為昼食はそれぞれの部屋に手配するよう伝えて、今日の朝の日課が終わる。

 少し、胃の調子が悪いので控えの間で横にならせて貰おうか。まあ、これも含めての日常ではあるが。 

 昨日主計助が作ってくれた蕎麦掻のお蔭で、いつもより疼痛が少ないのは助かる。これから毎日、夜食に所望しようかな……等と、背後の喧騒を後ろ手に襖を閉めつつ思った。

 


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